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fld_nor.gif 短編小説:『一歩の先へ』
投稿日 : 2025/06/29(Sun) 17:10
投稿者 ベンジー
参照先 http://www.benjee.org
短編小説:『一歩の先へ』

彩花(あやか)は27歳、都内の広告代理店で働く平凡なOLだった。毎朝7時に目覚め、満員電車に揺られ、会社と自宅アパートを往復する日々。友達は疎遠になり、彼氏もいない。一人暮らしのワンルームは、彼女の心と同じくらい静かだった。テレビの音やSNSの通知音が、唯一の「会話」だった。
ある蒸し暑い7月の夜、彩花はコンビニからの帰り道で、信じられない光景を見た。住宅街の薄暗い路地、街灯の下を、ショーツ一枚で歩く少女がいた。17歳か18歳くらいだろうか。黒いショーツに白い肌が浮かび、彼女はまるで幽霊のように軽やかに歩いていた。彩花は立ち尽くし、息を呑んだ。少女は振り返らず、角を曲がって消えた。
その夜、彩花は眠れなかった。少女の姿が頭から離れない。なぜそんなことを? 誰かに見られたら? 逮捕されるかもしれないのに。だが、少女の背中に漂っていたのは、恐怖でも恥ずかしさでもなく、奇妙な自由だった。彩花の胸に、名前のない感情が芽生えた。羨望か、憧れか、それとももっと深い何かか。
翌日から、彩花の日常は変わった。会社での書類整理や上司の小言にも、少女の影がちらついた。「自分にはできない」と自嘲しながら、どこかで「やってみたい」と囁く声が聞こえた。彩花は自分の人生を振り返った。27年間、失敗を恐れ、枠から外れることを避けてきた。友達がいないのも、彼氏がいないのも、すべて「安全」を選んだ結果だ。だが、このままでは何も変わらない。変わりたい。自分を変えたい。
夜、アパートの狭い部屋で、彩花は鏡の前に立った。白いブラウスとスカートを脱ぎ、下着姿の自分を見つめる。心臓がドクドクと鳴る。「馬鹿げてる」と呟きながら、彼女はショーツ一枚で玄関に近づいた。ドアノブに手をかける。冷たい金属の感触が、彼女を現実に戻す。「いけないことだ」と頭ではわかっている。公然わいせつ罪、逮捕、社会的な破滅――そんな言葉が脳裏をよぎる。だが、少女の自由な背中が、それを上回った。
「これが私を変えるかもしれない」。彩花は自分に言い聞かせる。性的な欲求なのか、ただの欲求不満なのか、それとも閉塞した人生への反抗なのか。答えはわからない。わからないまま、彼女はドアを開けた。
夜の空気が肌を撫で、彩花の体は震えた。マンションの廊下は静まり返り、遠くの車の音だけが響く。彼女は一歩踏み出した。コンクリートの冷たさが足裏に刺さる。誰もいない。見ず知らずの誰かに見られるかもしれないという恐怖が、逆に彼女を高揚させた。「これが私」と、初めて自分の存在を強く感じた。
だが、すぐに理性が戻ってきた。隣の部屋のドアが軋む音が聞こえ、彩花は慌てて部屋に戻った。ドアを閉め、床に座り込む。息が荒い。彼女は笑った。恐怖と興奮が混ざった、初めての感覚だった。「馬鹿みたい」と呟きながら、彼女は泣いていた。変わりたいという願いが、こんな形でしか表現できない自分への苛立ちもあった。
翌朝、彩花はいつものように会社へ向かった。電車の中で、彼女は少女のことを考えた。あの少女は、なぜそんなことをしたのだろう。彩花は気づいた。少女の行動を「異常」と決めつけるのは簡単だが、彼女自身も同じ衝動を抱いたのだ。少女は、彩花と同じように、何かを変えたかったのかもしれない。
その夜、彩花は新たな一歩を踏み出した。ショーツで外に出る代わりに、彼女はノートを開いた。そこには、少女の姿をイメージしたスケッチと、彩花自身の思いが綴られていた。「変わりたい」と書いた文字を眺め、彼女は決意した。まずは小さなことから。会社の同僚に話しかける。趣味の絵画教室に通う。自分を閉じ込めていた殻を、少しずつ破る。
彩花はもう、少女の真似をする必要はなかった。あの夜の衝動は、彼女に一つの真実を教えてくれた。変わるためには、まず自分を「見せる」ことから始めればいい。たとえそれが、誰かに話す一言や、キャンバスに描く一線であっても。
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