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投稿日 | : 2025/08/10(Sun) 16:36 |
投稿者 | : ベンジー |
参照先 | : http://www.benjee.org |
件名 | : Re: 『裸の街』 |
投稿日 | : 2025/08/19(Tue) 15:30 |
投稿者 | : ベンジー |
参照先 | : http://www.benjee.org |
第5話:香織の新たな挑戦と自己解放
香織は大学の図書館の片隅で、ノートパソコンに向かっていた。画面には、美術ゼミの課題エッセイのタイトル。
「裸の街で、私は何を見たか。」
キーボードを叩く手が、時折震える。あの夜の冷たい舗装、風のざわめき、クライアントの視線。羞恥と解放感、電子音の恐怖、彩花の「慣れるよ」、真由の「アートって、こういうこと?」が、言葉になる。
香織は目を閉じる。家計のやりくり、擦り切れたスニーカー、冷蔵庫の卵と納豆。経済的困窮が、彼女を全裸の街に駆り立てた。でも、そこで見たものは、貧困だけじゃなかった。自分自身だった。
3回目のバイトから1カ月。香織は彩花と真由に宣言していた。
「もうやらない。」
彩花は頷き、穏やかな目で言った。
「でも、街は忘れないよ。」
真由は笑った。
「自分でアート作れよ。」
その言葉が、香織の胸に刺さった。アート。あのバイトはアートなんかじゃなかった。クライアントの欲望、主催者の嘘、撮影疑惑の恐怖。4回目のバイトで、香織は映像の存在を知った。主催者のパソコンに、彼女の裸が映っていた。彩花と真由と忍び込んだ夜、証拠はコピーできず、主催者に追い出された。
「次はないよ。」
その冷たい声が、香織を震わせた。なのに、衝動は消えない。
「また歩きたい。」
鏡の前で、香織は呟く。
「私、変態なの?」
否定が叫ぶが、衝動が笑う。
「あの静寂を、もう一度。」
美咲との関係も変わった。大学の廊下で、美咲は軽く笑う。
「香織、5万どう使った? 次、やろ!」
香織は笑顔を絞り出す。
「貯めてる。」
本当は、奨学金の返済に消えた。美咲の軽さが、時折刺さる。
「あのバイト、なんで勧めたの?」
香織が問うと、美咲は肩をすくめる。
「お金でしょ? 香織、強くなったよね。」
強くなった? それとも、壊れた? 美咲は知らない。電子音の恐怖、解放感の疼きを。香織は秘密を抱える重圧に、息が詰まる。誰かにバレたら、笑われる? 軽蔑される? 大学の友人、ゼミの教授、誰も知らない。知られたら、「普通の香織」は終わる。
美術ゼミで、教授がパフォーマンスアートを語る。
「身体は、規範を壊すキャンバスだ。」
香織の心臓が跳ねる。海外の裸のパフォーマンス、絶賛と罵声。彼女は図書館で検索した。あの解放感は、アートだったのか? ただの恥か? ゼミのディスカッションで、香織は口を開く。
「ヌードは、自由ですか? それとも、搾取?」
教授が目を細める。
「いい質問だ。君はどう思う?」
香織は言葉を詰まらせる。あの夜、彼女は自由だった。貧困、奨学金、親の期待を脱ぎ捨てた。でも、撮影の恐怖、クライアントの軽口――「昼間の繁華街でどう?」――が、自由を汚した。
香織はノートを握る。
「自由…でも、代償が重い。」
隣の学生がチラッと見る。その視線が、服越しに肌を灼く。学食での妄想――学生の目、ざわめき――が蘇る。香織は首を振る。
「普通でいたい。」
なのに、衝動が疼く。
香織はエッセイを書き進める。深夜のアパートで、5万円の封筒を見つめる。家賃は払えた。冷蔵庫に、肉と野菜が増えた。でも、映像がどこかで使われているかもしれない恐怖が、胸を締める。彩花に連絡。
「どうすれば、忘れられる?」
彩花の返信は静か。
「忘れなくていい。自分のアートにしなさい。」
真由からのメッセージ。
「主催者に抗議した。証拠は消されたけど、クライアントの一人が認めた。金持ちの趣味だよ。」
香織の胃が縮こまる。アートじゃない。欲望だ。なのに、なぜ衝動が消えない? 香織は鏡を見る。20歳の肌、疲れた目。
「あの街で、私は何を失った? 取り戻した?」
答えはない。だが、衝動が囁く。
「自分で決めろ。」
香織は大学のギャラリーで、小さなアートイベントを企画した。
テーマは「身体の記憶」。
服を着たまま、香織はマイクを握る。観客の視線が、クライアントのよう。彩花と真由が客席にいる。香織は語る。
「私は、裸で街を歩いた。貧困を脱ぎ捨てたかった。でも、羞恥と恐怖が残った。」
観客が静かに聞く。
「アートは、嘘だったかもしれない。でも、私の心は本物だった。」
声が強くなる。
「あの街で、私は自分を見た。恥も、衝動も、私の一部だ。」
拍手が響く。彩花が微笑み、真由が頷く。香織の胸が熱くなる。秘密を、言葉で解放した瞬間だった。
エッセイを完成させ、ゼミで発表。教授が言う。
「勇気ある視点。君のアートだ。」
香織は震える。賞を得て、奨学金の返済に充てる。美咲がカフェで笑う。
「香織、すごいじゃん! あのバイト、やってよかったね!」
香織は笑顔で返す。
「自分で決めたの。」
だが、心の奥で衝動が疼く。
「また、裸で…。」
否定が叫ぶ。
「もう違う!」
コンビニバイトを続け、奨学金を返す日々。だが、街を歩くたび、視線が肌を灼く。信号待ち、コンビニのレジ、学食のざわめき。服を着ていても、裸の感覚が消えない。衝動が、静寂と共に根を張る。
ある夜、香織は決意する。アートとして、衝動を昇華する。誰の指示でもない。主催者の嘘でも、クライアントの欲望でもない。彼女自身の選択だ。
深夜、大学の裏手の静かな路地へ向かう。
服を脱ぎ、冷たい舗装に立つ。風が肌を撫で、心臓が喉で暴れる。誰もいない。クライアントも、カメラも、主催者もいない。なのに、視線を感じる。街の静寂が、彼女を包む。香織は歩く。
羞恥が全身を灼く。だが、解放感が胸を満たす。
「これが、私のアート。」
衝動が笑う。
「もっと歩け。」
香織は微笑む。
「私の選択だ。」
路地の奥、街灯がぼんやり光る。香織は立ち止まり、両手を広げる。風が髪を揺らし、肌を冷やす。学食の妄想、コンビニの光、クライアントの軽口、電子音の恐怖。すべてが、彼女の一部だ。香織は目を閉じる。
「私は、裸で自由だ。」
街の静寂が、彼女を抱く。衝動は、消えない。だが、それは呪いじゃない。アートだ。香織の心が、裸のまま輝く。彼女は歩き続ける。服を着た日常へ戻る前に、この瞬間を刻む。街が、彼女のアートになる。
(おわり)
香織は大学の図書館の片隅で、ノートパソコンに向かっていた。画面には、美術ゼミの課題エッセイのタイトル。
「裸の街で、私は何を見たか。」
キーボードを叩く手が、時折震える。あの夜の冷たい舗装、風のざわめき、クライアントの視線。羞恥と解放感、電子音の恐怖、彩花の「慣れるよ」、真由の「アートって、こういうこと?」が、言葉になる。
香織は目を閉じる。家計のやりくり、擦り切れたスニーカー、冷蔵庫の卵と納豆。経済的困窮が、彼女を全裸の街に駆り立てた。でも、そこで見たものは、貧困だけじゃなかった。自分自身だった。
3回目のバイトから1カ月。香織は彩花と真由に宣言していた。
「もうやらない。」
彩花は頷き、穏やかな目で言った。
「でも、街は忘れないよ。」
真由は笑った。
「自分でアート作れよ。」
その言葉が、香織の胸に刺さった。アート。あのバイトはアートなんかじゃなかった。クライアントの欲望、主催者の嘘、撮影疑惑の恐怖。4回目のバイトで、香織は映像の存在を知った。主催者のパソコンに、彼女の裸が映っていた。彩花と真由と忍び込んだ夜、証拠はコピーできず、主催者に追い出された。
「次はないよ。」
その冷たい声が、香織を震わせた。なのに、衝動は消えない。
「また歩きたい。」
鏡の前で、香織は呟く。
「私、変態なの?」
否定が叫ぶが、衝動が笑う。
「あの静寂を、もう一度。」
美咲との関係も変わった。大学の廊下で、美咲は軽く笑う。
「香織、5万どう使った? 次、やろ!」
香織は笑顔を絞り出す。
「貯めてる。」
本当は、奨学金の返済に消えた。美咲の軽さが、時折刺さる。
「あのバイト、なんで勧めたの?」
香織が問うと、美咲は肩をすくめる。
「お金でしょ? 香織、強くなったよね。」
強くなった? それとも、壊れた? 美咲は知らない。電子音の恐怖、解放感の疼きを。香織は秘密を抱える重圧に、息が詰まる。誰かにバレたら、笑われる? 軽蔑される? 大学の友人、ゼミの教授、誰も知らない。知られたら、「普通の香織」は終わる。
美術ゼミで、教授がパフォーマンスアートを語る。
「身体は、規範を壊すキャンバスだ。」
香織の心臓が跳ねる。海外の裸のパフォーマンス、絶賛と罵声。彼女は図書館で検索した。あの解放感は、アートだったのか? ただの恥か? ゼミのディスカッションで、香織は口を開く。
「ヌードは、自由ですか? それとも、搾取?」
教授が目を細める。
「いい質問だ。君はどう思う?」
香織は言葉を詰まらせる。あの夜、彼女は自由だった。貧困、奨学金、親の期待を脱ぎ捨てた。でも、撮影の恐怖、クライアントの軽口――「昼間の繁華街でどう?」――が、自由を汚した。
香織はノートを握る。
「自由…でも、代償が重い。」
隣の学生がチラッと見る。その視線が、服越しに肌を灼く。学食での妄想――学生の目、ざわめき――が蘇る。香織は首を振る。
「普通でいたい。」
なのに、衝動が疼く。
香織はエッセイを書き進める。深夜のアパートで、5万円の封筒を見つめる。家賃は払えた。冷蔵庫に、肉と野菜が増えた。でも、映像がどこかで使われているかもしれない恐怖が、胸を締める。彩花に連絡。
「どうすれば、忘れられる?」
彩花の返信は静か。
「忘れなくていい。自分のアートにしなさい。」
真由からのメッセージ。
「主催者に抗議した。証拠は消されたけど、クライアントの一人が認めた。金持ちの趣味だよ。」
香織の胃が縮こまる。アートじゃない。欲望だ。なのに、なぜ衝動が消えない? 香織は鏡を見る。20歳の肌、疲れた目。
「あの街で、私は何を失った? 取り戻した?」
答えはない。だが、衝動が囁く。
「自分で決めろ。」
香織は大学のギャラリーで、小さなアートイベントを企画した。
テーマは「身体の記憶」。
服を着たまま、香織はマイクを握る。観客の視線が、クライアントのよう。彩花と真由が客席にいる。香織は語る。
「私は、裸で街を歩いた。貧困を脱ぎ捨てたかった。でも、羞恥と恐怖が残った。」
観客が静かに聞く。
「アートは、嘘だったかもしれない。でも、私の心は本物だった。」
声が強くなる。
「あの街で、私は自分を見た。恥も、衝動も、私の一部だ。」
拍手が響く。彩花が微笑み、真由が頷く。香織の胸が熱くなる。秘密を、言葉で解放した瞬間だった。
エッセイを完成させ、ゼミで発表。教授が言う。
「勇気ある視点。君のアートだ。」
香織は震える。賞を得て、奨学金の返済に充てる。美咲がカフェで笑う。
「香織、すごいじゃん! あのバイト、やってよかったね!」
香織は笑顔で返す。
「自分で決めたの。」
だが、心の奥で衝動が疼く。
「また、裸で…。」
否定が叫ぶ。
「もう違う!」
コンビニバイトを続け、奨学金を返す日々。だが、街を歩くたび、視線が肌を灼く。信号待ち、コンビニのレジ、学食のざわめき。服を着ていても、裸の感覚が消えない。衝動が、静寂と共に根を張る。
ある夜、香織は決意する。アートとして、衝動を昇華する。誰の指示でもない。主催者の嘘でも、クライアントの欲望でもない。彼女自身の選択だ。
深夜、大学の裏手の静かな路地へ向かう。
服を脱ぎ、冷たい舗装に立つ。風が肌を撫で、心臓が喉で暴れる。誰もいない。クライアントも、カメラも、主催者もいない。なのに、視線を感じる。街の静寂が、彼女を包む。香織は歩く。
羞恥が全身を灼く。だが、解放感が胸を満たす。
「これが、私のアート。」
衝動が笑う。
「もっと歩け。」
香織は微笑む。
「私の選択だ。」
路地の奥、街灯がぼんやり光る。香織は立ち止まり、両手を広げる。風が髪を揺らし、肌を冷やす。学食の妄想、コンビニの光、クライアントの軽口、電子音の恐怖。すべてが、彼女の一部だ。香織は目を閉じる。
「私は、裸で自由だ。」
街の静寂が、彼女を抱く。衝動は、消えない。だが、それは呪いじゃない。アートだ。香織の心が、裸のまま輝く。彼女は歩き続ける。服を着た日常へ戻る前に、この瞬間を刻む。街が、彼女のアートになる。
(おわり)
件名 | : Re: 『裸の街』 |
投稿日 | : 2025/08/16(Sat) 16:04 |
投稿者 | : ベンジー |
参照先 | : http://www.benjee.org |
第4話:アートプロジェクトの裏側と香織の成長
香織は深夜の住宅街寄りの小道に立っていた。
3回目のバイト。指示書には「公園脇のベンチ前で2分間、両手を広げて立つ。次に、住宅街の路地を10分歩く」とあった。
全裸で。冷たい舗装が足裏を刺し、木々のざわめきが耳を圧迫。2人のクライアント――無言で2メートル後ろに立つ――の視線が背中に突き刺さる。遠くの住宅の窓が、ぼんやり光る。
彩花の言葉「ただのアートじゃない」が頭をよぎる。
電子音――カシャッ――の恐怖が胸を締める。コンビニの灯り、クライアントの「昼間の繁華街でどう?」が、脳裏に響く。香織は公園のベンチ前に立つ。タイマーをセットし、両手を広げる。風が裸の肌を撫で、羞恥が全身を灼く。茂みがガサッと揺れる。
「誰…?」
囁きが漏れる。クライアントは無表情。影は消えたが、恐怖が肌を粟立たせる。なのに、衝動が囁く。
「見られても、歩ける。」
住宅街の路地へ進む。窓の灯りが近づく。カーテンの隙間、誰かの気配。香織の足が震える。クライアントの一人が低く言う。
「住宅街、静かでいいな。昼間なら賑やかだ。これも独り言ね。」
香織の息が止まる。妄想が膨らむ――窓から覗く目、子供の声、犬の遠吠え。路地の奥で、スマホのフラッシュ。
「撮られてる?」
心臓が跳ねる。振り返るが、光は消えた。5万円。家賃、生活費。それだけのはずなのに、衝動が疼く。
「もっと歩きたい。」
路地を抜け、主催者の女性が現れる。
「終了です。5万円。」
封筒を受け取り、香織は呟く。
「彩花さんと…話したい。」
女性の目が、冷たく光る。
翌日、彩花と駅前のカフェで再会。窓際の席、ガラスに映る雑踏。彩花はグレーのセーター、落ち着いた口調。
「証拠、掴めますか?」
香織の声が震える。彩花は首を振る。
「難しい。主催者は隠すよ。私、5回やって、諦めた。」
香織はマグカップを握る。
「じゃあ、映像は…?」
彩花の目が曇る。
「売られてるかもしれない。証拠はないけど。」
香織の胃が縮こまる。真由にLINE。
「撮影、誰だった?」
返信はすぐ。
「クライアントの一人。金持ちの趣味。主催者は知ってるけど、黙ってる。」
真由の声が、テキスト越しに鋭い。香織は震える。アートじゃない。社会実験か、映像の闇取引か。香織は主催者に電話。
「撮影、誰です?」
女性は事務的に答える。
「契約通り、禁止です。問題?」
嘘だ。香織の胸が締まる。香織は彩花と真由に相談。
「一緒に証拠を探そう。」
3人は深夜、主催者のオフィスビルに忍び込む。薄暗い廊下、セキュリティカメラの赤い光。真由がハッキングの知識でパソコンにアクセス。隠されたフォルダに、映像。香織の裸が映る。オフィス街、商業エリア、住宅街。彼女の肌、風に震える姿。香織の心臓が止まりそう。彩花が呟く。
「これ、ネットの闇サイトに…。」
真由が拳を握る。「訴えよう。」だが、ファイルはコピー不可。主催者の女性が現れ、冷たく言う。
「次はないよ。出てって。」
3人は追い出される。ビルの外、冷たい風が頬を刺す。香織は震える。
「私の…映像が…。」
彩花が肩を抱く。
「証拠は消された。ごめん。」
真由が吐き捨てる。
「金で黙らせる気だ。」
アパートで、香織は封筒の5万円を握る。蛍光灯の光、壁のシミ、狭い部屋の静寂。家賃は払えた。でも、映像がどこかで使われているかもしれない。信頼は裏切られ、5万円は汚い金だ。なのに、衝動が疼く。
「また歩きたい。」
香織は彩花と真由にカフェで再会。木のテーブル、コーヒーの香り。彩花が言う。
「私、借金で始めた。5回やって、完済したけど、疼きは消えない。」
真由が続ける。
「私は、親への反抗。だけど、主催者の嘘に吐き気がする。」
香織は自分の貧困を思い出す。奨学金、親の期待、擦り切れたスニーカー。
「私も…お金だった。でも、解放感が…。」
3人は黙る。同じ街を歩いた女たちの、違う傷。
香織は決意する。
「もう従わない。」
彩花が頷く。
「自分で変えるしかない。」
真由が笑う。
「香織、意外と強いじゃん。」
香織の胸が熱くなる。連帯が、彼女を支える。鏡の前で、香織は呟く。
「私の身体は、私のもの。」
衝動が笑う。
「なら、歩けよ。」
香織は微笑む。
「私のルールで。」
夜の街が、彼女を試す。彼女は、主体性を取り戻す第一歩を踏み出す。
香織は深夜の住宅街寄りの小道に立っていた。
3回目のバイト。指示書には「公園脇のベンチ前で2分間、両手を広げて立つ。次に、住宅街の路地を10分歩く」とあった。
全裸で。冷たい舗装が足裏を刺し、木々のざわめきが耳を圧迫。2人のクライアント――無言で2メートル後ろに立つ――の視線が背中に突き刺さる。遠くの住宅の窓が、ぼんやり光る。
彩花の言葉「ただのアートじゃない」が頭をよぎる。
電子音――カシャッ――の恐怖が胸を締める。コンビニの灯り、クライアントの「昼間の繁華街でどう?」が、脳裏に響く。香織は公園のベンチ前に立つ。タイマーをセットし、両手を広げる。風が裸の肌を撫で、羞恥が全身を灼く。茂みがガサッと揺れる。
「誰…?」
囁きが漏れる。クライアントは無表情。影は消えたが、恐怖が肌を粟立たせる。なのに、衝動が囁く。
「見られても、歩ける。」
住宅街の路地へ進む。窓の灯りが近づく。カーテンの隙間、誰かの気配。香織の足が震える。クライアントの一人が低く言う。
「住宅街、静かでいいな。昼間なら賑やかだ。これも独り言ね。」
香織の息が止まる。妄想が膨らむ――窓から覗く目、子供の声、犬の遠吠え。路地の奥で、スマホのフラッシュ。
「撮られてる?」
心臓が跳ねる。振り返るが、光は消えた。5万円。家賃、生活費。それだけのはずなのに、衝動が疼く。
「もっと歩きたい。」
路地を抜け、主催者の女性が現れる。
「終了です。5万円。」
封筒を受け取り、香織は呟く。
「彩花さんと…話したい。」
女性の目が、冷たく光る。
翌日、彩花と駅前のカフェで再会。窓際の席、ガラスに映る雑踏。彩花はグレーのセーター、落ち着いた口調。
「証拠、掴めますか?」
香織の声が震える。彩花は首を振る。
「難しい。主催者は隠すよ。私、5回やって、諦めた。」
香織はマグカップを握る。
「じゃあ、映像は…?」
彩花の目が曇る。
「売られてるかもしれない。証拠はないけど。」
香織の胃が縮こまる。真由にLINE。
「撮影、誰だった?」
返信はすぐ。
「クライアントの一人。金持ちの趣味。主催者は知ってるけど、黙ってる。」
真由の声が、テキスト越しに鋭い。香織は震える。アートじゃない。社会実験か、映像の闇取引か。香織は主催者に電話。
「撮影、誰です?」
女性は事務的に答える。
「契約通り、禁止です。問題?」
嘘だ。香織の胸が締まる。香織は彩花と真由に相談。
「一緒に証拠を探そう。」
3人は深夜、主催者のオフィスビルに忍び込む。薄暗い廊下、セキュリティカメラの赤い光。真由がハッキングの知識でパソコンにアクセス。隠されたフォルダに、映像。香織の裸が映る。オフィス街、商業エリア、住宅街。彼女の肌、風に震える姿。香織の心臓が止まりそう。彩花が呟く。
「これ、ネットの闇サイトに…。」
真由が拳を握る。「訴えよう。」だが、ファイルはコピー不可。主催者の女性が現れ、冷たく言う。
「次はないよ。出てって。」
3人は追い出される。ビルの外、冷たい風が頬を刺す。香織は震える。
「私の…映像が…。」
彩花が肩を抱く。
「証拠は消された。ごめん。」
真由が吐き捨てる。
「金で黙らせる気だ。」
アパートで、香織は封筒の5万円を握る。蛍光灯の光、壁のシミ、狭い部屋の静寂。家賃は払えた。でも、映像がどこかで使われているかもしれない。信頼は裏切られ、5万円は汚い金だ。なのに、衝動が疼く。
「また歩きたい。」
香織は彩花と真由にカフェで再会。木のテーブル、コーヒーの香り。彩花が言う。
「私、借金で始めた。5回やって、完済したけど、疼きは消えない。」
真由が続ける。
「私は、親への反抗。だけど、主催者の嘘に吐き気がする。」
香織は自分の貧困を思い出す。奨学金、親の期待、擦り切れたスニーカー。
「私も…お金だった。でも、解放感が…。」
3人は黙る。同じ街を歩いた女たちの、違う傷。
香織は決意する。
「もう従わない。」
彩花が頷く。
「自分で変えるしかない。」
真由が笑う。
「香織、意外と強いじゃん。」
香織の胸が熱くなる。連帯が、彼女を支える。鏡の前で、香織は呟く。
「私の身体は、私のもの。」
衝動が笑う。
「なら、歩けよ。」
香織は微笑む。
「私のルールで。」
夜の街が、彼女を試す。彼女は、主体性を取り戻す第一歩を踏み出す。
件名 | : Re: 『裸の街』 |
投稿日 | : 2025/08/13(Wed) 14:39 |
投稿者 | : ベンジー |
参照先 | : http://www.benjee.org |
第3話:香織の日常への影響と人間関係
香織は大学の講義棟を出ると、冷えた秋風に吹かれた。電気代の督促状がカバンの底で重く、冷蔵庫には卵と納豆だけ。コンビニバイトの時給1100円では、生活はいつも綱渡りだ。
スマホが震え、美咲のLINEが点滅した。
「香織! 5万どう使った? 次、またやろ!」
軽やかな文字に、息が詰まる。美咲の笑顔が、疼きを煽る。
「やらない。」
呟くが、心が揺れる。彩花の穏やかな目、真由の鋭い視線が浮かぶ。彼女たちも、あの街を歩いた。どんな気持ちで?
昼休み、学食の隅で香織は弁当を広げる。プラスチックの容器、冷めた白米とスーパーの唐揚げ。周囲の学生たちは、ブランドのコートや新品のスニーカーで笑い合う。香織のスニーカーは、つま先に穴が開きかけていた。
隣のテーブルで、男子学生がチラッと見る。肌が粟立つ。
「見られてる?」
あの夜の視線が蘇る――冷たい舗装、2人のクライアントの重い目。服を着ているのに、裸の感覚が肌を這う。心臓がバクバクする。
「バカ! 誰も見てない!」
否定が叫ぶが、衝動が疼く。
「もし、ここで…?」
妄想が一瞬、頭をよぎる。学食のざわめき、無数の視線、テーブルがひっくり返る音。香織は弁当を握り、目を伏せる。こんな自分、嫌いだ。
夕方、コンビニバイトへ向かう。都心の雑踏が、彼女を試すようにざわめく。信号待ちで、通行人の視線が気になる。サラリーマンのスーツ、女子高生の笑い声。服越しなのに、肌が熱い。
あの電子音――カシャッ――が耳に蘇る。
「撮られた?」
恐怖が胸を締める。振り返るが、誰もいない。街の喧騒に、静寂が混じる。香織は首を振る。アートだ。お金のためだ。なのに、なぜ疼く? コンビニのレジに立つと、スマホが震える。知らない番号。
「香織さん、彩花です。話したいことが。」
喉が詰まる。あの穏やかな微笑み。彼女は、疼きをどう抱えた? 客の視線――中年の男性、買い物カゴにビールと弁当――が、まるで彼女を剥き出しにする。衝動が、静かに根を張る。
翌日の美術ゼミ、教授が黒板に「パフォーマンスアート」と書く。
「身体は、規範を壊すキャンバス。ヌードモデルは、勇気そのものだ。」
香織の心臓が跳ねる。深夜のオフィス街、商業エリアのコンビニの灯り、クライアントの「昼間の繁華街でどう?」
肌を刺す風が、教室の空気に重なる。隣の学生、眼鏡の女子が呟く。
「自分には無理。恥ずかしすぎ。」
香織はノートを握る。彼女には、できる。やったからだ。なのに、秘密が重い。教授が問う。
「アートは、どこまで自由か?」
香織の手が上がる。
「自由…でも、誰かの視線で変わる。」
声が震える。教授が頷く。
「いい視点だ。視線は、アートを縛るか、解放するか。」
香織は目を伏せる。あの解放感は、アートだったのか? ただの恥か?
ゼミ後、図書館のPCで「パフォーマンスアート」を検索する。海外の裸のパフォーマンス、観客の絶賛と罵声。マリーナ・アブラモヴィッチの「リズム0」、観客が彼女の身体にナイフを向けた話。香織は画面を閉じる。あのバイトは、アートじゃない。クライアントの欲望、主催者の嘘。でも、解放感は本物だった。廊下で美咲とすれ違う。
「香織、顔暗いよ! 5万、使っちゃった?」
ピンクのネイルが光る。香織は笑顔を絞り出す。
「まだ…貯めてる。」
美咲の目が光る。
「次、やろ! 楽勝じゃん! 私も考えてるんだよね~。」
香織の胃が縮こまる。美咲がやったら、笑いものにするだけだ。彼女は知らない。電子音の恐怖、衝動の疼きを。
「…考えとく。」
言葉を濁し、香織は逃げるように去る。
彩花と駅前のカフェで会う。木のテーブル、コーヒーの香り、窓から見える雑踏。彩花、30代、グレーのセーターが落ち着いた雰囲気を醸す。
「2回目、どうだった?」
声は静か。香織はマグカップを握る。
「怖かった。電子音…また聞こえた。撮られてる気がして。」
彩花の目が細まる。
「私も、最初はそうだった。3回目で気づいた。このバイト、ただのアートじゃない。」
香織の心臓が跳ねる。
「どういうこと?」
彩花は声を潜める。
「クライアントの中には、ルールを破る人がいる。撮影してる。主催者は見て見ず振り。報酬が高いのは、黙らせるため。」
香織の喉が詰まる。
「じゃあ、私の…?」
彩花は首を振る。
「証拠はない。でも、真由は問い詰めたけど、何も変わらなかった。」
真由の「アートって、こういうこと?」が胸を刺す。
「私は5回やった。慣れたけど、疼きは消えない。香織ちゃん、辞めるなら今よ。」
香織は目を伏せる。5万円。家賃、奨学金。でも、撮影の恐怖が衝動を上回る。
「どうすれば…?」
彩花は微笑む。
「自分で決めなきゃ。この街は、裸の心を試すの。」
アパートに帰り、香織は封筒の5万円を見つめる。蛍光灯の白い光、壁の薄いシミ、狭い部屋の静寂。家賃は払えた。でも、秘密が重い。美咲にバレそうになるたび、心臓が縮こまる。大学の友人、ゼミの教授、誰も知らない。知られたら、笑われる? 軽蔑される? 香織は鏡を見る。20歳の肌、疲れた目。黒髪が、肩に乱れる。「普通でいたい。」呟くが、衝動が笑う。
「あの街が、普通じゃない自分を呼んでる。」
スマホに彩花の返信。
「香織ちゃん、いつでも話して。」
優しい文字が、胸を締める。美咲の未読LINE。
「次、いつやる? 教えてよ!」
軽さが、刺さる。香織は主催者に連絡。
「3回目、参加します。」
送信した瞬間、後悔が刺す。だが、衝動が疼く。コンビニのレジ、信号待ち、学食のざわめき。あの夜の静寂が、彼女を待っている。
香織は大学の講義棟を出ると、冷えた秋風に吹かれた。電気代の督促状がカバンの底で重く、冷蔵庫には卵と納豆だけ。コンビニバイトの時給1100円では、生活はいつも綱渡りだ。
スマホが震え、美咲のLINEが点滅した。
「香織! 5万どう使った? 次、またやろ!」
軽やかな文字に、息が詰まる。美咲の笑顔が、疼きを煽る。
「やらない。」
呟くが、心が揺れる。彩花の穏やかな目、真由の鋭い視線が浮かぶ。彼女たちも、あの街を歩いた。どんな気持ちで?
昼休み、学食の隅で香織は弁当を広げる。プラスチックの容器、冷めた白米とスーパーの唐揚げ。周囲の学生たちは、ブランドのコートや新品のスニーカーで笑い合う。香織のスニーカーは、つま先に穴が開きかけていた。
隣のテーブルで、男子学生がチラッと見る。肌が粟立つ。
「見られてる?」
あの夜の視線が蘇る――冷たい舗装、2人のクライアントの重い目。服を着ているのに、裸の感覚が肌を這う。心臓がバクバクする。
「バカ! 誰も見てない!」
否定が叫ぶが、衝動が疼く。
「もし、ここで…?」
妄想が一瞬、頭をよぎる。学食のざわめき、無数の視線、テーブルがひっくり返る音。香織は弁当を握り、目を伏せる。こんな自分、嫌いだ。
夕方、コンビニバイトへ向かう。都心の雑踏が、彼女を試すようにざわめく。信号待ちで、通行人の視線が気になる。サラリーマンのスーツ、女子高生の笑い声。服越しなのに、肌が熱い。
あの電子音――カシャッ――が耳に蘇る。
「撮られた?」
恐怖が胸を締める。振り返るが、誰もいない。街の喧騒に、静寂が混じる。香織は首を振る。アートだ。お金のためだ。なのに、なぜ疼く? コンビニのレジに立つと、スマホが震える。知らない番号。
「香織さん、彩花です。話したいことが。」
喉が詰まる。あの穏やかな微笑み。彼女は、疼きをどう抱えた? 客の視線――中年の男性、買い物カゴにビールと弁当――が、まるで彼女を剥き出しにする。衝動が、静かに根を張る。
翌日の美術ゼミ、教授が黒板に「パフォーマンスアート」と書く。
「身体は、規範を壊すキャンバス。ヌードモデルは、勇気そのものだ。」
香織の心臓が跳ねる。深夜のオフィス街、商業エリアのコンビニの灯り、クライアントの「昼間の繁華街でどう?」
肌を刺す風が、教室の空気に重なる。隣の学生、眼鏡の女子が呟く。
「自分には無理。恥ずかしすぎ。」
香織はノートを握る。彼女には、できる。やったからだ。なのに、秘密が重い。教授が問う。
「アートは、どこまで自由か?」
香織の手が上がる。
「自由…でも、誰かの視線で変わる。」
声が震える。教授が頷く。
「いい視点だ。視線は、アートを縛るか、解放するか。」
香織は目を伏せる。あの解放感は、アートだったのか? ただの恥か?
ゼミ後、図書館のPCで「パフォーマンスアート」を検索する。海外の裸のパフォーマンス、観客の絶賛と罵声。マリーナ・アブラモヴィッチの「リズム0」、観客が彼女の身体にナイフを向けた話。香織は画面を閉じる。あのバイトは、アートじゃない。クライアントの欲望、主催者の嘘。でも、解放感は本物だった。廊下で美咲とすれ違う。
「香織、顔暗いよ! 5万、使っちゃった?」
ピンクのネイルが光る。香織は笑顔を絞り出す。
「まだ…貯めてる。」
美咲の目が光る。
「次、やろ! 楽勝じゃん! 私も考えてるんだよね~。」
香織の胃が縮こまる。美咲がやったら、笑いものにするだけだ。彼女は知らない。電子音の恐怖、衝動の疼きを。
「…考えとく。」
言葉を濁し、香織は逃げるように去る。
彩花と駅前のカフェで会う。木のテーブル、コーヒーの香り、窓から見える雑踏。彩花、30代、グレーのセーターが落ち着いた雰囲気を醸す。
「2回目、どうだった?」
声は静か。香織はマグカップを握る。
「怖かった。電子音…また聞こえた。撮られてる気がして。」
彩花の目が細まる。
「私も、最初はそうだった。3回目で気づいた。このバイト、ただのアートじゃない。」
香織の心臓が跳ねる。
「どういうこと?」
彩花は声を潜める。
「クライアントの中には、ルールを破る人がいる。撮影してる。主催者は見て見ず振り。報酬が高いのは、黙らせるため。」
香織の喉が詰まる。
「じゃあ、私の…?」
彩花は首を振る。
「証拠はない。でも、真由は問い詰めたけど、何も変わらなかった。」
真由の「アートって、こういうこと?」が胸を刺す。
「私は5回やった。慣れたけど、疼きは消えない。香織ちゃん、辞めるなら今よ。」
香織は目を伏せる。5万円。家賃、奨学金。でも、撮影の恐怖が衝動を上回る。
「どうすれば…?」
彩花は微笑む。
「自分で決めなきゃ。この街は、裸の心を試すの。」
アパートに帰り、香織は封筒の5万円を見つめる。蛍光灯の白い光、壁の薄いシミ、狭い部屋の静寂。家賃は払えた。でも、秘密が重い。美咲にバレそうになるたび、心臓が縮こまる。大学の友人、ゼミの教授、誰も知らない。知られたら、笑われる? 軽蔑される? 香織は鏡を見る。20歳の肌、疲れた目。黒髪が、肩に乱れる。「普通でいたい。」呟くが、衝動が笑う。
「あの街が、普通じゃない自分を呼んでる。」
スマホに彩花の返信。
「香織ちゃん、いつでも話して。」
優しい文字が、胸を締める。美咲の未読LINE。
「次、いつやる? 教えてよ!」
軽さが、刺さる。香織は主催者に連絡。
「3回目、参加します。」
送信した瞬間、後悔が刺す。だが、衝動が疼く。コンビニのレジ、信号待ち、学食のざわめき。あの夜の静寂が、彼女を待っている。
件名 | : Re: 『裸の街』 |
投稿日 | : 2025/08/10(Sun) 16:40 |
投稿者 | : ベンジー |
参照先 | : http://www.benjee.org |
第2話:香織の再挑戦と新たな葛藤
香織は大学の講義棟を出て、秋の冷たい風に肩をすくめた。アパートの家賃督促状が頭をよぎる。冷蔵庫は空っぽ、生活費の重圧が胸を締め付ける。
スマホが震え、美咲からのメッセージが点滅した。
「超大事な話! カフェで待ってる!」
香織はため息をつき、約束の喫茶店へ向かった。美咲は笑顔で手を振る。
「香織、めっちゃ痩せた? 大丈夫?」
軽やかな声に、香織は苦笑する。
「バイト増やしたけど、キツくてさ。」
美咲が身を乗り出す。
「ねえ、覚えてる? あの全裸のバイト! また募集あるよ。1時間で5万円!」
香織の手が止まる。3か月前の夜――冷たい舗装、風のざわめき、クライアントの遠い視線。あの羞恥と、なぜか湧いた解放感が蘇る。
「まじ? まだやってるの?」
声が震える。美咲は笑う。
「ほんとほんと! 前と同じルール。触らない、話さない、アートだって! 香織、1回やったんだし、余裕でしょ?」
香織はカフェのテーブルに額を押しつけ、美咲の言葉を反芻する。
「5万円、1時間だけ。」
甘い響きに胸がざわつく。あの夜が脳裏に蘇る――深夜のオフィス街、靴音が響く舗装、肌を刺す冷たい風。クライアントの視線は遠く、なのに重かった。
「アートだ」と主催者は言った。
でも、香織の胸に渦巻いたのは羞恥と、なぜか解放感。
「また、あの感覚を…」
そんな思いが浮かび、身震いする。
「違う! お金のためだけ!」
心臓がバクバクする。美咲が笑う。
「ねえ、決めた? 面接、明日でもいいよ。」
香織は唇を噛む。5万円。家賃、食費、未来。あの静寂の街が頭の中で響く。「本当にアートなの?」
声は小さい。美咲が肩をすくめる。
「アートとかどうでもいいじゃん! 5万円だよ!」
香織は目を閉じ、前回の解放感が恐怖と一緒に疼く。
「考えさせて。」
呟き、席を立った。外の街は、まるで彼女を待つように静かだった。
香織は大学の裏門を出て、都心のオフィスビルへ向かう電車に揺られる。窓に映る自分の顔が遠い。美咲の声が耳に残る。
「5万円、1時間だけ!」
なのに、胸は重い。3か月前の夜――冷たい舗装、誰もいない街の静寂。あの解放感が疼く。
「お金のためだけ。」
言い聞かせるが、心の奥で囁く。
「あの感覚、嫌いじゃなかったよね?」
電車が停まり、駅の雑踏に押し出される。面接会場は前回と同じビルの一室。主催者の女性が現れ、事務的に言う。
「今回は1時間。準備は?」
香織の喉が詰まる。1時間、裸で街を歩く。ビルの外、静寂が忍び寄る。
「アートだ。」
前回の言葉が、信じられないまま響く。
オフィスビルの一室で、香織は契約書を前に立ちすくむ。女性が言う。
「1時間、途中で辞められません。今回はコースが長く、観察者が2人です。」
香織の心臓が跳ねる。5万円。家賃、食費、奨学金の重圧が脳裏をよぎる。コースはオフィス街から商業エリアへ、コンビニの灯りも通る。
「2人?」
声が震える。女性が頷く。
「前回のクライアントと新たなお一人。触れず、話さず、2メートル離れます。」
香織は唇を噛む。前回の視線が重かったのに、2人だと? 商業エリアの暗がり、コンビニの光が頭をよぎる。あの夜の風、羞恥、解放感が疼く。契約書にサインする。ペンの音が響く。女性が黒いローブを渡す。
「準備できたら、脱いでください。」
香織はローブを握り、窓の外を見る。ビル群の冷たい光が、覚悟を試すように輝く。
香織はローブを脱ぎ、深夜のオフィス街に踏み出す。冷たい舗装が足裏を刺し、風が肌を撫でる。2人のクライアント――2人とも男性――が2メートル後ろで無言に立つ。彼らの視線が背中に突き刺さる。前回は1人でも焼けるような羞恥だったのに、2人。香織は目を伏せ、唇を噛む。
「アートだ。」
言い聞かせるが、剥き出しの恐怖と疼く解放感が絡み合う。ビルのガラスが冷たく光る。静寂が耳を圧迫し、足音だけが舗装に反響する。前回の30分と違い、今回は1時間。オフィス街を抜け、商業エリアへ。コンビニの灯りが遠くに見える。あの光まで歩くなんて、果てしない。
10分が過ぎる。足が慣れ始めたが、羞恥は消えない。商業エリアが近づく。コンビニのネオンが輪郭を現す。クライアントの一人が、抑えた声で言う。
「コンビニへ缶コーヒー買いに行ったりして。あっ、独り言だけど。」
香織の息が止まる。コンビニ? 裸で? ありえない!
頭が真っ白になる。なのに、妄想が膨らむ――店員の視線、レジの光、缶の冷たさ。
「そんなバカな!」
香織は自分にゾッとする。衝動が喉までせり上がる。光が瞬く。カシャッと電子音が響く。香織は凍りつく。
「撮られた?」
契約では撮影禁止。主催者の「関係者以外、立ち入り禁止」が頭をよぎる。振り返るが、クライアントは無表情。光はもうない。静寂が耳の中で鳴り続ける。
香織はコンビニの灯りを背に、商業エリアの暗がりを歩く。電子音の記憶が恐怖を煽る。クライアントの一人が低く言う。
「次は昼間の繁華街でどう? これも独り言だけど。」
香織の心臓が跳ねる。昼間? 群衆の中で、裸で? 妄想が膨らむ――雑踏、視線、ざわめき。
「見られてる。私、全部…。」
「そんなわけない!」
否定が叫ぶが、衝動が囁く。
「もし、歩けたら…?」
足が震える。静寂が、街の冷たい光と共にもっと重くなる。あと少し耐えれば、5万円。この疼きも消えるはずだ。
商業エリアを抜け、オフィス街の暗がりに戻る。1時間、残りわずか。足が鉛のようだ。羞恥が胸を焦がし、コンビニの光、昼間の群衆の妄想が頭を離れない。主催者の女性が現れ、言う。
「あと5分。終了地点へ。」
喉が詰まる。女性の後ろに、2人の影――彩花と真由。他の参加者だ。彼女たちも、この気持ちで歩いたのか? クライアントの視線が、衝動を見透かす。香織は目を伏せ、歩く。
終了地点で、香織は震える手でローブを羽織る。肌に残る風の冷たさと、視線が消えない。女性が封筒を渡す。
「5万円。ご苦労でした。」
香織は彩花と真由を見る。彩花、30代、穏やかな微笑み。
「大丈夫、慣れるよ。」
喉が詰まる。慣れる? この疼きに? 真由、同世代、鋭い目。
「アートって、こういうこと?」
香織は答えられず、封筒を握りしめる。
アパートへの帰路、深夜の電車は静かだ。窓に映る自分が他人みたい。コンビニの光、電子音、昼間の妄想が頭を巡る。
「私、変態なの?」
否定が刺すが、衝動が疼く。
「また歩きたい…。」
スマホが震え、美咲のLINE。
「5万ゲット? またやろ!」
軽やかな文字に、香織は返信できない。彩花の「慣れるよ」が、希望か呪いか分からない。アパートの鏡の前で、香織は封筒を見つめる。「お金のため。」呟くが、後悔が刺す。
「もうやらない。」
なのに、衝動が笑う。
「また、歩くよ。」
夜の街が、彼女を静かに待っている。
香織は大学の講義棟を出て、秋の冷たい風に肩をすくめた。アパートの家賃督促状が頭をよぎる。冷蔵庫は空っぽ、生活費の重圧が胸を締め付ける。
スマホが震え、美咲からのメッセージが点滅した。
「超大事な話! カフェで待ってる!」
香織はため息をつき、約束の喫茶店へ向かった。美咲は笑顔で手を振る。
「香織、めっちゃ痩せた? 大丈夫?」
軽やかな声に、香織は苦笑する。
「バイト増やしたけど、キツくてさ。」
美咲が身を乗り出す。
「ねえ、覚えてる? あの全裸のバイト! また募集あるよ。1時間で5万円!」
香織の手が止まる。3か月前の夜――冷たい舗装、風のざわめき、クライアントの遠い視線。あの羞恥と、なぜか湧いた解放感が蘇る。
「まじ? まだやってるの?」
声が震える。美咲は笑う。
「ほんとほんと! 前と同じルール。触らない、話さない、アートだって! 香織、1回やったんだし、余裕でしょ?」
香織はカフェのテーブルに額を押しつけ、美咲の言葉を反芻する。
「5万円、1時間だけ。」
甘い響きに胸がざわつく。あの夜が脳裏に蘇る――深夜のオフィス街、靴音が響く舗装、肌を刺す冷たい風。クライアントの視線は遠く、なのに重かった。
「アートだ」と主催者は言った。
でも、香織の胸に渦巻いたのは羞恥と、なぜか解放感。
「また、あの感覚を…」
そんな思いが浮かび、身震いする。
「違う! お金のためだけ!」
心臓がバクバクする。美咲が笑う。
「ねえ、決めた? 面接、明日でもいいよ。」
香織は唇を噛む。5万円。家賃、食費、未来。あの静寂の街が頭の中で響く。「本当にアートなの?」
声は小さい。美咲が肩をすくめる。
「アートとかどうでもいいじゃん! 5万円だよ!」
香織は目を閉じ、前回の解放感が恐怖と一緒に疼く。
「考えさせて。」
呟き、席を立った。外の街は、まるで彼女を待つように静かだった。
香織は大学の裏門を出て、都心のオフィスビルへ向かう電車に揺られる。窓に映る自分の顔が遠い。美咲の声が耳に残る。
「5万円、1時間だけ!」
なのに、胸は重い。3か月前の夜――冷たい舗装、誰もいない街の静寂。あの解放感が疼く。
「お金のためだけ。」
言い聞かせるが、心の奥で囁く。
「あの感覚、嫌いじゃなかったよね?」
電車が停まり、駅の雑踏に押し出される。面接会場は前回と同じビルの一室。主催者の女性が現れ、事務的に言う。
「今回は1時間。準備は?」
香織の喉が詰まる。1時間、裸で街を歩く。ビルの外、静寂が忍び寄る。
「アートだ。」
前回の言葉が、信じられないまま響く。
オフィスビルの一室で、香織は契約書を前に立ちすくむ。女性が言う。
「1時間、途中で辞められません。今回はコースが長く、観察者が2人です。」
香織の心臓が跳ねる。5万円。家賃、食費、奨学金の重圧が脳裏をよぎる。コースはオフィス街から商業エリアへ、コンビニの灯りも通る。
「2人?」
声が震える。女性が頷く。
「前回のクライアントと新たなお一人。触れず、話さず、2メートル離れます。」
香織は唇を噛む。前回の視線が重かったのに、2人だと? 商業エリアの暗がり、コンビニの光が頭をよぎる。あの夜の風、羞恥、解放感が疼く。契約書にサインする。ペンの音が響く。女性が黒いローブを渡す。
「準備できたら、脱いでください。」
香織はローブを握り、窓の外を見る。ビル群の冷たい光が、覚悟を試すように輝く。
香織はローブを脱ぎ、深夜のオフィス街に踏み出す。冷たい舗装が足裏を刺し、風が肌を撫でる。2人のクライアント――2人とも男性――が2メートル後ろで無言に立つ。彼らの視線が背中に突き刺さる。前回は1人でも焼けるような羞恥だったのに、2人。香織は目を伏せ、唇を噛む。
「アートだ。」
言い聞かせるが、剥き出しの恐怖と疼く解放感が絡み合う。ビルのガラスが冷たく光る。静寂が耳を圧迫し、足音だけが舗装に反響する。前回の30分と違い、今回は1時間。オフィス街を抜け、商業エリアへ。コンビニの灯りが遠くに見える。あの光まで歩くなんて、果てしない。
10分が過ぎる。足が慣れ始めたが、羞恥は消えない。商業エリアが近づく。コンビニのネオンが輪郭を現す。クライアントの一人が、抑えた声で言う。
「コンビニへ缶コーヒー買いに行ったりして。あっ、独り言だけど。」
香織の息が止まる。コンビニ? 裸で? ありえない!
頭が真っ白になる。なのに、妄想が膨らむ――店員の視線、レジの光、缶の冷たさ。
「そんなバカな!」
香織は自分にゾッとする。衝動が喉までせり上がる。光が瞬く。カシャッと電子音が響く。香織は凍りつく。
「撮られた?」
契約では撮影禁止。主催者の「関係者以外、立ち入り禁止」が頭をよぎる。振り返るが、クライアントは無表情。光はもうない。静寂が耳の中で鳴り続ける。
香織はコンビニの灯りを背に、商業エリアの暗がりを歩く。電子音の記憶が恐怖を煽る。クライアントの一人が低く言う。
「次は昼間の繁華街でどう? これも独り言だけど。」
香織の心臓が跳ねる。昼間? 群衆の中で、裸で? 妄想が膨らむ――雑踏、視線、ざわめき。
「見られてる。私、全部…。」
「そんなわけない!」
否定が叫ぶが、衝動が囁く。
「もし、歩けたら…?」
足が震える。静寂が、街の冷たい光と共にもっと重くなる。あと少し耐えれば、5万円。この疼きも消えるはずだ。
商業エリアを抜け、オフィス街の暗がりに戻る。1時間、残りわずか。足が鉛のようだ。羞恥が胸を焦がし、コンビニの光、昼間の群衆の妄想が頭を離れない。主催者の女性が現れ、言う。
「あと5分。終了地点へ。」
喉が詰まる。女性の後ろに、2人の影――彩花と真由。他の参加者だ。彼女たちも、この気持ちで歩いたのか? クライアントの視線が、衝動を見透かす。香織は目を伏せ、歩く。
終了地点で、香織は震える手でローブを羽織る。肌に残る風の冷たさと、視線が消えない。女性が封筒を渡す。
「5万円。ご苦労でした。」
香織は彩花と真由を見る。彩花、30代、穏やかな微笑み。
「大丈夫、慣れるよ。」
喉が詰まる。慣れる? この疼きに? 真由、同世代、鋭い目。
「アートって、こういうこと?」
香織は答えられず、封筒を握りしめる。
アパートへの帰路、深夜の電車は静かだ。窓に映る自分が他人みたい。コンビニの光、電子音、昼間の妄想が頭を巡る。
「私、変態なの?」
否定が刺すが、衝動が疼く。
「また歩きたい…。」
スマホが震え、美咲のLINE。
「5万ゲット? またやろ!」
軽やかな文字に、香織は返信できない。彩花の「慣れるよ」が、希望か呪いか分からない。アパートの鏡の前で、香織は封筒を見つめる。「お金のため。」呟くが、後悔が刺す。
「もうやらない。」
なのに、衝動が笑う。
「また、歩くよ。」
夜の街が、彼女を静かに待っている。
香織は大学の講義棟を出て、秋の冷たい風に身を縮めた。カバンの中のスマホが震え、画面には友達の美咲からのメッセージが点滅していた。
「超楽なバイト見つけた! 話したいんだけど、今どこ?」
美咲はいつものように軽やかな笑顔でカフェのテーブルに着いた。香織がアイスコーヒーを注文すると、美咲は身を乗り出して囁くように言った。
「ねえ、香織。お金、欲しいよね?」
「欲しいけど……何? また怪しい話?」
香織は笑いながらも、どこか警戒していた。美咲の「いい話」は、いつも少しだけ危うい匂いがした。
「全然怪しくないよ! ただ、ちょっと変わってるだけ。男性と街を歩くだけで、30分で3万円もらえるの。どう?」
香織の眉が上がった。3万円。彼女のバイト代はコンビニで時給1100円。3万円は、1カ月の食費を賄える額だ。
「それ、絶対何かあるでしょ。どんな男? 何するの?」
「だから、歩くだけだって! セックスとか、変な絡みとか、一切なし。ほんと、ただ一緒に歩くの。相手はちゃんとした人で、ルールも厳格らしいよ」
香織はコーヒーを一口飲んで、目を細めた。
「で、なんでそんな話が私に来るの?」
美咲は少し声を潜めた。
「まあ、ちょっとだけ特殊な条件があるんだけど……その、歩くとき、服を着ないで歩くの。全裸で」
香織の手が止まった。カップがテーブルにカチンと音を立てた。
「は? 全裸? 冗談でしょ?」
「冗談じゃないよ!」
美咲は慌てて手を振った。
「でも、ちゃんとルールがあるの。歩く場所は夜の限られたエリアで、警察とかとも調整済みなんだって。クライアントは変態とかじゃなくて、アートとかパフォーマンスに興味あるお金持ちの人たち。ほら、海外とかで全裸パフォーマンスとかあるじゃん? ああいう感じ!」
香織は言葉を失った。全裸で街を歩く。頭では理解できる単語なのに、それが自分に結びつくイメージはまるで浮かばなかった。
「いや、絶対無理。捕まるよ、そんなの」
「捕まらないよ。主催者がちゃんと許可取ってるって。ほら、香織だって美術の授業でヌードモデルとか見たことあるでしょ? それと同じ。アートの一環なの」
香織は黙ってコーヒーを飲み干した。美咲の声は明るかったが、香織の胸には重いものが沈んでいた。「考えさせて」
そう言って、彼女は席を立った。
家に帰っても、美咲の言葉は頭から離れなかった。香織のアパートは古くて、冬は隙間風が吹き込む。冷蔵庫には卵と納豆しかない。奨学金の返済はまだ始まっていないが、毎月の生活費で貯金はゼロに近かった。
3万円。1時間で3万円。
それが、どれだけ彼女の生活を変えるかを考えると、息が詰まりそうだった。
シャワーを浴びながら、香織は自分の体を見下ろした。特別美人でもない、特別スタイルがいいわけでもない。でも、20歳の肌は滑らかで、どこか誇らしいものがあった。
「全裸で歩くって、どんな気分なんだろう」
そんな考えが一瞬頭をよぎり、すぐに自分で打ち消した。
「いや、ありえない。恥ずかしいだけじゃん」
ベッドに寝転がり、スマホで「全裸 パフォーマンス」と検索した。
海外のアーティストが、美術館や街中で裸で立つ映像がいくつも出てきた。コメント欄には「美しい」「勇気ある」と絶賛する声が並ぶ一方、「変態」「恥知らず」との罵声もあった。
香織は画面を閉じた。自分には関係ない世界だと思った。
それでも、夜中に目が覚めると、3万円という数字が頭を支配していた。香織はバイトを増やそうとしたが、大学の授業とゼミの準備で時間は限られている。親に仕送りを頼むのは、プライドが許さなかった。
「1時間だけなら……」
そんな囁きが、心のどこかで聞こえた。
翌日、香織は美咲に連絡した。
「そのバイト、詳しく教えて」
美咲は興奮した声で説明した。
主催者は「アートプロジェクト」と称して、限られた時間と場所で全裸のウォーキングを行う。参加者は事前に面接を受け、ルールを厳守する契約を結ぶ。クライアントは50代の男性で、美術収集家だという。歩くのは深夜のオフィス街、30分間だけ。見物人はいない。撮影も禁止。報酬は即日現金で3万円。
「面接だけでも受けてみない? 嫌なら断ればいいんだし」
美咲の言葉に、香織は頷いた。まだ決めたわけじゃない。ただ、話を聞くだけだ。
面接は都心の小さなオフィスで行われた。相手は40代くらいの女性で、落ち着いたスーツ姿だった。
「このプロジェクトは、身体の解放と社会規範の再考をテーマにしています」
彼女の声は事務的で、どこか冷たかった。
「あなたが不快に感じる行為は一切ありません。ただし、完全に裸で歩く覚悟が必要です。途中で辞めることはできません」
香織は質問した。
「本当に安全なんですか? 誰かに見られたりしない?」
「歩くエリアは一般道ですが、警備員も配置されます。クライアントは、決してあなたに触れません。話しかけず、2メートル以上の距離を保ちます」
香織は黙って書類を見た。契約書には細かいルールがびっしり書かれていた。報酬の金額も明記されていた。3万円。彼女の手が震えた。
「持ち帰って考えてもいいですか?」
「もちろんです。ただし、返事は明日までにお願いします」
女性は微笑んだが、その目は香織の心を見透かすようだった。
その夜、香織は眠れなかった。ベッドの中で何度も寝返りを打ち、天井を見つめた。
全裸で街を歩く。想像するだけで心臓が縮こまる。
誰かに見られるかもしれない。笑われるかもしれない。警備員がどうとか言ってはいたが、見られることがないと断言していなかった。
もし何か起きたら? そんな恐怖が頭をぐるぐる回った。
一方で、別の声も聞こえた。
「たった30分だよ。3万円だよ。それで、生活が楽になる。誰も知らない。誰にも言わなければ、なかったことになる」
香織は自分の体を抱きしめた。恥ずかしい。怖い。でも、お金が必要だ。
彼女は過去の自分を思い出した。高校生の頃、部活の合宿費を払えず、友達の前で泣いたこと。大学に入ってからも、みんなが海外旅行やブランドバッグの話をしている中、自分だけがコンビニ弁当でやりくりしていたこと。
「貧乏なんて嫌だ」 その思いが、香織の胸を締め付けた。
朝が来た。香織はスマホを取り、契約書にサインする自分を想像した。吐き気がした。でも、同時に、どこかで決意が固まっていくのを感じた。
「やるしかない」
彼女は美咲にメッセージを送った。
「面接の人の連絡先、教えて」
当日、香織は指定された場所に立っていた。深夜のオフィス街は静まり返り、ビルの明かりだけが冷たく輝いていた。
ローブの下は、すでに何も着ていない。
ここに来る前、主催者の女性から黒いローブを手渡された。
「これを着て、開始地点まで行きます。準備ができたら、脱いでください」
言われるままに着替えを済ませ、車に乗り、ここで降ろされた。
香織の心臓は爆発しそうだった。肌に冷たい空気が触れるたび、逃げ出したくなった。
女性が言った。
「今ならキャンセルできます。どうしますか?」
香織は目を閉じた。3万円。30分。誰も知らない。彼女は小さく頷いた。
「やります」
ローブを脱ぎ、女性に渡す。靴も取り上げられた。アートである以上、何も身に着けてはならないとのことだった。
街角で一糸まとわぬ姿になった間、香織は自分が消えてしまいたいと思った。
風が肌を撫で、足元の舗装が冷たかった。 クライアントの男性は2メートル離れた場所に立ち、無表情で彼女を見ていた。触れない。話さない。それなのに、香織は全身が焼けるように恥ずかしかった。
女性に促され、歩き始めた。1歩。2歩。足音がやけに大きく響く。
香織は前を向いた。見られている。いや、見られていない。これはアートだ。自分はモデルだ。そう言い聞かせた。でも、心のどこかで、別の自分が叫んでいた。
「何やってるの! やめて! 服着て!」
10分が過ぎた。
香織は、自分のしていることが信じられない。下着一枚着けず、夜の街を歩いているのだ。
クライアントと呼ばれる男性に見つめられながら。警備員と言うのも男性だろう。何人が配置されているのかわからないが、その人たちも、香織の姿を確認していることになる。
通行人はいない。ビルの明かりも少ない。ただ、静かな街と、彼女の裸の体だけがある。
ふと、妙な感覚が芽生えた。怖いのに、どこか自由だ。誰も彼女を裁かない。この瞬間、彼女はただの「香織」ではなく、何か別の存在だった。
30分が終わった。
女性がローブを差し出し、香織は慌ててそれを羽織った。クライアントは一礼して去った。香織の手には、封筒に入った3万円があった。
車で送られる途中、香織は窓の外を見た。
街はいつもと同じだった。でも、彼女の中では何かが変わっていた。恥ずかしさ、恐怖、解放感、罪悪感。それらが混ざり合い、彼女を新しい自分へと押しやっていた。
家に帰り、封筒を机に置いた。香織は鏡を見た。
そこには、いつもの自分と、どこか違う自分がいた。
「もう二度とやらない」
そう呟いた。でも、心の奥では、別の声が小さく笑っていた。
「また、やるかもしれないよ」