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fld_nor.gif 『波打ち際の迷い』
投稿日 : 2026/08/14(Fri) 16:32
投稿者 ベンジー
参照先

波打ち際の迷い

佐藤あかり、24歳。都内の広告代理店で働くごく普通のOLだ。毎日満員電車に揺られ、残業続きのデスクワーク。週末はカフェ巡りかNetflixで終わるルーチンに、少しずつ飽きがきていた。そんなある日、SNSで目にした記事がきっかけだった。

「日本初! 伊豆に合法ヌーディストビーチがオープン。自由な自分を発見しよう」

写真は青い海と白い砂浜。そこにいる人々は、確かに服を着ていない。でも、記事は「自然回帰」「ボディポジティブ」を強調していて、エロティックな感じじゃなかった。あかりはスマホをスクロールしながら、心臓が少し速くなった。

「面白そう……でも、絶対無理だよ。私みたいな普通の体で、全裸なんて」

興味はあった。子供の頃から、海が大好きだったけど、いつも水着のラインが気になって自由に泳げなかった。ヌーディストビーチなら、そんなプレッシャーから解放されるかも? でも、一人で行く勇気はない。まずは友達を誘ってみよう。

翌日のランチタイム、同僚のミキに声をかけた。ミキはあかりの同期で、明るくて何でも乗り気なタイプ。

「ねえ、ミキ。週末、伊豆の新しいビーチ行かない? あの、ヌーディストのやつ」

ミキはフォークを止めて、目を丸くした。

「え、ヌーディスト? マジで? あかり、意外と大胆じゃん! でも私、予定入ってるんだよね。しかも全裸とか、絶対日焼け跡が変になるよ。ごめん、パス」

断られた。次は大学時代の親友、ゆいにLINEを送ってみた。

「ゆい、久しぶり! 伊豆にヌーディストビーチできたらしいよ。一緒に行ってみない?」

返事はすぐに来た。「えー、面白そうだけど、旦那に怒られそう。しかも私、最近太っちゃって自信ないわ。ごめんねー」

またダメ。SNSで他の友達を探すが、誰も本気で食いつかない。みんな「勇気あるね!」とか「報告待ってる!」と言うだけで、一緒に行く人はゼロ。あかりはため息をついた。

「一人じゃ無理だよ……。でも、諦めきれない」

情報を集め始めることにした。まずはネット検索。「伊豆 ヌーディストビーチ 体験談」

出てきたのはブログやレビューサイト。開設から数ヶ月経った2028年の夏、訪れた人たちの声が並ぶ。

- 「意外と普通のビーチみたい。みんなリラックスしてるよ。全裸の人8割、水着の人2割くらいかな」
- 「家族連れもいるし、変な人はいない。スタッフがパトロールしてるから安全」
- 「最初は恥ずかしいけど、5分で慣れる。誰も見てないよ」
- 「荷物はロッカーに預けて、クーラーボックス持参。パラソル立てて基地作るのがおすすめ」
- 「車必須。駐車場は早めに埋まるから朝イチで」

あかりは目を輝かせた。強制じゃないんだ。じゃあ、最初は水着で様子見て、気が向いたら……。でも、不安も募る。夜、ベッドで想像する。砂浜に着いて、服を脱ぐ瞬間。周りの視線。体型のコンプレックス。万一、知り合いに会ったら?

「でも、行かなきゃ一生後悔するかも。普通のビーチじゃ味わえない解放感、味わってみたい」

翌朝、出勤途中の電車で決心した。ネットで予約を入れる。土曜日の朝イチ。友達がいなくても、一人で行ってみる。ダメならすぐ帰ればいい。

当日、あかりは自分の軽自動車で伊豆へ向かった。後部座席にクーラーボックス(水筒とスポーツドリンク、サンドイッチ)、パラソル、ビーチシート、タオル、日焼け止め、着替えの入ったバッグを積み込み。スマホはビーチ内使用禁止なので、車に置いておくつもりだった。道中、伊豆スカイラインを抜け、細い県道を下りると、看板が見えた。「伊豆・裸の岬海水浴場 駐車場 P」

駐車場はすでに半分埋まっていた。料金は1日1,500円。係員に車を停め、荷物を抱えて受付へ。簡易的なプレハブ小屋で、若い女性スタッフが笑顔で対応。

「予約の佐藤さんですね。リストバンドとロッカーキーです。貴重品とスマホはこちらのロッカーに。ビーチ内は撮影禁止なので、持ち込みNGですよ。日焼け止め、タオル、飲み物はOKです」

あかりは財布、鍵、スマホをロッカーに預け、鍵をリストバンドに付けた。残りの荷物(クーラーボックス、パラソル、シート、日焼け止め)を抱えて砂浜へ。階段を下りると、波の音が近づく。砂浜にはすでに人が散らばっていた。全裸の人が多い。おじいさんがラジオを聴きながら日傘の下で寝ている。20代後半のカップルが手をつないで歩いている。家族連れもいて、小学生の男の子が「ママ、ほんとに服着なくていいの?」と大声で確認している声が聞こえた。

あかりはまずは端っこの岩陰近くに場所を確保。パラソルを立て、シートを広げ、クーラーボックスを置いて「基地」を作った。日焼け止めを手に取り、全身に塗る。背中は自分で頑張って伸ばす。塗り終えると、少し緊張がほぐれた。

周りを見回す。全裸の人が普通に本を読んだり、泳いだり。誰もこっちを見ていない。誰も自分の体型を品定めしていない。

(……あれ?)

気づいたら、水着の上に着ていたTシャツと短パンを脱いでいた。まだビキニだけど、すでに少し自由を感じる。深呼吸して、ビキニのトップを外す。次にボトム。最初は両手で胸と股間を隠したが、5分もしないうちに「あ、もういいか」となった。タオルを腰に巻いて立ち上がり、波打ち際へ。

海風が直接肌に当たる。乳首が風に反応して、少し硬くなる。恥ずかしいけど、誰も気にしない。波が足に触れる感覚が新鮮で、笑いがこみ上げてきた。

「来てよかった」

そのまま海に入る。水が全身を包む。浮かぶ。泳ぐ。体が軽い。胸が揺れる感覚も、最初は気になったけど、すぐに自然に感じた。

少しして、基地に戻る。クーラーボックスからスポーツドリンクを取り出し、飲む。隣のシートで、50代くらいの女性が本を読んでいた。表紙は『サピエンス全史』。あかりは思わず声をかけた。

「…面白いですか、それ」

女性は少し驚いた顔をしてから、にこっと笑った。

「まだ序盤だけどね。人類がどうやって服を着るようになったのか、ってところまで来たの」

あかりもつられて笑った。

「じゃあ、ここは人類史の逆走イベントってことですか」

「そうかもね。一回、全部脱いでみないと、本当の自分って何なのかわからないのかも」

そのあと二人は特に深い話はしなかった。ただ、同じ太陽の下で、同じ波の音を聞きながら、黙って時間を過ごした。

夕方近く、あかりはシャワーブース(簡易的な海の家風の施設)で砂を落とし、着替えた。ロッカーでスマホを取り出し、鏡に映る自分は、朝より少し日に焼けていて、少しだけ肩の力が抜けているように見えた。

駐車場に戻る途中、入口の看板をもう一度見た。

「全裸可・水着着用も可」

その「も可」の二文字が、なんだかとても優しく感じた。

あかりは小さく息を吐いて、
「また来ようかな」

と呟いた。

次の週末、あかりは再びあの岬に向かうのだろう。今度はタオルと日焼け止めと、クーラーボックスに詰めたお弁当を手に。

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