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第1話 露出っこのお誕生日

 グランドには木々の影が長く伸びていた。トラックも校舎もオレンジ色に染まり、校庭に残っている生徒の数も少ない。日が落ちるまで後三十分もないだろう。愛美はゴールラインの先に立ち、膝に両手を付いて大きな息をしていた。
「マナちゃん、今日はもう上がるよ」
 声をかけたのは森口里奈。愛美と同じ白のTシャツに赤い短パンは、陸上部の練習着だ。春の競技会を目標に、練習にも身が入っていた。愛美はハードルの選手だ。他の部員たちからゴムマリが弾んでいるようだと言われることが誇らしかった。入部以来それなり以上の成績を収めてきた。三年生になった今年は学校からも期待される存在だった。
「じゃ、最後にもう一本」
 スタートラインに向かってゆっくりと歩き出す。後輩たちの顔色が曇った。用具の片づけにだって時間はかかる。暗くなる前に終えたいと思うのも無理はない。一同の視線が部長を通り越し、顧問の先生に集まる。愛美は一年生の後半から当時の三年生と対等の口を利いていた。
「榊原が言っているんだ。走らせてやれ」
 顧問は四十過ぎの男性教諭だ。陸上の経験はあるらしいが、あの腰回りでは百メートルを完走できるかも怪しいものだ。
 空気が読めない愛美ではないが、どうしても後一本走っておきたかった。心の中で手を合わせながらも、顧問の指図を当然のことのように胸を張る。部員たちの視線が集まる中、肩まで伸びたストレートの髪を頭の後ろで束ね直す。
 愛美はスターティングブロックを蹴った。

 あの日以来、シャワールームに入ると他の子の胸が気になってならない。芳樹とエッチしていた女性は「ともみ」と呼ばれていた。彼女の乳房は部員の誰よりも大きかった。自分だけが見劣りしているのではないと確かめては安心する毎日だった。
 ハダカになってブースに入る。熱いお湯が練習後の疲れた体に気持ち良かった。
 芳樹にカノジョがいたこと。そのカノジョとのセックスを見せつけられたこと。全部忘れてしまいたい記憶だった。汗と一緒に流れてくれればどんなに良かったことか。愛美はシャワーノズルに顔を向けた。
(あの人は気づかなかったのかなあ)
 そんなわけはない。確かにあの時、カノジョは愛美を見て微笑んだ。それを芳樹に告げたらどうなるのだろう。大家さんに聞けば、愛美が部屋にいたことがばれてしまう。何も言ってこないのは、彼女が話をしていないからか。それとも芳樹は、愛美と口も利きたくないほど怒っているのか。
「ねえ、何ぼんやりしてるの」
 里奈が愛美のブースをのぞき込んだ。
「きゃっ、何見てるのよ」
 愛美は慌てて胸を隠す。
「いつまでも物思いに耽っているからだよ」
 なるほど、里奈以外の部員は皆いなくなっていた。愛美は髪だけ拭くと、バスタオルを巻いてブースを出た。里奈は、すでに着替え終わっていた。
「マナちゃんっていい体してるよね」
 愛美がハダカを意識したのは、里奈がそういう視線で見ていたからかもしれない。
「何、急に。オヤジみたいな」
「スレンダーな魅力に溢れているってこと。いかにもアスリートって感じだよ」
「そ、そうかなあ」
 褒められているのか微妙なところだが、とりあえず悪い気はしなかった。
「マスクは最高なんだし、これでもう少し身長があって胸が大きくなったらミスコンでも狙えるんじゃない」
「はい、はい。どうせ私はチビで貧乳ですよ」
 愛美が気にしていることをここまでハッキリと言うのは、この子くらいだろう。愛美は同級生や後輩はもちろん、先生方からも一目置かれる存在になっていた。陸上部の部長を断ったのも、わがままを言えなくなるという理由からだ。陸上競技の成績と態度の大きさでは、間違いなくエースだった。
 帰り道でも、愛美の頭は「ともみ」という女性のことで一杯だった。カノジョは、愛美が芳樹の妹だということを知らない。あの微笑みの意味は何だったのだろう。男とセックスをしているところを人に見られて平気な女性がいるのだろうか。
 それにあの時の会話は、ハダカのまま自販機まで行くように聞こえた。普段から芳樹がそれをさせているようにも……
「ねえ、マナちゃん」
 隣を歩いていた里奈が声をかけてきた。
「あっ、ごめん。私、また……」
「何を悩んでいるのか知らないけどさあ、こういう時のために親友っているんだと思うよ」
 愛美は立ち止まって里奈を見つめる。長い髪をおさげにしていた。身長も体重も同じくらい。これで髪型まで同じにしたら、後ろからでは区別がつかないだろう。
「うん、ありがと」
「ん?」
 里奈も足を止めて振り向き、首を傾げる。
「気持ちの整理ができたら話すね」
「よしよし、任せておきなさい。じゃ、今日はこれで」
「また明日」
 里奈の気持ちは嬉しかった。里奈だけが愛美の芳樹に対する想いを知っていた。それでも、いや、それだから尚更だろうか。芳樹のアパートでカノジョとのセックスをのぞき見たことを知られたくなかった。
「ごめんね。里奈」
 愛美は親友の後ろ姿を見送った。

 日が落ちてすっかり暗くなった路地を一人で歩く。家までもう少しというところでケータイの着信音が響いた。芳樹からではないかと急いで開く。表示されたナンバーに見覚えがなかった。
「はい……」
 名前は名乗らないことにしていた。友達なら名乗る必要もないし、悪戯電話の類なら黙って切るだけだ。
『もしもし、榊原愛美ちゃんのケータイでいいんだよねえ』
 女性の声だった。
 これって「ともみ」さんではないだろうか。
 でも、なんで……
「はい、そうですけど」
『ごめんね、突然。芳樹のアドレス帳見てかけたの。そう言えば誰だかわかるよね』
「はい……」愛美は、息が詰まりそうだった。
『これから会えないかなあ』
 電話の女性は「栗田朋美」と名乗った。聞いたことがあるような名前だ。この前のことで話がしたいから、駅前のカラオケボックスに来て欲しいと言う。愛美が来るものと決めつけた口ぶりだった。
 三十分後、愛美はカラオケボックスの一室に朋美と二人で入った。四、五人入れば一杯の小さな部屋だ。テーブルを挟んで長いすが二つ。奥にはカラオケの機材と、小さいながらもステージがあった。何度か来たことのある場所だったのが救いだった。
(何の用だろう)
 愛美は不安を隠さなかった。
「ウーロン茶でいいかなあ」
 そんな愛美をよそに、朋美はフライドポテトとチキンを注文する。意外だったのは、朋美が高校の制服を着ていたことだ。今時の女子校にしてはスカートが長目ということを除けば、特に変わったところがあるわけではないが、
「それ、清女{せいじょ}ですよねえ」
「そうよ」
 事も無げに言う朋美だが、清心女子大付属高校、通称「清女」というのは県内でも指折りの進学校だった。スポーツも盛んで文武両道に秀で、わざわざ越境入学してくる生徒も多い。お嬢様学校としても有名で、良家の子女しか入れない学校だった。
 もっと大人だと思っていたのに、朋美は十七歳の高校二年生だと言う。
 切れ長の目に細く通った小鼻、薄い唇。本当にきれいだ。背も高くモデルにスカウトされてもおかしくない。学生鞄の他にボストンバッグを持っていた。芳樹とはどこで知り合ったのだろう。
「愛美ちゃんも入れなよ」
 朋美はテーブルの上の液晶パネルをいじり始めた。慣れた手つきで次々と曲を入れていく。いったい何曲入れたのだろう。
 マイクを持ってステージに立つ。パネルが愛美の方を向いていた。最初の一声うまいと思った。声量も豊富でメリハリを利かせた歌い方だ。店員が注文された品物を持って来ても気にすることもない。時々愛美に向かって手を振ったりもした。
 芳樹はこの人を愛している。愛美にとっては恋敵に当たるわけだ。しかも自分の秘密を握っている。愛美はカラオケどころではなかった。
 五曲ほど歌い終わると、朋美はテーブルの上のウーロン茶を口に含む。愛美とは差し向かいの位置に座っていた。
「私に何の用ですか?」
 愛美の声に不自然な音色が混ざった。
「愛美ちゃんは歌わないの」
「そんな気分じゃありません」
「そっか。うん、そうよね。もうちょっと楽しんでからにしようと思ったんだけど……」
 朋美の表情が変わった。
「私ね、あなたを脅迫しに来たの」
 ごく普通の話し方だった。
 それだけにぞっとするような奥深さを感じ、愛美の不安は恐怖へと変わっていく。
「怖い?」
 愛美は言葉が見つからない。
「返事はなし、か。ま、仕方がないわね」
「……えっ」
「あの日、愛美ちゃんがクローゼットにいたこと、芳樹はまだ知らないの」
「ほ、本当ですか?」
「本当よ。だから脅迫になるんじゃない。黙っていて欲しいでしょ」
 愛美は頷いた。
「それじゃ、ハダカになって」
 朋美の言葉が頭の中をぐるぐると回った。
 ――ハダカになって
 確かにそう言ったはずだ。愛美は胸元を押さえ朋美の目を見つめた。
「聞こえなかった?」
「いえ、でも……」
「これは命令なの。愛美ちゃんは逆らうことができないのよ」
 朋美の言葉には不思議な説得力があった。あまりにも当然のことのように言うからだろうか。さっきの電話の時もそうだったが、理不尽で一方的な要求だというのに、その一つ一つに逆らいがたいものを感じるのだ。
「ここで……ですか?」
「そうよ」
「でも、恥ずかしい」
「私はもっと恥ずかしいところを見られたのよ。ここでハダカになるくらいで済むなら安いものだと思わない?」
「そんな……」
「いいから脱いで。早くしないと、後で意地悪しちゃうわよ」
 愛美には、朋美の言う意地悪がものすごく恐ろしいものに思えた。絶対にそれだけは避けなければならない。今ここでハダカにならないと後悔することになる。朋美の目と口元がそう告げていた。
 愛美は制服の上着に手をかけた。
「やっと脱ぐ気になったわね。楽しみだわ」
 これも意地悪の内だろうか。
 上着をたたんでイスに置く。スカートのホックを外す。お尻を浮かして膝下まで下ろし、足下から抜く。見られているのは同性である。ここが女子更衣室だと思えば何でもないのかもしれない。ブラウスのボタンを外す手が震えていた。
「本当に恥ずかしそうね」
 朋美は楽しそうに愛美を見ていた。もしかしたらと思って顔をあげたが、朋美は顎で催促するばかりだ。
 ブラウスを袖から抜く。愛美はブラジャーとショーツだけの姿になった。ついさっき里奈にスレンダーなアスリートの体と言われたばかりだ。これ以上脱ぐのが恥ずかしいと思うのは、相手が朋美だったからという理由も大きかった。
「これでいいですか?」
「何言ってるの。下着もソックスも、全部よ」
 朋美が少しだけ怖い顔をした。
 愛美はソックスを脱いだ。長いすに衣類が積み上がる度に愛美の羞恥が増す。次はショーツに手をかけた。イスに座ったままなら、テーブルに隠れて下半身が見えにくいという計算もあった。でも、
「後はブラだけね」
 朋美が言う。愛美は自分の胸を見下ろした。Bカップのブラジャーに覆われた乳房は、あの日、芳樹のベッドで揺らした朋美のそれとは比べものにならない。
「どうしても、脱がなければダメですか?」
 蚊のなくような声だった。
「ダメ。素っ裸になるの」
「ああ、恥ずかしいから見ないでくださいね」
 愛美は背中に手を回す。ブラジャーのホックが外れた。支えを失って落ちそうになるカップを片手で押さえる。肩ひもを外して片側の腕を抜くと、カップを持ち替えて反対側の腕を抜く。ブラジャーはただの布きれになった。
「おっぱいを見られるのがそんなに恥ずかしいの」
 愛美は胸からカップを離そうとしない。ショーツを先に脱いでまで守ろうとする仕草が、朋美には意外だったのだろう。
「だって、小さいから……」
「もしかして、私と比べてるの?」
 愛美が目をうつむかせたまま頷いた。
「だったら気にすることはないわ。愛美ちゃん、まだ中学生だもの。お友だちだって、そんなに大きい子ばかりではないでしょ」
「それは、そうですけど」
「大丈夫よ。すぐに大きくなるから」
 あっという間の出来事だった。朋美はうつむく愛美の死角から手を伸ばし、ブラジャーを抜き取った。
「あっ」
 両手で胸を押さえる愛美。
「もう遅いわ。愛美ちゃん、これで素っ裸ね」
「イヤ、恥ずかしいです」
 朋美はテーブルの脇を通って愛美の隣に座った。愛美の脱いだ衣服は全部まとめてボストンバッグに仕舞う。胸から手を離せない愛美は、それを止めることもできない。
「どうするんですか?」
「大切なお洋服でしょ。鍵をかけておいてあげるね」
 朋美はバッグのファスナーに南京錠をかけた。これでもう愛美は自由に服を着ることもできない。朋美の許しが出るまでハダカでいるしかないのだ。
「どう。こんなところでハダカになった感想は?」
「ああ、もう許してください」
「ダメよ。愛美ちゃんは私の奴隷なんだから」
「奴隷……?」
「そう、露出奴隷。これから恥ずかしいことをいっぱいさせてあげるね」
 愛美には耳慣れない言葉だった。普通に服を着た朋美の前で自分だけが生まれたままの姿でいることが惨めだった。対等ではないのだ。朋美は何でも命令することができる。愛美は逆らうことができない。それに露出奴隷って……
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。ひどいことはしないわ」
「ああ、もう服を着せてください」
 愛美は胸を抱いたまま、朋美を見つめた。
「あら、まだ何もしてないじゃない」
「何をさせるつもりですか?」
「だから露出よ。野外露出」
「あっ!」
 愛美はあの日のことを思い出した。やはり朋美は、ハダカのまま外の自販機まで飲み物を買いに行ったのだ。確かに耳にはそう聞こえていたのだが、本当にやっていたとは思えなかった。
「愛美ちゃんを助けるためにやったのよ。私だって恥ずかしかったんだから」
「私を……?」
「そうよ。あのままじゃ芳樹に見つかっていたでしょ」
 朋美は芳樹から中学生になる妹がいることを聞いていた。あの状況でクローゼットに隠れている女の子をみれば、それが妹の愛美であると考えるのが普通だ。兄の帰りを待っていたら、女性と一緒だったので慌てて隠れた。そう考えた朋美は、愛美に逃げる機会を与えてくれたのだと言う。
「ただ飲み物が欲しいっていうだけじゃ聞いてくれそうになかったもの」
 朋美の笑みに悪意は感じられなかった。
「でも、前にもやっていたって……」
「そうよ。あなたのお兄さんはそういうことをさせるのが好きなの」
「野外露出……ですか?」
「そう。これから愛美ちゃんがすることよ。でも愛美ちゃんに奴隷は似合わないかな。そうだ。『露出っこ』っていうのはどう?」
 呼び名が変わったところで、やることに変わりはないのだろう。
「イヤです。私、そんなことできません」
 愛美の目から涙がこぼれ落ちそうだった。朋美が今にも自分をこの部屋から放り出すのではないかと思えた。部屋に入れて貰えず、店員や他のお客さんにこの恥ずかしい姿を晒すのだと、一人で妄想した。
「ねえ、愛美ちゃん、芳樹のこと好きでしょ」
「えっ?」
「大好きなお兄さんが私とエッチしているのを見てショックだったのよね。いくら好きでも、愛美ちゃんは芳樹とあんなことできないから」
 朋美には、全部わかっているのだ。愛美が芳樹を一人の男性として愛していることも。芳樹に抱かれたいと思っていることも。
「だったらこういうのはどう? エッチはできないけど、私が芳樹にされていることを愛美ちゃんにもしてあげる。間接的に芳樹の調教を受けていることになるのよ」
「調教……?」
「露出っこになるための調教よ。最初は恥ずかしいけど、慣れれば結構いいものよ」
「そんなこと……」
 できない、と言おうとして言葉を飲んだ。芳樹の調教を受ける、それは愛美にとって魅力のあることだった。エッチはできなくても調教なら、お兄ちゃんが自分を愛してくれるのなら、と惹き付けられるものがあった。
「どっちにしても愛美ちゃんは逃げられないんだけどね」
 朋美の目が意味ありげに輝く。愛美は背筋に寒気を覚えた。
「このバッグの鍵、どこにあると思う?」
 愛美の衣服を入れたバッグを指差す。南京錠が掛けられていた。鍵がなければ、愛美はいつになっても服を着ることができない。
「フロントに預けてあるの。私がこのまま帰っちゃったら、自分で取りに行くしかないわよ」
「そんなのダメです」
 愛美はとうとう泣き出してしまった。
 この部屋にハダカのまま置き去りにされて、片づけに来た店員たちに見つかって、一糸纏わぬ姿をさらし者にされて。もしかしたら乱暴されるかもしれない。
「自分の立場、わかったみたいね」
 朋美が愛美の髪を撫でた。母親が子供をあやすような、柔らかい指使いだった。
「服を返してください」
 愛美が顔を上げた。
「どうしようかなあ」
「ハダカはもうイヤです。服を返して」
「もちろん返してあげるわよ。今日の調教が終わったらね」
 調教……
 さっき聞いたばかりの言葉なのに、妙な懐かしさを覚えた。でも、調教って犬や猫に使う言葉ではないだろうか。そうか。調教を受けると言うことは人間ではなくなるんだ。だからハダカなんだ。
「あぁあああーー」
 思わず漏れた声に愛美自身が驚かされた。
「すごいわ。愛美ちゃん、もう感じてる」
「ウソです。そんなこと……」
「隠してもダメ。オナニー、したいでしょ」
 しません、と言う代わりに、首を激しく横に振る愛美だった。
 その仕草こそがウソだった。腰が落ち着かなかった。今この部屋に一人だったら、愛美は自分の肉の芽に指を持っていったことだろう。そんな気分になっている自分がイヤだった。ハダカにされて、調教すると言われて、下半身を熱くしていた。この上何かされたら、自分がどうなってしまうのかわからない。
「それじゃ、調教を始めるわよ」
「何をするんですか?」
「初めてだから、今日はカラオケでいいわ。愛美ちゃん、何歌う?」
 朋美はマイクを愛美の前に置いた。ハダカのままステージに上がれということなのだろう。部屋の外に出されるよりはマシだが、見られるための場所にこの格好で上がるのはとんでもなく恥ずかしい。
「ねえ、キューティハニーなんかどお?」
 朋美は返事も待つこともなくパネルを操作していた。イントロが流れ出すと愛美の体が強ばった。朋美は、そんな愛美の二の腕を掴み、強引にステージへと引っ張る。愛美は抵抗をするというより、足に力が入らない。
「私も芳樹にやらされたのよ」
「えっ……?」
「ほら、ちゃんと立って」
 お尻を軽く叩かれた。愛美がステージの真ん中でマイクを持たされた時には、歌はもう始まっていた。朋美はイスに戻り拍手する。
「愛美ちゃん、がんばって」
 そう言われても声が出ない。ステージはこの部屋で一番明るい場所だ。そこにハダカで立っている自分が信じられない。マイクを握った手は、今も胸を覆っている。膝と太ももをこすり合わせても恥丘に生え始めた若草を隠し切ることはできない。
「ちゃんと歌わないと、いつまでもそのままよ」
 朋美が見ている。恥ずかしいところを見ている。朋美は、芳樹にされていることを愛美にもしてあげる、と言っていた。ということは、
(私は今、お兄ちゃんに見られているの?)
 朋美の声が届かなくなった。カラオケの演奏も聞こえない。体の奥からこみ上げる恥ずかしさが肌の色を塗り替える。体が熱い。意識がさまよう。もうどうなっているのかわからない。
(ウソよ。こんなの、絶対ウソ!)
 必死の抵抗も意味をなさない。真っ白な霧に包まれた意識の向こうで朋美の声を聞いた。
「愛美ちゃん、露出っこの素質があるわ」
(つづく)


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