投稿小説
『月下囚人』
作;黒い月
月の光の下で、私は自分の身体を抱き締める。
肌寒い外気が私の肌を撫でるように通りすぎた。
それだけのことなのに、私は思わず強い喘ぎをあげてしまう。
人々が寝静まった時刻。
静まり返った路上に響く自分の喘ぎ声に、私はさらに身体を震わせて感じてしまう。
そんな状況ではないと頭ではわかっていても、身体が快感を覚えるのが止められなくて、私は手を股間に這わせた。
外気に触れて普通なら乾く筈のあそこが、じっとりとした湿り気を持っていることを指先に感じる。
もう片方の手で胸に触れると、膨らんだ乳房の上で完全に立ってしまった乳首から、痺れるような快感が走る。
そのまま自慰に耽ってしまいたいほど興奮してしまっていたけど、片隅に残っていた理性を総動員して辛うじてその欲求を封じ込めた。
そんな状況ではない。
頭の中ではひたすら後悔の言葉が回っていた。
何故こんなことをしてしまったのか。
どうしてあそこで止められなかったのか。
後悔しながら、私は夜の街の路を歩く。
生まれたままの姿を晒して。
その身体を隠す術もなく。
どうしようもなく興奮しながら。
私の名前は、市野瀬あかね。
極普通の公立高校に通う、極普通の高校二年生だ。
特に問題らしい問題も起こしたことがなく、成績が良いとか運動神経が優れているとかそういうこともない、まさに地味で普通の生徒だった。
友達は男女両方、それなりにいるけど彼氏はおらず。
毎日友達と遊んだり、テスト勉強に追われたりと物凄く平凡な人生を送っている。
そんな私が、自分でも変だと思いつつも止められないこと。
――それは、いわゆる露出という行為だった。
私が初めて『そういうこと』に興味を持ったきっかけは、実に他愛ないことだった。
暑い夏の日のことだ。
いつも通り、何の感慨もなく一日を過ごし、それでも疲労した身体を休ませるためにお風呂に入った。
そしてお風呂から上がってきたとき、わたしは脱衣所に下着や着替えの類を一切持ってきていないことに気付いたのだ。
偶然その日は親が仕事の出張とかで家におらず、わたしは仕方なく、タオルで身体をざっと拭いて裸のままで脱衣所を出た。
脱衣所から廊下に出ると、蒸し暑い空気が広がっていて思わず眉を顰めてしまうほどだった。
私はクーラーの効いた自分の部屋に逃げ込むようにして駆け込み、涼しい部屋の中で思わず息を吐く。
「すずしい……」
あまりに気持ちが良く、わたしは髪を拭く間、素裸のままでいた。
そして髪が大体乾いた頃、大分風呂上りの火照りが取れた身体に、服を身につけようと、タンスの前に移動したのだ。
そこはクーラーの送風が直接当たる場所だった。
冷たい風が全身を撫でるように通り過ぎたとき、わたしは思わず身体を震わせた。
寒かったわけじゃない。
気持ち良かった。
いまにして思えば、それは僅かに残っていた体の火照りが落とされた気持ちよさだったのかもしれないけど、その時の私はただ気持ちいい、という感覚だけを覚えた。
だから、クーラーに身体の正面を向けて、吐き出される風を受け止めた。
「ふわああ……」
その瞬間、風が乳首やアソコを撫でるようにして通り過ぎ、わたしはまた身体を震わせてしまった。
「ひゃ!」
その当時の私は、まだオナニーも数回くらいしかしたことがなく、自分で言うのも何だけど初心だったため、その電撃のように走った感覚が快感だということに気付くのが遅れた。
訳がわからないままに、わたしはもっと乳首とアソコに風が当たるように、クーラーに近付いた。
断続的に撫でる風の感触に、わたしは身体が熱くなるのを感じた。
そっと乳首を撫でると、硬くなっているのが感じられて、触れることで更に快感が増し、さらに硬く尖っていく。
気分が高ぶった私は、そのままアソコにも手を伸ばしてオナニーに没頭し、初めて『イク』ということを体験した。
以来、オナニーする時は服を全て脱ぎ捨てるのが当たり前になった。
そうして暫くは部屋の中の全裸オナニーだけだった。
それがやがて場所がベランダになり、マンションの屋上になり、公園で全裸になるようになった頃。
私は快楽に誘われるままに、思いついたとあるプレイを行うことにした。
次の日が土曜日で休日の時。
私は、そのために用意した物だけを抱えて夜遅くに家を出た。
この時点で、すでに下着は見につけていない。
薄手のブラウスとズボンだけを身に付けた姿で、私は目的の場所に向かった。
いつもはかけている伊達眼鏡もかけていない。万一人に見つかったときを想定して、髪型もいつもと違う髪型にもしてあり、私本人だとすぐにはわからないようにしてある。
勿論、知り合いに真正面から近くで見られたらすぐにばれるだろうけど、そんな近くに寄られた時点で終わりなのでそこは気にしないことにしていた。
私は期待と興奮で高鳴る鼓動を必死で抑えつつ、目的地に向かって歩く。
辿り着いた目的地は、人気の全くない公園だった。
かなりの広さがあり、すぐ近くに海があり、綺麗な砂浜もあるこの公園は、かなり市が気合を入れたのか、整えられた茂みと木で視界は悪く、露出するには絶好の場所だった。
なにより嬉しいのが、浮浪者がほとんどいないこと。
普通、ある程度の広さがあれば、何処でも公園は浮浪者のたまり場になる。
特にこの公園は、住宅地と公園の間は少し離れている。まさに浮浪者には絶好のポイント。
しかし、やはり市の何らかの対策が働いているのか、浮浪者はほとんどいない。かなり公園の奥まった場所に二、三個テントが張られている程度で、そこにさえ近付かなければ安全だった。
それでも一応その場所には決して近付かないように心に決めながら、私は早速準備を始めた。
まずはこのために買ってきた南京錠。
その鍵を公園入り口脇のベンチに置く。
昼間は子供達の遊び場になっている広さ十メートル四方の運動場を横切って、そこそこ高い木が生い茂った場所に入った。
早朝には高齢者の散歩道となっている曲がりくねった路(五十メートルくらい?)を進むと、やがて海岸が見えてくる。
少し前にはその海岸の、海に張り出した砂州の先端まで全裸で行ったこともあるけど、今回の目的はそこじゃない。
砂浜に行くには堤防から階段で一階分ほど降りる必要があるんだけれど、今回はその階段の下にある空間が目的だった。
そこにはかつては何かの機械が置かれていたんだろう空間があり、そこは頑丈そうなフェンスで覆われている。
その空間の中に入るにはフェンスで出来た扉を開ける必要があり、そこには南京錠がかかっている。
しかし、年月の経過によってか、その南京錠は壊れていて、少し力を入れて引っ張れば鍵なしでも開くようになっているのだ。
私はこの空間のことを『檻』と呼んでいる。
以前はその『檻』に入って扉を閉め、動物園の動物のように晒し者になっていることを想像しながらオナニーをしたこともあった。
その時も物凄く興奮したことを覚えている。
けれど、今回はもっと凄いことをする予定だった。
入り口の古い南京錠をいつも通りに空けて中に入り、暫くの間捕らわれの身になったような感覚に身を浸す。
それから、準備を始めた。
まずはブラウスとズボンを脱ぎ捨て、いつも通りの素裸にサンダルだけという格好になる。(本当はサンダルも脱いでしまいたかったけど、釘やガラスなどが落ちていた危ないから脱げなかった)
脱いだ服を檻の中でも比較的綺麗な場所に畳んで置き、準備は完了。
ズボンのポケットから取り出しておいた南京錠を握り締めて、これから行うプレイを思う。
膝が震えて、背筋を冷たい物が滑っていくほどの興奮を覚える。
――これから私は外に出て、この檻の扉をこの南京錠で閉めてしまおうとしていた。
元々掛かっていた壊れた南京錠ではない。
ホームセンターで買ってきたばかりの、新品の南京錠。
一度閉めてしまえば、鍵がなければ決して開かない。
そしてその鍵は、公園入り口脇のベンチに置いてきていた。
つまりここから出て鍵を閉めてしまえば、私は公園の入り口まで裸で歩いていかないと服を手にすることが出来ないのだ。
自分で考えたことだが、馬鹿なことをしていると思う。
何か一つでも手違いがあれば、その瞬間私はどうにも出来なくなる。
予備の鍵も服も用意してない。裸で住宅街を抜けなければ家に帰れなくなるのだ。
私は鍵を取りにいくことだけを目的にして、檻の入り口の鍵はかけないことにしようかと思った。
けれど、その時にはすでに興奮しきって冷静な判断が出来なくなっていた。
(大丈夫……想定外の出来事なんて、そうそう起きないわ)
決意を固め、私は南京錠を片手に握り締めたまま、檻の外に出た。
途端に、海から吹く風に全身を嬲られ、その開放感だけでイってしまいそうになる。
(まだ、だめ……これからが本番なんだから……)
入り口を閉めて、金具を引っ掛けて止める。
後はこの金具を南京錠で止めてしまえば、もう後戻りは出来ない。
南京錠を引っ掛け、あとは押し込むだけ、というところでまたも手が止まった。
(やっぱり、やめようかな……ううん、でも……)
緊張と興奮で手が震える。
押し込もうとする手が滑って、中々ロックされてくれなかった。
それが逆に私の興奮を助長する。
まだ引き返せるのと、引き返せない境界線。
あまりの興奮に心臓がうるさいくらいの鼓動を伝えてきていた。
(……ええい!)
迷いを断ち切るように、一思いに力を込める。
――カチン。
小さな、けど確かに音が響いた。
瞬間、私はアソコから凄まじい衝撃が走ってきたように感じた。
「あ、あああああぅっ!」
思わずその場でへたり込んでしまい、私は荒い呼気を整えるのに必死になった。
(やった……やっちゃった……)
頭の中を巡るのは、激しい後悔。
そして、それ以上の興奮だった。
自分がどうしようもない変態であることを示すかのように、アソコは隠しようもないくらい濡れていた。
まだよろめく足を叱咤しつつ、立ち上がり、少し前かがみになりつつ私は公園入り口を目指す。
(大丈夫……この時間帯は、誰も来ないはず……)
堤防の上に上る階段を上がりきると、そこは鬱蒼と生い茂った林。
さっきも通った散歩路を、今度は全裸で歩く。
サンダルが歩くたびに立てる音が妙に大きく響いた。
肌を撫でる風の刺激に、益々興奮してしまう。
五十メートルほどある散歩路をどれほど歩いたかもわからない。
私は全裸を晒しているのだという感覚に浸る。
裸で歩いているだけなのに、開放感と快感に頭がとろけそうなほど感じてしまっていた。
でも、そんな幸福な気持ちも、あっと言う間に吹き飛ぶことなる。
散歩道の終点。
運動場に繋がる出口。
その数メートル手前から茂みの影に隠れるようにしていたから、気付かれては居ないはずだった。
だけど。
――南京錠の鍵を置いたベンチに、酔っ払いと思われる男の人が座り込んでいたのだ。
(うそ……ッ!)
いままでの幸せな興奮が吹き飛び、私は全身から血の気が引いて行くのをはっきりと感じた。
完全に泥酔しているらしく、何か訳のわからないことを口走る男の人。
こんな姿で見つかったら、犯されてしまうかもしれない。
恐怖に身体が震える。
早くその人がその場所から立ち去ってくれるよう、茂みに隠れて数十分待ったけど、その人は中々動く気配を見せない。
このままだと、全裸で家まで帰らなければならなくなる。
それ以前に、この運動場を横切らないと家にすら向かえない。
早くどこかに行って、と願うことしか出来なかった。
暫くして。
どこかにその祈りが通じたのか、一台のタクシーが公園の前で止まり、そこから若いサラリーマン風の男の人が出て来た。
その人はベンチで座り込んでいた酔っ払いに駆け寄ると、なにやら言葉を交わし、喚く酔っ払いを宥めながらベンチから立たせて、酔っ払いを担ぐようにしてまたタクシーに乗り込んでいった。
恐らく会社の部下か誰かが酔っ払ってしまった上司を迎えに来たとかだろう。
そんな関係はともかく、私はタクシーが走り去った後、思わずその男の人に対して拝んでしまったほど感謝した。
(よかった……)
そしてほっと安堵したら、今度は今まで以上に激しく身体が火照り、思わず茂みの中でアソコを弄り、クリトリスを刺激して数回イった。
全く我ながら現金なものだ、と余韻に浸りながらおかしくなって笑ってしまった。
緩んでしまった気を引き締め直して、私は周囲の様子を窺う。
これから私は、いま隠れているような茂みから遮蔽物が何もない運動場を横切っていかなければならないのだ。
間違いは許されない。
(……よし、誰もいない。誰も来ない)
半ば自分に言い聞かせるようにして、私は茂みの中から運動場に一歩を踏み出した。
もしも遠くのマンションの窓からいま見られたら、顔は判別できないにせよ、全裸であることはわかってしまうだろう。
私は隠れられない心細さに出来る限り身体を縮めながら運動場を歩く。
足は震え切って感覚がなかった。
それでも身体のほうは熱く火照り、胸とアソコを隠していたはずの手は、いつのまにかその二つの場所を弄る動きに変わっていた。
遮蔽物がないという点では浜辺の先まで行ったときと同じだったけど、あそこは誰からも見られないという安心感があった。
けれど、いまは違う。
下手をすれば見られてしまう。
いや、もしかしたらもう見られているかもしれない。
そう思っただけで一層鼓動は高くなり、アソコは湿り気を増した。全身を覆う震えは止まらない。
ようやくベンチに辿り着いた。
先程まで人が此処にいたのだと思うと、興奮が高まる。
しかし。
次の瞬間、私は今度こそ心臓が止まるかと思った。
――確かにおいてあった筈の鍵が無くなっていたのだ。
思わず掌でベンチに触れたけど、やはりない。
どうして、という想いが頭の中を巡った。
先程とは違う意味で、心臓の鼓動が早まる。
身体の中が凍えていくようだった。
私は大あわてでそこら中を見て回り、見つからないと見るとなりふり構っていられず、四つんばいになって地面やベンチの下を探し回った。
やはり、ない。
起こってしまった予想外の出来事に、私は今度こそ目の前が暗くなるのを感じた。
どうしてなくなってしまったのだろう。
私は考えをめぐらせ、先程の酔っ払いが持っていったのかと思った。
でもお金ならともかく、何処の鍵かも分からないものを持ち帰るだろうか?
酔っ払いの行動に意味などないのかもしれないけど……。
そこまで考えて、私はまさかという考えが浮かんだ。
先程の酔っ払いは、遠目だったが確かに私が鍵を置いた場所の上に座っていた気がする。
それなら、鍵に気付いた酔っ払いは、どうしただろうか。
単純に払い落としたのなら、いま探したときに見つかっているはず。
暗がりとはいえ、ベンチの下や近くの地面は徹底的に探した。
ならば。
鍵を見つけた酔っ払いは、その鍵をどこかに放り投げてしまったのだろうか?
咄嗟に私は周囲を見渡す。そして、絶望した。
『仮に』、鍵を『どこかに投げた』として。
『どの方向』に、『どのくらいの強さで』投げたのか。
それがわからない以上、探して見つけるのはほぼ不可能。
これが日の照る真昼間ならまだ救いはあるかもしれない。
例え全力で投げたとしても、鍵のような小さいモノが飛ぶ距離もたかが知れてる。
けれど、今は夜。
恐らく鍵が飛ぶだろうという範囲――ベンチの後ろなど――には低木が生い茂っている場所もある。
私は最後の望みをかけて、開けた運動場側に投げていないかどうか探したが、やはり見つからない。
全裸で運動場を這い回る自分の姿を自覚して、私はアソコが締まるような、妙な感覚を覚えた。
変な気分になる。
しかし、遠くから自動車がこちらに向かってくるのが見えて、慌てて私はベンチの影に隠れた。
公園に向かってくる車道は、公園の直前でカーブしている。そのため自動車のライトが公園の中を一瞬照らしていった。
それを見て、私は隠れるのが遅れていたらライトに存在を浮き彫りにされていただろうことを察した。
そうなっていれば、確実に運転手に見られていただろう。
考えがまた刺激となって私の体を震えさせる。
とにかくそこで蹲っていてもしょうがないと思った私は、それでもかなり長い間迷った。
迷ったけれど、意を決して、夜が遅い、人通りが一番少ないと思われる時間帯のうちに家に帰る覚悟を決めた。
幸い、ここから自分のマンションまでは閑静な住宅街が続いている。
隠れながらいけば何とか誰にも見られずに済むかもしれない。
恐怖に震える膝を何とか奮い立たせて、私は全裸のまま、公園を出た。
遠くを車が走る音が響く。
私は何も身につけていない身体を抱きすくめるようにしながら、聴覚を研ぎ澄ませて歩いていた。
たまに人の足音が聞こえてきて、慌てて建物の影に身を隠しながらだから、いつもなら直線で数分で辿り着く道なのに、もう数十分以上はかかっている。
正直、自分の愚かさ加減に泣きたい気持ちだった。
どうしてせめてシャツ一枚でも用意しておかなかったのか。
それを言うなら何故予備の鍵を持っていかなかったのか。
ただ興奮に身をまかせた結果だと思うと、誰にも文句を言うわけにもいかず、私は自分自身を責めながら暗い路を歩いていた。
たまに街灯が道路一杯を煌々と照らしている場所もあって、そこは駆け足で通り過ぎる。
でも、一瞬とはいえ、自分の全身が明るい光に照らされる感覚に、どうしようもなく興奮してしまうのだった。
本当に自分は変態なのだと改めて自覚させられる。
必死に歩いていくと、少し広い横道が広がっている場所に差し掛かって、私は角に身を潜めて左右から誰も来ないことを確認する。
(誰も来ないでよ……!)
横道の幅は約五メートル。そこを横切る間は、どこにも隠れられない。
角に背を預け、少し呼吸を整えて、一気に跳び出した。
その瞬間。
遠くの角を車が曲がってくるのが視界の端に映った。
(うそ……っ!)
まだ私は道の半ばほどにいる。ゆっくりとその車のライトがこちらを向こうとしていた。
咄嗟に顔を背けながら、私は残りの距離を一気に駆けきろうとする。
サンダルが脱げ、道の途中に転がった。
完全な全裸になってしまったが、走りにくかった一因がなくなって、私は加速することが出来た。
しかし、ギリギリで間に合わなかった。
車のライトが、はっきりと私の全身を映し出すのが全身で感じられる。
(みられた……!)
私は反対側の道に跳び込むと、そのまま一気に次の曲がり角まで走った。
角に隠れたのと同時に、先程の車が通り過ぎていくのが音でわかる。
幸い特に減速している様子もなく、あっと言う間に行ってしまった。
けれど、確実に見られた。
誰かに裸を。
そう思った瞬間、私は鼓動が急速に加速するのが感じられて、一気に身体の火照りが熱いくらいに燃え上がった。
角に座り込んで、誰かが通りかかるかもしれないということも忘れて、オナニーに没頭してしまう。
首がのげぞってしまうほどの激しい快感に、身体を震わせて何度も何度もイってしまった。
ようやく呼吸を整えた私は、再び自分の家を目指して足を進める。その膝くらいまで、あそこから出た粘液が垂れている。
もう身体は疲れ切っていて、ここが自分の部屋ならそこでそのまま倒れ込んで寝てしまいたいくらいだった。
勿論、そんなことは出来ない。
そんなことをすれば、朝になって起き出した人たちに全裸を晒すことになる。
その光景を一瞬想像して、またアソコが濡れるのがわかった。
まさか、私は誰かに見られることを期待しているのだろうか。
この情けない姿を。
この恥ずかしい姿を。
全て、余すところ無く。
見て欲しいと。
思っているのだろうか?
私の中で、理性はそれを否定したが、身体が更に熱くなるのが止められなかった。
(……どうしちゃったのかな……私)
ごく普通で、真面目だけが取り柄だったのに。
私は淫乱な人間になってしまったのだろうか。
全裸を人に晒したいと思うほど。
それが嫌でない自分を感じて、私は何故だかとても泣きたくなった。
ぺたぺた、という素足での足音を立てながら、私は路を急ぐ。
ある地点で、私は立ち止まった。
あと家まで数十メートル。
マンションがすぐそこに見えている。
けど、私は足を止めた。
止めざるを得なかった。
気付いてしまったのだ。
ここからマンションまで続いている道は二本ある。
片方は大きな道路がすぐ脇にある道。
こちらは夜中でも車の行き来が比較的多い通りで、道沿いには深夜もやっているコンビニがある。
こちらを通れば、間違いなく誰かに目撃されてしまう。コンビニの前に変な連中がたむろしているかもしれない。
方や、もう一方の道は閑静な住宅街が続いている。
けれど、こちらには学校のクラスメイトや昔ながらの知り合いの家がある。
夜中だし、起きている人も少ないと思うけど、万一見つかったらその時点で終わりだ。
翌週からは変態のレッテルを貼られ、苛められてしまうかもしれない。
私はどちらの路を通るべきか、迷った。
迷って。
悩んで。
万一でも知り合いに見られるよりは、不特定の誰かに見られる路を選ぼうと決めた。コンビニの前に変な連中がたむろしていたら引き換えすしかないけど。
決めた瞬間、遠い背後から誰かが歩いてくる足音が聞こえてきて、慌てて隠れていた角から飛び出す。
そして大きな道路が脇にある路を行こうとした。
けど、向こう側から、一つの人影がこちらに向かってくるのが見えた。
だから私は咄嗟に、知り合いの家がすぐ脇にある路の方を進んでしまった。
(やっちゃった……!)
後ろから誰かが来ている以上、立ち止まることは出来ない。
曲がりくねった道だから、影に隠れるようにしながら細心の注意を払いつつ、マンションに向かってとにかく歩く。
とにかくクラスメイトや知り合いに見つからないことを祈ることしか出来ない。
私は自分がどうしようもなく追い詰められていることを感じながら、同時にどうしようもなく興奮していることを感じていた。
とにかく後はもう、誰にも見れないことを祈りつつ、歩くしかなかった。
幸い、先程後ろから来た人は大きな通りの方に曲がっていったようで、私は再び耳を澄ませながら路を歩くことになる。
なるべく急ぎながら、けれど人には絶対に会わないように。
閑静な住宅街とはいえ、いや、住宅街だからこそ、遅くに帰ってくる人と遭遇するという羽目になるかもしれない。
私は耳を限界まで澄ましながら、その路を歩く。
その耳に、背後から車が走ってくるような微かな音が聞こえてきた。
咄嗟に私は隠れる場所を探すけど、すぐ近くに曲がり道もなく、隠れる場所がなかった。
焦るうちに、この通りに車が進入して来たらしく、曲がりくねっているからまだ見つかってはいないけど、ライトの明かりが徐々に近付いてくるのがわかった。
私はとにかくその車から逃れるために、すぐ傍の家の門柱の影にしゃがみこんで隠れる。
もしも車が近くで止まったらその瞬間にアウトだ。
私はとにかく見つからないことを祈って、身体を一層その角に押し付けるようにして隠す。
やや間があって、すぐ傍を車が通過していった。
暗がりの中でしゃがんでいたという効果もあったのだろう。
何とか気付かれずにやり過ごすことが出来た。
緊張で心臓が張り裂けそうだった。
サンダルさえ失った私は本当に全裸で。
見つかったら絶対に言い逃れなど出来ない状態なのだから。
しかし、何とかやり過ごせたと思ったのも束の間。
通り過ぎた車は、私が隠れている家から数軒離れたところで、止まったのだ。
赤いテールランプが点灯して、車がバックしてくるのが感じられた。
私は心臓が引き絞られるような痛みを感じるほど、焦った。
まさか見つかっていた?
それでバックして確認しようと?
いや、見つかっていなくても同じこと。
このままその車がバックしてくれば、今度こそ確実に見つかるだろう。
悪あがきにも近かったけど、私は隠れていた門柱の逆側に移動して、ギリギリまで見つからないように息を殺す。
車のバックは、数メートル離れたところで止まったようだった。
それから車のドアが開く音がして、誰かが路を歩く音がする。
緊張で心臓が痛いほど締め付けられる。
続いて聴こえてきた音に、私は思わず安堵の吐息を吐き出した。
ガレージのシャッターが開く音。
どうやらバックしたのは車庫入れのためで、全くこちらは関係がないことのようだった。
ここから動けない状態なのは変わっていないし、万が一いま誰かがこの道路を通りかかったら今度こそ逃げ場が無かったが、私は安心してしまった。
そして安心してしまうのと同時に緊張ばかりで消えていた興奮が湧き上がって、人の家の前でまたオナニーに興じてしまった。
やがて車が車庫に収納されてシャッターが閉まる音がして、静けさが戻ってくるまでずっとそうしていた。
慎重に立ち上がって、顔だけを覗かせて誰かが路を来ていないかどうか確認する。
誰も来ないことを見て、私は残り僅かな距離を走った。
ようやくマンションの前まで来た私は、明るい正面の入り口は避け、車を乗り入れたりする入り口(いわゆる裏口)からマンションの中に入った。
ここまで来ると内部構造を完璧に把握している分、気は楽になる。
それでも人に合わないようにエレベーターは避け、階段を登ってようやく私は自分の家に辿り着いた。
玄関を開けようとして、失敗する。
鍵がかかっているのを忘れていた。
玄関の横においてある植木鉢の下に、万が一のために合鍵はいつも用意されてある。これは別に露出のためではなく、日常生活のためだ。
この習慣がなければ南京錠の鍵をなくした時点で終わっていた。
普段の自分に言葉では言い尽くせない感謝をしつつ、私はようやく家の中に入れた。親はいない。いない日を狙っていた。
まさかここまで酷いことになるとは思っていなかったけど。
私は色々と汚れた身体をシャワーで洗い流し、肉体的にも精神的にも疲れ切った身体をようやく休めることが出来た。
次の日。
私は昼前に目が覚め、それから昨日の後始末をするために普通の格好で家を出た。
昨日裸で歩いた路を歩くと、昨日のことを思い出してしまい、それだけで恥ずかしかった。
通りで脱げてしまったサンダルは片方はまだあったけど、元々なくなってもいいように百円ショップで買ったものなので回収はせず、通り過ぎる。
その場所で車の人に裸を見られたと思うと、あそこが熱くなる。
いつものように子供達が遊んでいる公園に着くと、まずは入り口脇のベンチの傍を見て回った。
鍵が落ちていないかどうか軽く探してみたけど、やっぱり見つからなかった。
茂みの中にでも投げ込まれてしまったのだろうか。
さすがに茂みの中にまで入るのは変に思われるので、鍵は諦めて次に向かう。
昨日は全裸で通り抜けた五十メートルの散歩路を歩く。
朝はもっと多いのだろうけど、昼時だからか殆ど人はおらず、初老の男の人、一人とすれ違っただけだった。
堤防と砂浜のところは、夜であろうと昼であろうとあまり人はいない。
例の『檻』に行くため、階段を降りようとした時、下から上がってきた人とぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさ……って、旭くん?」
思わず誤りかけて、その人がクラスメイトの筑紫旭くんだということに気付いた。
柔和で陽気な性格をしていて、さらにルックスもまあまあで、密かに女子の間で人気は高い男の子だ。
旭くんは、いつも通りの柔らかい笑みを浮かべて私に会釈してくる。
「おや。あかねさん。こんな寂しいところに何しに来たんだい? うら若き女性が休日に来るところではないと思うけどね?」
台詞の後半は彼のいつもの冗談だ。
おどけた様子の旭くんに、私は笑みを浮かべて見せる。
「まあ、散歩よ。そういう旭くんこそ、何でこんなところに?」
「僕もまあ、散歩といえば散歩だよ。目的があったから徘徊ではないことは確かだね」
「目的?」
何のことだろう、と私がオウム返しに聞き返すと、旭くんは少し思案気な顔付きをした。
「……んー。まあ、ちょっとした目的さ。――ところであかねさんはもう見たかい?」
誤魔化されたような気がしたけど、彼の言葉の方が気になったので追求はしないことにした。
「見たって……何を?」
私が訳がわからないまま聞き返すと、旭くんは面白げな顔付きをする。意味がわからない。
「ああ、その様子だとまだ見ていないみたいだね。なら、家に帰った後で、例の掲示板を覗いてみるといいよ? チャットの方も盛り上がってるから」
例の掲示板、というのは私のクラスの人達が集るインターネット上の『サイト』にある掲示板のことだった。
宿題の範囲や答えを尋ねたり、なんてことはない世間話や、色恋話に代表される内緒話などもしている。
今のところニュースなどでよく話題になる――誰かのことを誹謗中傷したりするような――場所ではなく、あくまでも喋り場や溜まり場という感じの場所だ。
そこを覗いてみろ、という旭くんの台詞の真意はわからなかったけど、とりあえず頷いておく。
「わかった。帰ったら覗いてみるわ」
「ん。素直なのはいいね。あかねさんの魅力と言ってもいいと思うよ?」
ただ適度に真面目なだけなのに、変な風に褒める旭くんの言葉に私は照れくさくなる。
つまらないだけの個性をそんな風に言ってくれる旭くんは優しいと思った。
「――ただ、それこそ『素直に』影響されなければいいけどね……」
続けられた言葉は、呟くような声量だったので、良く聞こえなかった。
「え? なに? 旭くん?」
聞き返す私に対して、旭くんは手を振ってみせる。
「いや、こちらの話だよ。……とりあえず、僕は目的を果たしたからもう帰るよ。また明日、学校で」
相変わらずちょっと独特なテンションを持つ旭くんは、私に向かって手を振るとさっさと去ってしまった。
私は首を傾げながらも、とりあえず服を回収するために堤防の階段を降りる。
一応誰にも見られていないことを確認しながら、予備の鍵で扉を開いた。
あまり長居してここに入っていることを人に知られてもまずいので、部屋の隅に置きっぱなしになっていた服を、持ってきた鞄の中に隠して急いで外に出た。
それから元々掛かっていた古い南京錠を元のとおりに掛け、私は『檻』を後にする。
家に戻ったわたしは、服を洗濯機の中に放り込んでから、旭くんに言われた通りに例のサイトを覗いてみることにした。
(何か面白い話題で盛り上がってるのかな……うわ、この時間なのに、チャット部屋に九人もいる……何を話してるんだろ……?)
少し気になったけど、とりあえず先に掲示板の方を覗いてみることにした。
マウスポインタを操作して、掲示板のリンクをクリックする。
――瞬間、心臓が止まるかと思った。
この掲示板は、画像もアップできるようになっている。
可愛らしい雑貨や面白いものを見つけた人が、その写真をアップしてそれを話題に盛り上がるための機能だ。
そして、いま現在トップに出ている写真。
それは。
不鮮明な画像だったけど、それは。
――間違いなく、昨日の私の写真だった。
タイトルは『露出狂が出た!』だった。
端に門柱が写っているところを見ると、最後の最後で車から逃れて門柱に隠れた時のものだろう。
門柱の影にしゃがんで、オナニーをしている現場を撮られていた。
角度から見るに、向かい側の家の二階から撮ったようだ。
投稿者は『HIKARI』。
確かクラスの男子の一人。あまり面識はない。
あまり私を知らない男子だったから、被写体が誰だかわかってはいないようだった。
さらに携帯でズームにして撮ったのだろう。手振れが酷い上に横からの撮影なので、この写真から私だと判別するのは不可能だ。
でも誰かが裸で門柱の影にしゃがみこんでいるのは、色の濃淡ではっきりわかる。
幾つかのレスが、その投稿についていた。
『HIKARI:露出狂が出た! 俺の家の前! 正直びびった』
『RYUMA:うげー!!!!! 変態っているもんだな!!!』
『朝日:これ、アップしても平気なのかい?』
『KANA:最悪!! 変態の画像なんて消しなよ!!』
『みづき:HIKARIくんの家の前ってことは、×○町の誰かってこと?』
『MASA:編隊……もとい、変態だな!!』
『渡貫:露出狂は巷ではそれなりに話題に上がるが、本当にいるとは。それもこんな近くに。この世は不思議で満ちているな』
『PO:クラスの誰かだったりしてな♪ ひゃははは』
『鈴:PO、馬鹿なこと言わないでよ!!!!』
『奈々:うちのクラスにこんな人がいるわけないじゃない! ……ところで、みづきはHIKARIくんの家が何処か知ってるんだ?』
『往時:そうだねぇ。クラスにそんな人はいないと思うよー。しかし本当に変態さんだねぇ。何を考えているのやら』
心臓が張り裂けそうなほど鼓動する。
クラスの皆に、自分のこととまではわかっていないとはいえ、このことが知られた。
私はこらえ切れない羞恥心に全身が嬲られる思いがした。
ここで私がこのレスに、
『あかね:これ、わたしです』
と加えたらどうなるのだろう。
変態だと罵られるだろうか。
冷たい目で見下されるだろうか。
苛められて、しまいにはクラスでは全裸でいるように義務付けられるかもしれない。
私はその想像に気分があっと言う間に興奮していくのが感じられた。
その場で服を全て脱いで、興奮を鎮めるために必死になってオナニーをする。
クラスの皆に全てを見られる想像をしながら、私は暫くの間、オナニーに没頭していた。
終
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