投稿小説
『月下囚人 〜双華〜』
作;黒い月
その時、私はまるで針のむしろにでも立っているような気がした。 周囲から注がれる視線。 まるで視線で穴でも開けようとでもしているような鋭い視線。 それが、四方から私に向けて注がれていた。 全身が心臓になったかのような感覚。 私は必死に走り出した。 その拍子にコートがはだけそうになり、必死に手で押さえて走る。 素裸にコート一枚という格好の私には、逃げることしか出来なかった。 その時、わたしは自分の足元が崩れていく感覚に囚われた。 僅かに聞こえてくる声が、わたしにこれが現実だと突きつける。 わたしはゴミ箱の影に必死に身を隠し、震える身体を精一杯縮めた。 このままだと見つかるのも時間の問題。 けれど、わたしは動けない。いまここから動いたら絶対に見つかってしまう。 ゴミ箱の陰に隠れていることしか出来ない。 ただ、見つからないことを必死に祈る。 生まれたままの姿――全裸でいることを人に見つからないことを。 ――香奈side―― ようやく、退屈な授業が終わった。 私は身体を眼一杯に伸ばして、身体のだるさを追い出す。 大分肩が凝ったな、と思って肩を揉みながら回していると、不意に後ろから誰かの手が私の肩を掴んだ。 一瞬緊張しかけて、その手が親友のあかねのものだとわかって安心した。 「お疲れみたいだねー、香奈ちゃん」 そう言いながら肩を揉んでくれる。 私は凝りがほぐれていく気持ちよさに眼を細めつつ、頷いた。 「うん、まあねー。昨日も昨日で遅い時間まで寝れなかったしー」 「ちゃんと夜は寝ないとダメだよ?」 「それはわかってるんだけど……」 「まだ二年生なんだし、そんなに必死にならなくても……」 「これくらいやらないと、ついていけないのよ」 「私より香奈ちゃん成績いいじゃん……それもかなり」 「奈々に、よ。あの天才肌め……昨日だって、私よりずっと先に寝たくせに、いつもいつもいつも私より成績順位上なのよ!!」 思わず吼えると、教室の端辺りの席の奈々が、こちらを見てにやりと笑った。 むかつく。 「……で、でも奈々ちゃんは香奈ちゃんのお姉ちゃんだから、意地があるんじゃないかな?」 「双子なんだから実質的な違いはないわ。なのに何だかんだで毎回毎回負け続け……やってらんないわよ全く!」 「二人とも凄い有名だよ? 奈々ちゃんと香奈ちゃんの双子って言ったら皆口を揃えて『ああ、あの』っていうし」 「……あかね。人から見てどれだけ凄かろうがしょぼかろうが、その人自身が達成したい目標を達成できなきゃ意味ないわよ」 「そ、そうかなあ」 「そうよ。……見てなさい、奈々……いつか追い越してぎゃふんと言わせてやる……っ」 拳を握り締めてそう呟いたら、奈々が「ぎゃふん」と言った。 相変わらず微笑みながら。 む、むかつく……っ! 「ちょ、ちょっと香奈ちゃん落ち着いて!」 思わず立ち上がって奈々に詰め寄ろうとした私を、あかねが後ろから抑える。 座っている状態では勝てるわけもなく、でもそのまま治まるほど怒りは小さくなくて、私は暫く無駄に足掻いていた。 ――奈々side―― 「相変わらずお前ら双子は仲良いな」 わたしが、香奈の身悶えている様子を楽しんで見ていると、背後から人の声が投げかけられた。 「……ふん、この状況を見て『仲良い』なんて呑気な台詞を言ってくれるのは伊角くんくらいね」 伊角光。 体育系の大男で、顔はそれなり。まあ人気があるかないかで言えばまあ、ある。 誰にでも気安く話しかけてくるから、わたしのように親しくされるのがあまり好きではない者にとってはちょっと鬱陶しいくらいだ。 そんな気持ちを込めたわたしの視線をあっさりかわし、伊角くんは続けてこう言った。 「実際仲良いだろ。……だが、度が過ぎると嫌われるぞ?」 何にもわかっていない伊角くんを、わたしは鼻で笑う。 「ははっ。有り得ないわね。なんだかんだ言って、香奈がわたしのことを『嫌い』って言ったことなんてないんだから」 「……そこまで信じられるのは凄いな」 しみじみとした呟きにはからかいのニュアンスはなかったけど、言葉だけを聞けば嫌味のようにも聞こえる。 だからわたしは少しむっとした。 「なによ、何か文句でもあるわけ?」 「ねーよ別に。しかしまあ思うんだが、何で妹の方はあれだけ必死になって勉強してるのにお前に一度も勝てないんだ?」 「簡単なことよ。香奈は要領が悪すぎるの。教科書を端から端まで順に覚えようとするのよ? それでいつも最後の方は試験に間に合わなくて、その部分は丸ごと落とすのよ。天才じゃないからそんなやり方は出来ないに決まってるのに」 それともう一つ。 あかねちゃんが言ってた通り、わたしにも姉の意地という奴はある。 早く寝たふりをして実は香奈と同じくらい勉強している。 この理由は伊角くんにも言うつもりはない。 香奈の理由を聴いた伊角くんは、少しばかり引き攣ったような苦笑を浮かべた。 「……そ、それは何と言うか……確かに要領わりーな」 「試験に出るのなんて、重要単語と関連事項くらい。文章全部を暗記するのは時間の無駄なのにね」 「……教えてやれよ」 呆れたような声に、わたしは投げやりに言葉を返す。 「もちろん教えたけど、出来ないのよ。どうしても不安になるらしいわ。学校の定期テストならまだいいけど、大学受験の時はどうするのかしらね。ふふふ、今からどんな風に困るのかが楽しみだわ。いつもみたいに可愛らしくおろおろするのかしら」 その時のことを想像して、わたしは笑んだ。 本当に、おろおろしている香奈は可愛い。 思わず意地悪したくなるくらいに。 「……やな姉だなー」 「何か言った?」 「いいや何も」 「ふん……まあいいわ。あと、香奈とは趣味も同じだし。お互い嫌いになれるはずが無いのよ」 「趣味、ねえ」 「…………まあ、わたしもあの手の趣味も一緒だと分かったときにはびっくりしたけど」 思わずそう呟いたのを、伊角くんは聞き取ったらしい。 「ん? 何か言ったか?」 地獄耳め。 「いいえ。何も言わないわ」 伊角くんに対して適当に言い捨て、わたしは思いに耽る。 ――香奈side―― 数分後、ようやく落ち着いてきた私は、肩で息をして気を落ち着かせるのに努めていた。 「ふー、ふー……」 「お、落ち着いた? 香奈ちゃん……」 正直なところ、奈々に対する怒りはまだ収まっていなかったけど、心配そうにしているあかねにそれ以上迷惑はかけられなかったので、ぎこちなく微笑んで見せる。 「ふ、ふふ、なんとかね……ごめん、あかね……驚かせた?」 「ううん、いいよ。慣れてるし」 あっさりいうあかねだけど、私はちょっとショックを受けた。 慣れてるんだ……。 私、慣れるくらいによく騒いでるんだ……。 騒いだことが今更ながら恥ずかしくなった。 咳払いを一つして、話題を変える。 えっと、何か話題……ああ、そうだ。 「ええと……あかね。昨日、掲示板は見た?」 掲示板とは、インターネット上にある『サイト』の掲示板。 そこにはこのクラスの人達が集って色々な話題を交わしている。 昨日、そこに書き込まれた書き込みは、一種の爆弾のようなものだった。 その書き込みを話題にしようとしたのだけど――あかねの反応がない。 「……」 「? あかね?」 奇妙に思って振り返ると、固まっていたあかねは何故か慌てた風になった。 「え、あ、うん、掲示板? み、見てないけど……」 「あ、そうなの? ……じゃあ、知らないか。そういえば、あかねの書き込みはなかったわね」 「な、何かあったの?」 「え」 そう聞かれて、それを説明しようとして――言葉に詰まった。 考えてみれば、あんなことをどうやって話題に出来る? しかし話題を降ったのはわたしの方だ。 このまま放置することが出来なかったわたしは、声を潜めて説明した。 「それがさ……昨日、掲示板に露出狂を見たっていう書き込みがあって」 うう、いまさらながら、こんな話題を振ってしまった自分が憎い。 私はあかねから眼を逸らしながら、続けた。 「どうもその露出狂、この近所に住んでいるみたいで写真も一緒にアップされててね? 変態の写真なんて消しなよって書いたから、もう消されてるかもしれないけど…………って、あかね?」 何の反応もないあかねを奇妙に思って、首を後ろに向けると――あかねは顔を真っ赤にして硬直していた。 し、しまった。 あかねはこういう話題には慣れていなかったのかも。 昨日、私と一緒にあれを見た奈々は平気な顔をしてたから思わず普通に話しちゃったけど…………うかつだった。 「ご、ごめん、変な話題振って……」 「う、ううん、いい、よ……」 そう言うあかねだけど、声が途切れ途切れで息をするのも苦しそうだった。 わたしは自分の迂闊さを呪いつつ、別の話題を探して頭をフル回転させた。 ――奈々side―― それは日曜日のお昼前の話。 その日、両親は出掛けていて、わたしと香奈は二人きりで留守番をしていた。 「奈々ー。ちょっと早いけど、お昼ごはん何にするー?」 こういう時、大概どちらかが食事の準備をする。 今日は香奈がしてくれるようだった。 「んー、香奈の好きなのでいいわ。別にいま食べたいものもないし」 だからわたしは香奈に任せる。実際、趣味が同じだからわたしと食べたいものは同じ筈だった。 「わかった。じゃあインスタントラーメンでいいよね?」 試験後の結果発表の時とかはともかく、普段はそれなりに仲はいい。 そもそも、本気で仲が悪かったら喧嘩だってしないだろう。 香奈がラーメンを作る間、暇になったわたしはインターネットで例のサイトを覗いてみることにした。 ちなみに、我が家ではインターネットに繋げるパソコンは居間にしかない。父曰く『個人の部屋で出来たらそれに熱中しちゃうだろう? 居間にあったらある程度の時間で切り上げる』とのこと。 まあ、ちょっと不便ではあるけど、別に年がら年中インターネットをする訳ではないため今のところは別に構わなかった。 (そういえば、この前買ったバッグのことで掲示板に書き込みしたっけ……返信きてるかしら) わたしはブランドには興味がないので、適当な場所で自分の気に入った形のバッグを買うことが多い。 それが他の人に好評で、よく『そのバッグどこで買ったの?』と聞かれることが多々ある。 だからわたしは新しいバッグを買ったら写真付きでこの掲示板に載せることにしているのだった。 (瑞希とか鈴とか催促してくるもの……良さそうなモノを探すこっちは大変だってのに) でも、期待してくれている人がいると思うと、何となく『しなければならない』気持ちになる。 別に嫌ではなかったけど、大変なのは事実だ。 わたしはつれづれとそんなことを考えていたが――掲示板を開いた瞬間、思わず固まった。 掲示板のトップにあった記事。 タイトルは『露出狂が出た!』。 そしてそこには――手振れが酷くて誰かまではわからなかったけど――明らかに裸の女性の写真。 門柱らしき影が映っていることといい、外であることは間違いないようだ。 つまり、この写真に写っている人は間違いなく外で裸になっている。 (ちょ、ちょっと待って……宣伝書き込み?) 投稿者のところを見ると、『HIKARI』と出ていた。これは確かにクラスメイトの伊角光のハンドルネーム。 さらに本文を見てもどこにもリンクが張られていないところを見ると、宣伝書き込みではない。 『HIKARI:露出狂が出た! 俺の家の前! 正直びびった』 伊角くんの家の前。 つまりそれは、この近所で起きた出来事だということ。 この街に、露出狂がいる。 ――わたしが知っている以外に。 わたしが行動をフリーズさせていると、それを不審に思ったのか香奈がやって来た。 「どうしたの、奈々? ……っ!?」 息を呑む気配。 画面を見たらしい。 「ちょ、奈々、それ……」 みるみる赤くなる香奈に、わたしは弁明する。 「な、なんか例の掲示板に伊角の奴が……この近くに露出狂が出たんですって。全くこんな写真をこの掲示板にアップするなんて、伊角くんの奴、何考えているんだか……」 取り繕うのはわたしの十八番だった。 多分、普通に言えたと思う。 「…………」 だけど、香奈の反応はなかった。 「……? 香奈?」 不審に思って香奈の表情を窺った。 その時、わたしは思わず息を呑んだ。 香奈は放心状態で、どこかに意識が飛んでいるようだった。 そして、香奈の目には紛れもない艶が覗いていて、明らかにこの写真に対して興奮しているのが見て取れた。 (まさか……香奈…………) ひょっとして、と思う。 いや、まさか、と咄嗟に否定した。 「香奈?」 もう一度呼びかけると、香奈は大慌てで。 「な、なに。……っていうか伊角くん、こんなの書き込むんじゃないわよ!」 明らかに無理をしている怒りを露わにして、香奈はわたしを押しのけてキーボードに指を走らせる。 『KANA:最悪!! 変態の画像なんて消しなよ!』 そう書き込みにレスを返すと、憤然とした様子で香奈は台所に戻っていった。 しかしその頬に浮かんだ赤みは隠せていない。 (……やっぱり、間違いないかも) 写真を見つめていた時の瞳に浮かんでいた熱情といい、香奈は。 わたしは確信した。 香奈は、わたしと同じ嗜好を持っている、と。 ――香奈side―― あんな書き込みを見たせいだろうか。 私は自分自身を馬鹿だと思いつつ、止めることが出来なかった。 あの書き込みを見て、昼ご飯を簡単に済ませたあと、自分の部屋に戻った私は、画像を思い出して身体を震わせた。 驚いた。 まさか、自分以外にもあんなことをやっている人が、この街にいたとは。 (……あ、興奮しちゃってる) そっと足と足の間を撫でると、僅かに濡れている感覚があった。 元々、何故露出と言う行為に興味を抱いたのか――わたしはそれを覚えていない。 強いて言うなら、性に目覚め始めた頃、オナニーをしたあとにショーツを穿かないまま寝てしまったことがあり、翌朝寝巻きから服を着替えようとして、いきなりアソコが剥き出しになってしまったことがあった。それが始まりといえば始りだったのかもしれない。 私はノーパンで人の行きかう通りを歩くのに興奮するようになって、休みの日はいつもそうして出掛けていた。 露出系の雑誌も何冊か持っている。 私は露出なんて特殊な性癖だと思っていたし、その考えは今でも変わっていない。 でも、極身近な町内に同じ趣味の人間がいることがあの掲示板の書き込みでわかった。 だからどうだというわけじゃない。けど、私はそのことに興奮を抑えられなかったのだ。 そして、全裸で街を歩いていたらしいあの写真の人に感化され、私はずっと考えていて実行できなかったことを実行に移すことにした。 火曜日の放課後。 その日は塾の日で、私は電車に乗って都会の方にある有名な塾に行く。 奈々も同じく塾の日だけど、私達はそれぞれ違う塾に通っている。同じところに通っていては奈々に勝てないと思ったから、違う塾に入りたいと言ったのだ。結局勝てていないけど。 乗る電車の種類自体が違うので、塾の時間帯は同じだけど行きも帰りも奈々とは一緒にならない。 そして今回やろうと思っていることに、それは好都合だった。 塾が終わった後、私は街の駅まで戻って来た。 現在の時刻は二十時十八分。 すっかり空は暗くなり、駅前のイミテーションが眼に眩しいくらいの様子だった。 私はまず、駅のトイレに行って準備を始めた。 個室に入って、荷物を置く。その時には興奮で手が震えるほどになっていた。 (……いまならまだ止められる) そう頭の片隅で思ったけど、興奮する頭では止まれなかった。 手早く服を全て脱いで裸になる。 トイレの個室の中とはいえ、こんな場所で裸になっていると思うだけでもくらくらする。 コートを覗いて全て鞄の中に仕舞ってしまった。 そして、裸の上に直接コートを羽織る。 全身から伝わってくる異常な感覚に、足が震えた。 (あぁ……) 外見だけ見れば、入る前と全く変わりはない。 でも『中』は全く違う。 生まれたままの裸で、一歩間違えば人に見られてしまう。 強い風でコートがはだけてしまえばそれで終わり。 (ん……凄い……興奮してる……) 高鳴る心臓の鼓動が気持ちいい。 私はコートの前をしっかり閉め、鞄を背中に背負った。 このコートはそれなりに厚手の布で出来ているから、あからさまではないにしろ、胸の形が変に見える気がする。 ばれることはないだろう。けど、わかる人が見ればコートの下に何も見につけていないのがわかるかもしれない。 ここから家まで約五百から六百メートル。 この時間帯は特に人の行き来が激しい大通りなのに、私はこの姿でそこを歩こうとしていた。 トイレのドアを開ける前にちょっと躊躇ったけど、意を決して鍵を開け、ドアを開く。 興奮と羞恥を全身で感じつつ、私は一歩外に出た。 ――奈々side―― 火曜日の夜。 塾を終えたわたしは、前々から計画していたことを実行に移すことにした。 わたしの中の冷静な部分は、やめろと叫んでいたけれど、身体が勝手に用意を進めてしまう。 そもそもわたしが『これ』に嵌ったきっかけは、スリルを楽しむためだった。 見つかったらそこで全てが終わり、という状況がいい。 だけど実際に見つかるわけにはいかないから、下見は念に念を重ねた。 スリルは満点、安全も確保されているという条件を揃え、わたしは計画を実行に移すことにした。 塾に行くための駅から、自宅まではアーチ状の屋根が連なる昔ながらの商店街を通る。 その裏路地が、今回の舞台だ。 適度に狭く、適度に暗く。 店の裏口以外には何もないので、人通りも皆無。 長さは約五百メートルほどある。 裏路地は駅側から反対側の住宅街側まで貫通していて、その入り口付近は店などがないので人目が少ない。 今日、塾に行く前に家側の裏路地の入り口付近に、コートを一枚、そこに置いてあったポリバケツに入れてきた。 準備は万端。 わたしは、この裏路地を『全裸で歩いて抜ける』という計画を実行に移した。 塾を終え、駅に戻って来たわたしは、商店街通りに向かう人の群れから抜け出て裏路地の入り口に向かう。 誰にも見られていないことを確認してから、裏路地に飛び込んだ。 裏路地の入り口付近は暗く、視界も悪い。 そこでわたしはまず手早く着ていた服を脱いだ。 下着姿になり、その下着も脱いで全裸になる。 脱いだ服を、予め用意しておいた袋の中に入れ、近くにあったポリバケツに放り込む。 それから塾に持っていった鞄は背中に背負い、身体を隠せないようにする。 ある意味、裸に鞄は全裸よりもいやらしいと思った。 (完全な全裸で歩いていたあの写真の人は凄いわ……) 背中に布地の感触があるだけで多少は安心できる。 勿論、全裸も鞄だけもあまり変わりないし、見つかれば終わりと言うことに違いはないが。 完全な全裸なんて、怖くてとてもじゃないが出来ない。 (あの人は、靴までなかったわよね……感心するわ……) 何が落ちているのかわからないここで脱ぐわけにはいかない、というのもあるけど。 そんなことを考えていたが、いつまでもそこにいるわけにいかないので、意を決して歩き出した。 前面は完全に裸で、お尻も丸出しで。 誰かに見つかったら、という恐怖と興奮に胸が痛くなるほど緊張しながら。 わたしは暗い裏路地を裸で進んでいく。 ――香奈side―― ざわざわと、街の喧騒が耳に響く。 周囲を歩く人たちと同じ速度で歩きながら、私は胸が緊張で破けそうなほど鼓動を高まっていることを感じた。 コート一枚。 私を守るものはたったそれだけ。 見た目は道行く人と変わらない。 でも、中身はこんなに興奮し、アソコから流れたものが内股を濡らして行くのが感じ取れるほどだった。 風がコートの隙間に入り込み、その度にコートの下が裸であるということを自覚させられる。 前のボタンはしっかりと閉じて、決してはだけないように裾も手で押さえているけど、それでも不安でしかたない。 何度かノーパンやノーブラで街を歩いたことはあった。 その時も穿いてないことを感じるたびに興奮したものだけど。 まさかコート一枚という状態がこんなにも心細く、そして興奮するものだとは知らなかった。 多分顔は真っ赤になっていただろう――恥ずかしいので頭が一杯で、足取りは危うかったかもしれない。 もう思考は興奮と緊張でふらふらだった。 そして私は、とんでもないことを考え付いてしまったのだ。 ――奈々side―― 暗い裏路地に、小さく足音が響く。 裸の胸が外気に触れ、先端の乳首は硬くなってしまって僅かな風の振動にも快感を覚えてしまう。 隠すものが何もない、見つかったら言い逃れが出来ないという状況が、わたしの鼓動を更に高める。 わたしは色々と置かれている物をふらつく足取りで避けながら、何とか進んでいた。 曲がりくねった裏路地は突然人が飛び出して来そうで、さらに興奮の度合いがあがる。 歩きながら、次第にわたしは胸とあそこを弄り出していた。 刺激が新たな興奮を呼び、興奮が刺激を求めて身体を動かす。 ――その時、目の前の裏口のノブが捻られる音がした。 心臓が止まりそうなくらい驚いて、わたしはその場で硬直してしまう。 ドアが開かれるのと同時に我に返ったわたしは、慌ててドアの影に入るように身体を壁に寄せる。 ドアが壁になっていて見えなかったけど、どうやらゴミを捨てに来ただけのようだった。 ゴミ箱が開けられ、何かがそこに流し込まれるような音がしたのち、ドアは閉まった。 ドアが閉まってからも、わたしは暫くそこを動けなかった。 ひたすら激しく動く心臓を宥めるのに、必死だった。 それから大分経って、わたしは会心の笑みを浮かべる。 (そう……これ、これなのよ) 綱渡りのスリル。 見つかるかもしれないというギリギリのスリル。 絶望に一歩足を踏み入れるような、スリル。 これが、わたしの求めていたもの。 (もう、病み付きだわ……!) 興奮に身を任せて、胸を揉み、あそこをえぐるようにして弄る。 あっと言う間に絶頂に達したわたしは、声を上げながらその場に座り込んでしまった。 あげた声が誰かに気付かれたかもしれないと思うと、また興奮してしまう。 わたしはふらふらの足取りでさらに裏路地を進んだ。 そして――幸福な時間は無情にも終わりを迎える。 幾つ目かの角を曲がろうとした時――。 その先の路地で、三人の青年がたむろしていた。 しかも、運悪く。 その内の一人がこちらを見ていた。 ――香奈side―― 私はもっと興奮と緊張が欲しくて、愚かな行動に出てしまった。 最期の砦であるコート。 そのボタンを、下から順番に、全部外してしまった。 はだけそうになるコートを、手で押さえながら、私は歩き出す。 強い風が吹けば私はその身体を周囲を歩く沢山の人に見せてしまうことになる。 その瞬間を想像しただけで、私はおかしくなりそうだった。 くすくすと訳も無く笑いながら、私は少しスキップ気味に、身体を必要以上に弾ませて路を進む。 その時、あまりの興奮で私の頭はおかしくなっていたんだと思う。 そして、その代償はすぐに支払うことになった。 運が悪かったといえば、このうえなく私は運が無かった。 まず、ほんの少し強い風が吹いた。 強さ自体は大したことがなかったけど、複雑な軌道を取った風だったのか、私の髪が激しく乱された。 思わず私は、髪を梳かそうと片手を頭にやる。 その時、まだ片手はきちんとコートの前を握っていた。 丁度その時、前からやってきた自転車が、私のすれすれの位置を通ろうと迫ってきた。 かなりの速度を出していたし、引っ掛けられてはたまらないと思い、咄嗟に私は大きく右に避ける。 それが、いけなかった。 その瞬間、強い風が吹き、その風で舞い上がったスーパーのビニール袋が、私の顔に張り付いてきたのだ。 もしも自転車を避けずにまっすぐ歩いていれば、そうはならなかっただろう。 「きゃあ!?」 思わずわたしは両手でそのビニール袋を払いのけようとして――。 わたしの脇を通り過ぎた自転車が生み出した風は、自然の風と相まって、私のコートを大きくはだけさせた。 濡れていたアソコも。 尖ってしまっていた乳首も。 丸出しのお尻も。 背中の中ほど辺りまで素肌を晒した。 周囲の全ての人に、晒すことになった。 時が、止まったような錯覚。 風が吹き、コートが捲りあがって、風がやみ、コートが落ちつくまで、数秒くらい。 それでも、周囲の人が私の裸を認識するのには、十分な時間だった。 周囲からの鋭い視線が、私の全身に注がれる。 ――奈々side―― 一瞬、その人と眼があったような気がした。 咄嗟に身を隠したけど、遅すぎた。 「ぬほう!?」 奇声が聞こえてくる。 こちらを見ていた青年の声だろう。 他の二人の青年が、青年の奇声に対して怪訝そうな声を上げる。 「どうした? トシキ」 「いや、ちょ、いま、向こうに裸の女が……」 わたしはその言葉を聴いた瞬間、踵を返した。 いや、正確には返そうとした。 しかし、少し離れた位置にある裏口が開いたのを見て、慌ててしゃがみこむ。 二つあるポリバケツの間に身体を隠したわたしは、跳ね回る心臓を必死に押さえ込んだ。 (なんて……運のわるい……!) 焦るわたしの耳に、青年達の話し声が聴こえてくる。 「おいおいトシキ……いくら欲求不満だからって……幻覚みるほど禁欲してるのか?」 「ついこの間、自慢げに素人女犯したって言ったのはどこのどいつだよ」 「その話もほんとだけど、いまのも、ほんとだって! いま確かにその角に……ああ、もう。いいよ。ちょっと見てくる」 心臓が止まるかと思った。 言動から察するに、生易しい連中でないことはわかる。 見つかったら、本気で犯されてしまうかもしれない。 わたしは身体を必死に縮めて隠れながら、見つからないことを必死に祈った。 そんなことは、有り得ないとわかっていたけど。 すぐそこまで近付いて来られたら絶対にわかる。 見逃してくれるとも思わない。変態女と呼ばれ、辱めを受けることは確実だ。 泣きそうになりながらも、悪あがきでわたしは身体を縮める。 せめてもの意地で、手で胸とあそこを覆ったけど、それが何になるだろう。 そんな状況にも関わらず、わたしの身体は興奮で上気していた。 ――香奈side―― 視線が注がれている。 全方位から、私に向けて。 私はどうしていいかわからず、その場で硬直してしまっていた。 不良っぽい少年が二人、近付いてくる。 「いま、見た?」 「見た見た。こいつ、裸じゃなかった?」 私は咄嗟に逃げた。 コートがはだけないように手で必死に押さえながら、顔を隠すために俯きがちになりながらも、とにかく走る。 コート一枚という姿の私には、逃げることしか出来なかったから。 でも、それで逃げられるほど、甘くなかった。 さっきの少年が二人、追いかけてくるのがわかる。 「待てよ変態!!」 「逃げられると思ってんのか!!」 その言葉に反応して、周りの人がさらに私に注目する。 おまけに追いかけてくるその二人はかなり運動が出来るらしく、距離がだんだん縮まってくるのがわかった。 絶望的な状況に、私は泣きそうになった。 でも。 泣きそうなほど、怖いのに。 走ると裸の身体やむき出しのアソコを冷たい風が通り過ぎていって、その刺激にイキそうになる。 どうしても興奮してしまう身体を疎ましく思いながら、私は必死に走った。 ――奈々side―― 見つかってしまう。 わたしが観念した、その瞬間だった。 「おい、お前ら」 突然聴こえてきた誰かの声。 その声に対して、他の三人の声が弾むのがわかった。 「コウさん!」 「どうしたんすか!」 「また例のお仕事っすか? お手伝いしますよ!」 どうやら、三人の兄貴分……らしい。 コウと呼ばれた男は、落ち着いた様子で三人に向けて言う。 「お前らな、こういうところでたむろすんなっていつも言ってるだろう?」 「す、すいません」 「なんか、雰囲気的にオレ達に合っているっていうか……」 「世界のはみ出し者ですからね。オレ達みたいな奴は」 不良もそんな自虐的なことを言うのか、とわたしが思わず変なところで感心していると、兄貴分らしい男は怒ったように言った。 「あのなあ、俺達が負い目を感じる必要はねえーんだよ。堂々と表通りを歩きやがれ。真面目腐った奴らなんかより、てめえらみたいにちょっとひねくれてるほうが、よっぽど価値がある」 「コウさん……」 不良三人組はコウという男に対して余程畏敬の念があるのだろう。 「おら、いくぞ」 「はい!!」 とても嬉しそうに声を揃えて、男について去っていく。 角に隠れていたから全部想像だけど、いなくなってくれたのは間違いないらしい。 (た、た、助かった……) 緊張の糸が切れたわたしは、その場にずるずると座り込んでしまった。 「ひゃぅ!」 お尻に冷たい地面が当たって、思わず飛び上がる。 その辺りに、ねっとりとした液体が垂れていることに気付いたわたしは、途端に恥ずかしくなった。 (あんな状況下でも、興奮してたんだ……あはは……) 自分の淫乱さに笑いが零れる。 立ち上がって再び裏路地を進みながら、ふとわたしは首を傾げた。 (そういえば……さっきのコウって奴……どこかで聴いた声だったような……?) ――香奈side―― (ダメだ、捕まる) すぐ傍まで近付いてきた二つの足音を感じて、そう思った。 だけど。 「捕まえ……うおっぅ!?」 「まて変た……ぎゃう!?」 突然、背後の二人は転んだようだった。 妙な悲鳴と同時に、通り一杯に何か散らばる音。 「ああ、す、すいません!!」 微かに振り返ってみたら、どうやら追いかけてきてた不良二人と、荷物運びをしていたどこかの店員がぶつかったようだった。 天の助けと思ったわたしは、全力を振り絞って走る。 「あ、くそ、待て―――っ!」 悔しそうな不良の声が聴こえてきたけど、無視。 私は不良が見えないところまで走って、横道に逸れた。 ようやく息をつく。 「はあ……はあ……はあ……」 必死に呼吸を整えながら、私は危ういところから逃れて安心していた。 そうすると、途端に興奮が倍加する。 あんなに一杯の人がいるところで、裸を晒してしまったんだと思うと、それだけでアソコが熱くなる。 (もう、我慢できない……っ!) コートの前がはだけるのにも構わず、私は胸を揉み、アソコに指を入れて自慰に耽った。 横道とはいえ、人が来るかもしれないということも忘れて、私は夢中に快楽を貪る。 ようやく我に返ったとき、私はもう何度も逝って、足が震えるくらいだった。 再び歩き出した私は、裏道を進むことにする。 そういえば、この裏路地は街灯がほとんどなく、夜になると真っ暗で、狭すぎるから痴漢も出ない場所だった。 私は暫く考えて、コートを脱いでしまった。 ここから裏道を伝っていけば、自宅の裏口に辿り着けることを思い出したからだ。 今日は大通りを通って、正面の玄関から入るつもりだったけど、計画変更。 私は裸を惜しげもなく月光に晒しながら、暗い裏路地を進んでいった。 ――奈々side―― ようやく裏路地の出口まで辿り着いたわたしは、そこでもう一度血の気が引く経験をすることになった。 予め用意しておいた一枚のコート。 ポリバケツに隠しておいたコートが。 そのコートが、生ゴミに埋もれていた。 考えてみれば、当然だった。 飲食店の裏口においてあるポリバケツなのだから、当然そこに入れられるゴミは生ゴミ。 さすがに、生ごみに塗れたコートを着て帰るわけにはいかない。 わたしはスタート地点に戻って服を着ようかと思ったけど、もう一度この裏路地の路を行く気になれず、覚悟を決めることにした。 商店街の裏路地から、幅五メートルほどの道。人通りはまばらだけど、皆無じゃない。 でも、この道さえ何とか抜ければ、あとは狭すぎて痴漢も出ない暗い裏道を通って家の裏口に辿り着くことが出来る。 わたしは裏路地の出口から顔だけを出して、誰も来ないのをしつこいくらいに確認した。 (……ええい!!) 一歩間違えば、隠れようのない空間。 そこを、わたしは走りぬけた。 胸が揺れて、走りにくかったけど、何とか暗い裏道に滑り込むことが出来た。 ほっと一息を吐いた途端、ちりんちりん、という音と共に自転車が道を通るのを見て、間一髪だったと胸を撫で下ろす。 その手が尖った乳首に擦れて、電気が走ったような感覚が頭を貫いた。 (……ああ、ここで思いっきりオナニーしたい) そんな誘惑を何とか押し込め、わたしは家への路を急いだ。 早くしなければならない理由があった。 そろそろ、香奈の方も塾が終わって帰ってきているところのはずだ。 コートという外見だけでも取り繕えるものがなければ、香奈にこのことが知られてしまう。 今日、親は家にいないけど、香奈よりも早く家に帰らなければ。 わたしは少し急ぎ足で、暗い裏道を進んでいった。 ――香奈&奈々side―― 香奈は、その瞬間の衝撃をどう表せばいいのか、今でも悩んでいる。 奈々も、その瞬間の衝撃をどう表せばいいのか、今でも悩んでいる。 二人の自宅は一戸建ての小さな庭付きで、家の周りを庭が『コ』の字型に囲んでいる形だ。 その丁度裏口側――裏庭の丁度中間点で。 二人は出くわした。 お互い、最初は周囲の暗さもあり、誰だかわからなかったようで、揃って悲鳴を上げかけた。 しかし、自分が裸であることに気付き、悲鳴を飲み込む。 そして誰かに出くわしたという衝撃が和らいだ二人は、そこでようやく。 香奈は相手が奈々であることに気付き、 奈々は相手が香奈であることに気付いた。 そして、お互いが全裸であることにも――気付いた。 ――香奈side―― 水曜日。 教室で、自分の机に深々と突っ伏していた私に、あかねが声をかけてきた。 「香奈ちゃん? どうしたの? 大丈夫? なんだかいつもにも増してしんどそうだね……?」 あかねに対し、私は苦笑いを返す。 「ん……大丈夫大丈夫。ちょっと寝不足で……ふああ」 言葉の途中で大きな欠伸が出て、私は慌てて口を掌で抑えた。 あかねは呆れた眼を向けてきた。 「……また勉強で夜更かし? 遊んで夜更かしするよりかはいいと思うけど……体調管理もちゃんとしないと」 激しく勘違いしているあかね。 その勘違いはわたしにとって都合が良かったので、誤解は解かないままにしておいた。 いつもの寝不足は勉強のためだけど、今日の寝不足はそれとは違う。 (……ちょっと、私も奈々もやりすぎたわね) 昨日、お互い露出帰りに出くわしてから――。 色々と、露出のことについて語ったり、いままでやったプレイのことを話したり。 そうこうしているうちにいつの間にか奈々が私を自分のベッドに連れ込んで……あとは、まあ色々。 多少責め返しはしたけど、責められてた方が多くて、へとへとだった。 なんで奈々はあんなに舌使いが上手いの……そんなところでも負けてるなんて、悔しい。 それにしても、本当に驚きだった。 奈々も同じような嗜好をしているなんて。 同じ性別のきょうだいの嗜好は違う風になると何かで見た覚えがあったから、今まで奈々にもひた隠しにしてたんだけどな……。 ひょっとしたら、他にも身近な人が、同じ嗜好を持っているのかもしれない。 そう、例えば目の前にいるあかねとか……。 ――まさかね。 頭を振って、馬鹿馬鹿しい思考を追い出した。 次の露出計画について、考える。 今度は奈々と一緒に、だ。 一人だけでは出来ないような露出も、出来るかもしれない。 さて、どんな露出をしようかな? (おわり)
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