お断り: 本小説は、『私を辱める契約書を作ってください』 by ベンジー氏のスピンオフ小説になり、原案および、本文中に使用されている「ペット契約書」に関しまして、著作権はベンジー氏にあります。
執筆の自由を促進するための契約(前編)
原案 ベンジー 作 TEKE・TEKE
作家というものはそのジャンルにより、極端に世事に通じているものと、疎いものに大別される。何事にも例外はあるが、官能小説家であるオレは極端に世事に疎い。
まず、生活パターンが昼夜逆転している。次に、TVをほとんど見ない。見るのは、録画したアニメかドラマかバライティー位だが、録画したうちまともに見ているのはアニメだけで、他は半分も見ていればいいほうだ。ドラマなど録画していても最後の2回くらいだけ見て、結局すべて消去してしまう。
執筆に必要な情報や資料が欲しいときは、インターネットを使うか編集にメールを
入れておけば、宅配便もしくは担当者が持参してくれる。
また官能小説を書くのに、現在進行中の政治やら経済の話はほとんど必要ない。そして新聞も取っていない。
だから、「契約の自由を促進するための法律」が成立したことも、施行された当日に「ペット契約書」を取り交わして基本的人権と財産全てを放棄し、ある人のペットになった女性のことなど、知る由もなかった。
そもそも大学生のときに、F出版社で開催された小説コンペに中高生向きのファンタジー物語を書いて応募し、大賞をとったことが作家になったきっかけだった。
その小説は出版され、当時はかなり話題になり、アニメ化の話も出たが、結局、番組制作会社の都合でお流れになった。
その後、何冊か続編を出してそれなりに売れたが、人気は移ろいやすいもの、後発の似たようなファンタジー小説がネットから火がつき、そちらがアニメ化、映画化され、そのお陰で私の作品はすっかり忘れ去られてしまった。
その後、ファンタジー小説をいくつか執筆したが、なかなか売れず、もう廃業してまじめに就職するか、と考えていたところF出版社の担当者が、「今度ティーン向けのエッチな小説の文庫を創刊するので、執筆してみないか?」と誘われた。
成年向けではないので、表現やシチュエーションにいろいろ制約は付いたが、これで売れなければ廃業するつもりだったので、やけくそで、女教師が生徒に弱みを握られて、いろいろエッチなことを強要されるが、次第にその生徒に惹かれてゆき、最後には結婚する、という小説を書いた。
成人向け官能小説では定番の話だが、実験的に始まったティーン向けのものなので、とりあえずレイプや恐怖を感じさせるような脅迫の仕方を書くことは控えよう、ということだったので、アニメやファタジーでよく使われる表現を多用し、生徒からの脅迫を子供が親に小遣いを強くねだるような感じにした。
また、女教師も生徒の要求に表面上は嫌がる振りをしながらも、内心は「しかたないわねー」という態度で実行してゆく、といった明るく楽しい感じにして、女教師も生徒もどちらもその状況を楽しんでいる恋愛エッチ小説にした。
ファンタジー小説執筆時は、本名をそのままペンネームと使っていたが、さすがに恥ずかしいので、「 塔 薫 (とう かおる)」という別のペンネームで出版した。
結果は、なんとデビュー作よりも多く売れて、「 塔 薫 (とう かおる)」の名前はティーン向けエッチ小説家として多くの青少年に記憶されることになった。
同時に出版他された他の作家のファンレターは男子がほとんどだったのに、オレのファンレターは半数が女子からのものだった。編集部にはファンレターとともに、アニメの○○風の話を書いて欲しい、とか、ティーン小説の△△の世界を感じさせるようなエッチ小説を書いて欲しい、といった依頼が多く寄せられ、それに答える形で、大元の著作権に引っかからない程度に、舞台やシチュエーションを変えた小説を執筆すると間違いなくヒットし、いつのまにか ティーン向けエッチ作家の第一人者、と呼ばれるようになっていた。
と、自己紹介が長くなってしまったが、そんなわけでオレが「ペット契約」により人≠ナありながら愛玩動物としての扱いを受けることになった女性のことを知ったのは、世間に、それが発表されてから1ヶ月もたった、F社の担当者が頼んでいた資料を持ってきてくれたときだった。
「先生、知ってますか? ペット契約書。えー、知らないんですかー? これだけ、テレビやネットで騒がれているのにー? あ、そっか。先生は録画でアニメかバライティーくらいしか見ないですものねー。でも、すごいですよねー。 人権も財産も全部放棄して、ペットになっちゃうなんて。しかも、法的に元に戻れないらしいですよ。どこの誰にでも、飼い主さんの意思だけで譲渡可能なんですって。いろんな人から譲って欲しい、て話があるみたいですけど・・・。中にはアラブの王様が、何億円も出すから欲しい、って聞きました。 でも、この法律が通用するの日本国内だけみたいですし・・・。飼い主さんの 来栖マリナって人、最低1年は手放さないって。どこに出しても恥ずかしくないペットになるまで、しっかり躾をします、って宣言したそうです。躾ってどんなことするんでしょうかー? やっぱり、犬と同じように、「まて」とか「ふせ」とか、「おすわり」 とか、「ちんちん」とか? うわー、「ちんちん」とかしたら、全部丸見えですよねー。服を着ちゃだめで、首輪だけの格好でいなきゃいけないそうですから。ゴハンもトイレも勝手にしたらだめなんて信じられない。ゴハンはともかく、トイレを勝手にしたらだめって言われたら、めちゃくちゃ厳しいですよねー。ペットが決められたところ意外で粗相したら、
お仕置きですものねー。鞭で叩いたりするんでしょうか? やっぱりトイレは、散歩にいって外でするのかな? 電信柱に、おしっこ、しゃーとか? 皆に見られちゃうんでしょうね。恥ずかしくないのかな? それとも感じちゃったりして・・・。あ、感じちゃうって、もしかして、犬と交尾させられたりするんでしょうか? うわー、獣姦ですよ、獣姦! うちの小説にもたまに出てくるし、AVも見たことありますけど、あれ結構グロいですよねー。あれって気持ち良いんでしょうか? コブを入れるのが結構大変って、聞きましたけど。でもコブを中に入れちゃったらさらに膨らんで抜けなくなるって、ホントですか? 30分ぐらい繋がりっぱなしになっちゃって、その間ずっと射精されて、イキッパなしになっちゃうって、うわー、私だったら気が狂っちゃうかも・・・」
「だーーーー、うるさい、気が散る。 執筆のじゃまだ、黙れ!!」
締め切り間近で追い込みに入っていたオレは思わず叫んだ。
しかも、電信柱におしっことか、獣姦とか平気で口にして、いくらエロ小説業界にいるからといって、若い女が言う台詞か?
このマシンガントークの主は、オレの担当編集者の 宮田千尋。いまは、女流官能小説家も多いので編集者が女性というのは珍しくないが、万が一のことを考え、男性作家には極力男性編集者をつけることになっている。
だが、この千尋は訳有りだった。高校生のとき、「 塔 薫 (とう かおる)」の処女作を読んでほれ込み、毎月ファンレターを送ってきていた。
新作が出るたびに、よくこれほど書くことがあるな、と感心するくらい、本の感想や小説のネタになりそうなことを書いて送ってきていた。
そして2年ほどたったある日、F社から担当が替わる、という連絡を受け、前任者に連れてこられたのが千尋だった。
初めて会ったときは驚いた。150cmに満たない身長に、丸顔、童顔、胸はかろうじてAカップか、というスレンダーな体型で、中学生を連れてきたのかと思った。
実は千尋の父が、F社のメインバンクの重役であり、そのコネを使って、F社に入社し、配属先も、オレの担当になることも、そのコネでごり押ししたらしい。
千尋は三女のため、政略結婚とは無縁でいられるらしく、また、遅い子供だったため、父親が溺愛して、娘の言うことを何でも聞くらしい。
しかし、そんな父親が、溺愛する娘をF社への就職はともかく、よくエッチ小説家の担当編集者になることを許したと思うが、現に彼女が俺の専属担当者になっている。
もっとも、編集長からは、「絶対に手を出すな」と釘を刺されている。
ロリコンぎみのオレには、好みのタイプではあるが、そんな恐ろしい後ろ盾があるのでは、怖くて手が出せるはずがない。
大手銀行の重役ともなれば、エッチ作家の1人や2人、社会的に抹殺するなど造作もないことだろう。
確かにオレの熱烈なファンだけあって、千尋はオレの必要としそうな資料や情報を、特に指示しなくても揃えておいてくれるのは非常にありがたいのだが、この一度しゃべりだしたら止まらないマシンガントークは少々うっとおしい。
「だってー、同じ女としてすっごく気になるじゃないですか? 飼い主さんって、年下の女の人なんでしょう? レズってことなの? それに大金持ちのお嬢様って聞きましたから、わざわざこんな契約をかわして公にしなくても、その人をペットみたいに囲うことなんて簡単なじゃないですか? うちのパパだって・・・」
つい口を滑らし、千尋は押し黙った。
なるほど、溺愛する娘に後ろ暗い秘密を知られては、何でも言うことをきかざるおえない訳だ。
だが、確かに私的には、同じように愛人、または奴隷を囲ったりしている人間はたくさんいる。
だが、その場合のほとんどは、金銭が絡んでいる。だが、全財産放棄となると、なぜ、こんな契約を結んだのだろうか?
オレは、そのペットになったという女性に好奇心を持った。締め切り間近の分の下書きは、ほぼ出来上がっている。 あとは、清書と校正だから、すこし寄り道をしても締め切りには十分間に合う。
「そのペットになったという女性の資料はあるか?」
「はい、これです。 実は、成人向け文庫の担当さんが言ってましたけど、何人かの作家さんが 「ペット契約書」をネタにして構想を練ってるって・・・。
それでいっそ、うちの企画で、「ペット契約書」を題材にした競作の短編集を出そうか、という話になっているんですよ。
それで、ティーン向けの作家さんでも、書いてくれる人がいないか打診してくれ、って言われてるんですけど、先生書いてくれるんですか?」
「それは資料を見てからだ。」
「これが、公開されたペット契約書のコピーです。
こっちが成立した「契約の自由を促進するための法律」の全文です。」
さすが、オレが興味を示しそうな資料はすべてそろえられている。
オレはまず、ペットになった女性のプロフィールに目を通しはじめた。
「この人、橘美織って名前なんですけと、法曹界では知らない者はいないほどのやり手弁護士さんで、このペット契約書もこの人が作ったって話です。その作成を依頼したのが、飼い主さんの来栖マリナさんですね。」
「なんだ、自分自身をペットにしちまう書類をつくったのか?」
「そこが、理解できないんですよねー。 成功している弁護士さんが、なんで全てを失ってしまうような行動をしたのか?」
オレは「ペット契約書」に目をとおし始めた。まず、ざっと読んでから、ひっかかった部分を再度じっくり読み始める。
しばらく資料に没頭していたが、オレはふいに強い視線を感じた。
ふと千尋をみると、ちょこんと正座してつぶらな瞳でオレのほうをじっと見つめていた。 その表情はまるで、主人から命令がもらえるのを期待して「まて」をしている飼い犬のように感じた。
オレはギョッとして、ペット契約書に意識を戻す。内容を要約すれば、アダルトサイトによくある、奴隷契約書などと変わらない。
ただその書類は、素人でも法律用語とわかる語句で、形式にのっとって法務関係者が
作成したものであることが一目瞭然であり、恐ろしいほどの現実味を帯びていた。
いや、契約の自由を促進するための法律の下では、これは完全に合法で、履行されなければならない現実なのだ。
最もひっかかったのは、「第十二条 復権の禁止」である。これがあるということは、いったん契約をかわしてしまえば、法律上は 一生"人"には戻れないことになる。
しかも、法律上、この契約は成立してしまった。
たとえ、将来「契約の自由を促進するための法律」が廃止されたとしても、この時点で合法だった法律を後で違法にすることはできないから、効力は持続する。
「す、すごいですよね。 この第十二条・・・」
いつの間にか横から覗き込んでいた千尋が、かすれた声で囁いた。オレが、どの条文を凝視していたのか、オレの視線から判断したらしい。
第十二条 復権の禁止
本契約に基づき譲渡、または、放棄した権利は、いかなる理由においても回復することができない。
前条により乙が本契約を破棄した場合、及び、乙が死亡、若しくは飼育不能となった場合も同様とする。
「これって、飼い主さんでも、この人を "人" に戻せないって、ことですかね?」
オレも疑問に思ったが、ふと上の第九条が目に入った。
「だけど、第九条で、任意に改変することができるってあるぜ。飼い主が"人"に戻したいと思って、条文を変更したらできるんじゃないのか?」
「でも第十二条には、いかなる理由においても回復できない、って書いてありますよ。どっちが優先するんでしょうか?」
「うーん・・・」
「・・・」
「・・・」
「これは、あとで確認するとして、さっきの競作の話どうします?」
「どうしますって言ったって、すぐにアイデアが浮かばないよ」
「何かないですかねー?」
「何かきっかけがあればなー?」
「そうだ、先生、これに2人でサインしてみたら、何かアイデアでませんかね?」
と、取り出したのは、署名欄が空白になった、ペット契約書だった。
「えっ!!」
「あくまでインスピレーションを得るためのものですよ。本当に契約するわけじゃないし、効力を発揮するには、専門家の承認も必要でしょ?」
「そうか、ま、いいけど・・・。で、どこにサインしたら良いんだ?」
「先生が甲で、私が乙ですよ」
「え、え、ちょっと待て、甲、こう、コウ、と・・・、ば、ばか、オレがペットになってどうする!!」
「ちぇ、ばれたか。」
「だいたい、こういうものは、男が女をペットにするんじゃないのか?」
「エッチ小説書いている先生が何を言ってるんですか? 今時、オネエサマが美少年をペットにするのがトレンドなんですよ。」
「どこがお姉さまだ! アダルトショップで中学生に間違われて、補導されかけたを忘れたか!」
「あー、言ってはならないことを!」
以前、後学のため連れて行って欲しいとせがまれたアダルトショップの店内でちょっとはぐれた隙に、たまたま巡回中の私服刑事に職務質問されたことがあったのだ。
「わかりました。わたしが甲にサインします。じゃ、先生、先に乙にサインしてください」
「オレが先か?」
「もし私が先にサインして、他の誰かが乙にサインしたら、私はその人のペットになっちゃうんですよ! 私そんなの絶対にイヤです! どうせなるなら先生のペットが良いです」
いつに無い剣幕にたじろいだオレは、実名を乙の欄にサインする。
「どうせなら、はんこも押してください。そのほうが、リアルな感じがでます。」
「へいへい、宅配便受け取り用のシャチハタでいいか?」
「だめです! もっと本格的なのないんですか?」
「わかった、わかった」
オレは引き出しから銀行印兼実印を取り出すと、朱肉をつけて押印した。
「・・・・・これでいいか?」
「はい、オッケーです。」
「これ、銀行印だから、気をつけてくれよ。いきなり無一文になったら困るからな」
その時、千尋の書類を受取る手が、心なしか震えているように見えた。
(続く)
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