『タバコ屋の孫娘』
作;ベル
1.
俺は自他共に認めるヘビースモーカー。実家の跡を継いだ金属工だ。 最近の喫煙者は肩身が狭くなって久しいが 俺はいまだに日に10箱は吸うので、毎日1カートンを買い足している。 タバコを買うのはいつも近所のタバコ屋と決めている。 以前はその店でも文房具や雑貨も扱っていたが 今では店番をしているおばあちゃんがカウンターの窓だけを開け タバコ関係を扱うだけになってしまった。 店舗側のシャッターはもう何年も降ろされたままだ。 「最近はみんなコンビニに行っちまうから、何を仕入れたって無駄なのよ。 タバコだって自動販売機で十分なんだけど 年寄りの暇つぶしにはちょうど良い商売だし、アンタみたいな常連もいるしね」 馴染みのおばあちゃんはそう言って笑うのだ。
俺がタバコ屋に行くのは、いつも決まって10時の開店直後だ。 店の脇には自動販売機も置かれているのだが カートン売りの自動販売機がない以上、対面販売しかない。 幼い頃から父のタバコを買いに行かされていたこともあって この店でしか買わない習慣になっていた。 「タバコは本当は体に良くないんだよ。ほどほどにしときなさいよ」 そう言われても目の前で封を開けて一本吸いながら雑談をするのが 俺の日課だった。
ある日、いつものようにタバコ屋に行くと おばあちゃんではなく、若い娘が座っていた。 彼女はおばあちゃんの孫だった。 急に入院することになり、しばらくの間店番を頼まれたのだという。
「へえ、こんな可愛い孫娘がいたなんて知らなかったよ。 でも良く見るとおばあちゃんの面影があるな」 「似ているってよく言われます。50歳くらい年が違うのにですよ?」 「おばあちゃん、大丈夫なの?」 「どうかな?でも常連さんが来るから、午前中だけでもって頼まれたの。 戻る気があるからそう言うのよ。 で、貴方がその『カートン買いの常連さん』ね?」 彼女は微笑みながらいつものタバコを俺に差し出した。 「いつも1本吸ってから帰るんでしょう?その間少しお話しません?」 そう言って彼女は自分のことを話し出した。
彼女は将来の女優を夢見る劇団員。 すでに二十歳を越えているがタバコは吸わない。 「良かったら、私の写真もらってくれる?」 そう言って手渡されたのは カメラマンの父が撮ってくれたという3枚のモノクロ写真だった。 どこかレトロで昭和的な印象を受ける服装だったが 古い感じがしたのはモノクロ写真だったせいかも知れない。
「売り出したいなら、鮮明なカラー写真の方が良い気もするけどなぁ?」 「カメラマンの父が言っていました。 見た人にアーティスティックな印象を与えるために あえてモノクロ写真を選んているんですって」 「へぇ、そういうもんかね。でもよく見ると、なかなか可愛く写っているよ」 「よく見なくても可愛いからですよ?」 彼女の冗談を聞きながら、俺は3枚の写真を上着のポケットに仕舞った。
2.
翌日もタバコを買いに行くと 前日にもらった写真と同じ格好をした彼女が店の中に座っていた。 「その服、もしかして昨日の写真と同じ服かい?」 「ええ。モノクロだと分からなかったと思うけれど 実物はけっこう鮮やかでしょう?私のお気に入りなの」 彼女は嬉しそうに微笑んだ。 俺がいつものタバコを1カートン買うと 彼女はまた自分のモノクロ写真を3枚くれた。 今度はフリルの付いた水着姿で、海辺の砂浜で撮影したモノだった。 水着とは言え屋外撮影は人目につくので、当日は早朝に撮影したらしい。 やはりレトロで昭和的な印象を受けたが そう感じたのは『ダッコちゃん人形』を持っていたせいかも知れない。
「どうせなら、水着も小道具も今風にした方が良い気もするけどなぁ?」 「いろんな役に挑戦したいから、水着に限らずどんな服でも 『これも衣装の1つなんだ』と思うことにしているんです」 「へぇ、そういうもんかね。でもよく見ると、なかなかスタイル良く写っているよ」 「よく見なくてもスタイルが良いからですよ?」 彼女の冗談を聞きながら、俺は3枚の写真を上着のポケットに仕舞った。
3.
翌々日もタバコを買いに行くと また前日にもらった写真と同じ格好をした彼女が店の中に座っていた。 「今日は水着で店番かい? おばあちゃんの時より売り上げが増えちゃうな(笑)」 彼女は少し照れくさそうに微笑んだ。 俺がいつものタバコを1カートン買うと 彼女はまた自分のモノクロ写真を3枚くれた。 今度も水着だがビキニ姿で、昨日よりもずいぶんセクシーな部類だった。 場所も海辺ではなく、屋根があるバス停で撮影したらしい。 田舎らしく殺風景な感じだったが、モノクロ写真には合っていた。
「まるで『となりのトトロ』に出てきそうな古めかしいバス停だなぁ」 「日常と違う風景とのミスマッチが幻想的な印象を与えるんですって」 ポーズを取っている表情は楽しそうで、無理強いされたのではないようだった。 「へぇ、そういうもんかね。でもよく見ると、なかなかセクシーに写っているよ」 「よく見なくてもセクシーからですよ?」 彼女の冗談を聞きながら、俺は3枚の写真を上着のポケットに仕舞った。
4.
その翌日もタバコを買いに行くと また前日にもらった写真と同じ格好をした彼女が店の中に座っていた。 「今度はビキニで店番かい? おばあちゃんの時より売り上げが急増しちゃうな(笑)」 彼女は照れくさそうに微笑んだ。 俺がいつものタバコを1カートン買うと 彼女はまた自分のモノクロ写真を3枚くれた。 昨日と同じ田舎のバス停でビキニ姿を撮影した写真だったが 外したブラは足元に落とし、手のひらで胸元を覆い隠していた。 ブラの近くには脱いだサンダルも揃えられ、素足で立っていた。 最近のグラビアアイドルでもこの程度のモノなら見掛けることがあるが 本人が目の前にいると思うと、コチラの方が気恥ずかしくなった。
「危うい感じの場面を見せられると神秘的な印象を与えるんですって」 写真の中の彼女は恥らっているという感じはなく グラビアアイドルとは異質の、例えるなら化粧品のモデルのようだった。 「カメラマンが父親だと恥ずかしくないのかい?」 「全く平気って訳じゃないですけれど、父がカメラマンとして望むなら 私もそれに応じられるようになりたいんです」 彼女は真剣な目で俺を見つめ返した。 「へぇ、そういうもんかね。でもよく見ると、女優よりモデルに向いているかもよ」 「美人はどちらだって選べるんですよ?」 彼女の冗談を聞きながら、俺は3枚の写真を上着のポケットに仕舞った。
5.
その翌日もタバコを買いに行くと また前日にもらった写真と同じ格好の彼女が、 すなわち『ビキニのブラを外し、自分の脇に置いた状態』で 胸元を両手で覆い隠した彼女が店の中に座っているのに気付いた。 「おいおい、マジかよ?誰かに気付かれたらどうすんだ」 俺は左右を見回しながら、タバコ屋に駆け寄った。
「そんな格好で店番するなんて、いくらなんでもやり過ぎだろう?」 「ああ、いつも通りの時間に来てくれて良かった。 頑張って店を開けた甲斐がありました」 「何、言ってんの?店を開けてまだ数分しか経っていないだろうけれど 誰かに気付かれたかも知れないんだぜ?」 「ええ。でも、これも父が私に課した課題なんです」 「課題?」 「はい。撮影した写真が出版されて世に出回るというのは 撮影された姿を世間に晒しているのと同じことだ、と。 そういう覚悟を養うために、父が私に課した課題なんです」 「だからって・・・」 「その代わり『晒す相手はたった一人だけで良い』とも言いました。 だからいつも通り貴方が来てくれて本当に良かったです。 ほんの数分でしたが、もし貴方が何かの都合で遅れたり 急用で来れなくなったらと思うと、生きた心地がしませんでした」 彼女は安堵したように微笑んだ。 俺がいつものタバコを1カートン買うと 彼女はまた自分のモノクロ写真を3枚くれた。
昨日と同じ田舎のバス停で撮影した写真だったが ビキニは上下とも足元に脱ぎ落とされていて 胸元と股間を両手で覆い隠しているだけの全裸姿だった。 別の写真には横から写された姿があり 彼女が本当に何も着ていないのが分かった。 さすがに現実の彼女も恥ずかしそうな表情を浮かべていた。 写真を手渡す時からいつもと様子が違ったので『予想通り』でもあったが 彼女の頑張りを無駄にしないよう、コチラから切り出した。
「すごく綺麗な写真だね。君の幻想的で神秘的な魅力と カメラマンの芸術性の高さが伝わってくるような写真だよ」 昨日まで彼女が説明してくれた内容を繰り返しただけのお世辞だったが 彼女の表情は一気に明るくなった。 「撮影の時の父は芸術家気質になるんです。 厳しい叱責も当たり前でしたが、今の言葉で報われた気がします」 彼女の嬉しそうな顔を見て、俺はますます彼女を応援したくなった。
しかし、ここ数日のパターン通りなら 彼女は明日も、今手にしている写真と同じ姿で店番をするのだろうか? いや、今日の時点でも覆い隠した胸元の隙間から 彼女の乳輪が何度も見え隠れしているのだ。 「どうかしました?」 「いや、別に・・・。女優って結構大変そうだなって」 俺は胸元ばかり見ていると思われたくなくて、早々に話を切り上げた。
6.
その翌日もタバコを買いに行くと また前日にもらった写真と同じ格好の彼女が、 すなわち『ビキニを全て外し、自分の脇に置いた全裸状態』で 胸元と股間を両手で覆い隠しただけの彼女が店の中に座っていた。 「おいおい、マジかよ?こんな事なら仕事の電話なんか 後から掛け直せば良かった」 俺はいつもより10分ほど来るのが遅れたことを後悔しながら タバコ屋に駆け寄った。
「その格好で店番するなんて、まさか今日も課題を続けているのか?」 「ああ、貴方がいつも通りに来ないからどうしようかと思っていました」 よほど不安だったのか、彼女の目は涙でうるんでいた。 「誰か別の客が来ちまったのか?それとも気付かれたとか?」 「いいえ。幸い誰にも気付かれていません。 でも、何人もの人が店の前を通り過ぎて行くので 昨日以上に生きた心地がしませんでした」 彼女は両手で目頭を押えながら、精一杯微笑んだ。 「・・・(おいおい、手を離しちゃダメだろ。全部見えちゃってるぞ)」 すぐに彼女も気付いたのか、あわてて胸元と股間を両手で隠し直した。
「今日もいつもので良いですか?」 「ああ、いつもので」 しかしタバコを手渡すにしろ、代金を受け取るにしろ 胸元と股間を両手で覆い隠したままで出来るはずもなく 結局は乳首や陰毛を何度も露わにさせてしまっていた。 「・・・(そりゃそうだよ、隠しながら接客応対なんて無理だろ)」 コチラの考えが伝わったのか、彼女も苦笑いしていた。 俺がいつものタバコを1カートン買うと 彼女はまた自分のモノクロ写真を3枚くれた。
昨日と同じ田舎のバス停だが、今回は道路の真ん中に出ていた。 バス停の一部が画面の端に写っているが 場所を移動したせいで、もうビキニすら写っていなかった。 写真の中の彼女は恥ずかしそうな表情を浮かべながら 両乳房に手を添えて下側から持ち上げるように支え 硬くなった乳首を突き出したまま、コチラを向いて立っていた。 別の写真には両手が道路に着くほど前屈したまま両足を肩幅に広げ、 お尻をコチラに突き出してアナルとワレメを晒していた。 おそらく彼女は父親から何も隠さないように指示されていたのだろう。 ある程度予想はしていた姿だが、さすがに注意をせずにはいられなかった。
「すごく綺麗な写真だと思うが、もう『父親の課題』はやめるべきだよ。 いくら君のための課題とは言え、こんな事をしていると知れたら 女優になるどころか世間に顔向け出来なくなるぞ?」 「それでも良いんです。だって私が決めたことですから」 彼女は真剣な表情で応えた。
「私は父を尊敬しています。カメラマンとしても、芸術家としても。 だからヌード撮影にも応じたし、今も課題に応じているんです」 「だからって・・・」 「貴方がいつも開店直後に来てくれるから 父の『晒す相手はたった一人で良い』とい条件を満たせています。 おばあちゃんには申し訳ないけれど、私も恥ずかしいので ビキニで店番をした日を最後に貴方にしかタバコを売ってないんです。 もし貴方が来てくれなくなったら 貴方の言うように世間に顔向け出来なくなる状況になるかも知れません。 でも、それでも良いんです。尊敬する父を裏切るよりはずっとマシです」 そう言うと彼女はうつむいたままポロポロと泣き出してしまった。
「分かった。そこまでの覚悟があるなら、もう何も言わないよ。 でも俺が帰ったらすぐに店を閉めるんだぞ。 その格好では店を閉めるのも苦労するだろうけれど 課題条件は満たしたんだろう?」 こうして話している間も、俺は周囲が気になって仕方がなかった。 地元で『裸の女の子を泣かせていた』などと噂になったら 家業を継いだ者にとってはシャレにならないからだ。
「ところで、父親の課題ってのはまだ続くのかい?」 「お渡しする予定の写真は、明日が最後なんです。 だから父の課題も明後日で終わることになります」 「しょうがない。こうなったら最後まで付き合うよ」 嬉しそうな顔をしながらうなづく彼女を見て 俺は彼女をあらためて応援すると決めた。
7.
その翌日もタバコを買いに行った。 事情を知っているので開店直後ではなく、10分前には店前で待っていた。 10時ちょうどに物音がした後、カウンターの細いシャッターが上がった。 予想通り、前日にもらった写真と同じ格好で、 すなわち『身の回りにすら何も置かない状態』で 全裸姿の彼女が身体を一切隠すことなく窓の前に現れた。 「マジかよ。店の中が暗いから、座ってる分には外から目立たないけれど 開店準備をする様子は外からも丸見えだったんじゃねえか」 俺は左右を見回しながら、タバコ屋に駆け寄った。
「ああ、今日はいつもより早いんですね。まだ準備し始めたところですよ?」 「分かっているよ。それより君の姿、外からも丸見えだったぞ?」 「ええ、気付いていました。だから昨日は生きた心地がしなかったんです。 でも本当はもっと前から私に気付いた人がいるのかも知れませんね」 「いるのかも知れませんね、じゃないだろう?丸見えなんだぜ?」 「でも、それでも良いんです。 昨日お話したとおり、尊敬する父を裏切るよりはずっとマシですから」 彼女はそう言いながら、カウンターの上に小銭受けやライターを並べ続けた。
「貴方が早く来てくれたおかげで、今日はすぐに店を閉められそうですし 昨日と違って、裸になるのも裸を見られるのも 割り切って考えられるようになりました」 「でも俺には見られちゃうんだぜ?」 「貴方は最初から特別なんです。 私が翌日はどんな姿になるのか、予告写真を手渡している相手ですよ? それに昨日も似たようなものだったでしょう? どんなに注意を払っても、両手だけで隠し通せるなんて 初めから思えなかったんですもの」 「何だ。昨日も見えていたことに気付いてたのか」 昨日まで不安そうにしていたのがウソのように 彼女は元気を取り戻していた。
「ええ。一昨日お渡しした写真を撮影した時は『ちゃんと隠せ』と、 でも昨日お渡しした写真を撮影した時は『隠すんじゃない』って 何度も父に怒られましたから」 言葉どおり、彼女の中で何かが吹っ切れたようで 今日は全く身体を隠そうとしないまま、俺にいつもの笑顔を向けた。
「じゃあ今日は『隠さない日』ってことで良いのかい? 見られても構わないって言うなら、遠慮しないぜ?」 「どうぞご自由に。貴方にだけは、昨日お渡しした写真と同じ姿を。 私の裸を包み隠さずお見せします。それが父の課題ですから」 彼女はそう言って立ち上がると、店の中の照明を点けた。 さらに彼女は写真と同じように両手を身体の後ろ側で組み ゆっくりと2度回って俺に自分の裸を見せてくれた。 明るく照らし出された彼女の肌は透き通るように白く 茶色の乳輪と濃い目の陰毛が際立って目立っていた。 身体の向きを変える度に乳房が揺れ、硬く突き出た乳首が跳ねていた。
「どうでしたか?私の裸。腹筋だけは欠かさず続けているんです。 有名な女優さんは、若い時に映画で脱いでいる人が結構多いんですよ?」 「へぇ、そういうもんかね。でもよく見ると、なかなか綺麗な裸だよ」 「よく見なくても綺麗な裸だからですよ?」 彼女は用意しておいたタバコを手に、窓際まで近付いて来た。
「おいおい、もう少し周囲を警戒しなきゃダメだろ。 いくら自分では『裸を見られても良い』と割り切っていたとしても そんなに前へ出て来たら、通りすがりのヤツにもバレちゃうんだぞ?」 実際に店の中の照明を点けたせいで、ちょっと店の方を覗き込まれれば 全裸になっていると気付かれてしまう状況なのに 彼女は全く外の様子を気にしなくなっているようだった。 「こりゃ本人が割り切っていても、さっさと済ませるべきだな」 俺がいつものタバコを1カートン買うと 彼女はまた自分のモノクロ写真を3枚くれた。
昨日と同じく、全裸姿で道路の真ん中に出た彼女は お尻を路面に降ろしM字開脚のポーズをとっていた。 彼女のワレメはパックリと開き、陰唇までが鮮明に写されていた。 別の写真では指先で陰唇を押さえ、膣穴さえも露わにさせていた。 「・・・(ココまでしている姿を見せられるとは!)」 もはや芸術ですらない写真を手にしたまま、俺は言葉を失った。 写真の中の彼女は淫靡な行為によって恍惚の表情を浮かべていた。 「最後の一枚も見てくれますか? 全部見てもらわないと父の課題が終わりません」 彼女は店の奥から催促した。
「ああ、もちろん見せてもらうよ」 そう答えながらめくった最後の写真には 陰唇を押し広げたまま、路上で放尿をしている彼女の姿が写っていた。 「やっぱり!アソコまで露わにした姿の先は もうコレかオナニーしかないよな。 いやいや、どんなに尊敬している相手に頼まれようとも この姿はないだろう。もう父親に調教されているってレベルじゃないか」 俺は周囲も気にせず、店内の彼女に向かって叫んだ。
「・・・そう言われても仕方ありません。 実際、私にとって父は『絶対的な存在』なんです。 幼い頃から厳しく躾けられ、逆らうことなど考えもしないほどですから」 冷静さを失いかけている俺とは対照的に 彼女は静かに答えながら、再びカウンターに近付いて来た。
「客観的にみて、晩年の父は芸術家の域を逸脱していました」 「晩年?それじゃあ君の父親はもう亡くなっているのか?」 「はい。でも私は今でも父の影に怯えたままなんです。 この闇を断ち切りたい。私はずっとそう考えていました。 だからこそ私は、父が最後に残した課題を克服することで 亡き父の呪縛から逃れようとしているんです」 カウンターから身を乗り出しそうな彼女を制しながら 俺はキッパリと言った。
「死んだ父親に義理立てする必要はないじゃないか。 もう君は自由なんだぜ?」 「ええ。理屈では分かっているんです。でも課題を克服しないかぎり 一生父の影に怯えたまま、私の心は開放されないと気付いたんです。 お願いです。本当にあと少しなんです。 ココまでやれるとは自分でも思っていませんでしたが どうか最後まで付き合って下さい」 彼女はカウンター越しに俺の手を握り締めながら哀願した。
「つまり俺は明日もココに来て 素っ裸になった君が放尿する姿を見届けて欲しいと? それが課題の克服であり、君の心を開放することになると」 「はい。自分勝手なお願いだと承知していますが」 「・・・分かった。いや、共感は出来ないが、明日も来るよ。約束する」 「ありがとうございます。これでようやく・・・」 彼女はそう言いながら目に涙を浮かべ 握ったままの俺の手を引き寄せて、手の甲にキスをした。 「では、また同じ時間にお待ちしています」 彼女は深くお辞儀をすると、カウンターのシャッターを閉めた。
8.
その翌日もタバコを買いに行った。 あれから何度も考え直したが どこまでが本当で何がウソなのか、結論は出なかった。 「一昨日も素っ裸になったとは言え、不安で涙ぐんでいたのに 昨日は裸になるのも裸を見られるのも 本当に割り切れていたかのようだったなぁ。 それにしても、見ている側の俺が自制するように諭すなんて とうとう俺もヤキが回ったかな?」 俺は昨日の彼女の姿を思い浮かべながら苦笑いした。
「いずれにせよ今日が最後なんだ。 若い女の子の裸が見れるというだけで、俺の方にはデメリットがないし 彼女の気が済むなら、キッチリ終わらせてやれば良いだけだ」 しかし、昨日と同じように10分前には店の前で待っていたが カウンターの細いシャッターは定刻を過ぎても閉まったままだった。 店に近付いてみたが物音すらせず、そのまま30分以上が過ぎた。 「おかしいな、どうしたんだ?」 シャッターを叩いてみたが返事はなく、やはり物音すらしなかった。 「こうなりゃ、もうしばらく待つしかないな」 俺は残り少ないタバコに火を点けながら、シャッターが開くのを待ち続けた。
「おい、久しぶりだな。こんな時間にタバコを買いに来たのか?」 最後の1本を吸い始めた時、幼馴染みの友人に会った。 「ああ、ちょっと約束があってな」 「約束?誰と?それより今日は、いや今日も・・・か。 どんなに待っても店は開かないぜ。ココのおばあちゃん、亡くなったからな」 「は?」 「昨日の午後に、入院先でおばあちゃん亡くなったんだよ。 入院してからずっと意識が戻らなかったみたいだけど もし親戚が来たとしても店どころじゃないだろう? まあずっと店は休みだったし、趣味で続けていたようなもんだから このまま店をたたむんじゃないかな」 「は?」 「カートン買いのヘビースモーカーのお前が ここ数日どうしていたのか気になっていたけれど、 買い置きがなくなったのならコンビニに行くしかないぜ?じゃあな」 「は?」 コイツは何を言っているんだ、と思っているうちに友人は去って行った。
「入院してからずっと休み?いやいや、孫娘が毎日来ていただろう? でも最初から午前中だけって言ってたし ビキニで店番をした日を最後に、俺にしかタバコを売ってないんなら・・・。 いやいや、その話だってどこまで本当だったのか。 ああ、もう。ワケが分かんねよ! 今でも彼女の顔はもちろん、彼女の裸も鮮明に思い出せるし 家の引出しの中には彼女に貰った写真だってあるってのによ」
ふと、俺の脳裏に妙な考えが思い浮かんだ。 『孫娘は、おばあちゃん本人だったのかも知れない』と。
孫娘が俺に話したことは、おばあちゃんの体験談で 当時の姿になったおばあちゃんが 自分の過去を誰かに伝え、同時に克服したかったんじゃないか、と。 もしそうだとしたら、彼女は父親の呪縛から解き放たれたのだろうか? それとも最後の課題を残したまま、生涯を終えてしまったのだろうか?
「いやいや、バカじゃねえの。いったい何の話だよ。 エロいSF小説か?それとも幽体離脱のオカルト番組か? ああ、もう。ワケが分かんねよ! だがハッキリしている事が一つだけある。 もう俺の手元にタバコが1本もないって事だ!」 俺はタバコ屋のカウンターを見つめながら、その場を立ち去った。 【終わり】
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