本作品は「犬嫁」のスピンオフ小説です
犬嫁の娘
TEKE・TEKE
「犬嫁? なんだこれ?」 私、藤原鈴香は、大学で心理学の夏休みの課題の「嫁姑問題」を検索していて気になる ブログを見つけたのだ。嫁や姑のことをツイッターやブログにつづっている人は多い。いろいろな意見や考え方があり、その傾向をチェックしていたのだが、犬嫁という不思議なタイトルに目がとまった。 クリックしてみると、いきなり全裸の女性が檻の中にいる画像が現れた。 「アダルトサイトか・・・」 しかし、なぜか「犬嫁」という言葉に興味を覚えたのでスクロールしてみる。 オーシャンという名前の管理人が運営する、「犬嫁日記」というブログでは、南のある島に 「犬嫁」という風習があり、この島の嫁は、嫁ぎ先に絶対の服従を誓わなければならない。そのための試練として、祝言の日から一年間、その家の飼い犬となる。 島の住民は「犬嫁」と呼び、いくつかの決め事が作られている。 犬嫁は、衣類を着せてはならない。 犬嫁は、家屋に入れてはならない。 犬嫁は、二足歩行をさせてはならない。 犬嫁は、食事の際に手を使わせてはならない。 屋内に入れない犬嫁は、丸裸のまま、外で四つん這いの生活を強いられる。 地面に置かれたエサ皿で食事を摂り、庭の片隅で排泄をし、 散水用のホースで身体を洗われる。 そして寝床は檻の中。 ということだった。まるでSM小説のような風習だ。これが本当であれば、重大な人権侵害、虐待と言うことになるが、現在は行われていないらしい。 ただ、この管理人のオーシャンの妻であるチェリーさんは、それを自ら体験し、その虜になってしまったらしい。ホームセンターで購入した資材で自作したらしい檻の中で、チェリーさんは全裸に首輪だけの姿での生活を半年以上続けている。 排泄は基本、檻の中においたオマルにする。入浴は毎日旦那が、カラダと髪を洗ってくれるのにまかせっきり。食事は犬用の餌皿にすべて一緒に盛られる。ドッグフードなどではなく、もちろん人間用の食べ物だが、手を使うことを禁じられており、文字通り犬食いするようだ。 ときどき、旦那に郊外へ連れて行ってもらい、全裸での散歩も行っているらしい。 手記には実際にやったことがある人でないとわからないようなことが細かく書いてあり、非常にリアル感があった。要所に添付されている画像も合成などではなさそうだ。 レスをみると、女性からの投稿が3分の2を占めている。リンクをたどってみると、やはり同じように全裸生活をしていたり、パートナーから牝犬のように扱われる調教を受けている女性のブログ等に繋がっていた。 驚いたのは、リンクの1つに心療内科、カウンセリングの資格をもつ女性のブログがあったことだ。 「リョーコの診療室」という名のブログは、露出やペット扱いされたい性癖をもつ女性たちのお悩み相談室のようになっており。チェリーさんは常連らしく積極的に投稿していた。
人の性癖はさまざまだ。露出やペット調教などは、短絡的にSMに結び付けられてしまうが、こうした性癖、願望を持ちながら人知れず悩んでいる女性は驚くほど多い。 私は次々とリンクを伝っていろいろなブログを読み漁った。 気が付くと、すでに午前1時をまわっていた。 喉がからからだったため、台所から麦茶でも取ってこよう、と立ち上がろうとして下半身の違和感に気が付いた。 明らかに汗ではないもので下着が湿っている。恐る恐るジーンズを脱ぎ、ショーツを下ろしてみる。 ニチャーと音が聞こえるぐらい私のアソコとショーツの間に糸が引かれる。もちろんオナニーの経験はあったが、直接の刺激なしにここまで濡れたことはなかった。 犬のように全裸で生活する事にこれほど感じてしまったのだろうか? 初体験こそまだだったが、高校のときキスまでしたボーイフレンドはいたし、自分ではまったくのノーマルだと思っていたのに・・・。 自分には隠された願望があったのだろうか? 居ても立ってもいられない不安に陥り、パソコンを終了し、下着を替えるとベットに倒れこむ。目を閉じると浮かんでくるのは、さっき見たチェリーさんの画像だった。 全裸に首輪の姿で、ちんちんの格好をしている。 目線入りで股間にはモザイクが施されているが、鼻から下の表情は明らかに恍惚にひたっており、股間の真下の床には、水溜りができていた。 人として最も恥ずかしい格好をしながら彼女は明らかに悦んで感じていた。替えたはずの下着がまた濡れている。 右手がそろそろと股間に伸びる。 だめ、いけない、こんなことで感じるなんて・・・。 しかし指は目的地にすでに達していた。 中指がクリトリスに触れて、体全体がびくんと震える。そのまま合わせ目に滑り込むと、中はやけどしそうなほど熱かった。 指を出し入れする。 気が遠くなるほど気持ちいい。 脳裏に浮かぶ目線の入ったチェリーさんの顔は、いつのまにか私になっていた。2、3度指を出し入れしてから、クリトリスを小刻みに刺激して、これを繰り返す。私のお気に入りのオナニーだ。 あっという間に絶頂に達する。 いつもならこれで満足できていたはずだった。 でも、今は違う。 少しさめてくると、またしたくなってしまう。何度も何度も繰り返し、体はへとへとに疲れているのに、なぜか心が満足できない。 「ああ、私は犬、犬嫁なの・・・」 声に出していってみると、気持ちが高まってくる。うつ伏せになりお尻を高く持ち上げる。 顔を右に向けて肩をベットに密着させる。 両脚を肩幅より広く開いて、右手でアソコを、左手で乳首をいじる。後ろから見られたら全部丸見えのとんでもなく恥ずかしいポーズだけど、それがいい。 全裸に首輪を着けただけで、四つんばいになり、犬のようにリードで引き回される自分の姿を想像する。
「鈴香、今日からお前は犬嫁だ。さあ、皆さんにお披露目だぞ。早くこの村になじむように、しっかりお勤めするんだぞ」 一軒一軒、村中の家をまわり、犬嫁の挨拶をする。お座り、お手、ちんちんなどの芸を披露すると、みんなが頭をなでて褒めてくれる。 「ようできた犬嫁じゃ、早うこの村になじんでおくれ」 「最初からここまで芸ができるとはたいした犬嫁じゃ、これで村の将来も安泰じゃ」 「犬嫁がすっかり様になっておるの、いっそ一生犬嫁のままでおるか?」 「村のために、丈夫な跡継ぎをたくさん生んでおくれ。 いつでも協力するぞ」 私の全てをさらけ出してしまう「ちんちん」は死ぬほど恥ずかしい。でも、だからこそ、最高に気持ちいい。私が発情期の牝犬のようになっていることを村人全員が知っている。 そう思うだけで、さらに濡れてくる。 歩くたびにアソコがグチュグチュと音をたて、地面に恥ずかしい染みを作る。 「おうおう、すっかり発情しおって、子作りは準備万端のようじゃな」 「このまま発情し続けたら、狂ってしまわぬか? どれ、わしが鎮めてやるかの」 「たわけ、1年間、犬嫁のお勤めが終わるまでは、男との交合は厳禁じゃ」 「なら、平八じいさんのところの太郎丸とまぐわせればよかろう」 「あかん、太郎丸はもう12歳の老犬じゃ。 新しい犬をつれてこんといけん」 「わしの孫が本土で、でっかい犬を飼っとる。 それを借りてくればよかろう」 「そらええわ。 みんなで見てやらねばのう」 私は村人全員の目の前で、牡犬と交尾させられるのだろうか? その光景を想像しただけで私はイキそうになった。思わず立ち止まり、カラダをフルフルと震わせて、大きな波が収まるのを待つ。 その間、リードを持つご主人様はじっと待っていてくれた。
ようやく、全ての家に挨拶が終わる。 私は褒めてもらおうと、お座りの姿勢をとり、リードを曳いてくれていたご主人様を見上げた。 ご主人様は、私の前に屈みこむと頭をなでながらこう言った。 「よくがんばったな、鈴香。りっぱに犬嫁の務めを果たしてくれて、父さんはとっても嬉しいよ。これから1年間がんばるんだぞ」 なぜか、ご主人様は父だった。そのとき私は、私がもっと幼いときに、同じ事をしたことがある、と感じていた。 「でも、最後にもう1つだけ大事なお勤めがある」 私は家の裏に連れて行かれた。そこには大きな檻が置いてあった。 「鈴香、今日からお前はここで寝起きする。お前の縄張りだ。だから、マーキングをしなさい」 「マーキング?」 そうだ、犬は散歩のときなど、ここがじぶんの縄張りであることを主張するためマーキング、すなわちオシッコをして自分の匂いをつける。 「ほら、みんなが証人になってくれるぞ」 はっとして振り返ると、いままで挨拶をして回った村人全員が、そこに立っていた。 ああ、とうとう排泄行為まで、見られてしまう。 「ほら、よく見えるように片足を格子に掛けるんだ」 両手と右ひざを地面につき、左足を高く上げて、格子に掛ける。 村人たちが私の後ろに移動する。 私のオシッコする様子がもっともよく見えるポジション。 緊張して、したいはずなのにオシッコがなかなか出ない。 みんなの視線がアソコに集中しているのが痛いほどわかる。 ふと気が付いて、私は首を左にねじり、村人たちのほうを向いて、にっこりと笑う。みんながそれを期待しているのがわかったからだ。村人たちも微笑みかえす。 それで、緊張がとけ、オシッコが勢いよく出始める。永遠に思えるような時間が流れる。オシッコが終わったところで、私はカラダをブルブルっと振るわせる。 「よくがんばったね」 父が私をやさしく抱きしめてキスをする。 回りから拍手が沸きあがった。 私は激しくイッた後、そのまま眠るように気を失った。
眼をさますと、私は全裸でベットの上に寝ていた。 タオルケットを被っていたが、夏とはいえ全裸で寝るのはさすがに冷えるので無意識のうちに被ったのだろう。 夢のことは、はっきりと覚えている。 はっと気が付いて、布団を確かめる。 おしりのあたりが、汗と多分愛液でじっとりしていたが、おもらしした形跡はなかった。 1階の台所から父の声がした。 「おーい、鈴香、まだ寝ているのか? いくら夏休みだからって、だらだらした生活をしていると、後が大変だぞ」 「は、はーい、今起きる」 私はあわてて着替えると、一階の台所に下りていった。 夢のことを思い出し父と顔を合わせるのが恥ずかしかった。 なぜ、夢に父がでてきたのだろう? 私は自分がファザコンだと思ったことは一度も無い。 たしかに、母は5年前に心筋梗塞で無くなり、今は父との二人暮らしである。 それから、家事は父と分担して行っていた。 それまでは台所に立ったこともなかった父が、意外と料理をするのにはびっくりした。 「なに、下宿していたときのなごりさ。たいしたことはできないよ」 と謙遜していたが、カレーや肉じゃが、ぶりの煮付けなど、私よりよっぽど上手につくる。だからといって父に特別な感情は抱いていない。
「じゃ、私は出勤するから、出かけるなら、戸締りをよろしくな。 今晩はたぶん遅くなるから、夕飯はいらないよ」 母が亡くなってから、母のことはほとんど話題にでない。 私の母の美鈴は、一度に嫁いだが、夫が早世したので、東京に戻り幼馴染だった私の父と再婚した、と親戚から聞いたことがあったのだ。ただ、最初の結婚の事は、いろいろあったらしく、親戚に聞いてみても誰も教えてくれない。 父なら当然知っているだろうが、子供心にも絶対聞いてはいけないことが察せられた。 「犬嫁」 この言葉が、なぜか私の母の過去に係っているような気がした。 そして私自身、どこかでこの言葉を聞いた気がする。 私は、再びパソコンを起動し「犬嫁日記」のブログを表示する。 閲覧者からの投稿を丹念にチェックしていき、問題の島が、沖縄の裏島であることが判った。私と同じように「犬嫁」に興味を持ち、体験してみたいという投稿者がいたのだ。 その投稿者に対して、チェリーさんは最後にこのように回答していた。 「あなたも犬嫁を体験してみればわかります。 想像するのと実際にするのとでは、まったく違いますから・・・」
どうしても「犬嫁」のことが気になってしかたがない私は、沖縄の裏島に行ってみることにした。バイト代を貯めていたため、旅費は十分にある。あとは、どうやって父を説得するかである。 裏島に行く、といえば多分許してもらえないだろう。また、今は夏休み、簡単に飛行機は取れない。 不便な時間の便のキャンセル待ちしかないだろう。 そんな、こんなで2,3日考えあぐねていたところに、思わぬ幸運が舞いこんだ。 大学の友人の里美が、家族旅行で沖縄に行くことになっていたのだが、祖母が急逝したため中止になったのだ。ホテルはキャンセル可能だったが、飛行機は、団体ツアーの貸切チャーター機だったため、搭乗人の変更はできてもキャンセルはできないらしい。 3席のうち2席は、里美の父親が、先週の台風で新婚旅行を延期した部下に譲ったのだが、あと1席あまっている、という。 出発は3日後、帰りは6日後、つまり3泊4日の予定だった。 とりあえず里美にキープしてもらうように頼み、ネットでホテルを検索する。 里美たちが泊まる予定のホテルも、予約をそのまま部下に譲ったため、私の泊まるホテルは自分で確保しなければならなかった。 とりあえず沖縄本土で一泊目だけなんとか確保し、あとは向こうで考えることにした。 裏島にホテルは無いが、民宿は1軒だけあることは確認してある。 観光客は、裏島にめったにいかないので、一人ぐらいどうにでもなるだろう。 その夜遅く帰ってきた父に、旅行の件を伝えると最初は渋ったが、毎日連絡を入れることを条件に許してくれた。 次の日、父から里美の家にお礼の電話をして、沖縄行きが決定した。 「ちゃんと里美さんのご両親にもお土産を買ってくるんだぞ」 そう言って、父は私を送り出してくれた。
無事に沖縄に着くと、すぐに裏島の位置と船の時間を確認する。 2時間おき、1日4往復しかないため、今夜は確保したホテルに泊まり翌日1番の船で裏島に渡る。 最悪最終便で、沖縄に戻ってくればよい。 この先どうなるかわからないので、お土産は今日中にすべて買っておいたほうがよいだろう。 あと、首里城とちゅら海水族館くらいは行っておきたい。そう考えると、早速行動を開始した。 翌日、朝一番の船で裏島に渡る。船は小型の漁船を改造したもので、10名ほどの乗客が座れるようになっているのだが、島への物資輸送も兼ねており、客室の半分はダンボールやら瓶のケースが積まれていた。乗客は私1人、他は船長と荷物管理担当者の2人が乗っていた。 荷物担当者がちらちらと私を見ている。島への観光客などほとんどいないため珍しいのだろう。 港に着き、10分ほど歩く。ブログに記載されていた目当ての民家はすぐに見つかった。 「すみません」 何度か声をかけてみたが、返事が無いので、納屋のほうに回ってみる。 「あった!」 確かにそこには1mほどの高さの頑丈な檻が置いてあった。扉は閉まっていたが鍵はかけられていない。 長年使い込まれた形跡はあるのに、檻の状態は綺麗だった。黒い格子を握ってみると硬くざらざらしている。これは黒錆だ。表面を酸化鉄が覆い内部を保護するため、鉄がそれ以上錆びることなく、驚くほど長く綺麗な状態を保つ。 留め金をずらして、扉を開けてみる。格子の間隔は15cmほど、格子の太さは2cmほどだ。 中に入ってみると思ったより広い。高さが1mほどなので、もちろん立つことはできない。幅も1.5m程なので、まっすぐ横になることは出来ないが、横向きになり犬のように体を丸めれば眠ることはできそうだ。 そっと横になってみる。なぜか懐かしい気がした。 その時背後で音がした。 「だれじゃ!」 振り向くと70歳くらいの老婆が、かごを持って立っていた。かごには野菜がいっぱい入っていた。 おそらく畑に行っていたのだろう。私は、あわてて檻の外に出ると、 「勝手に入ってしまって申し訳ありません」 と謝る。しかし、私の顔をみた老婆は驚いたような表情で固まってしまった。 私も老婆をじっと見つめる。なんだろう、この感じ。ぜったい初めてのはずなのに、私、この人に会ったことがあるような気がする。 「・・・み、美鈴か?」 老婆の声は震えていた。 「美鈴は母の名前です。 なぜご存知なのですか?」 「・・・名前は?」 「鈴香、藤原鈴香と申します。 母は美鈴、旧姓は須藤、須藤美鈴です」 「そうか・・・。 美鈴の娘か。 年は?」 「この7月で21歳になりました」 「・・・わかった。 なかにはいれ」 老婆は、私を居間に案内すると、お茶を入れてくれて、ぽつりぽつりと話し始めた。 「美鈴はこの裏島の最後の犬嫁じゃ。ほんとに気立ての良い娘での、息子の真一といっしょになるとき、犬嫁の風習も全て知った上で、嫁いでくれよった。本来は外から嫁はとらんのじゃが、過疎でそうも言ってられなかった。わしも犬嫁の経験はあるが、わしはこの島で生まれて育った。犬嫁の風習も幼いころから見ておるし、自分のときも回りに、何人も犬嫁がおった。だども、美鈴は外からの嫁じゃ。そしてそのときは、犬嫁は美鈴ただ一人じゃった。どれほど、つらく恥ずかしかったじゃろうか。でも美鈴は、犬嫁の務めをしっかり果たしてくれた。それほどまでに真一のことを好いちょってくれたんじゃ。犬嫁の1年が明けてようやくこれから、と言うときに、わしの連れ合いと真一は、漁から帰ってこんかった。たった1週間、夫婦で過ごしただけじゃ。3日後、ひっくり返った漁船の中で2人は遺体で見つかった。美鈴は2週間泣き暮らした。その時、わしは思ったんじゃ。こんな良い娘をこのままこの島に縛り付けておくことはできん。だから、49日があけると、わしは美鈴を離縁した。東京に戻れと。美鈴は外からの嫁じゃったから、祝言はあげても犬嫁のお勤めが終わるまではと、籍を入れとらんかった。この結婚に美鈴の両親は大反対じゃったからな。いまならまだ十分にやり直しができる。戸籍にキズは残らん。この島と真一のことは忘れて幸せになれと・・・。そして東京から美鈴の幼馴染の男が迎えに来た。それが、おぬしの父親じゃ」 「そう・・・だったんですか」 「まあ、美鈴が幸せに結婚して、こんな娘までおったとは喜ばしいことじゃ。 それで美鈴は元気かの?」 「母は5年前に亡くなりました」 「な、なんと!」 老婆はしばらく俯いていたが、そっと立ち上がると部屋の隅にあった仏壇を開き、ろうそくと線香に火をつける。そして手を合わせると、 「美鈴は5年も前にそっちに行っておるそうじゃ。 とっくに会えとったんじゃな。 美鈴の旦那が行くまでは存分に楽しんどったらええぞ」 私も仏壇に手をあわせる。 「すまんのう。 あんたの父親には悪いが、しばらくの間許したってくれ」 「いいえ、そんな。 私も母の若いころの話が聞けてよかったです。 父も母も何も話してくれなかったので・・」 「知らんほうが良いこともあるからの・・・」 「・・・」 「・・・」 「実は、本日はお願いがあってまいりました」 私は少し下がって座りなおすと、老婆に頭をさげてお願いした。 「私を犬嫁にしてください」 「・・・」 「お願いします!」 「犬嫁がどう扱われるか知ったうえでの事かえ?」 「はい」 老婆はじっと私の顔をみつめていたが、ふっとため息をついた。 「やはり血は争えんのう」 そう言うと、仏壇の一番下の引き出しから古い革の首輪を取り出した。ネームタグに「ベル」とある。 「美鈴の着けとった首輪じゃ。形見になってしもうたの。おぬしも鈴香じゃから、ベルのままでよかろう」 「はい」 「おぬしは孫になる。わしのことは、ナツ、ナツ婆、と呼べ」 「はい」 「では、今から鈴香はうちの犬嫁じゃ。どうすればよいかわかっておるな?」 私は立ちあがると、着ているものを全て脱いだ。 そしてナツばあの前で四つんばいになり、首をさしだす。 ナツ婆は、当たり前のように ベルのタグの付いた首輪を私の首に巻く。 そして玄関にゆきリードを持ってくると首輪の金具につないだ。 「庭にでるぞ」 ナツ婆は、リードを曳き玄関に向かってあるきだした。 私は、四つんばいのまま付いてゆく。 土間に下り、庭にでる。 まだ午前中であり、暑い日ざしが降り注いでいた。 すぐに檻に入れられるのかと思っていたが、縁側のほうにつれていかれ、柱にリードが くくりつけられた。 「昼間はかなり暑くなる。鉄の檻のなかにおったら火傷してしまうぞ。日が暮れるまでは、ここじゃ。今、日よけのすだれを持ってきちゃる」 ナツ婆は、そういい残し、再び家の中に入っていった。 私の繋がれた場所は、1畳ほどのコンクリートの打ちっぱなしになっていた。 表面はすべすべになっており、手のひらや膝が傷つく心配が無い。 すぐそばに水をためた大きな瓶があり、バケツとひしゃくも置いてある。 ナツ婆は、すだれと竹ざおを持って戻ってきた。 私のリードを一旦柱からはずして、縁側の端を指差す。 私はそこまで四つんばいで行くと、お座り の姿勢をとった。 膝をまげ、腰を落として脚をひらき、その前に両手をつく、あのポーズ。当然アソコは丸見えになる。 その格好を見たナツ婆は、 「ようできた犬嫁じゃ」 と褒めてくれた。ナツ婆は、竹ざおをつかってすだれを縁側柱の上にある金具に引っ掛けると、下側の両端をコンクリートに打ち込まれて金具に結びつけた。これで、コンクリート部分を覆う日よけができた。そこに80cm角ほどの、すのこを2枚ならべる。 「ここが昼間のベルの居場所じゃ」 そして犬用の餌皿を置く。皿は古そうだったが綺麗に洗われていた。おそらく母の使っていた物だろう。 「いま、井戸水をもってきちゃる。この島で水は貴重じゃ。熱中症にならんように、少しずつ飲め。どうしても暑ければ、その雨水を撒け。絶対飲んじゃならんぞ、慣れんものが飲むと腹を下すでの」 ナツ婆は、再び家に戻る。私はすのこの上に移動すると、伏せの体勢をとった。 ナツ婆は、木桶を持ってきて、その水を皿に移し、残りを木桶のまま脇に置く。 「わしはちょっと出てくる。 昼には戻るから、おとなしくしておれ」 「はい」 「これから、わしが口をきいて良い、といったとき以外はすべて、わん、としか言うたらあかん。おぬしは犬嫁じゃ」 「・・・わん」 おばあは、私の頭をなでると、そのまま門から出て行った。 日よけの下は思いのほか涼しかった。 さわさわと心地良い風が吹いてくる。あまり気持ちよさに、私はうつらうつらし始めた。 全裸でいることが全く気にならない。むしろ全裸でいることが私にとって自然なことのように思えた。
「・・・ベル、ベル」 私を呼ぶ声に目をあけると、目の前にナツ婆が立っていた。 「ベル、村のみんなにお前のことを話してきた。どうだ、挨拶まわりをするか?」 私は迷い無く「わん」と大きく吼えた。
私が島を離れるとき、村人全員で見送りしてくれた。 昨日と一昨日の2日間私は村人全員から犬嫁としての作法をおそわり、可愛がられて、そして言葉では言い表せないほどの辱めも受けた。しかし、私はその行為のすべてを喜んで受け入れた。 思い出すたびにカラダが熱くなる。 みんな私にずっと島にとどまって欲しくて、かなり強引に引き止めようとした。 でも、それをナツ婆が、抑えた。「ベル」には東京で犬嫁の勤めがあるのだ、と説得したのだ。 昨晩ナツ婆は、私に話してくれた。 「おぬしは、美鈴と真一の娘じゃ。 おまえの耳の形が真一にそっくりじゃ。たぶん、おぬしの父は気づいておったのじゃろう。それでも美鈴と結婚し、おぬしを実の娘として育ててくれた。その恩を忘れたらいかんぞ」 それは、私がうすうす感じていたことだった。 そして、実際に犬嫁の挨拶まわりを行ったとき、私ははっきりと思い出したのだ。 たぶん私が小学校にあがる前だろう。母が親戚の用事か何かで何日か留守にし、父と二人きりになったことがある。そのとき父は、私を裸にして首輪とリードをつけ、家の中を歩き回らせたのだ。 父は、幼い私にお犬さんごっこでもやろうと言って、私を犬嫁にしたのだ。それが恋敵の子を宿して父と結婚した母への復讐なのか、自分も犬嫁を所有してみたかっただけなのかは判らない。 そこで、ふと思った。外の女が犬嫁になることは極めてまれだと聞いた。なぜなら犬嫁の風習は普通の感覚で育った娘には、とうてい耐えられるものではなかったからだ。 しかしあえて母は、犬嫁となった。母が私の本当の父である真一さんのことを愛していたのは確かだろうが、それと同じくらい犬嫁になりたかったではなかったのだろうか? もしかしたら犬嫁になれるからこそ、真一さんと結婚したのかもしれない。 ナツ婆は、「やはり血は争えん」と言った。きっと母の真意を見抜いていたに違いない。 しかし、今となってはどうでも良いことだ。 きっと母も今の私と同じ気持ちだったと思う。 私は「父の犬嫁になりたい」それだけだった。
島を出るときから私は、首輪をしたままでいた。着ているのは夏物の薄手のワンピース一枚のみ。下着その他は一切着けていない。さすがに全裸で船や飛行機に乗ることはできないからだ。 濃い色の花柄なので透けることはないが 乳首の部分がしっかり浮き出ており、ノーブラであることが一目でわかる。また、首輪もあきらかに犬用のものであるので、大抵の人は、ワンピースの下は全裸ではないか、と疑うだろう。私は本土の港や空港で、好奇と蔑みの視線を痛いほど感じた。 「犬嫁、変態、露出狂、マゾ・・・」 周りの人の心の声が聞こえる気がした。でも今の私にはそれが心地よい。 今ここでワンピースを脱ぎ落とし、すべてをさらけ出すことができたら、どれほど気持ちいいだろう? 「あなたのワンピースの下は全裸ですか? もしよかったら見せてもらえませんか?」 と声をかけられたら、私は脱いでしまうかも知れない。 逆に私のほうから「私の裸を見てください」と、声をかけてみようか? 私は誰かの視線を感じるたびに、その衝動に何度も負けそうになった。
結局、家に帰り着くまで、誰もちょっかいは掛けてこなかった。 無事着いて一安心している私と、少しがっかりしている私。どちらが本当の私だろう? 家に着くのが何時ごろになるのか、父に連絡は入れてある。 父は私が家に着く時間には間に合わないが、なるべく早く帰るといってくれた。 私が犬嫁の姿で出迎えたら、父はどんな反応をしめすだろか? ちゃんと犬嫁として飼ってくれるだろうか? 私は荷物から、今朝村長から渡されたものを取り出した。 鉄製の40cm位の棒の先に直径7cmほどの円盤が付いている。その円盤には裏文字で「犬」と彫られていた。 そう、これは焼印なのだ。 戦前、島では犬嫁になると、お尻にこの焼印を押していた。 島の外で生きて行けなくして、島で多くの子供を生んでもらうためだ。 もし私が父に、「この焼印を押して欲しい」とお願いしたらどうするだろう。 これは私が、今後父のためだけに生きるという決意表明だ。すぐには無理かもしれない。 しかし私には判る。 いずれ父はきっと私の望むことを全てしてくれると・・・。
おわり
|