露出小説


   ※私を辱める契約書を作ってください※
   『契約自由化法〜女社長の秘書』

                              作;ベンジー

 第10話 診断

 翌日、T自工の堀田から連絡があった。売買契約の代金二十億円の支払決済が下りたと言う。来週早々には星崎工業所に預手を持参できるとのことだった。
 その連絡を社長室で受けた夕子は、あの子に告げた。
「リークしなかったみたいね」
 冗談交じりではあったが、声に力は無かった。
「した方が良かったですか」
 夕子は答えなかった。
 売買契約が成立しているのだ。今さら何をリークしたところで話が変わる訳ではない。ただ、T自工が競合の可能性を知った場合、調査のための時間が欲しいと言って来ないとも限らない。
 普段ならそれでも良いが、今は違う。支払いが遅れれば命取りにもなりかねない。売買代金を受け取るまでは、何も無いに越したことはないのだ。
 手形は落とせる。
 最後の砦どころではない。城壁はより高く、堀はより深くなっていく。
(どうするの? 郷原さん)
 この言葉を呟くのも何度目だろう。

 ――そのために準備して来たんだからなぁ

 電話で言っていたあの言葉。
 何の準備か知らないが、すでに手遅れなのではないだろうか。
 スマホを取り出す夕子。もう一度電話を掛け「しっかりしなさいよ」と言ってやろうか。それとも、章雄との婚約を教えてやろうか。
(あなたなんて、とっくに用無しなんだから)
 夕子がスマホを睨み付けた。
「まるで、誰かさんからの電話を待っているみたいですね」
 のんきな声が夕子の思考を遮った。
「あり得ないわ」
 夕子が郷原からの電話を待っているなんて。
「社長って、ホントに桑谷章雄さんって方と結婚するんですか」
「何よ。唐突に」
「だって、このところ、郷原さんことばかり考えてるじゃないですか」
 そうかもしれない。一瞬、そう思った夕子だったが、
「バカなこと言わないの」
 それにしても、あの子はどこまで夕子の心が読めるのだろう。時々、恐ろしくなることがある。
「バカなこと、ですか?」
「あなたこそ何もしなくていいの? このままじゃ、私はめでたく寿退職よ」
 夕子は何を言っているのだろう。あの子に夕子を裏切れと言っているようなものだ。郷原に味方して、夕子を追い込む材料を提供させようと言うのか。
「何もって、今更、何ができるんですか」
「私にもわからないわよ。でも、郷原さんは準備を完了した≠ニ言っていたわ。絶対に何か企んでいる筈よ」
「はったりとか」
「それは無いわ。やると言ったら必ずやる男よ」
 自分で言っていて不安になっていく。こちらが圧倒的に有利な筈なのに、郷原が相手だと、なぜか楽観できない物を感じてしまう。
「随分と郷原さんの肩を持つんですね」
「そうじゃないけど……」
 だったら何だと言うのか。
「私はやっぱ、社長が素っ裸で追い出されるところを見たいなぁ」
 いかにもそれが本音というように語るあの子。
 フッと肩を下す夕子。
「何であなたみたいな子を雇っているんだろう」
 あの子に何を言われても、本気で怒る気になれないのだから仕方がない。 
「任せておいてください。大事な場面ではいい仕事をしてみせますから」
(勝手にすればいいわ)

        ◇

 その後、何事もなく金曜日となった。米倉クリニックの予約の日だ。夕子は一度出社をしてから、中抜けをして病院へと向かった。
 初めて見て驚いた。そこは病院と言うより、夕子が通っているフィットネスクラブに近かった。心のケアには心身を鍛えること、リフレッシュすることが重要であると言う方針による物らしい。ウォーキングマシンなどの機器が揃えられ、室内プールあり、サウナあり、ジャグジーバスあり、マッサージルームも完備していた。
 当然、保険適用ではないから、長期に通うとなるとそれなりの費用が掛かるだろう。患者もそれなりの財力が求められるという訳だ。
「金持ち相手のDMだったってことね」
 夕子は、折り込み広告を丸めて、ロビーのゴミ箱に捨てた。
 受付で予約をしてきた旨を告げると、診察室に通された。ここもまた診察室と言うよりはこじんまりとしたカフェだ。二階の窓から中庭が見えた。オープンスペースのように見えたが、テーブルごとにガラスの壁で仕切られているから、隣の話は聞こえない。
 夕子の担当は二十代後半の女医だった。白衣は来ていない。オフィス街のOLが休日にお出かけする時の服装を想わせた。
「初めまして。美倉と言います。お気づきとは思いますが、病院に来ているとは思わないでください。知り合いに相談しているような気持ちでお願いします」
 カルテの代わりだろうか、タブレットを片手に夕子と相対した。
「露出症ではないかとのご相談でしたが、星崎さんの場合、少々その理由が変わっていると言うか、珍しい例でありまして……」
 先日の問診票を読み上げているのだろう。こんな若い子に何がわかると、夕子の中にちょっとした反発心が芽生えていた。
「あっ、今、こんな若い子に何がわかる≠チて思いましたね」
 美倉医師がタブレットを伏せ、夕子の目をじっと見つめた。
「えっ、は、はい。ごめんなさい」
 夕子の方が目を伏せた。若くとも、そこはこの道のプロと言うことか。
「いいんですよ。でも、医者の言葉はその人も言葉では無くて、医学と言う技術の言葉だと理解して頂ければ幸いです。診断するのは私ではなく、この病院であり、日本の、いえ、世界の医学なのだと」
 考え方はしっかりしているようだ。夕子は反発心の爪を引っ込めた。
 ストレスチェックの結果はひどいものだっだが、今日の本題ではないため、産業医に相談してくださいの一言で終わった。
 一通り問診票の確認をした後は、取り留めもない話となった。服装や髪形、好きな映画や音楽の話、上司の悪口、恋バナも交えて、本当にOLのカフェでの会話だった。
(なるほど。こうやってリラックスさせてるのね)
 夕子の口元に微かな笑みがこぼれたのだろう。
「リラックスして頂けたようなので、一応、検査をしていきましょうか。メールにも書いた通り、星崎さんの場合、殆ど心配いらないレベルだとは思いますが」
「診断するのは医学なんでしょ」
 美倉医師の言葉を用いて返すと、
「そういうことです。検査結果はウソを書きませんから」
 夕子の問診票の件を言っているのか。
「それってもしかして」
「全部いいえ≠ノ付ける人は、そもそもこの病院に掛かろうとは思いません」
 美倉医師がタブレットと持ち上げて見せた。
 夕子が連れて行かれたのはネットカフェの個室のような部屋だった。
 正面に大型モニターが一台。リクライニングチェアに座らされると、十数個の電極が付いたヘッドギアのような物を被せられた。こういうところは、やはり病院なのだと思ってしまう。
「星崎さんは何もすることはありません。ただ、正面のモニターを見ていてください。決して目を背けないようにお願いします」
 指示はスピーカーから流れされた。
「始めます」との言に続いてモニターに映像が映し出された。夕子と同年代の女性がシャワーを浴びているシーンだ。女性の全身が映し出された。次いでバスタオル一枚で浴室を出てリビングルームへ向かう。ドリンクを片手にくつろぐ姿だった。
 画面が切り替わる。同じ女性が街中を歩いていた。ミニスカートだ。それもかなり短い。普通に通行人とすれ違っている。挨拶を交わす人もいた。服装がいつの間にかパンツルックに変わっていた。但し、上半身はへそ出しのチビT。夕子の年代でかはかなり勇気のいる衣装だった。
 女性の衣装は三十秒ごとに切り替わっているようだ。
 次のシーンでは思わず息を飲んだ。服装は普通のブラウスにスカートだが、ノーブラなのがはっきりと見て取れた。女性が一瞬、スカートをめくって見せる。真っ白なお尻が見えた。
(私と同じ格好……)
 周りの人たちからはあのように見えていたのか。ノーパンはともかく、ノーブラは気づいた人がいてもおかしくない格好だ。夕子は画面に顔を近づけようとすると、シーンが切り替わった。
 スクランブル交差点だ。信号待ちをしている大勢の歩行者たち。信号が青になった瞬間、その中の一人が全裸で飛び出して来た。周囲の人たちが一斉に振り返る中、交差点を駆け抜けた女性は、そのまま反対側の人混みに消えていった。
 真夏のピーチへと移った。華やかな水着姿で闊歩する女性たち。その中を例の彼女がトップレスで歩いていた。岩場の陰ではボトムも脱ぎ、ヌードモデルも勤めていた。
 場面が一気に時代劇へと飛んだ。街中、左右に人垣ができる中、例の女性が赤い腰巻一枚の姿で後ろ手に縛り上げられ、引き回されていた。その先には等身大の十字架。その根本まで歩かされると、女性は腰巻を毟り取られ、全裸で磔にされた。竹矢来の向こうには、大勢の群衆が集まっていた。
(あんなに大勢の人たちの前で晒し者にされるなんて……)
 夕子は、画面に見入っている自分に気付いた。
 と、そこでモニターが暗くなった。
「はい、終了です」と美倉医師医師の声。検査が終わったようだ。夕子は正直なところ、もう少し見ていたいと言う気になっていた。
「今の映像、帰りにお渡ししますね」
 美倉医師には、何もかもお見通しのようだ。夕子は頬が熱くなった。

        ◇

 ヘッドギアを外される時、髪が粘りつくのを感じた。
「ペーストでかなり汚れてしまいましたね。シャワールームにご案内致しますから、シャンプーして行ってください」
 美倉医師に案内され、頭にタオルだけ巻いて移動した。
 それにしても、今の検査は何だったのか。脳波を測定していたのはわかるが、視覚に入る画像に反応した脳波を観測することで、患者が、いや、夕子が露出症かどうか判定できるのだろうか。
 そんなことを考えながらシャワーを浴びた。
 素肌に飛び散るお湯の滴。夕子は当然、一糸まとわぬ姿だ。
(こんな姿で、街中を歩いていたのよね)
 先程まで見ていた映像の女性の話だ。撮影の為とは言え、実際に人混みでハダカになったことには変わりはない。
 恥ずかしくはないのだろうか。
 いや、そんな筈はない。女性はいくつになっても他人にハダカを見られるのは恥ずかしい生き物だ。仕事の為と割り切ったとしても、撮影の最中はどれだけ恥ずかしい思いをしていたことか。
 夕子は、下腹部にシャワーを当てていた。
 さて、出ようと言う時になって、誰かがシャワールームに入って来た。バスタオルで軽く前を押さただけの姿で夕子のいるブースの前を通過した……と思ったら、すぐに引き返して来た。
「夕子ちゃん? ねえ、夕子ちゃんよね」
 自分の名を呼ぶ四十歳過ぎの女性。だが、夕子には全く見覚えが無い。
「は、はい……」
「やっぱり夕子ちゃんだ。お久しぶり」
 女性が夕子に抱き付いて来た。お互いに全裸なのだ。密着する肌と肌。夕子のEカップ
を押し返す弾力。親しい友人とだってこんなマネはした覚えがない。戸惑う夕子を余所に、女性は夕子を離そうとしない。
「あっ、あのっ、困ります」
 やっと出た言葉が伝わり、女性がようやく夕子の身体を離した。
「ゴメン、ゴメン。ホント、久しぶりだったから」
「すみません、あのぅ……」
「覚えてないかぁ。でもしょうがないわね。私は澤野真知子。夕子ちゃんの主治医だったのよ。それも二回も」
 その女性・真知子は指を二本立てて見せた。
 この人も心療内科の先生なのか。夕子には記憶がなかった。だが、高校時代のあの事故の後ならお世話になっていても不思議はない。後一回は……
「ごめんなさい。わからないわ」
「まあいいわ。二回とも大変だったものね。それより相変わらずきれいな身体ね。あれから十年以上にはなるのに」
 夕子は、自分たちがハダカでいることを思い出し、慌ててバスタオルを巻き付けた。
「し、失礼します」
 シャワールームを飛び出して行く夕子。
(あの人は誰だったんだろう)
 超特急で服を着込むと、ドライヤーもメイクもそこそこに診察室へと走り出した。
 夕子はずっと考えていた。澤野真智子とは、どこで会ったのだろうか。いや、いつ会ったのかと言った方が良いかもしれない。
 それでいて、どこかで見た顔のようにも思えた。それも、ごく近い過去に。
 診察室のテーブルに着くと、美倉医師がオレンジジュースを片手に、
「早かったですね」
「あのぅ、澤野先生って……ううん、何でもないです」
 美倉医師は、そんな夕子の様子を伺うように見ていたが、
「澤野先生は催眠治療の一人者です。あの人の催眠術に掛かったら、どんなに貞淑なご婦人でもストリーキングをさせられてしまいます」
 星崎さんも気を付けてくださいね、と意味ありげな目を向けた。
「ストリーキングって……」
 夕子の脳裏に、ついさっき見た映像を思い浮かんだ。
「今日は終わりです。検査結果は来週、また聞きに来てください。時間がなかったらメールで送っても良いですよ」
 メールで送れるような内容なら深刻な問題はなかったということだろうか。
 口に出さずとも顔に出ていたようだ。
「正確には詳しくデータ解析してからになりますが、まあ、心配ないでしょう。露出症と診断されるような所見は出ていません。診断書は必要ですか」
 あっさりと言う美倉医師だった。
「い、いえ。今のところは」
「入用な際はいつでも言ってくださいね。それとお約束のDVDです」
 夕子はたいして興味も無かったが、せっかくだから貰っておくことにした。
「最後に一つご忠告しておきます。心療内科を受診する時は正直にならないといけません。問診票では、下着なしで人混みを歩いたことはありますか≠フ答えがいいえ≠ノなっていましたが、脳波ははい≠ニ言っていましたよ。解析しなくてもわかるくらいにはっきりと」
 ばれていたのだ。夕子は両手で顔を覆う。消えてしまいたいくらい恥ずかしかった。
「ありがとうございました。失礼します」
 逃げ出すように診察室を後にした夕子だったが、澤野真知子が気になってならなかった。優秀な心療内科医で、かつては夕子の主治医だったとも言う。

 ――どんなに貞淑なご婦人でもストリーキングをさせられてしまいます

 真知子に催眠術を掛けられたら、絶対にストリーキングを拒むことはできないのか。自分の意識は抵抗しているのに、身体が勝手に動き、全裸になって外に走り出してしまうと言うのか。
 そんな先生に、自分はどんな治療を受けたのか。
 夕子の足は、出口とは別の方向に進んでいた。初めて来た病院だ。当てがある訳ではない。ただ何となく、奥と思われる方向に歩いていた。
 廊下の角を曲がった時、部屋から出て来る白衣の女性を見つけた。
(澤野先生だ)
 夕子は角に身を隠す。覗き見ると、気づかれてはいないようだ。真知子は背を向け、夕子とは逆の方向に歩いていた。
 足を忍ばせ、付いていく夕子。
(何をしているのだろう。さっき、逃げ出したばかりなのに)
 夕子は、自分の行動を説明できなかった。はっきりしているのは、胸が異常に高鳴っていることだけだ。
 真知子は、廊下の先で、また角を曲がった。その位置まで走りより、様子を窺う。喫煙室のようだ。真知子は煙草に火を点けた後、携帯電話を耳に当てた。
「今日、夕子ちゃんが来たわ」
 夕子の胸が一際強く鳴った。誰と話しているのかわからないが、夕子ちゃん≠ニは、間違いなく自分のことだ。
「露出症の検査を受けに来たらしいわ。ドキっとするほど、いい女になっていたわね」
 夕子は全裸のまま真知子と対峙した時のことを思い出し、頬を熱くした。
「それで、あの事故のこと、まさか全然何にも話してないの? 夕子ちゃんは私のことも忘れているようだけど」
(事故って何のこと? まさか……)
「約束は守るわよ。でも、本当に良かったのかどうかはわからないわ。私は今も反対の立場を取っているし……十年以上経った今なら、もう大丈夫なんじゃないかしら。まあ、そうなったら、社長は続けられないだろうけどね」
(一体、誰と話をしているの。約束って何?)
「今のままでは郷原さんが可哀想だわ」
(郷原って、何であいつの名前が出て来るのよ)
「私の催眠治療だって絶対ではありませんよ。いつフラッシュバックするかわかったものでは……あっ、ちょっと待って頂戴」
 真知子が電話を中断した。
(気づかれた!)
 そう直感した夕子は、一目散に走り出した。足音を気遣う余裕もなかった。
(つづく)



 今月号はいかがでしたでしょうか。
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