彩子の場合


[1] 彩子 レオタードへの想い
更衣室に入ると、茶色のワンピースを脱ぎ、スリップも脱いだ。石鹸の薫りが鼻孔をかすめる。二時間程前に、シャワーを浴びたばかりの素肌は、しっとりと潤っていた。ハーフカップのブラジャーを外すと、豊満に熟れたバストが飛び出す。パンティストッキングを足首から抜き取り、パンティーも脱ぎ全裸姿になる。その上から、真っ赤なレオタードを身に着ける。胸元にはブラジャー代わりのカップが付いている。少しだけサイズ。が小さめのレオタードは、自身の肢体にぴっちりとまとわりつき、均整のとれたプロポーションをより魅力的に浮き上がらせた。ヒップに食い込んだ布を引っ張り、深呼吸をした。この締め付けられる感覚を、私は秘かに愛していた。ボディコンと言ってもいいレオタードを身に着けることが、自分が新体操を続ける一番の理由のような気がした。教職の身ということもあって、普段の自分は二十四歳の女にしては、地味な服装でいることが多い。休みの日に街に出かける時も、身体の線が強調される服は避けてしまう。それでいて、テレビで大胆に肌を露出させた服を着ているタレントを見ると、羨ましいと思うのだ。真面目であれ。質素であれ。生徒の模範であれ。教師という仕事を誠実にやろうとすればするほど、知らずしらず欲望が抑えこまれ、不満が澱のように溜まっていく。 私にとってレオタードを身に着け、新体操に熱中することは、教職という職業が生み出すストレスの解消になっていた。レオタード姿というのは、とても大胆でセクシ―だと思う。身体のラインは隠しようがなく、脚は太腿の付け根まで剥き出しである。お尻も、半分以上見えてしまっているし、股間の食い込みも深くかなりのハイレグだ。ワンピース型の競泳水着よりも生地が薄く、バストの揺れや、ヒップの躍動が生々しく現れる。 そんな姿で、飛んだり跳ねたりするのが新体操だ。私は新体操で若さを発散し、明日への活力を養っていた。今日も、クラブ活動が終わった後、シャワーで汗を流していたが、英語の教官室に残って資料整理をしていると、また無性にレオタードを身に着けたくなってしまう。こんなことを、繰り返している内にレオタードを身に着けるだけでは、おさまらなくなり教官室でレオタードを、脱ぎ捨て全裸になって軽く跳ねました。翌日、水着売り場の試着室で全裸になって、試着室内に設置されていた、姿見の前で開脚をしたのです。

[2] ベンジー
レオタードには、並々ならぬ思いが包まれているのだね。
彩子の豊満な肉体と共に。
身体の線を隈なく晒して、肌の露出も最大限で、そんな姿になれるのはレオター ドだけと言うわけだ。
新体操の競技とかもあるのだろう。
観客相手に、思いっきり抑え込まれた欲望をさらけ出すのだね。

今回は試着室の姿見に全裸を映したか。
でも、それで終わりと言うことはないよね。