露出小説


   ※私を辱める契約書を作ってください※
   『契約自由化法〜女社長の秘書』

                              作;ベンジー

第20話 マリナ

 緊急役員会が開かれた。
 細井の指揮の元、会議は進行した。少なからぬ動揺を見せていた役員たちだったが、星崎家の自宅の買収や、その資金の送金など、急な動きで事態を予想していたこもあるのだろう。夕子の描いた秘策の趣旨を聞かされていく内に、安堵の表情が見え始めた。少なくとも会社の存続には問題がない、そう思えたからに違いない。
「社長交代は止む無しと言うことですか」
 悲痛な呟きが、会議室に沈み込んだ。
「現状では、これが一番の対抗策と考えています」
 役員会が始まって、夕子が口にした最初で最後の発言だった。
 実際のところ、対抗策どころではない。夕子の立場を無視すれば、会社にとってこれ以上ない話だ。それだけに、役員たちの心中も複雑だったことだろう。
「本当に、それでよろしいのですか」
「我々が何とかしなければ、先代に顔向けできません」
「郷原君と話し合いの余地はないのですか」
 などの発言もあったが、そこにいた皆が、前回、郷原が来社した時と同じメンバーなのだ。郷原の意向は理解していた。狂気の沙汰も目撃していた。どうにもならないことはわかっていた。
「社長の身だけは、何としてもお守りいたします」
 言いたいことはわかる。夕子が破廉恥な目に遭わないよう全力を尽くすと言うが、翌日から自分たちのオーナーとなる郷原を目の前にして、どこまで庇い切るつもりなのか。
 夕子の盾は、最後の砦だけだった。
 一通りの話が済むと、細井がその場から郷原に電話を入れた。
 明日中の手形決済は不可能である旨を伝え、夕子に替わって代位弁済契約の実行を申し入れた。郷原がどう受け答えしたのかはわからない。が、電話は短時間で切れた。
 受話器を置いた細井は、明日の十時に郷原が来社。詳細は、その時に打ち合わせるとの内容を、役員会に報告した。
 それを最後に、夕子は退出した。
 社長室に戻ると、
「私も、とうとう無一文だわ」
 役員たちの話を聞いていて、少しは落ち着きを取り戻した。彼らの言葉が気休めになったからではない。事実を事実として確認することができたからだ。
「何言ってるんですか。持参金五千万円の花嫁なんて、なかなかいませんよ」
 あの子なりに励ましてくれているのだろうか。
 章雄の件がなければ、夕子も、もっと取り乱していたかもしれない。会社を失っても、身体一つで嫁入りすれば良いのだから。
「今だったら、あなたの期待にも答えられるかもね」
 もちろん、言葉の遊びだったのだが、
「やっと、その気になってくれましたね」
「ハダカでコンビニへ行く? それとも電車に向かってコートの前を広げて見せる?」
 夕子は、例のサイトを思い出していた。
「それって、Y子さんの話ですか」
「そうよ。あなたが書いていたんでしょ。私にさせたくて」

 ――〇Y子 全裸を見られる練習だって

 あれ以来、露出っこクラブの投稿記事を見に行っていなかった。が、あの子が書いているに違いないと、夕子の中では確信に変っていた。
「それはないですよ。だってあれ、リバイバルシリーズですから」
 Y子の投稿は、何年も前に人気のあったシリーズを再掲載したものだと言う。夕子は途中から読み始めていたから、その事実を知らなかった。
「そうなの!?」
「私が入社するずっと前の話です」
「だったら、この続きは……」
 いつ掲載されてもおかしくないと言うことになる。夕子は、早速、タブレットを操作して露出っこクラブのサイトを開いた。
 が、投稿記事は更新されていなかった。
「社長。もしかして、やりたかったんですか」
「そんなわけ、ないでしょ」
「正直に言ってくださいよぉ。今なら、私の期待に応えてくれるんですよね」
 あの子が頬を上気させ、今にも夕子の服を脱がしにかかりそうな勢いだった。
「ちょ、ちょっと待って」
 暫く忘れていたが、あの子が本気になったら夕子は逆らえない。
 だが、Y子の次の課題は、全裸でコンビニの店内を一周することだ。考えたって、できる訳がない。
「どうしてもできなかったら、澤野先生に催眠術をかけて貰えばいいんですよぉ」
 尚も言い寄るあの子。
 内線の呼び出し音に救われた形となった。
『社長にお客様です。来栖マリナと名乗られています』
 夕子は、あの子と顔を見合わせた。

        ◇

 数分後、社長室のソファで来栖マリナと対面した。澤野真知子も一緒だった。
 夕子の隣には細井も同席していた。
 真知子は以前、来栖マリナは実在する人物≠ネのだと言っていた。夕子が異常なほど興奮してしまったネット小説。その中で、

《無一文の素っ裸で繁華街に放り出されるのよ》

 このセリフを言った登場人物・来栖マリナ。
 その彼女が今、目の前にいる。
 夕子は今までに何度も、来栖マリナが小説の中から飛び出し、あの子に乗り移っているのではないかと錯覚を起こして来た。
(きれいな人……)
 それが第一印象だった。ワンレングスのストレートヘアーにうりざね顔。女性なら誰もが羨む日本美人。外見はいささか残念なあの子と重ねるのは、あまりに失礼だった。
「星崎さんのレポート、感激しました」
 型どおりの挨拶の後、マリナの第一声がこれだった。
 真知子から話を聞いていなければ、気の抜けた返事になっていたかもしれない。米倉クリニックの問診票に添付した《契約自由化法》に関するレポートであることは、すぐに思い出された。
「恐れ入ります」
「人によっては、罰が罰ではない。憲法で定められた残虐な刑罰には当たらないとする発想はすばらしいです。そんな考え方ができるなんて、私ももちろん、うちの先生方もびっくりしていましたよ」 
 手放しで賞賛するマリナ。弁護士と言うより、たった今、ネットで新たな発見をしたばかりの子供のようだ。
 発想を誉められて悪い気はしないが、夕子は内心も苦笑していた。こうした法解釈はあり得ないと専門家に否定して欲しかったのだから。
「法律上、問題ないと?」
 答えがイエスならば、新たな問題が発生してしまうかもしれない。
「ない≠ニは言いません。これからが勝負でしょう」
 何が勝負なのか、夕子にはもう一つピンとこなかった。
「と言いますと」
「失礼ですが、星崎さん、法律のお勉強は」
 そこまで言いかけたところで、真知子が口を挟んだ。
「来栖先生。話が飛んでいるのでは」
 マリナは姿勢を正すと、右手のこぶしを自分の頭に落とし「またやってしまいました」と、舌を出して見せた。
「ごめんなさい。お仕事、しますね」
 マリナは、黒い皮の鞄からICレコーダーを取り出すと、テーブルの中央に置き、スイッチを入れた。
「お仕事……ですか」
「はい。こうしておけば、メモを取らずにお話ができるでしょ」
 お仕事しますと言いながら、口調が友だち調になっているのは気のせいか。
「早速ですけど、本件の代位弁済契約書が締結された時の様子を星崎社長の口からお聞かせ頂けますか」
 難しい法律用語も、マリナの声で聞かされるとアニメのようだ。
 だが、問題はそこではない。
「私がお話しました」
 横を向くと同時に細井が答えた。明日に備えての対策ということだろう。相変わらず、手回しが良いものだ。
 夕子はICレコーダーを気にしつつ、二宮産業宛に振り出した期日不定の十億円の手形について、その経緯から説明を始めた。
「手形の期日を一ヶ月延長して頂くための担保だったのです」
 これですべてと思ったのだが、
「今お聞きしたことは契約書を読めばわかります。私がお聞きしたいのは、契約書に書かれていない部分です」
 おわかりでしょ、と首を傾げるマリナ。
(やはり、その部分なのね)
 夕子は覚悟を決め、話を続けた。
「郷原氏は、以前に我が社を解雇されています。それを恨んで、私に復讐する機会を待っていたようです。そこへ手形を手に入れたものですから……」
 絶好の機会とばかりに、会社へ乗り込んで来たという訳だ。
「郷原氏は、復讐の内容について、どのように言っていましたか」
 覚えている限り正確に言って欲しいとマリナに請われた。
 夕子は答えた。恐らく一字一句間違っていないだろうと。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 すべての個人資産と書いてあるだろう。無一文になるだけでは済まさねぇ。その時、あんたが着ている服もすべてだ。下着一枚許さねぇ。素っ裸にして表通りに放り出してやるから、覚悟しておくんだな。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 普通ならば口に出すのも憚られる文言だ。時と場所、あるいは相手次第では、決して口にできないだろう。
「その時、同席していた方はどなたですか」
「こちらの細井以下弊社の役員五名と、郷原氏のお連れになった、その……」夕子は言葉を探した後「ひ、秘書の方二名ですわ」
「郷原氏の秘書と言うのは、あのニュースで話題になったあの方でしょうか」
「はい。その方です(知ってたんだ)」

 ――次はあなたの番よ

 夕子の脳裏に、あの動画の映像がくっきりと焼き付いていた。
「星崎社長ご本人も、役員の方たちも、郷原氏が示した代位弁済契約の意図を承知していたということで良いですか」
「それは……」
 口ごもる夕子に、
「ここは法廷ではありませんよ」
 駆け出しの新米とばかり思っていたマリナが、俄かに敏腕弁護士顔負けの鋭さで詰め寄って来た。ここは法廷ではない。つまり、駆け引きをする場所ではないと言うことか。
 夕子は細井を見た。細井の目が「うん」と頷いた。
「承知と言う言葉は適切ではないと思われますが、郷原さんが私への復讐の手段として提示したものであることは理解していました」
 マリナの求める答えは、これで良い筈だ。
「他の皆さんも同じと思われますか」
「はい。同じように理解していたと思います」
「そうなりますと、星崎社長を含めた星崎工業所の皆さんは、この代位弁済契約が実行された場合、星崎社長は会社や家屋敷だけでなく、その場で身に着けていた衣服もすべて郷原氏に引き渡し、丸裸で追い出されることを認知していたものとして取り扱われますが、間違いないございませんね」
「それは……はい、そうなります」
 胸の奥で何かが騒いでいた。意地悪な質問にも思えたが、弁護士の立場では必要な確認なのだろうと理解したのだが、
「間違いありませんか。無一文の素っ裸で放り出されるのですよ」
 その言葉を、夕子は心臓で聞いてしまった。マリナの口で言いなされると、例の小説のヒロインになったような錯覚を覚えたのだ。それでも尚、
「はい。来栖先生のおっしゃる通りです」
 きっぱりと答えていた。真知子ではないが、まるで催眠術にでもかかったかのように。
 マリナは、一度、満足げな表情を浮かべた後、
「話を変えます。二十億円の預手の取り立てについてですが、今回のような窮地は予想されていましたか」
 郷原が資金化までの期間を狙って手形を取り立てれば、手形の決済ができず、夕子が代位弁済するしかなくなる。そうした事情を理解した上での質問だった。これも細井から真知子、真知子からマリナへのネットワークが為したものに違いない。
「予想はしていました」
「取り立てを決めたのはどなたですか」
「私です」
「では、どうしてこのタイミングだったのでしょうか」
 何を求めての質問なのか、夕子には理解できなかった。
 どこまで話して良いものか。
 話したところで、夕子の秘策は、他人には理解できるものではない。
「この日でなければならなかった訳ではありません。約束の期日は二週間先でしたし、いつまでも預手を手元に置いておくのも危険ですから」
 夕子は、至極当たり前の判断であると言う立場を取った。
「おっしゃる通りかと存じます。ですが、郷原氏が待っていたかのように手形を回したのは、ただの偶然とも思えません。その点はいかがでしょうか」
 なんだろう。答えを誘導されている気がしてならない。
 夕子にとって、最も聞かれたくない質問だった。
「待っていたかどうかは、わかりませんが……」
 この先を続けて良いものだろうか。

 ――だから恩返しですよ

 あの子の声が耳元に甦った。
 だが、それを告げる訳にはいかない。理解される訳もない。さらに言うなら、本当に恩返しなのかさえ自信がない。
(どうしよう)
 夕子は焦っていた。ここで時間を掛けたのでは、却って怪しまれるのではないか。とりあえず、恩返し∴ネ外の何か言わなくては、と。
「続きをどうぞ」
 絶妙のタイミングに引き出され、夕子は語った。
「私が電話で話しました。明日、取り立てに出すと」
 一瞬、空気が固まった気がした。
 夕子も「しまった」と言う思いに捉われていた。この話はすべきではなかった。敵に塩を送った事実は、決して口外してはならなかったのだ。
「間違いないですか」
「えっ! だから……」
「大事なところです。はっきりと答えてください。星崎社長は、預手の取り立てに伴うリスクを理解していた。その上で取り立ての日時を郷原氏に知らせた。それで間違いありませんね」
 マリナの目が怖かった。
 脅迫されているという感じではない。どうせ全部わかっているのだから隠しても仕方がないのだと、親が子供を、先生が生徒を、窘めているようだった。
「ごめんなさい。確かに私が話しました」
 なぜ謝らなければならないのか、夕子にもわからなかった。
「私からは以上です」
 マリナは、言いながらICレコーダーを拾うと、
「緊張しました?」
 悪戯っ子のような目で夕子を見た。会議でもない場所でICレコーダーを置きながら話をした経験はない。それを察してのことだったのだろうが、正直なところ、夕子はICレコーダーの存在を忘れていた。
(変なこと、しゃべらなかったかしら)
「私からも良いかしら」
 今度は真知子だった。
「星崎さんは、先日の事故現場で、どこまで思い出したのかしら」
 あの時以来、真知子とは会っていない。夕子の様子が変わったことを真知子は気づいていたに違いない。その上で、夕子は答えを保留していた。
「父の車がトラックと衝突する瞬間まで、ですわ」
 それが真知子の望む答えかどうかはわからなかった。
「逃げ出す前には遡れていないのね」
「えっ? ええ。前の記憶はありません」

 ――多分、自撮りの全裸写真がね

 携帯電話に残っていた夕子の全裸写真。夕子がどのような経緯で自撮りをするようになったのか。どうやって公園に行ったのか。どこで服を脱いだのか。
 状況証拠から予想される事実に関して、夕子は何も思い出せていなかった。
「そう……」
 真知子の表情は微妙だった。ホッとしているようにも見えるが、残念そうにも見えた。本当のところはどっちなのか。
 真知子に尋ねようか迷っていると、マリナが、
「明日、また来ますね。大丈夫です。任せておいてください」
 言い終わる前に立ち上がっていた。
 それにつられて真知子も立ち上がり、細井と目配せした後、夕子にも挨拶を済ませ、帰って行った。
 見送る夕子の目はマリナに向けられていた。
 アポイントもなしに突然現れて、一方的に質問して、必要なことだけ聞いたらさっさと引き上げていったマリナ。
 若さと自信に溢れた態度には好感も持てたが、一歩間違えば、ただの怖いもの知らずだ。だが、マリナは橘・佐藤法律事務所の所属である。同事務所が《契約自由化法》の分野において一日の長があることは周知のとおりだった。
 どれくらい信用しても良いものだろうか。そうは思いながらも、夕子の心は、かなり落ち着きを取り戻していた。
 二人が去り、細井も社長室を出て行った。
 夕子は、ふと思った。
「ところで、何を任されたつもりなのかしら」



 今月号はいかがでしたでしょうか。
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