露出小説




   露出っこクラブ〜愛美

                              作;ベンジー

 「ハダカになって」

 確かにそう言った筈だ。愛美は胸元を押さえ朋美の目を見つめた。
「聞こえなかった?」
「いえ、でも……」
「これは命令なの。愛美ちゃんは逆らうことができないのよ」
 朋美の言葉には不思議な説得力があった。あまりにも当然のことのように言うからだろうか。さっきの電話の時もそうだったが、理不尽で一方的な要求だというのに、その一つ一つに逆らいがたいものを感じるのだ。
「ここで……ですか?」
「そうよ」
「でも、恥ずかしい」
「私はもっと恥ずかしいところを見られたのよ。ここでハダカになるくらいで済むなら安いものだと思わない?」
「そんな……」
「いいから脱いで。早くしないと、後で意地悪しちゃうわよ」
 愛美には、朋美の言う意地悪がものすごく恐ろしいものに思えた。絶対にそれだけは避けなければならない。今ここでハダカにならないと後悔することになる。朋美の目と口元がそう告げていた。
 愛美は制服の上着に手をかけた。
「やっと脱ぐ気になったわね。楽しみだわ」
 これも意地悪の内だろうか。
 上着をたたんでイスに置く。スカートのホックを外す。お尻を浮かして膝下まで下ろし、足下から抜く。見られているのは同性である。ここが女子更衣室だと思えば何でもないのかもしれない。ブラウスのボタンを外す手が震えていた。
「本当に恥ずかしそうね」
 朋美は楽しそうに愛美を見ていた。もしかしたらと思って顔をあげたが、朋美は顎で催促するばかりだ。
 ブラウスを袖から抜く。愛美はブラジャーとパンツだけの姿になった。ついさっき里奈にスレンダーなアスリートの体と言われたばかりだ。これ以上脱ぐのが恥ずかしいと思うのは、相手が朋美だったからという理由も大きかった。
「これでいいですか?」
「何言ってるの。下着もソックスも、全部よ」
 朋美が少しだけ怖い顔をした。
 愛美はソックスを脱いだ。長いすに衣類が積み上がる度に愛美の羞恥が増す。次はパンツに手をかけた。イスに座ったままなら、テーブルに隠れて下半身が見えにくいという計算もあった。でも、
「後はブラだけね」
 朋美が言う。愛美は自分の胸を見下ろした。Bカップのブラジャーに覆われた乳房は、あの日、芳樹のベッドで揺らした朋美のそれとは比べものにならない。
「どうしても、脱がなければダメですか?」
 蚊のなくような声だった。
「ダメ。素っ裸になるの」
「ああ、恥ずかしいから見ないでくださいね」
 愛美は背中に手を回す。ブラジャーのホックが外れた。支えを失って落ちそうになるカップを片手で押さえる。肩ひもを外して片側の腕を抜くと、カップを持ち替えて反対側の腕を抜く。ブラジャーはただの布きれになった。
「おっぱいを見られるのがそんなに恥ずかしいの」
 愛美は胸からカップを離そうとしない。パンツを先に脱いでまで守ろうとする仕草が、朋美には意外だったのだろう。
「だって、小さいから……」
「もしかして、私と比べてるの?」
 愛美が目をうつむかせたまま頷いた。
「だったら気にすることはないわ。愛美ちゃん、まだ中学生だもの。お友だちだって、そんなに大きい子ばかりではないでしょ」
「それは、そうですけど」
「大丈夫よ。すぐに大きくなるから」
 あっという間の出来事だった。朋美はうつむく愛美の死角から手を伸ばし、ブラジャーを抜き取った。
「あっ」
 両手で胸を押さえる愛美。
「もう遅いわ。愛美ちゃん、これで素っ裸ね」
「イヤ、恥ずかしいです」
 朋美はテーブルの脇を通って愛美の隣に座った。愛美の脱いだ衣服は全部まとめてボストンバッグに仕舞う。胸から手を離せない愛美は、それを止めることもできない。
「どうするんですか?」
「大切なお洋服でしょ。鍵をかけておいてあげるね」
 朋美はバッグのファスナーに南京錠をかけた。これでもう愛美は自由に服を着ることもできない。朋美の許しが出るまでハダカでいるしかないのだ。
「どう。こんなところでハダカになった感想は?」
「ああ、もう許してください」
「ダメよ。愛美ちゃんは私の奴隷なんだから」
「奴隷……?」
「そう、露出奴隷。これから恥ずかしいことをいっぱいさせてあげるね」
 愛美には耳慣れない言葉だった。普通に服を着た朋美の前で自分だけが生まれたままの姿でいることが惨めだった。対等ではないのだ。朋美は何でも命令することができる。愛美は逆らうことができない。それに露出奴隷って……
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。ひどいことはしないわ」
「ああ、もう服を着せてください」
 愛美は胸を抱いたまま、朋美を見つめた。
「あら、まだ何もしてないじゃない」
「何をさせるつもりですか?」
「だから露出よ。野外露出」
「あっ!」
 愛美はあの日のことを思い出した。やはり朋美は、ハダカのまま外の自販機まで飲み物を買いに行ったのだ。確かに耳にはそう聞こえていたのだが、本当にやっていたとは思えなかった。
「愛美ちゃんを助けるためにやったのよ。私だって恥ずかしかったんだから」
「私を……?」
「そうよ。あのままじゃ芳樹に見つかっていたでしょ」
 朋美は芳樹から中学生になる妹がいることを聞いていた。あの状況でクローゼットに隠れている女の子をみれば、それが妹の愛美であると考えるのが普通だ。兄の帰りを待っていたら、女性と一緒だったので慌てて隠れた。そう考えた朋美は、愛美に逃げる機会を与えてくれたのだと言う。
「ただ飲み物が欲しいっていうだけじゃ聞いてくれそうになかったもの」
 朋美の笑みに悪意は感じられなかった。
「でも、前にもやっていたって……」
「そうよ。あなたのお兄さんはそういうことをさせるのが好きなの」
「野外露出……ですか?」
「そう。これから愛美ちゃんがすることよ。でも愛美ちゃんに奴隷は似合わないかな。そうだ。『露出っこ』っていうのはどう?」
 呼び名が変わったところでやることに変わりはないのだろう。
「イヤです。私、そんなことできません」
 愛美の目から涙がこぼれ落ちそうだった。朋美が今にも自分をこの部屋から放り出すのではないかと思えた。部屋に入れて貰えず、店員や他のお客さんにこの恥ずかしい姿を晒すのだと、一人で妄想した。
「ねえ、愛美ちゃん、芳樹のこと好きでしょ」
「えっ?」
「大好きなお兄さんが私とエッチしているのを見てショックだったのよね。いくら好きでも、愛美ちゃんは芳樹とあんなことできないから」
 朋美には、全部わかっているのだ。愛美が芳樹を一人の男性として愛していることも。芳樹に抱かれたいと思っていることも。
「だったらこういうのはどう? エッチはできないけど、私が芳樹にされていることを愛美ちゃんにもしてあげる。間接的に芳樹の調教を受けていることになるのよ」
「調教……?」
「露出っこになるための調教よ。最初は恥ずかしいけど、慣れれば結構いいものよ」
「そんなこと……」
 できない、と言おうとして言葉を飲んだ。芳樹の調教を受ける、それは愛美にとって魅力のあることだった。エッチはできなくても調教なら、お兄ちゃんが自分を愛してくれるのなら、と惹き付けられるものがあった。
「どっちにしても愛美ちゃんは逃げられないんだけどね」
 朋美の目が意味ありげに輝く。愛美は背筋に寒気を覚えた。
「このバッグの鍵、どこにあると思う?」
 愛美の衣服を入れたバッグを指差す。南京錠が掛けられていた。鍵がなければ、愛美はいつになっても服を着ることができない。
「フロントに預けてあるの。私がこのまま帰っちゃったら、自分で取りに行くしかないわよ」
「そんなのダメです」
 愛美はとうとう泣き出してしまった。
 この部屋にハダカのまま置き去りにされて、片づけに来た店員たちに見つかって、一糸纏わぬ姿をさらし者にされて。もしかしたら乱暴されるかもしれない。
「自分の立場、わかったみたいね」
 朋美が愛美の髪を撫でた。母親が子供をあやすような、柔らかい指使いだった。
「服を返してください」
 愛美が顔を上げた。
「どうしようかなあ」
「ハダカはもうイヤです。服を返して」
「もちろん返してあげるわよ。今日の調教が終わったらね」
 調教……
 さっき聞いたばかりの言葉なのに、妙な懐かしさを覚えた。でも、調教って犬や猫に使う言葉ではないだろうか。そうか。調教を受けると言うことは人間ではなくなるんだ。だからハダカなんだ。
「ああああ」
 思わず漏れた声に愛美自身が驚かされた。
「すごいわ。愛美ちゃん、もう感じてる」
「ウソです。そんなこと……」
「隠してもダメ。オナニー、したいでしょ」
 しません、と言う代わりに、首を激しく横に振る愛美だった。
 その仕草こそがウソだった。腰が落ち着かなかった。今この部屋に一人だったら、愛美は自分の木の芽に指を持っていったことだろう。そんな気分になっている自分がイヤだった。ハダカにされて、調教すると言われて、下半身を熱くしていた。この上何かされたら、自分がどうなってしまうのかわからない。
「それじゃ、調教を始めるわよ」
「何をするんですか?」
「初めてだから、今日はカラオケでいいわ。愛美ちゃん、何歌う?」
 朋美はマイクを愛美の前に置いた。ハダカのままステージに上がれということなのだろう。部屋の外に出されるよりはマシだが、見られるための場所にこの格好で上がるのはとんでもなく恥ずかしい。
「ねえ、キューティハニーなんかどお?」
 朋美は返事も待つこともなくパネルを操作していた。イントロが流れ出すと愛美の体が強ばった。朋美は、そんな愛美の二の腕を掴み、強引にステージへと引っ張る。愛美は抵抗をするというより、足に力が入らない。
「私も芳樹にやらされたのよ」
「えっ……?」
「ほら、ちゃんと立って」
 お尻を軽く叩かれた。愛美がステージの真ん中でマイクを持たされた時には、歌はもう始まっていた。朋美はイスに戻り拍手する。
「愛美ちゃん、がんばって」
 そう言われても声が出ない。ステージはこの部屋で一番明るい場所だ。そこにハダカで立っている自分が信じられない。マイクを握った手は、今も胸を覆っている。膝と太ももをこすり合わせても恥丘に生え始めた若草を隠し切ることはできない。
「ちゃんと歌わないと、いつまでもそのままよ」
 朋美が見ている。恥ずかしいところを見ている。朋美は、芳樹にされていることを愛美にもしてあげる、と言っていた。ということは、
(私は今、お兄ちゃんに見られているの?)
 朋美の声が届かなくなった。カラオケの演奏も聞こえない。体の奥からこみ上げる恥ずかしさが肌の色を塗り替える。体が熱い。意識がさまよう。もうどうなっているのかわからない。
(ウソよ。こんなの、絶対ウソ!)
 必死の抵抗も意味をなさない。真っ白な霧に包まれた意識の向こうで朋美の声を聞いた。
「愛美ちゃん、露出っこの素質があるわ」

第2話 投稿しちゃった

 朝霧が次第に晴れていく。アスファルトで舗装された道の両側にはマッチ箱のような建売住宅が並んでいた。半袖のティシャツに短パン、そしてジョギングシューズを履いた愛美が走り抜ける。家を出た時に感じた肌寒さも、今はもう心地良いばかりだ。新聞配達のバイクとすれ違い、仔犬と散歩するおじさんを追い越した。
 競技会まで残り一ヶ月を切っていた。三年生になった今年は責任が重大であることを誰よりも感じていた。その想いが愛美を早起きにさせた。
 走りながら、ふと自動販売機に目が止まる。真っ赤な本体に白抜きの文字。イヤでも目に付いた。そして、道路には遮るものがない。芳樹のアパートの近くにあったものもこんな感じだっただろうか。朋美はハダカのままあの前に立ってボタンを押した……愛美は周囲を見渡す。街はもう起き出していた。
(ダメだ。もっと早い時間じゃないと)
 慌てて首を振る愛美。何を考えているのだろうか。朋美の言ったことなんて信じてはダメ。あんな場所でハダカにされておかしくなっていただけ。自分はそんなんじゃない。いくらそう言い聞かせてみても、あの時の言葉が耳を離れない。

 ――愛美ちゃん、露出っこの素質があるわ

 朋美の声を振り切るように、愛美はダッシュを繰り返した。
 それにしても、どうしてしまったのだろう。愛美は脅迫されたからと言って素直に従うようなタイプではない。芳樹とのセックスをのぞき見てしまったという後ろめたさはあったが、それだけとは思えなかった。
 相手が芳樹の彼女だったから?
 いや、それならむしろ反発してもおかしくない。愛美にとってはライバルなのだ。カラオケボックスでどうしてハダカになんかなったりしたの? 朋美の言っていた「露出っこ」って露出狂とはどう違うの?
 愛美の頭は疑問符だらけだった。

「おはよう。今日も良い天気だね」
 昇降口で里奈が追いついた。
「おはよう」
 返事をする愛美の手が下駄箱のフタを開けたところで止まった。上履きの上に白い封筒が置いてある。中学校に入ったばかりの頃はよくあったが、最近では珍しかった。愛美は里奈と目を合わす。と、次の瞬間には視線を封筒に戻し、手に取って破こうとした。
「ダメだよ。そんなことをしたら」
 里奈が愛美の腕を掴んだ。そして愛美の手から封筒を取ると、その両端を持ち、改めて差し出した。
「はい、ちゃんと読んでね」
「わかったわよ」
 愛美は手紙を受け取ると鞄に仕舞った。里奈は先に行ってしまった。今度は愛美が追いかける番だった。
「それにしても懲りないものね」
 小声で話しかける。
「だってマナちゃん、きれいだから」
「それを鼻に掛けたイヤな女、なんて言われているんじゃないのかしら」
「あら、よくご存じですこと」
 里奈が悪戯っぽく笑った。
「もう、里奈ったら」
 愛美がこぶしを振り上げた。鞄で頭を庇いながら里奈が走り出す。愛美が追いかける。二人とも陸上部だけあってなかなかの速さだが、廊下は走るところではない。
 教室に着くと、愛美は自分の机で手紙を広げた。男女二十人ずつの教室だが、まだ女子が数人いるだけだ。こういう手紙は隠れて読むものだろうが、愛美はいつもこうだった。クラスメイトの中には「手紙を出した男の子がかわいそうだよ」と言う者もいた。愛美は一向に改めない。
「みんなの前で読まれるのがイヤなら、私に手紙なんか出さなければ良いのよ」
 教室中に聞こえる声で言った。
 里奈は控え気味に笑っていたが、他のみんなは固まっていた。これが愛美以外だったらどうなっていたかわからない。でも、いつの間にかそれが当たり前と思われるようになった。愛美に手紙を出した方が悪いのだ。
 差出人が誰なのかは、誰でも気になるところだ。遠巻きに気にするクラスメイトをよそに、愛美は席を立った。
「ちょっと行ってくるね」
 手紙は里奈の手に渡った。内容は「屋上で話がしたい」とそれだけだった。

 階段を終わりまで上り、鉄の扉を押す。ホームルーム前のこの時間なら、確かに人はいないかもしれない。
 屋上には暖かな日差しが集まり始めていた。手摺りにもたれていた男子が振り向く。扉の開く音で愛美に気づいたようだ。
「あなただったの」
 愛美は胸に溜まった息を吐き出すと大股で近づく。その男子・喜多靖史は幼なじみだった。小学校五年生までは隣同士だったが、父親の転勤で遠くに行っていた。今年になって空き家になっていた家に戻ってきたのだが、面影が残るというより、全く成長していない顔つきに、愛美は吹き出そうになった。
「愛美ちゃん、きれいになったね」
 靖史は隣のクラスに転入していた。
「やだ、もう。ご挨拶は済んだはずよ」
 今学期が始まる前に家族揃って挨拶に来た。ホームパーティーとはいかなかったが、夕食を共にして昔話を楽しんだ。靖史の小さな妹さんに怖い顔で睨まれたのを覚えている。
「だから告白だよ。愛美ちゃん、いや、榊原さんが好きなんだ」
 あまりにも意外な、そしてストレートな言い方にドキッとした愛美だが、次の瞬間にはからかわれているのだと思い直した。
「悪い冗談ね。お金でも貸して欲しいの?」
「いいや、本気だよ」
「あのねえ、そりゃあヤッ君とはお医者さんごっこもした仲よ。でもそれって好きとか言うのとは違うんじゃないの?」
「お医者さんごっこか。懐かしいなあ」
「こら、変な想像するんじゃない」
「ごめん、ごめん。もちろん違うよ、引っ越す前とはね。ボクはあの頃の愛美ちゃんじゃなくて、今の榊原さんと付き合いたいんだ」
 愛美は背筋を伸ばした。改めて靖史を見直す。童顔は変わっていなかったが、確かに身長は伸びていた。小柄な愛美と変わらないくらいのイメージだったが、今はもう頭一つ大きかった。
「ふーん、それじゃあ、中学生になってから新しく知り合った男の子ってことでいいのね」
「うん、いいよ」
「わかったわ」
 愛美は自分の頬を掌で二回叩いた。
「私、同年代の男の子には興味がないの。ガキっぽくてイヤなのよ。大人になってから出直してちょうだい」
 一息で言い切った。
 靖史は口を開けたままフリーズしている。愛美はこういう光景を何度も見てきた。次の行動は泣き顔になって逃げ出すか、逆ギレして怒鳴りちらすか。わかり切っていたつもりでも、知らない仲ではないだけに胸が痛んだ。
「やっぱりなあ」
 靖史の反応はどちらでもなかった。
「クラスの男の子たちから聞いてなかったの。結構有名だと思うけど」
「ああ、聞いてたよ。転校して来るとすぐにね。この学校には一人だけ絶対に手を出してはいけない女子がいる。遠くから見ているだけにしておけよって」
 淡々とした口調で靖史は言った。
(だったら何で……?)
 その言葉は声にならなかった。
「だったらもう用は無いわね」
 踵を返すと、早足で屋上の出入り口へと向かった。
「やっぱりだ」
 靖史の声に足が止まる。
「やっぱりボクは愛美ちゃんが好きだ」
 愛美は"やっぱり"の意味に気づいた。靖史はふられることがわかっていたのだ。ふられても愛美を好きでいられるかどうか試したのだと。
(もう、幼なじみでいいじゃない!)
 つま先に体重がかかる。
「勝手にすれば」
 捨てぜりふを残し、愛美は走り出した。
 鉄の扉を勢いよく閉め、階段を駆け下り、誰かと肩をぶつけながら足を動かした。教室に戻った愛美は机に顔を伏せる。その前の席に里奈が座った。
「部活が終ったらカラオケにでも行こうか」

 愛美の家は母子家庭だった。父親の顔もわからない。元々いなかったのではないかとさえ思えた。芳樹が高校を卒業と共に家を出たのは、その辺の事情もあったのかもしれない。愛美の母・君枝は昼間のパートに出ていたが、特に貧しいという気はしなかった。父親はいなくても、母親が友だちのお母さんの誰よりも若々しくてきれいなのが自慢だった。
「ただいまあー」
 その日、遅くなって家に戻った愛美は、玄関に靴を脱ぎ捨てると階段を駆け上がった。下から「ご飯は」という君枝に「いらない」とだけ答え、部屋に飛び込む。六畳の洋間は壁も天井も白が基調になっていた。カーテンは淡いピンク、絨毯はグレーだ。鞄を置き、ブティックハンガーに上着だけ掛けると、ベッドに体を投げた。着替えも済ませず、枕に顔を押しつけたまま動かない。夕食は友だちと済ませると言ってあった。もうこのまま寝てしまっても良いと思っていた。
 壁に目を向ける。その向こうは芳樹の部屋だった。荷物はまだかなり残っていたが、本人が戻って来ることは滅多にない。3LDKの一戸建てに君枝と二人の生活だった。
(そうだ)
 愛美は飛び起きると机の上のノートパソコンを開き、電源を入れた。
 ウィンドウズのロゴに続いてシステムが起動を開始する。いつもはこの間に飲み物を取りに行ったりして時間をつぶすものだが、今日はにらめっこだった。
 インターネットに接続する。検索のキーワードは「露出っこ」。
 「野外露出」と打ち込むつもりだったのだが、検索ボタンをクリックしてから気づいた。やりなおす前に画面が切り替わる。「露出っこクラブ」という文字が目に入った。
(そんなクラブがあるの……?)
 胸が高鳴る。愛美は惹き付けられるがままにクリックした。
 朋美からは「また連絡するね」と言われていた。少しずつ過激な露出ができるように調教するのだと言っていた。どんなことをさせられるのか、疑問に思うのは当たり前だ。愛美はそれを強制されるのだから。
 知らない方が幸せなのかもしれないとも思った。でもやはり気になってならない。ネットで調べたら何かわかるかと思いついたのだが、この先に進むには罪悪感を伴わなければならなかった。
 画面にはピンクを基調にしたサイトが表示されていた。
 ホワイトトーンのかかった女性の画像があった。全裸だ。それなのに不思議といやらしさは感じられない。愛美はこれまでにもアダルトサイトを見たことがあった。濃厚でエッチなサイトをいくつも見ていた。それらに比べれば大人しい感じだ。十八禁の表示がないだけ、気持ちも楽だった。
 少なくとも危ないところではなさそうだ。むしろ露出をゲーム感覚で明るく楽しむサイトに思えた。朋美の言う「露出っこ」も、こんな感じなら良いものかもしれない。
 メルアドを登録すれば課題が貰えることがわかった。でも、まだ何となく怖かった。どこの誰だか分からない人に恥ずかしいことをさせられることになるのは抵抗がある。メルアドから個人情報が漏れたりしたら……。
 メニューには、オンライン上でできる簡単なゲームが並んでいた。愛美はその中から「いつどこでゲーム」をクリックした。時間「いつ」と場所「どこで」と内容「何を」がランダムに決められ、最後にそれを実行する時の格好を指定されるらしい。
(どうせ、やらなくたってわからないし……)
 ゲームだけなら自分が誰だかわからないで済む。いざやろうとすると、急にマウスが重くなった。

 「いつ」、今すぐ
 「どこで」、ベランダ
 「何を」、オナニーする

(ベランダに出るのは良いけど、オナニーなんて……)
 オナニーのことは知っていた。雑誌などで見て試したことはある。少しは気持ち良くもなるが、聞いている程のものでもないというのが愛美の感想だった。
 もう一つ残っていた。格好を決めなければならない。これが一番の問題なのだ。

 「格好」、全裸

「きゃっ」
 思わず声に出てしまった。
『今すぐベランダで全裸になってオナニーする』
 下の行に、改めて愛美への課題が表示された。
(ひどいわ。こんなことできない)
 愛美はノートパソコンの画面を伏せた。そんなことをしても何にもならないことはわかっていた。課題はすでに出されてしまったのだから。
 カーテンの端を引いてベランダを見る。手すりは格子になっていて、その先に道路が見えていた。向かいの家の窓からも丸見えだ。そんなところにハダカで出るなんて、できるわけがない。
(大丈夫。この課題が出たことは、私しか知らないんだから)
 愛美はカーテンを戻し、ベッドに仰向けになった。
 落ち着かない。
 胸がドキドキしていた。悪戯をした子供が、いつ母親にばれるだろうと怖がっているような気分だ。できるような課題ならやってみようと思っていた。それがよりにもよって全裸だなんて。誰に見られるかわからないのだ。
 でも……、
 あの日、朋美は全裸のまま芳樹のアパートを出た。まだ日が残っていた。外を歩いている人だっていただろう。それなのに自動販売機までドリンクを買いに行った。
(どんな気持ちだったのだろう。人には見られなかったのかしら)
 朋美ならハダカでベランダに出ることくらい何でもないのだと思った。
 部屋の明かりを消してカーテンを閉めたらベランダは真っ暗になる。通りから見えなければ自分にもできるかもしれない。
 愛美は階段を駆け下りた。道路に出て自分の部屋を見上げる。明かりを点けたままカーテンを引いた状態でも服装までは見えないかもしれない。
 部屋に戻って明かりを消し、もう一度道路に出てその場所を見上げる。
「ダメだわ」
 外灯がわずかに届いていた。じっとしていればあるいはわからないかもしれないが、オナニーなんかしたら通行人にばれてしまうだろう。愛美は肩を落とした。ハダカでベランダに出るなんてやっぱり無理なんだと思った。
(私ったら、すっかりやる気になっているなんて……)
 その方が驚きだった。
 愛美は自分の頭にこぶしを落とすと、もう一度ベランダを見上げた。せっかく課題を貰ったのにと恨めしかった。でも、同じような課題を貰っている女の子もいる筈だ。その子たちは、あの場所で実行しているのだろうか。
(あれっ、待って)
 ベランダの手すりは全部が格子になっているわけではなかった。両端と真ん中の部分は上まで壁になっている。そこに隠れればあるいは……。
 愛美は道路を右へ左へと走った。角度を変えてベランダを観察した。外灯の位置と角度も調べた。そして、ここなら、という場所を見つけた。部屋に戻って確かめる。ベランダに出て左端の部分。この一角だけが壁に囲まれ、道路から死角になり外灯も届いていない。
 ここならできる。
 そう確信した時、愛美の心臓は爆発寸前だった。

=================================
管理人様

初めてのメールです。
「いつどこでゲーム」で頂いた課題を実行してしまいました。
ご報告させて頂きます。
課題は『今すぐベランダで全裸になってオナニーする』でした。
昼間だったら絶対に無理でした。
夜でもベランダって結構明るいので最初は無理だと思ったのですが、道路から見えない場所を見つけました。
部屋で全裸になって明かりを消した後、毛布にくるまってベランダに出ました。
もうそれだけでドキドキでした。
ベランダの隅に隠れて毛布を取ります。
ここだけは真っ暗です。
自分でも自分の体が見えません。
それでオナニーをすることができました。
今まで感じたことがない程感じてしまいました。
こんな恥ずかしいことでと驚いています。
ある人に「露出っこの素質がある」と言われました。
きっとこのことを言っていたのだと思います。
またやってしまいそうです。

愛美
=================================

 課題を実行した愛美が興奮したままに出したメールがこれだった。
 「露出っこクラブ」では実行した内容を掲示板に書き込んだり、HPの管理人にメールしたりできるようになっていた。掲示板に書き込んで不特定多数の人に自分の恥ずかしい行為を晒すのは怖かった。でも、誰かに聞いて欲しかった。それで愛美は管理人にメールするという方を選んだ。
 文字にしてみたらたいしたことではないように見えるが、実際にはこんなものではない。部屋の中でハダカになるのだって一大決心だった。パンツを脱ぐ時には膝が震えた。毛布に身をくるんでベランダに出た時には、喉から心臓が飛び出しそうだった。ベランダの左隅。見つけたばかりの死角に隠れ、毛布を取った時には奥歯が音を立てた。
 そこは間違いなく外だった。
 夜のとばりに静まりかえってはいたが、すぐ下の道路を誰が通らないとも限らない。向こうから見えない。それはさっき確かめた筈と自分に言い聞かせてみても、それで割り切れるものではなかった。
(私はハダカ……ハダカで外に出ているの)
 こんなことは終わりにしようと何度思ったかしれない。今すぐ部屋に戻ろうとする気持ちと戦いながら、愛美は右手を股間に持っていった。ベランダの壁に寄りかかり毛布をお尻の下に敷いて足を開く。
(ああ、オナニーしなきゃ……)
 ためらいの残る指先が、ようやく花芯に辿り着く。その先端にほんの少し触れただけで全身に電流が流れた。今までこんなことはなかった。自分の体が自分のものではないようだ。愛美は指を戻した。
(ウソっ、こんなの変。なんか違う。でも……)
 もう一度粘膜の端に触れてみる。そこはすでに熱く潤っていた。そこだけがサウナで汗を掻いたようになっている。いつもなら少しだけ指を動かして終わるのだが、この時の愛美は止まらなかった。この正体不明の感覚がもっと欲しかった。
(これが露出。野外露出なの……?)
 花芯だけではない。愛美の指は乳房にも当てられていた。柔らかな少女の膨らみ。その頂上には可憐な野イチゴを実らせていた。体の内側からの欲求が、その実に集まってくる。早く摘み取ってと自己主張を続ける。指先がそれに応えた。
「はふっ」
 甘く痺れるような感覚が花芯へと繋がっていく。やはり何かが変だ。
(ベッドでしても、こんなにはならなかったのに)
 ここが外だから。いつ誰に見られるかわからない場所だからこそ、こんなにも体が火照るのだ。誰に強制されたわけではない。自分の意志でここにいる。見つかったら言い訳ができない。変態のレッテルを貼られ、近所を歩けなくなる。
「ああああっ、イヤっ、そんな。こんなのダメぇ」
 カラオケボックスのステージに全裸で上げられた時の興奮を思い出す。朋美に見られ、恥ずかしさで狂いそうになりながら意識をさまよわせていた感覚、あれはきっと快感だったのだ。
(気持ちいいーーー)
 乳首を摘んだ指先に力が加わる。乳房を揉みしだく手の動きが速くなる。息も荒くなった。花芯をなぶる二本の指が快感を上塗りする。
(朋美さんはいつもこんなことをしていたの?)
 この前も全裸でアパートの下の自動販売機まで行った。ベランダの隅に隠れているのとでは比べモノにならない。もっと恥ずかしくて、もっと心細くて、そして、もっと気持ち良かったのだろうか。
 もし愛美も同じようなことをしたら……
 今朝、ランニングの途中で見た自動販売機を思い浮かべる。あの前に全裸で立つ愛美がいた。どれを買うとか迷っている場合ではない。お金を入れて、ボタンを押して、品物が出て来て。その間、ずっと恥ずかしさに耐えなければならない。他人に見つかるかもしれない恐怖に晒されたままだ。
「ひいぃーーー。あっ、ダメっ、ダメだったら、ああ、ダメえーーー」
 花芯から蜜があふれ出した。このままでは正気を保てなくなりそうだ。
 止めどない刺激に心が弾む。指先がいよいよ肉の芽を掘り出した。少女の最も敏感な部分に指先が触れる。背筋にも、乳首にも、快感が走る。脳天にまで届いた刺激は、そのままつま先まで痺れさせた。
 もうどうなっても良い。いや、どうなっているのかわからない。
(イク? もしかして、こんなところでイッてしまうの?)
 指先が尚も肉の芽を責め立てる。乳首を押しつぶす。そこにはもはや愛美の意志はなかった。体が好き勝手に動き、本能のまま欲望を満たそうとする。
「ああ、イクぅ。イッちゃう。ああっ、イヤっ、いっ、イクぅーーー」
 めくるめく快感の中で、愛美の意識が飛んだ。

 窓の外に薄明かりが射した。もうすぐ目覚まし時計が鳴る頃だろう。愛美は掛け布団を首もとに引き寄せ、寝返りを打った。
「走らなきゃ」
 愛美はティシャツと短パンに着替えて外に出た。家の前で足を伸ばし屈伸を繰り返してからいつものランニングコースを走る。朝の風が二の腕と太ももに絡みついた。素肌が露出している部分の感覚が昨日までとは全く違うものになっていた。
 コースを一周して家の前まで戻って来た愛美は、視線をベランダの隅に向けた。
(朋美さんが言ったことって……)
 今夜もきっとあのサイトに行くのだろう。そして「いつどこでゲーム」をやる。今度はどんな課題が出るのだろうか。ものすごい課題が出たらどうしよう。そんなことを考えながら玄関のドアを開けた。
 シャワーを浴びて制服に着替えると朝食の用意ができていた。君枝の顔を見るのが少しだけ怖かったが、いつもと全く変わりがない。
と、そう思った矢先だった。
「夕べは何やっていたの?」
 食卓に座った愛美は、手にしたばかりの茶碗を落としそうになった。
「何って、別に」
「家から出たり入ったり、普通じゃなかったわよ」
「ああ、そのことね」
 愛美はベランダでの全裸オナニーを気づかれたのかと思いドキッとしたが、君枝が指摘したのはそのことではなかったようだ。
「そのことって……?」
「だから、別に何でもないわよ」
「ふーん」
 君枝は食卓の差し向かいに座り、両肘をついて愛美を見ていた。
「何よ」
 愛美は目を逸らした。
「まあいいわ。何をしているか知らないけど、程ほどにしておくのよ。あんたはすぐに夢中になっちゃうんだから」
 愛美のことを一番良く知っている君枝のことだ。何か気づいていることは間違いなかった。二日続けて帰宅が遅くなった中学生の娘に、どこに行って来たのかと問い質すでもない。愛美は茶碗を手にしたまま上目遣いで君枝の様子を伺う。でもまさか露出していたとは言えない。「心配しないで」と心の中で告げるのが精一杯だった。



 今月号はいかがでしたでしょうか。
 こちらにアンケートを設けさせて頂きました。ご回答、よろしくお願いします。

期待通りだった
期待していたほどではなかった
イマイチだが次回に期待する
もう読まない

その他 ご意見ご感想が頂ければ幸いです。