露出小説『OL佐伯みなみの野球拳』 作;ベンジー 1. 憂鬱な忘年会と無意識の想い 佐伯みなみ、23歳。中堅広告代理店のしがないOLである。 周囲からは「控えめで真面目」「おとなしい」と評され、その言葉通り、彼女自身も波風立てずに日々を過ごすことを信条としていた。 でも、その内側には、全く別の何かが渦巻いていた。 会社の忘年会で、今年は「野球拳」をやるという噂が立ってから、みなみの心は激しく揺れ動いた。 (野球拳って、あの、ジャンケンをして負けたら服を脱ぐって……) そんなのあり得ない。会社ですることなのと、一度は否定したみなみだが、否定だけでは終わらなかった。理由はわからない。それでも、自分の内側にある別の何かに近づいた気がした。 その日、出社するとすぐ高瀬裕也を見かけた。25歳。期待の若手営業マンで、高身長に甘いマスク。女子社員全員の憧れの的だが、みなみの片想いの相手でもある。 お互いに顔と名前が一致する程度で、ほとんど接点はなく、みなみは、高瀬に話しかけることすらままならない。 典型的な「遠くから見つめるOL」だった。 そんなみなみが、会社の忘年会という公の場で、服を脱ぐ遊戯に参加するなど、どう考えてもキャラ崩壊である。 「参加したい」と自ら手を上げたらどうなるか? 「佐伯さんって、ああ見えて結構、積極的なんだねぇ」と、お局様の西田課長に冷たい視線で睨まれるのではないか? 「地味な佐伯がイキってんじゃねーよ」と、先輩社員に陰湿なイジメのターゲットにされるのではないか? 何より、高瀬裕也に「佐伯さんは意外と下品な趣味があるんだな」と嫌われるのではないか? (ダメだ、絶対ダメ!私のキャラと会社での立場が崩壊する! ううん、その前に同僚たちの前で脱ぐなんて恥ずかし過ぎる) それが常識的な判断だ。そもそも、なんで手を上げる仮定なんてしたのか。 あり得ない、あり得ないと繰り返す一方で、 (でも、誰かの命令で仕方なく参加、なんてこともあるのかなぁ。上司の命令は絶対、とかだったら……) そんな思いが頭に浮かび、慌てて首を振る。普段一緒に働いているみんなに恥ずかしい姿を見られるのだ。恥ずかしいだけで済む筈がない。 でも、何かが…… 悶々とした日々を送っていたある朝、オフィスに着くと、全員のデスクに一枚の紙が伏せてあったのだ。 「ねぇ、みなみ。これ、ちょっとヤバくない?」 同期の西條里奈が、華やかな笑顔の裏に戸惑いの色を浮かべながら、持ってきた紙を、みなみのデスクに置いた。 西條里奈、同期。みなみと同じ23歳だが、仕事ができて要領が良く、ファッションもメイクも完璧。社内でも華やかな存在で、みなみとは仕事でも恋でもライバル関係にある。 特に、高瀬裕也とはよく部署を跨いで話しており、社内ではやっかみも含め「高瀬裕也に一番近い存在」と噂されている。 デスクに置かれた紙を手に取ると、それは「忘年会アトラクションに関する無記名アンケート」と題された怪文書だった。 −−− 忘年会アトラクションに関する無記名アンケート 対象: 全女子社員 目的: 参加意向の把握と円滑な運営 問1)あなたは野球拳に参加できますか? @参加したい。 Aどうしてもと頼まれれば参加する。 B絶対イヤ! 問2)前問でB以外の方に質問です。あなたは、どこまで脱げますか? @上着だけ。(ジャケット、ベスト、カーディガンを含む) A下着姿まで。(ブラジャー、ショーツ、スリップなど、以外) Bその場の空気次第 C全部 問3)その他、野球拳の実現に際し、必要と思われることを書いてください。 −−− 「……ねぇ、里奈。これ、問2の『全部』って、どういう意味なの?」 みなみは、思わず声が上ずった。 里奈は、ため息をつく。 「どういう意味も何も……全裸、ってことでしょう。運営側の、野球拳をガチで実現したいっていう意図が透けて見えるわよね。しかも、どれだけ過激にしたいんだか。これは、セクハラで訴えられるレベルよ」 里奈は、問1に迷わずBに丸をつけ、問3に「参加強制はパワハラです」と書き込むと、アンケート用紙をみなみの鼻先に掲げて、 「みなみは、どうするつもりなの」 言葉は疑問形だが、その裏に「あんたも同じでしょ」と言う圧がすごかった。 ほとんどの女子社員は、そうなのだろうと思う。 だが、みなみの耳には、里奈の口にした「全裸」の二文字が張り付いて離れない。心臓はドクドクと高鳴っていた。 「うん、ちょっと考えてみるね」 「考えるって、あんた、脱ぐ気なの」 「ううん、そうじゃなくて、私も運営には言いたいことあるし」 「言ってやると良いわ。じゃあ、後でね」 里奈が行ってしまうと、みなみは改めてアンケート用紙に目を落とす。 全裸になるの? 男の人もいるのに。高瀬さんだって…… 何人くらいが「@参加したい」に○をつけるだろう。里奈の言う通り、会社がそれを希望しているのは間違いない。 だとしたら「Aどうしてもと頼まれれば参加する」にしておくのが無難だろうか。 自分は、会社の意向で仕方なく参加する体裁が整う…… (って、何を考えてるのよ) みなみは、大きく頭を振った。 これではまるで、みなみが野球拳をやりたがっているようではないか。 (でも、やりたい人にとっては許可証になるのかしら) みなみは、後で書き直すつもりで、問1にA、問2にCをマークした。 どうせ無記名なんだから誰にもわからないし、まさか、みなみが書いたとは誰も思わないに違いない。 そして、問3には、 「女の子は、やりたいと思っていても、なかなか自分からはやりたいと言えないものです。誰かが背中を押してくれるのを待っているかもしれません」 (なんて、私のことではないですよー) などと心の中で呟いている時、里奈が投票箱を持って戻って来た。 「もう出来たわよね」 「えっ、あ、うん。できてるよ」 みなみは、アンケート用紙を四つ折りにして、里奈の差し出す投票箱に入れた。 2.野球拳トーナメント 何日か経ったある日、みなみは西田課長に声を掛けられた。彼女は、40代半ばまで独身で通し、未来の役員候補とも、社長の愛人とも噂のあるやり手だ。 若い女子社員からは、所謂、お局様的な存在で、みなみも苦手にしていた。 「ちょっと時間、貰えるかしら」 返事も待たず、西田課長は、みなみを会議室に連れて行った。長テーブルの片隅に、隣同士で席に着く。香水の匂いが気になった。 「なんでしょうか」 「そう警戒しなくても大丈夫よ。この間のアンケートの件で聞きたいことがあるだけだから。佐伯さんは、あのアンケート、どう思ったのかしら」 その話だったのか。でもなぜ西田課長が…… 「それが会社の方針なら、私が何か言える立場ではありません」 無難な答えだったと思う。だが、どうしてだろう。西田課長の様子がいつもと違うように思えてならない。 「そうよね。私たちは会社からお給料を貰っているのだもの。それが当然よね」 「はい……」 「あなた、もしかして……その、どこかで野球拳をしたことあるのかしら」 「ありませんよ。私、そんな……」 驚いた。まさか、そんな質問をされるなんて。 「そうよね。そうだと思っていたわ」 妙に安心したような素振りを見せる西田課長。この質問はなんだったのか。 「あの、私、何か……」 「気を悪くしたらごめんなさい。佐伯さんって、こんな言い方したら何だけど、地味子ちゃんじゃない。野球拳とかするタイプには思えないのよね」 「は、はい」 社内の自分に対する評価は自覚していた。それでも、面と向かって“地味子ちゃん”と言われるのは気分の良いものではなかった。 里奈ならここで、「これ、何の話ですか」とでも切り返しているところだろうが、みなみにはできようもない。 西田課長も、まだ何か言い淀んでいるように見える。珍しいことだ。 「ごめんなさい。もう一つ聞くわね。あなた、人前で、その、裸になったことはあるのかしら」 「ええええーー。そんな、私……」 とんでもない質問に、どこから声が出たのかもわからない。 「答えなくていいわ。もう、わかったから」 「は、はい……」 「ごめんなさいね。これも私の仕事なの」 「仕事……なんですか」 「そうよ。大事なお仕事。もしかしたら、あなたにとってもね」 西田課長は、言いながら席を立っていた。どうやらこれで終わりらしい。ホッと息を吐き、立ち上がるみなみ。 会議室のドアノブに手を掛けた西田課長が、その動作を止め、 「アンケート用紙に書いたことは、ちゃんと守らなければダメよ」 ドアが開閉する音がして、みなみは会議室で一人になった。 「今のは何だったのかしら」 ◇ 翌日、会社の掲示板に忘年会の日程と野球拳の開催要項が貼り出された。そこには、転勤辞令などと同様、有無を言わせぬ会社の姿勢が示されていた。 −−− 【野球拳トーナメントの対戦表】 第1回戦 第1試合 西田清子 対 笠井麗子 第1回戦 第2試合 西條里奈 対 佐伯みなみ 【野球拳ルール】 @着衣は、制服の上着、ブラウス、スカート、ブラジャー、ショーツの5枚とする。 ※ストッキングは事前に脱いでおくこと。 Aジャンケンで負けた方が、服を一枚脱ぐ。 Bギブアップするか、先に全裸になった方が負け。 C決勝戦の勝者には豪華賞品、敗者には罰ゲーム有り。 D決勝戦のみ特別ルール(当日発表) −−− 「どうしてこんなことに……」 掲示板を見上げるみなみの肩は震えていた。 何の打診もなかった。一方的に参加者にされていた。こんなことが許されて良いのか。疑問が後を立たない。 「やられたわ。こういうことだったのね」 後ろから里奈の声がした。 「どういうこと……?」 「この前のアンケートは女子社員用で、別に男子社員用も回っていたのよ。誰に野球拳をさせたいかって。その結果がこれってわけ。人気投票で選ばれたのよ」 男子社員の投票で選ばれたと言うことか。 言われてみれば、里奈は元々、男子社員の人気が高い。西田課長は、社長の愛人と噂されるほどの妖艶でグラマラスな美人だ。対戦相手の笠井麗子は西田課長の部下で、アラサーのエリート女史。スレンダーな姿態に、里奈の将来像を思わせる容姿で、男子社員の人気を里奈と二分する存在だった。 それはわかるが、 「だったら、なんて私なの」 それは当然の疑問だった。西田課長ではないが、みなみは“地味子ちゃん”だ。容姿も並み以下とは言いたくないが、いずれにしても、野球拳の参加者に選ばれるような女子ではない。 「何言ってんの。立派なモノ持ってるくせに」 里奈が右手を伸ばし、みなみの胸を弾いた。 「きゃあ」と反射的に後ずさるみなみ。こんなことをされた経験はない。確かにカップの大きさだけなら、里奈にも勝っているかもしれないが。 「まあ、同期対決とでも煽りたいのでしょうよ。ホント、迷惑な話だわ」 迷惑で済む問題ではない。野球拳に参加すれば、全く脱がないで終わるわけもない。ある程度の露出は覚悟しなければならないだろう。最悪、里奈の言う“立派なモノ”も晒すことになるのだろうか。 「どうしよう、里奈」 「どうもこうもないわよ。何とか最小限度の被害で済ませるしかないわね」 里奈は、すでに覚悟を決めているようだ。 みなみは、改めて掲示板に目を向けた。 「この罰ゲームって、何をさせられるのかしら」 「ああ、それも聞いたわ。さっきの人気投票と一緒に、罰ゲームも募集したんだって。男どもが何を書いたか、わからないけどね」 「罰ゲームも投票なんだ」 「そう。敗者に自分で投票箱から引かせるんだって。残酷な話よね」 野球拳の敗者だ。かなり恥ずかしい格好になっているに違いない。その格好で罰ゲームをさせられるのだ。それも自分の手で選んで。 みなみは両手で顔を覆った。 「私は、こっちの方が気になるのよね」 里奈が掲示板の貼り紙を指さした。その先には、 ――D決勝戦のみ特別ルール(当日発表) 「決勝戦の特別ルールか。確かに不気味よね」 「この野球拳、どうにもキナ臭いのよね。運営側は何とかして私たちを全裸にしようとしているんじゃないかって思えてならないのよ」 「そんな、ぜ、全裸なんて」頬が急激に熱くなるのを堪え「で、でもギブアップ有りなんでしょ。ここに書いてある」 ――Bギブアップするか、先に全裸になった方が負け。 「それよ。決勝戦は特別ルールで、ギブアップなしにするつもりなんじゃないかしら」 「ウソっ!」 「ほら。全裸になった方が負けって、全裸になることも想定の内なんだわ」 里奈の言う通りだったら、参加者4人の内、誰か一人は……みなみは、その先を思い浮かべることを拒否した。 それなのに、何かが追いかけて来ては、耳元で囁く。 「その一人は、お前かもしれないぞ」 3.外堀を埋めていく空気 野球拳の開催要項が発表されて以来、周囲のみなみを見る目が変わった気がする。女子社員のひそひそ話が聞こえて来ることもしばしばだ。 「あの子よね。野球拳するの」 「見かけによらず、勇気あるのね。私なら退職願いを書いてるわ」 「勝負に出たとか?」 「案外、全部、脱いだりして」 「当日、風邪ひいて休むんじゃないの」 あまり良い印象は持たれていないようだ。 こっちの気も知らないで、と、みなみは思う。ジャンケンに負けて脱ぐ勇気も、まして、全裸になる覚悟なんて持ち合わせていない。 男子社員の気を引くためなんて考えたこともないし、当日、欠勤もできないだろう。 みなみだってわかっている。他の3人には言いづらいのだろう。その分まで、みなみ一人が集中砲火を浴びていた。 廊下で男子社員数人に囲まれたこともある。 「佐伯さん、野球拳するんでしょ。今の心境は?」 「心境なんて……」 そう言って通り過ぎようとしたのだが、前を塞がれてしまう。 「当日は、どんな下着で来るの?」 「俺は、やっぱり白が良いかなぁ。いつも着けてるやつ」 「お前の好みを言ってどうすんだよ」 「下着も良いけど、全部、脱いでくれないかなぁ。期待してんだよね」 「佐伯さんのバスト、前から気になっていたんだ」 「今度、俺とデートしようか」 「どさくさに紛れて、何誘ってんだよ」 「みんなの前で脱ぐ前に俺だけって、良くないか」 「結局、佐伯さんのヌードを見たいだけかよ」 男子社員たちだけで盛り上がっていた。 普段なら、間違いなくセクハラ発言のオンパレードになるところだが、会社公認の野球拳が発表されたせいで、タガが外れているのだろう。 本人を目の前にしてこれなら、いないところでは、どんな話になっていることか。 「やめろよ。佐伯さんが困ってるじゃないか」 割って入ったのは高瀬裕也だった。みなみを庇う位置に立つ高瀬の背中が大きく見えた。思わず縋りつきたくなる気持ちを、必死で押さえた。 「なんだよ。高瀬だって期待してるくせに」 「でも、ハダカになるって決まったわけじゃないだろう」 「佐伯さんが、この間のアンケートでC全部に〇を付けているかもしれないじゃないか。ねえ、どうなの?」 男子社員の一人が、裕也の身体を避けて話し掛ける。 「そんなの、私……」 答えられるわけがない。後で書き直すつもりで付けたのだと言っても、信じて貰えない空気のド真ん中にいるのだ。 「えっ、マジで付けたの。C全部に」 「やめろよ。無記名のアンケートだぞ」 「高瀬だって、佐伯さんのヌード、見たいくせに」 「俺だって見たいさ。でもなぁ……」 そこへ有田係長がやって来て、 「お前ら何やってる。仕事に戻れ」 その一言で解散になった。 有田係長は、みなみの直属の上司で、いつも女子社員をイヤらしい目で見ていると悪評の高い男だった。中には“歩くセクハラ係長”と揶揄する者もいた。 「大丈夫か。こんなことになって大変だろうが、まあ、これも会社の行事だ。割り切って仕事するんだな」 その言葉には、優しい響きがあった。 言いながら、みなみの肩に置こうとして手を止め、ひっこめる。“歩くセクハラ係長”には似合わない一面を見た気がした。 「ありがとうございます。係長。でも……」 「でも、なんだ?」 「野球拳なんか辞退して良いんだぞ、とは言ってくれないんですね」 「すまん。そこは許してくれ。俺にも立場があるんでな」 つまり有田係長も運営側の人間で、みなみを脱がす側にいると言うわけだ。 「許します。その代わり、私が脱いでも見ないでくださいね」 みなみにしては珍しく、ちょっとだけおどけて見せたのだが、 「そんな殺生なぁ。いやいや、それはムリだよ」 笑いながらその場を離れていく有田係長。その人柄に触れたみなみは、心に温かいものを感じた。 ◇ 忘年会の当日まで、似たようなことは何度かあった。その度に逃げ回るみなみだったが、詳細は覚えていない。 給湯室で食器を洗っている時も、思い出すのは高瀬の一言だった。 ――俺だって見たいさ。 高瀬も男だったと言うことか。 有田係長も「それはムリだよ」と言っていた。他の男子社員からも、それぞれの欲望をアピールされ続けている。 女子社員たちの妬みと嫉妬の陰口も、心なしか同情に変わって来ている。それはありがたいのだが、裏を返せば、それだけ、みなみが脱ぐ将来に近づいていることになるのではないか。 いざとなればギブアップすれば良いと考えていたみなみだったが、その一方で、少しずつ、空気が外堀を埋めていく。 「これで良いのかもしれないわ」 自分で声に出していて、何が良いのかわからないみなみだった。 4.野球拳の前哨戦 忘年会の当日は、昼間から誰もが気をソワソワさせていた。普段は口うるさい上司たちも、今日ばかりはと苦笑いを浮かべる始末だった。 「みんな、何を期待しているのかしらね」 里奈の言葉は、相変わらず辛辣だった。 それも仕方がないだろう。社員の視線が、自然と野球拳参加者、つまり、みなみと里奈に集まっているのは間違いない。ここにはいない西田課長や笠井女史も同じことだろう。里奈でなくても、物申したくなるのは必然だった。 「佐伯。今日は期待してるぞ」 有田係長だ。同僚たちのいる前で臆面もなく言ってのけた。反応したのは、意外にも女子社員たちだった。 「係長ったら、イヤらしい。何を期待しているんですか」 同じ課の女子社員が迫る。普段から“歩くセクハラ係長”と揶揄されている有田だ。これくらいの会話は挨拶代わりだ。 「いや、何。それはだなぁ……」 言い淀む有田に、女子社員たちがノリノリで、 「これは係長命令だって、言っちゃえば良いのに。全裸になれって」 「きゃあー、それサイコー」 「この際だから言っちゃえば。今日じゃないと、二度と言う機会ないかもよ」 ここぞとばかりに、有田を囲む女子社員たち。 誰もが本気で言っていないのがわかる。有田は、頭を掻きながら、みなみの方へと押し出された。 「その、なんだ。悔いがないようにな」 さすがに「全裸になれ」とは言えないか。 でも、悔いってなんだろう。脱がないと、悔いが残ると言いたいのだろうか。 「何それ。つまらない。30点」 「赤点かよ。もう少しくれても良いんじゃないか」 「ダメです」 「そうよ。追試です」 女子社員たちも、それなりに気を使ってくれているらしい。全裸を笑い話にしようとしているのだ。 「皆さん、ありがとうございます」 みなみは、部署の全員に向かって頭を下げた。 「なかなか良い部下を育てているわね」 そこへ、西田課長が入って来た。 いっぺんに空気が締まる。もう軽口を叩ける者はいなかった。 「おはようございます。課長」 みなみが挨拶する。何となく、来るような予感がしていた。 「有田係長、佐伯さんを借りるわね」 「はい。承知しました」 と言うわけで、みなみは西田課長に連れられ、この前の会議室に入った。前と同じ席に、前と同じように座る。相変わらず、香水の匂いが気になった。 「さて、佐伯さん。今の心境はどうかしら」 「どうって言われても……」 何を言わせたいのだろうか。「今日の野球拳、中止にしてくれませんか」とか言っても、きっとムダなんだと思う。 「あなたを推薦したの、私なのよ。恨まないでね」 「そんな気がしていました。理由を聞いて良いですか」 ウソではない。たった今、思い付いたのだが。 「理由はアンケート用紙ね。私の趣味、筆跡鑑定なの。この意味、わかるわね」 そう言うことか。 アンケート用紙の問3に自分の意見を手書きした。そこから、みなみにたどり着いたと言うわけだ。 西田課長は、みなみが問1には、Aどうしてもと頼まれれば参加する、に〇をつけ、問2には、C全部、に〇を付けたのを知っていることになる。 みなみはようやく、前回のあの言葉の意味に気づいた。 ――アンケート用紙に書いたことは、ちゃんと守らなければダメよ 「課長も、私をハダカにしたい派、なんですね」 皮肉を込めて上目遣いをするみなみだったが、西田課長の答えは、 「私はどうでも良いのよ。でも、社長がうるさくて」 “社長”と言う言葉を使った時の西田課長は何とも色っぽい。社長の愛人と噂されるのは、こうした素振りから来ているのだろう。 みなみは迷っていた。アンケートに付けた〇は面白半分で、後で書き直すつもりが、そのまま出してしまっただけなのだと、西田課長に説明した方が良いだろうか。 説明したところで、今さら、信じてくれるとも思えないが…… 「私はどうしたら良いのですか」 結局、説明するのを諦めた。 「私はね、佐伯さんの背中を押してあげようと考えてるの」 「それって、どういう……」 意味はわかっていた。 西田課長は、アンケートの問3に書いたみなみの答えを引用したのだ。誰かが背中を押してくれるのを待っている、その誰かになろうとしている。 「もちろん、わかっているわよね。佐伯さんなら」 西田課長の思惑は、社長の希望を叶えることらしい。どうしたら、それに応えることができるか。それは、わかり過ぎていた。 みなみは一度下を向き、深呼吸の後、頭を上げてその言葉を発した。 「それじゃあ、一つだけお願いしても良いですか」 (つづく)
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