露出小説




   『亡国の王女・エレーヌ』

                              作;ベンジー

 エルアスタ王国の王都、ルミエールの空は、血のような夕刻の色に染まっていた。
 かつて「大陸の真珠」と称えられた白亜の城塞は、ガリオス帝国の侵攻により見る影もない。裏切りという名の黒煙に包まれていた。
 第二王女エレーヌは十七歳、真っ白なドレスにティアラを着けた姿で、中央広場の壇上に引き立てられていた。
 設置された断頭台が、エレーヌの運命を見せつける。ガリオス帝国の兵士に囲まれて逃げ場もなく、広場に集められたエルアスタ王国民の前で、見せしめのための公開処刑となるのだ。
 目の前に立つのは、帝国の将軍ゲルド。かつては親交国の武官としてエレーヌに歪んだ思慕を寄せていた男だ。ゲルドは腕を組み、勝利者の傲慢さを隠そうともせずにエレーヌを見下ろしていた。

「エレーヌ王女殿下。この状況でまだ、その気高き瞳で私を射抜くか」

 エレーヌは唇を噛み締め、沈黙を守った。
 ダンスパーティーの場で泥酔し、しつこく言い寄る殿方を平手で打つ程の気丈夫な姫君だ。「キレイなバラには棘がある」との風評は、大陸一の美貌と共に、周辺諸国の知るところとなっていた。
 返す言葉の出ないエレーヌに、ゲルドは満足げに続けた。

「お前の父・エルアスタ王は逃げた。上手く逃がしたようだが、次は弟の第三王子・アルトだ。王女殿下の処刑が済んだら、すぐに追撃して、王女殿下の後を追わせてやるよ」

 エレーヌの肩が揺れるのを押さえる。
 彼女の脳裏にあるのは、数時間前、隠し通路から逃がした幼き弟の背中だ。アルトの手には、ガリオス帝国がエルアスタ王国侵攻を決定付けた偽装工作の証拠が握られている。それが、エルアスタ併合を企む将軍ゲルドの陰謀である事実も。
 それが父王の元へ届けさえすれば、王国に再起の目が生まれる。ガリオス帝国には親エルアスタ派の重鎮も多い。現皇帝は平和主義者で、最後まで侵攻に反対していたと聞いている。
 エレーヌは、皇帝に謁見した際の穏やかな面持ちを思い浮かべた。

(あと半日……いえ、一分でも長く、この男をこの場所に繋ぎ止めておかなければ……)

 エレーヌは、己の美貌がゲルドの劣情を煽ることを知っていた。そして、その劣情こそが、今、王国を救う唯一の「武器」になる、いや、より正確には、唯一の活路と言うべきか。
 彼女は、それまで保っていた気高き王女の仮面を、自ら剥ぎ取った。

「……命だけは。どうか、命だけはお助けくださいませ、ゲルド将軍」

 エレーヌは、王国民の見守る中、壇上で膝を付く。
 震える声。伏せられた睫毛。
 ゲルドは一瞬、呆然とした。あの誇り高いエレーヌが、自分に命乞いをしている。それが意外でもあり、痛快でもある、そんな表情を浮かべていた。

「ほう? 私を毛嫌いしていた王女殿下が、私に跪くというのか」

 王族の威厳も潔さもない憐れな一人の少女、それを演じる屈辱がエレーヌの胸を締め付ける。だが、これくらいで挫けてはいられない。元より処刑を覚悟した身だ。アルトを、そして、王国を守れるなら、どんな不名誉にも耐えて見せなければならない。

(膝でも頭でも付いてあげるわ。あなたをここに留めておけるなら)

 それをゲルドに悟られぬように。

「わたくしは……ただの女です。死ぬのは、怖いのです。何でも……仰せの通りにいたしますから」

 ゲルドの口角が吊り上がった。支配欲と加虐心が、彼の理性を塗りつぶしていく様子が見て取れる。
 エレーヌの背筋に冷たい雫が下りた。

「面白い。ならば、その『何でもする』という言葉、試させてもらおうか」

 勝ち誇るゲルドに、糾弾の言葉を放ってやりたい、そうした衝動にかられるエレーヌ。
 あなたの奸計で、敵味方、大勢の兵士が血を流した。王国の田畑を踏み荒らし、家々に火を放ち、罪もない民を苦しめた。
 そんな男に、頭を下げる自分は何なのか。それでも、

「今のわたくしには何もできません。ゲルド様のお情けで、一人の女であるわたくしをお試しくださいませ」

 蝶よ花よと育てられて来たエレーヌだ。いずれは政略結婚の駒になるのはわかっていた。そのための教育は受けた。せめて素敵な王子様に捧げられたらと願う夜を過ごして来た。
 それが今、予想だにしない最悪のシナリオで現実になろうとしている。

「王女殿下の口から出るような言葉とも思えない。俺の聞き間違いだったかな」

 ゲルドが上唇を舐めた。エレーヌを見る目が、獣のそれに変わっていた。
 身震いを覚えるエレーヌだが、それで良い。このままゲルドを王宮に連れ戻し、その身を任せる。ゲルドに抱かれている間は、追手が掛からない。剣も盾も持たないエレーヌには、そうするより他に、術がなかった。

「間違いではございませぬ。ああ……民の前で、意地悪をなさらないでくださいませ」

 言った傍から、エレーヌは胸の奥に血の涙を流した。
 万が一の事態であっても、他国の者の慰め物になってはならない、潔く自害せよと言うのが王族の教えだった。エレーヌは今、その戒めを破ろうとしている。

「よし、わかった。お前がただの女であることを、この王都の民すべてに証明してみせろ。たった今、この場でだ」
「この場で……? それはどういう……」
 
 エレーヌには、ゲルドの言う意味がわからなかった。

「中央広場に集まった王国民の前で、王女殿下の一糸まとわぬ姿を晒してもらおう。敗戦国の王権が、いかに無力で、裸同然であるかを示すためにな」

 処刑も凌辱も覚悟のエレーヌに下されたそれは、死にも勝る恥辱の儀式だった。

(一糸まとわぬ姿、この場で……?)

 王都の中央広場に集められた群衆は数え切れない。それら視線が、すべてエレーヌを注視していた。
 ゲルドは最初から、そのつもりだったのか。敗戦国の王族が処刑される様を見せつけ、エルアスタ王国の滅亡の象徴とする意図ではなかったのか。 

「わたくしは、は、はだか……こ、この場で、裸にされるのですか?」

 思いもよらぬ展開に、エレーヌの細身が凍り付いた。
 ゲルドに身を任せる覚悟までしたエレーヌだ。処刑よりも残酷な、女としての死。だがそれは、文字通り、死ぬより辛い責め苦だった。

「されるんじゃない。王女殿下が自ら裸になるんだ。この広場に集まったお前の民の前で、その美しいお体のすべてを、隅々まで晒すんだ」

 お前の民の前と、わざとらしく言及し、エレーヌの羞恥を煽るゲルド。
 不本意甚だしいが、すべてを晒すのはこの男だけ。肌を露わに、全身を嬲られるのも、寝室の中だけと思い込んでいたエレーヌだったが、その悲壮な決意を最悪の形で裏切られた。

「いいぞぉー。王女殿下のストリップだー」
「早くそのドレスを脱げ! 王女様はどんな下着をお召しなのかな」
「一糸まとわぬ素っ裸だ」

 事前に打ち合わせができていたのか、ゲルドの目配せで、帝国の兵士たちが一斉に野次を飛ばす。その野次の一つ一つがエレーヌの心臓をえぐる。

(裸なんてイヤ! ああ、どうしてこんなことに……)

 女の身が恨めしく思う。エレーヌは断頭台に目を向けた。こんなことになるなら、いっそのことこのまま処刑されてしまった方が……

(いけない。わたくしは、まだ死ぬわけにはいかないのですわ)

 弟・アルトの顔を思い浮かべる。隠し通路から逃がしたアルトが、証拠の資料を持って父・王の元にたどり着くには、まだ少し時間が必要だった。
 ゲルドと寝室に入る策を拒まれた今、時間を稼ぐ方法は脱衣しかないのか。

「どうした、王女殿下。何でもすると言っていたのではなかったかな」

 エレーヌは、ドレスの胸元を押さえたまま動けない。ゲルドに顔を向けることもできず、頭の中が同じ場所で踊り続ける。エルアスタ王国の滅亡を見せつけるためならば、エレーヌを公開処刑すれば足りるはず。それをせず、この場でエレーヌに無防備な姿態を晒させることに意味はあるのか。

「どうかご慈悲を。女の身に、あまりに惨い仕打ちでございます」

 ようやく、絞り出した返答だったが。

「脱がないのなら、断頭台に頭を置くんだな。その方が俺たちも早く追撃に移れるというものだ」

 やはり、そういうことになるのか。
 王族としての恥を顧みず、命乞いをしてまで稼いだ時間を無駄にするわけにはいかない。断頭台か、脱衣か。結論は、とっくに出ていた。

「お待ちくださいませ」

 次の行動は決定していても、自らの口で「裸になります」とは告げられなかった。
 それでも、ゲルドの表情は「早く脱げ」と言っていた。何だかんだ言っても、この男はエレーヌの裸体が見たいらしい。

「どっちもイヤでは通らねえぜ」

(裸になるのに、どれほどの時間がかかる? 恥じらい、ためらい、泣き崩れるフリをすれば、さらに三十分は稼げるか……)
「……分かり、ました。仰せの、ままに」

 口では告げられない代わりに、エレーヌは白いドレスに手を掛ける。
 敵兵たちの卑猥な野次が、エルアスタ王国の民の視線が、脱衣の指に絡み付く。平時であれば、手を広げるだけで侍女たちが脱がしてくれる。それが王女の日常であり、自分で脱ぐことはまずない。
 だが、脱衣に時間が掛かるのは、不慣れなせいばかりではなかった。

「何やってんだ。早く脱げ!」
「王女様は、ドレスの脱ぎ方も知らないのか」
「じらしてんじゃねー」
「見ろよ、あの震える指を。王女様もただの女ってわけだ」

 群衆から野次が飛ぶ。その一つ一つがエレーヌの心を抉る。一人の女としての羞恥心を煽る。
 エレーヌは敗戦国の王女。どうせ助からない命だ。いっそのこと、一思いに死なせて欲しいという思いに、必死に抗う。
 一方で、下品な笑みを隠そうともしないゲルド。
 エレーヌは、わざと指を滑らせ、ホック一つを外すのに数分を費やした。一皮剥けるごとに、冷たい夜気が肌を刺し、同時に王女としての鎧が剥がれ落ちていく。
 
(ああ、父上、アルト……見ていてください。私は今、武器も持たずに戦っています)

 ここはエレーヌの戦場だった。エルアスタの兵士たちとは全く違う方法で、ガリオス帝国と戦っているのだ。
 重厚なベルベットのドレスが足元に崩れ落ちた時、広場に集められたエルアスタの民から、押し殺したような嗚咽が漏れた。

「姫様……なんてことだ……」
「見ないでくれ、あんな無惨な姿を!」

 民の悲鳴は、エレーヌの心を千々に引き裂いた。だが、彼女は泣かなかった。涙で視界を曇らせれば、ゲルドの表情の変化──追っ手からの報告が届く兆し──を見逃してしまう。

「ドレスは脱ぎましたわ。もうこれで……」

 勘弁してほしいと言う言葉は、最後まで言わせても貰えなかった。

「何をしてる。一糸まとわぬ姿と言っただろう」

 そう返ってくるのはわかっていた。それでもエレーヌは、シュミーズ姿となった体躯を丸め、身動きができない。脱衣を決意した筈なのに、群衆の視線が素肌に刺さる。それは想像していたものを遥に上回っていた。

(ど、どうして、こんなに恥ずかしいの)

 当たり前だ。今まで豪華なドレスに身を包み、デコルテから覗く胸元にすら恥じらいを覚えて来たエレーヌだ。
 それが今、身を包む布地の半分以上を失っていた。
 さらに、これ以上の脱衣を求められているのだ。いっそ断頭台に首を置いてしまおうかとも思える羞恥に、全身が硬直するばかりだった。

「ど、どうかこれ以上は寝所で……ゲルド様と、その、二人きりで可愛がって頂く訳には参りませんの、それならわたくしも……」

 精一杯ご奉仕させて頂きますわ、と言う言葉を飲み込む。自分の発してしまったセリフの浅ましさに頬が熱くなった。
 その手の作法も教育されて来たエレーヌだ。その機会があるとは露ほども思っていなかった。一人の女として究極の選択に他ならない。それでも、この場を乗り切れるのならと願わずにはいられなかった。

「楽しみは後に取っておく主義なんでね」

 ゲルドの言葉に胸の芯が凍り付く。エレーヌにとっては決死の覚悟でも、この男にとっては“後の楽しみ”でしかないのだ。

「ああ……」

 戦いに破れ、敗戦国の王女となった立場を思い知らされたエレーヌだが、状況はさらに差し迫っていた。

「侍女がいないと脱げないなら、手伝ってやろうか。俺たちは早くアルト殿下を追わなければならないんでな」

 想定以上の羞恥に追いやられていた使命を呼び起こされた。エレーヌがやらなければならないことは肌を晒す恥ずかしさを回避することではない。ゲルドをこの場に留めておくことだ。

「承知いたしました。自分で脱ぎますわ」

 それ以外に選択肢はなかった。エレーヌは前かがみになり、シュミーズの裾に手を掛ける。女の本能に抗いながら、それでも少しずつ捲りあがる薄布。群衆の視線が注視する中、ズロースが姿を現わしていく。

「王女様のズロース、初めて見たぜ」
「一国のお姫様でも、下着はあんなものを穿いているんだな」
「いいぞぉ。もっと見せろー」

 飛び交う野次に耳を塞ぎたくても、両手はシュミーズを掴んでいる。今これを離せばどうなるか。ゲルドに脱がされた方が楽かもしれないと、そんな思いが頭を過る。

(ダメよ。少しでも時間を稼がなくては)

 エレーヌは手を動かす。これ以上捲り上げれば、やがては上半身が晒される。それは即ち、乳房を露わにすることを意味していた。
 自分の痴態を思い浮かべ、エレーヌは群衆に、ゲルドに背を向けた。

「何やってんだ。そんなことしたって、直に素っ裸なんだがな」

 ゲルドに煽られるまでもない。背を向けたところで、断頭台の反対側も群衆に囲まれていた。どちらを向いたところで、王国民の視線は避けられない。最初からわかっていたことだった。
 エレーヌは、もう一度覚悟を決めた。シュミーズを頭の上まで捲り上げ、一気に脱ぎ去る。そして、それを胸に抱えた。

「だから、そんなことをしてもムダだと言ってんだ」

 ゲルドは、エレーヌの背後から歩み寄ると、足元に落ちていたドレスを拾い上げ、シュミーズを乱暴に奪い取る。バランスを崩し「アッ!」と倒れこんだエレーヌは、ズロース一枚の姿になっていた。
 それ以上の言葉は出ない。抗議の目も、断頭台の板敷に向けられたままだった。
 ゲルドは、エレーヌのドレスとシュミーズを部下に投げ渡すと、

「早く立て。座っていたんじゃ、エルアスタの民に見えないだろう」

 わざとに違いない。エレーヌの恥ずかしい姿を王国民に晒せと言っているのだ。
 身も世もなく、羞恥に震えるエレーヌ。
 胸を抱いたまま動けずにいると、ゲルドの指示で断頭台に上がって来た兵士二人が、両脇から二の腕を取ってエレーヌを立たせた。、

「ようし、そのまま押さえておけ」

 ゲルドは、エレーヌと一度視線を合わせた後、ズロースに手を掛ける。そしてその手をゆっくりと下げていく。

「ああ……イヤっ。せめてそれだけは……」

 ご勘弁ください、とは声にならないまま、ズロースが下ろされ、股間を晒し、膝を通過し、足首を抜けた。
 エレーヌは、大勢の群衆が見守る壇上で一糸まとわぬ姿となった。



「てこずらせやがって。最初からこうなる運命だったんだよ。あんたはな」

 ゲルドは、脱がせたばかりのズロースを、エレーヌの目の前でグルグルと回して見せた。

(こんな……もう、死にたい)

 心の底から、そう思ってしまうエレーヌだった。
 アルトはもう父と合流できただろうか。それさえ分かれば、もう一秒だって、このような姿を晒していたくない。だが、それが知れない現状では、この屈辱を、自ら長引かせなければならないのが、今のエレーヌだった。

(でも、どうしたら良いの)

 恥ずかしさが先立ち、考えがまとまらない。
 服が着たい。裸はもうイヤ。その思いが、エレーヌの使命を胸の奥へと押しやる。ゲルドの視線が、群衆の野次が、これでもかと言う程に羞恥心を掻き立てる。そうした思いが、口から漏れた。

「もうよろしいのではなくて。どうか、ドレスを返してくださいませ」

 大観衆の中、紛れもなく、一糸まとわぬ姿になって見せたのだ。これで許してと、女の心が叫んでいた。

「あんたのドレスなら、そこにあるぜ」

 断頭台のすぐ下で炎が上がった。兵士の一人が、エレーヌのドレスに火を点けたのだ。シュミーズも一緒だった。

「そんな……どうして」

 エレーヌは、炎に向かって手を伸ばす。が、その手が届くべくもなく、ドレスは無残に色を変え、灰となっていく。それが何を意味するのか、考えるまでもなかった。

「もう必要ないものだからな」
「それはどういう……」

 イヤな予感しかしない。聞いてはいけないことのように思えてならなかった。

「エレーヌ王女殿下、あんたが衣服を身に着ける機会は二度とない。そのままの素っ裸で、王国中を引き回してやる。敗戦国の象徴としてな」

 ゲルドは、手にしていたズロースを、炎にくべた。

(おわり)





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