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第4話 南京錠

 時間を見計らって桜子の元に戻る。砂場は見ないようにした。
 桜子は、犬小屋の中に蹲り、顔だけ外に出していた。洋太に気づき、頭を持ち上げる。そうしていると、本物の犬のようだ。
「よく頑張ったな。そろそろ止めにするか」
 桜子は、黙って首を振った。視線は檻に向いていた。次はどうなるか、二人ともわかっているのだ。
 老婆が、南京錠を持って来た。
「犬嫁は、朝まで檻に入れておくものじゃ」
 桜子の首輪から鎖を外すと、首輪を直接引っ張って、檻へと導く。洋太は、立ったまま見ているだけだった。
 錆の擦れる音がした。
「お入り」
 静かな声だった。老婆が開いた檻の扉を、桜子の裸身がくぐり抜けていく。洋太が駆け寄る。扉が閉められ、閂が下ろされた。後は南京錠を掛けるだけだった。
「いいのか」
 洋太は、鉄格子を掴み、檻の中の桜子に問い掛けた。桜子が頷く。老婆は、待っていたように南京錠を掛けた。ガチャリという金属音が、洋太の胸に響いた。
「客間に布団を敷いておくで。今夜は早く寝なされや」
 犬小屋で焚いていた線香を檻の前に移動すると、老婆は母屋に入っていった。
 桜子は、板敷きに膝を崩し、両手を付いた。生まれたままの姿で首輪を付け、鉄格子に閉じ込められた桜子。南京錠の鍵は、どこにあるのかわからない。
「私、ここから出られない……」
「そうだね」と応える洋太。檻の中の桜子が、無性に愛おしく思えた。
「おばあさんが言ってたわ。犬嫁は何もできない。何もさせて貰えない。家の者を頼って生きるしかない。そうした月日を重ねて、家に服従することを覚えるんだって」
 何か言おうとする洋太を、桜子が掌で制した。
「洋太も寝て。私は大丈夫だから」
「だけど……」
「平気だって。このまま朝まで耐えて見せるわ。私は、洋太の犬嫁だもの」
 桜子が鉄格子の隙間から、洋太を見つめた。
「わかったよ、桜子。東京に戻ったら結婚しよう。すぐにだ。俺はお前を一生離さない」
 桜子は口を開いたまま、息をするのも忘れたように洋太を見据えた。波の音が、遠くに聞こえていた。
「やっと言ってくれたのね。でも、順番が逆なんじゃない」
 桜子が微笑む。洋太は、背中がむず痒くなった。
「何だよ。逆って」
「だって私たち、三三九度を済ませちゃったもの」
 桜子が、上目遣いで舌を出していた。
 洋太は思い出した。裏島の話を、桜子にするのは二度目だった。


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