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第6話 狸吊り

 桜子は、夢を見ていた。
 洋太のと結婚式。誓いのキス。同僚たちに祝福されて、新婚旅行に旅立つ。
 憧れのマイホームは、郊外の一戸建て。
 さすがは夢と感心する桜子。
 二人揃って玄関に立ち、「はい、どうぞ」と、洋太がドアを開ける。
 新居に飛び込んだはずの桜子だったが、そこは檻の中だった。

 目が覚めた。
 堅い板敷きから頭を上げた。次いで、自分がハダカであることに気づいた。首回りの違和感を除けば、一糸纏わぬ素っ裸だ。寝ぼけた意識が、一瞬で覚醒した。
「そうだ。私、檻に閉じ込められていたんだ」
 上体を起こす。朝の空気は冷えていたが、寒いというほどではない。薄暗くてはっきりはしないが、鉄格子の外側が、何かで覆われているようだ。明るくなる前に、桜子を隠してくれたのか。
 桜子は、自分の身体に変化を感じていた。
「やだぁ、こんな時に、なんで……」
 昨日、祝言のマネゴトをしてから、ハダカにされて外に出された。気持ちが張り詰めていたから、気づかなかっただけなのか。犬嫁の風習を、初めて聞いた時に感じた妖しい誘惑が、桜子の胸の奥でくすぶりだした。
 何も身に付ける物がない。一晩中、檻の中。お風呂にも入れない。おトイレも外。
 私は犬……人間なのに犬として扱われている。
 惨めで耐え難い状況のはずなのに、桜子の下腹部が疼いた。一度、意識してしまうと止められない。疼きが性感帯を刺激する。身体が内側から火照っていく。
「いいよね。誰も見てないし……」
 桜子は、鉄格子の隙間から、檻を覆う何かに触れてみた。工事現場などで見かけるブルーシートのようだ。檻全体がすっぽりと包まれ、外の様子はわからない。
 桜子は、板敷きの上で仰向けになり、股間に手を滑らせた。
「あふぅ……ううっ」
 指先が、恥肉の先端に触れた。甘い痺れが、乾いた砂に染みこむ水のように、肉体の深部へと溶け込んでいく。膣奥からあふれ出た蜜に、内壁が潤される。まるで男の愛撫を全身に受け、今まさに硬直した肉塊を受け入れようとするかのようだ。
「うっ、ううん……あうっぅぅぅぅぅ」
 声を出すわけにはいかない。オナニーで、こんなになるなんて。
 桜子は、奥歯に力を込めた。自分の身体が信じられない。どんな濃厚なセックスでも、感じ得ない快感に、理性が吹き飛ばされそうだ。
 指先には、すでに桜子の意志は伝わっていなかった。勝手に秘肉を弄び、肉の芽を掻きだし、なぶり抜く。
「あぐぁん……、ああー、ううん、はぁああああーー」
 喘ぎ声が押さえきれない。シートのすぐ外に老婆がいるかもしれないのに。わずかに残っていた意識が警鐘を鳴らしたが、手遅れだった。
 桜子が正気に戻るまで、どれくらい経ったかわからない。
 我ながら、よくやると思う。ハダカで檻に入れられるという非日常的な経験の中で、意識を失うほどの自慰行為に飲み込まれてしまうとは。秘孔からあふれ出た愛液で、股間も右手も、びしょ濡れになっていた。
 お尻の下にまで雫が垂れていく感触に、桜子は、ハッと腰を上げた。
「これって、マズイわよね」
 思わず、声に出してしまう。板敷にも恥ずかしい染みを作っていた。檻の中には、タオルもティッシュもないのだ。板敷きの染みを消すこともできなければ、股間を拭うこともままならない。
「あーん、どうしよう……」
 このままでは、老婆にも、洋太にも、見つかってしまう。桜子は、思いに任せ、快楽に耽ってしまったことを後悔した。
 ピンチは、すぐに訪れた。シートの端がめくられ、隙間から朝日が射し込んだ。
「起きなすったかえ」
 老婆は、返事を待たずにシートを剥がしていく。まぶしさに手を翳す桜子だが、朝日は、まだ低かった。早朝の空気が檻の中に入って来た。桜子の火照った身体を覚ますには、十分すぎるくらいだった。
「おはようございます。お、お母さん」
 犬嫁のマネをするなら、老婆を「お母さん」と呼ぶのが礼儀だと、指示されていた。
 桜子は、板敷きの染みの上に膝を崩し、濡れたほうの手を下にして、胸の前で両手を交差させた。昨日も散々見られた裸体だが、こうやって朝日の中で晒すと、恥ずかしさをぶり返すようだ。
「よく寝ていたようじゃの。寒くはなかったのかえ」
「はい、おかげさまで」
 老婆は、朝冷えを気にしてくれたようだ。犬嫁の習慣があるため、この島で生まれた子供は、小学校に上がるまで全裸で育てられる。その後も薄着で慣らし、冬の時期は寒中水泳や乾布摩擦で鍛えられる。嫁してからの一年間、ハダカで外の暮らしができるように。
「外からのお嫁さんを取らないのも、そのせいなんですね」
 桜子は、疑問に思ったままを口にしたが、老婆の表情に翳りが見えた気がした。
「全くいなかったわけではない」
「そ、そうなんですか。でも、それじゃ大変だったでしょうね」
「まあな。それなりのことはあったで」
 老婆は、昔を思い出すように、話してくれた。犬嫁と言えども、病気になるケースはある。服は着せて貰えないが、必要な場合は檻を物置の中に移動して貰えたと言う。屋内にいた日数分だけ、犬嫁奉公の期間が延長になるのだが。
「大分、犬らしくなったじゃないか」
 起きてきた洋太が、老婆の後ろでデジカメを構えていた。寝間着用に借りた浴衣姿だ。
「ちょっと、何やってんのよ」
 桜子の困惑は計り知れない。洋太には、今までにも何度かヌード写真を撮らせて欲しいと頼まれたが、その度に、むげもなく断って来た。
「せっかくだから、記念にと思ってね」
 言っている間に、ストロボが瞬いた。檻に入れられた桜子のヌードが、メモリーカードに記憶されたのだ。
「止めてよね。こんなところを撮るなんて、聞いてないわよ」
 桜子は、片手で胸を隠し、もう片方の手を、鉄格子の隙間から洋太に向かって伸ばした。
「おっ、いいねえ。そのポーズ」
 洋太は、シャッターを切りながら、檻に近づいて来た。桜子の手が届かないギリギリのところで止まり、角度を変えてストロボを光らせる。
「ダメだったらあ。ちょっとぉ」
「いいね。いいね。次はもっとおっぱい出してみようか」
 桜子は、乳房がこぼれ落ちていることに気づき、檻の中を後ずさりする。背中に鉄格子の冷たさが押し付けられた。
「あーん、もう……」
 桜子は、両手で肩を抱き、裸身を丸めて少しでも肌の露出を少なくしようと試みる。何もない檻の中では、たいした抵抗にもならなかった。
 咄嗟のことで、板敷きに残したオナニーの痕跡を忘れていた。
「お前さん、大変なことをしでかしたの」
 老婆の顔が強ばっていた。
「えっ、何のこと……」
「とぼけるでねぇ。自分で慰めておったじゃろう」
「しまった」と思ったが、遅かった。膝元に恥ずかしい染みが現れている。認めざるを得なかった。桜子は、「大変なこと」という響きに、自分の立場を思い出した。
「確かに、大変なことですね。こういう時は、どうするんですか」
 洋太が、ニタニタと笑っていた。夕べ、騙すようにプロポーズさせてしまったことを、根に持っているのだろうか。桜子は顔を伏せ、上目で洋太の様子をのぞき見た。
「淫事の罰は、狸吊りとなっておるがの」
 犬嫁はオナニーを禁止されていた。考えてみれば当然のことだ。淫らな行為をした嫁は、家の恥さらしとされ、手足を束ねて港の櫓に吊されるのだ。
「そんなぁ……」
 閑散とした島でも、港だけはそれなりの賑わいを見せていた。その中心部に、全裸の身を吊されるというのか。桜子は「本気ですか」という目で老婆を見た。
「お前さんは、洋太の犬嫁じゃろう」
 桜子が、言い続けて来た言葉だった。ここで持ち出されたのでは、従うしかない。桜子は、黙って頷いた。
「それでええ。ここの軒先で勘弁してやるでの」
 南京錠の鍵が開けられた。桜子が檻から出ると、老婆から「用足しをしてきなされ」と告げられた。尿意を思い出した。四つん這いで洋太の前を通り過ぎ、犬小屋の脇の砂場へと向かう。そこが犬嫁の厠だと、教えられていた。
 朝日の中、全裸でおしっこをする。そんな羽目になるとは、考えたこともない。用を足した後、濡れた部分に砂を掛けて消すのが惨めだった。
 洋太は、物置から脚立と滑車を持ち出し、縁側の前に立てた。ロープを持って脚立を昇ると、軒の梁に滑車を括り付ける。あそこに吊られるのかと思うと、背筋がゾクっとした。
「手首と足首に巻いておやりなされ」
 老婆が手ぬぐいを四枚持って来た。直接ロープで縛ったのでは、痛いし、痕が残ると言う。どうあっても、狸吊りは勘弁して貰えないらしい。桜子は、滑車の真下まで、首輪を曳かれた。
 洋太に手を取られた。老婆の指示に従って、手ぬぐいを巻いた上にロープを掛けられていく。両手首・両足首をそれぞれに縛られ、一つに束ねられた。地面に、横向きに転がる。素肌にひんやりとした感触を何と表現したら良いか。手も足も自由が利かない。まるで荷物になったようだ。
 ロープが滑車に掛けられ、引き絞られた。
 束ねられた手足が引っ張られて、身体が上を向く。洋太は、さらにロープを引いた。軒下の梁がギシギシを軋み、手首足首に体重が掛かっていく。
「あっ……」
 思わず声が出た。背中が地面を離れたのだ。
 手ぬぐいで保護して貰ったからだろうか。ロープの巻き付けられた部分が、思ったほど痛くない。身体が高く引き上げられていく感覚に、恐怖を覚えた。
「こ、怖い……よ。洋太……」
 洋太は、手を止めてくれなかった。「その辺でいいじゃろ」と老婆の声が掛かった時には、お尻が洋太の顔の高さだった。
 洋太は、ロープの反対側を、縁側の柱に結び付けた。
「すごい格好だな」
 一歩離れた場所から、洋太が桜子を見ていた。桜子は「狸吊り」の意味を理解した。四つ足を一つに括られて、軒下に吊された獣。とても人間扱いされているとは思えない。犬嫁の罰だから、仕方がないにしても、惨めさが何倍にも膨れあがった。
「こんなに濡らしおって。わしまで恥ずかしくなるわ」
 オナニーをしたままの股間も、もはや隠しようもない。老婆と洋太の視線に、あからさまな欲情と愛液を、見せつけるばかりだ。
「見ないで。こんなの……恥ずかしいです」
 桜子の心臓が悲鳴をあげた。二人の視線を避けようにも、宙に浮かんだ四肢拘束の身では、何の手だてもない。それどころか、濡れた花芯をのぞかれることで膣奥が疼き、新たな蜜が溢れさせる。
「おやおや」と腕組みをする洋太。秘孔の入り口に溜まっていた愛液は、いよいよ容量オーバーとなった。陰唇へと流れ出た生暖かい液体がアヌスを濡らし、尻肉を伝って、背中の最も低い部分に集まっていく。
 それも時間の問題だった。集まった粘液が膨れあがる。やがて自らの重さに耐えられなくなり、雫となって地面に落ちた。
「しばらく、そこで反省しておれ」
 老婆の口調に、芝居がかったニュアンスを感じ取れたが、いずれにしても、すぐには下ろして貰えないらしい。
 洋太は、そんな桜子の姿も、デジカメに収めていた。
「犬嫁は放っておいて、洋太は飯を食ってしまえ」
 二人は母屋に入っていった。
 みそ汁の香りが、桜子に空腹を思い出させた。老婆が、わざとそうしたのだろう。居間の食卓が、狸吊りの桜子から見下ろせた。洋太が箸を動かしていた。「隣には自分が座っていたはずなのに」と、恨めしく思う。これも犬嫁の躾なのか。
 それでも桜子は、虐められているとは思わなかった。獣扱いで軒下に吊されるという境遇は惨めでならない。その惨めさを、当然のように受け止めていた。
 家の中で食事をしながら談笑する洋太と老婆。空腹を抱え、ハダカで外に出されたままの桜子。これが犬嫁……
 桜子の股間に、また熱い雫が流れた。


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