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第1話 記憶の檻

 仰向けになった洋太の目に、Dカップの乳房が振り乱れた。巨乳というほどではないが、形は良く整っていた。下手なヌードモデルなど、及びも付かない。洋太のお気に入りだった。
 桜子とのセックスでは、いつも主導権を奪われた。桜子は、何でも自分でやらなければ気が済まない。騎乗位を好み、桜子のペースで、洋太が責め続けられるのは、いつものことだった。
 せめてもの反撃を試みる。桜子の引き締まったウエストを両手で押さえ、ペニスに押し付けた。桜子の身体がオナニーホールであるかのように、グルグルとこね回す。桜子は桜子で、迎え撃つように腰をくねらせる。
 二人が同時に高揚し、フィニッシュへと誘われた。
 良いコンビネーションだ。桜子は、断末魔を上げ、洋太の右肩に顔を埋めた。
 洋太が桜子とつきあい始めてから五年になる。一度は結婚も考えたが、もう一つ決断できないまま二十八歳の誕生日を過ぎた。三つ年下の桜子となら、誰から見ても適齢期同士のお似合いカップルだろう。
 二人は中堅の広告代理店に勤務していた。桜子は、好奇心が旺盛で情報通。何度そのマル秘メモに助けられたことか。
 一部では「何にでも首を突っ込むでしゃばり女」と噂されているらしい。
 もちろん本人の耳にも入っているが、一向に気にしないというか、懲りないというか、生来の性格が羨ましくなることもある。
 そんな桜子が、今回の旅行を企画した。
 プロポーズの積もりで言った「俺たちも、そろそろ潮時かな」の言葉を、桜子は別れ話と受け取ったらしい。誤解だと説明したが、桜子は納得しなかった。
 洋太に、別れようという気持ちがなかったわけではない。仕事だけ考えれば、もうしばらく独身でいたかった。今年から主任に昇格した洋太は、異例の出世でもあり、もちろん同期の中では一番だった。勘のいい桜子が、洋太の心理に、気づかないわけがない。
 有給を利用した三泊四日の沖縄旅行。その間に別れるか、プロポーズをやり直すか、決断して欲しいと言われていた。
 洋太は、桜子の髪を撫でた。
「なあ、桜子。お前、最近、イッたふり、してるだろう」
 少し間を置いた桜子だが、
「ばれてた?」
 顔は見えない。洋太は、桜子が舌を出す様子を、脳裏に浮べた。
「でも、今日は良かったよ」
 桜子が、すぐにフォローを入れた。洋太は、桜子の後頭部を軽く叩く。脳裏の桜子が、もう一度、舌を出した。
「それで、明日はどうしようか?」
 桜子が上体を起こし、洋太を見下ろした。
 沖縄旅行も、最後の晩になっていた。一応、予備日は取ってあるが、明日には東京に帰る予定になっていた。
「誰かさんのせいで、予定が台無しだからなあ」
 初めて見る琉球文化に、桜子の好奇心が爆発した。観光地巡りの予定が、一カ所で時間を食い過ぎ、全く消化できていないのだ。とても、明日一日で回れるものではない。
「もう、ごめんなさいは済んだでしょ」
 桜子が、洋太の頬にキスをする。洋太も怒っているわけではない。ただ、どうせ狂った予定なら、行ってみたい場所が一カ所だけ残っていた。
「なあ、裏島に行ってみないか」
 洋太は、口にしてみた。
「そんな島があるの。まあ、西表島があるんだから、裏があってもおかしくないけど」
「小さな島だよ。船で渡るんだ」
 洋太は、小学二年生の頃、家族と沖縄旅行に来ていた。島巡りの途中で船から落ち、潮に流されて裏島に辿り着いた過去があった。
「なんで今更、その島に行ってみたいのよ?」
 桜子が疑問に思うのも無理はない。取り立てて観光名所でもない場所だ。もう二十年も行っていない。過疎化が進み、住民がいなくなっていても、おかしくなかった。
「記憶が曖昧なんだが、確かに見た気がするんだ。女の人を……」
 洋太は、言葉を選んだ積もりだった。
「島にだって、女の人くらいいるでしょ」
「ああ。でも、その人は檻に入れられていた。ハダカだったと思うんだ」
 洋太は、幼かった頃の記憶を思い起こした。
 今から考えれば、砂浜に打ち上げられ、村人に発見されて運ばれる途中だったのだと思う。戸板に乗せられ、庭先を通り過ぎる際、片隅に大きな檻が置かれていた。動物園の猛獣を入れるような、頑丈な鉄格子だったと思う。
「ハダカって、若い女性が……」
「そうなんだ。意識が朦朧としていた時だし、そんなにはっきりと覚えているわけもないんだが、あれは確かに檻だったと思う」
 桜子は「ふーん」と息を漏らす。ベッドの脇に落ちていたバスローブを拾い上げ、サイドボードに走り寄った。
「あったわ。これね」
 桜子が広げていたのは、沖縄の観光案内だった。島の名前が詳しく載っていた。洋太も同じ物を見て、裏島の記憶を思い出したのだ。
 洋太は、バスローブを羽織ると、桜子の後ろから近づいた。桜子のバスローブは、前がはだけたままだった。両手のふさがった桜子の代わりに、洋太が帯を結んでやる。
 女子社員の中でも小柄な桜子は、背伸びをして、やっと洋太の頬に唇が届く。お礼代わりのキスの後、洋太を見上げた。
「面白そうじゃない。行ってみましょうよ」


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