エピローグ
晴天に恵まれた土曜日、競技会当日を迎えた陸上競技場には大勢の観客が集まっていた。強くなった日差しを避けるためだろう。帽子や日傘が目立つ。その殆んどが競技に出る選手たちの家族だ。
「お兄ちゃん、がんばって」
子供たちの応援する声があちこちから聞こえていた。
愛美にも応援団ができていた。
競技の合間に時間を貰ってスタンドに行く。朋美が芳樹の隣に座っているのを見ると、まだ胸が傷んだ。靖史と顔を合わせるのは照れ臭かった。君枝がその脇で微笑んでいた。
「後で一発殴らせろ。そうしないと俺の気が治まらない」
芳樹が、靖史を見て凄んだ。
「ひえー、ごめんなさい」
愛美の後ろに隠れようとする靖史。そんなに芳樹が怖いのだろうか。
「しょーがないでしょ。妹には手を出すし、カノジョのハダカはのぞくし、だもの。お兄ちゃんが怒るのもムリないわ」
横目で、靖史をからかう愛美。
「ハダカだあ?」
芳樹が上体を捻り、朋美に向けた。朋美は首を傾げて微笑みを返す。舌打ちを鳴らし、芳樹は、正面に向き直った。
「どういうことだよ。愛美」
「言った通りよ」
芳樹の頭に、ますます血が上ってきたようだ。
「そんなこと言って、靖史君が殺されちゃっても知らないわよ」
朋美が芳樹の腕を取り、耳打ちしていた。
「愛美ちゃん、ひどいよお」
「ははっ、ごめんね」
愛美は手を合わせ、体を斜めにして靖史を見上げる。
鼻の頭を掻きながら「まあ、いいか」と、顔を崩す靖史。その様子を見ていた君枝は、口に手を当て、肩を小刻みに振るわせた。
◇
ロストバージンの夜、行為の後も、愛美は靖史と肌を合わせたまま、離れようとしなかった。そうしているところを帰宅した君枝に見られた。靖史はハダカのままベッドを飛び降り、床に頭を擦りつけて謝った。君枝は、愛美のものではないパジャマを拾うと、靖史の肩に掛けて言った。
「愛美をよろしくね」
それがどこまで、芳樹に伝わっていたかはわからない。
翌日から、朝のランニングが一人ではなくなった。靖史は自転車で堂々と伴走できることを喜んでいたようだ。
「なんで付いて来るのよ」
そう言いながらも、靖史の姿が見えなくなると足を止めて待っていた。
「俺、エッチするのは競技会が終るまで我慢するよ」
靖史から言い出した。
「誰がまたするって言ったのよ」
「ええっ、だって俺たち恋人同士だろう」
「そうだったかしら」
憎まれ口を聞きながら愛美は思った。朋美がオナニーを禁止したのも同じ理由からだったのだろう。その証拠に「土曜日の夜を楽しみにしているわ」と言っていた。つまり今日。競技会が終わるまでということだ。
◇
「ちぇっ」
芳樹は何かを蹴るマネをして見せた。朋美の話を聞いて、とりあえずは治まったらしい。靖史はまだ、こわごわと見ていた。
「ねえ、靖史君」
朋美が声をかけた。
「愛美ちゃんは私の奴隷だって聞いたでしょ」
「は、はい……」
靖史が愛美を見る。あの夜に話したことは覚えているようだ。愛美は小さく頷いて見せた。
「今夜は私の部屋にお泊まりだけど、明日の日曜日だったら貸してあげるわよ」
「ええー」
芳樹と靖史の声が揃った。
(そうか。靖史も今夜、私とエッチするつもりだったんだ)
「なんだよ、それ」
「愛美ちゃん、俺、楽しみにしてたんだよ」
それぞれに思惑があったのだろう。朋美の発言は愛美にとっても驚きだった。「カレシができても解放してあげない」というのは、こういうことだったのだ。愛美は靖史に貸し出されるらしい。
それでも良いと愛美は思った。
靖史にはかわいそうだけど、朋美に捨てられるのが怖かった。朋美の奴隷でいたかった。バージンではなくなった愛美に、今度は何をしてくれるのだろう。
グランドで里奈が呼んでいた。
愛美は四人に手を振り、スタンドを駆け下りた。
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管理人さん、こんにちは。
愛美です。
今日は大変重要なご報告があります。
私にカレシができました。
名前は「Y君」としておきます。
元々は幼なじみで、イケメンでもないし、無神経で優柔不断な奴なんです。
一度ハッキリとフッタのに、あきらめが悪かったりします。
でも、そのおかげで私はピンチを救われました。
わかっているだけで三回も。
私のことを大好きなのは間違いないみたいです。
なので、番犬代わりにつきあってあげることにしました。
キスだけのつもりが、その日の内に最後まで行ってしまいました。
バージンは卒業です。
こいつで良かったのかなって、少し後悔しています。
私はY君のカノジョで、
ご主人様の奴隷で、
お母さんの娘で、
お兄ちゃんの妹で……
みんなが私を大切にしてくれます。
ご主人様は、今夜私を全裸大の字磔にすると宣言しました。
Y君が見に来るかもしれません。
お兄ちゃんは、まだ私が露出することに反対しています。
お母さんは笑っているだけです。
おかしな関係になってきました。
でも、私は幸せです。
いつまでもこのままでいられたらと思っています。
愛美
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競技会が終った後、愛美は一度、家に戻って露出っこクラブの管理人にメールを書いた。この一週間は競技会のことで頭がいっぱいだった。そこに靖史と朋美が割り込んで、ネットへの接続もしていなかった。
書き上げたメールを読み直す。
(本当に来るつもりかしら)
靖史は愛美のハダカを見たがっていた。全裸で磔にされて、身動きできない状態で見られたら、どれほど恥ずかしいことか。想像しただけで、愛美は女の子の部分が熱くなった。朋美に言っても許してくれないだろう。もしかしたら、一晩中そのままかもしれない。
愛美は、送信ボタンにカーソルを載せた。
(おわり)
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