一覧  目次  次話



   『自己啓発セミナー』前編


                              作;ベル



「どうして私ばかりこんな目に遭うんだろう」
おそらく私の人生で一番多く繰り返したセリフを
今日もまた口にしてしまった。

私の名前は泉純子。地元の商社に勤めるOLだ。
自他共に認める引っ込み思案の私は、いつも損な役回りをしていた。
学生時代から、学校の行事を無理やり押し付けられるのは毎度のことで
断り切れずに文化祭や体育祭の実行委員を3度も務めた。
卒業旅行も私が宿から切符まで手配し
カメラもビデオも撮影は私。
自分が写っている写真がいつも一番少なかった。

社会人になってからも、早出当番や掃除をはじめ、
雑用があると真っ先に声を掛けられた。
しかし『便利な何でも屋』という印象を与えてしまうと
感謝の言葉はほとんど掛けてもられなくなった。
いや、そればかりか「女性として見てもらえていないのでは?」と
不安になるような扱いを受けることすらあった。

「私の人生、ずっとこのままなの?みんなの便利屋で終わっちゃうの?」
何とかしたい。新しい自分に変われる機会が欲しい。
そう思い続けていたある日、ネットであるサイトを見つけた。
『自己啓発セミナー ベル・セルフ・ディベロップメント・スクール』
そこにはこんな謳い文句があった。

***** ***** ***** ***** *****

自分に自信が持てない方。自分を変えたいと思っている方。
そんな方に、ぜひお勧めしたいのが
当スクールの『自己啓発セミナー』です。
自己啓発とは、すなわち『自らを開発する行為』です。
人は誰にでも多様な才能が眠っていますが
それは大人になっても変わりません。
しかしその才能に気付き、さらに引き出して開花させるには
『特別なきっかけ』が必要です。

研究を重ね実践に裏付けされた、当スクールの『独自のカリキュラム』は
他校のセミナーとは一線を画していると自負しています。
当スクールは他校よりもかなり高めの受講料を頂いていますが、
リピーター(上位ステージへの参加率)が多い事からも
受講生の満足度がお分かりになると思います。
また、悪徳商法とは違い
ベーシックステージ・ミドルステージ・ハイステージを
全て同額の料金設定にしています。
もちろんベーシックステージだけで受講を終えて頂いても構いません。
ただし最初はベーシックステージからの受講となります。

受講申込みの際は『自己診断シート』の記載をお願いします。
これまでの人生を振り返り、もれなく記載して下さい。
当スクールのセミナーが
あなたの『特別なきっかけ』になる事をお約束します。
ぜひ、この機会にお申し込み下さい。

***** ***** ***** ***** *****

「そうよ。ココに書かれている通り
今の私には特別な『きっかけ』が必要なんだわ。
正直、かなりの出費になるけれど
これも何かの縁だと思って、このスクールに申し込んでみよう」
私はその日のうちにセミナーの申し込み手続きをした。





数日後、セミナーの案内が書留で郵送されて来た。
案内図や注意事項の他に
私の顔写真が入ったICカードも同封されていた。
注意事項にはこう書かれていた。
「当スクールへの入館の際は、同封のICカードを使って下さい。
カードは受講証を兼ねていますので
忘れたり紛失した場合はセミナーを受講出来なくなります。
またセミナー参加の際は、入社試験の面接にのぞむつもりで
身だしなみを整えた服装でお越し下さい」

当日、私は有給休暇を取り、予定開始時間よりも30分も早く到着した。
「今日は新しい自分に変わる第一歩を踏み出す日なんだ」
と、久しぶりに朝から意気揚々とした気分だった。
案内図にあるスクールは
駅からかなり離れた所にあるビルの3階と4階で
1階には個人営業のコンビニがあった。
側面の路地側にあるガラス扉の入口からエントランスに入ると
普通の扉とは別にICカード専用の自動扉があり
『ベル・セルフ・ディベロップメント・スクール 専用口』
と表示されていた。

私がICカードの入ったネックストラップを近付けると
半透明の扉が左右に開いた。中に入るとすぐ階段があった。
『初志貫徹!日々精進!新しい自分を開発せよ!』
『1度の実践体験は、100回の練習に勝る!』
『ためらうな!実行せよ!』
『行動した者だけが成功を手に出来る!』
私は階段の壁に貼られたスローガンを見て、進学塾を思い出した。
叱咤激励するスローガンは3階の受付まで続いていた。

「あの、今日のベーシックステージを受講しに来たんですけれど・・・」
私は受付の女性に話し掛けた。
「初めての方ですね。ではICカードをコチラにかざして頂けますか?
・・・はい、結構です。この先の102号教室へお入り下さい」
事務服を着た彼女は微笑みながら笑顔で応えてくれた。

8畳くらいの教室に入ると、既に私と同い年くらいの女性が座っていた。
私よりも少し小柄の可愛らしい感じの人だった。
私が到着して5分後、やはり同い年くらいの男性が続けて二人入ってきた。
一人は背の高い細身の人。もう一人は中背だけれど少し太めの人だった。
私たち4人に共通しているのは、全員が20代半ばである事と
良く言えば大人しい、悪く言えば気の弱そうな印象の人という事だった。

「お待たせしました。それではベーシックステージを始めます」
予定時間の5分前に、講師と思われる女性が元気良く教室に入って来た。
長身でアスリートのような引き締まったスタイルの人だった。
続いてさっき受付に居た事務員の女性もテキストを抱えて入って来た。
彼女はどちらかと言うと大人しそうな、私たちに近い印象の人だった。
「今日、皆さんのセミナーを担当する篠田です。よろしくお願いします。
こちらはアシスタントの菅野です。私と一緒に皆さんをサポートします」
菅野さんは私たち4人にテキストを配り終えると
プロジェクターの準備を始めた。
「では出席を取ります。呼ばれた人は手を上げて返事をして下さい」
小柄の女性が浅生さん。背の高い男性が深田さん。太目の男性が阿部さん。
いずれも県内近郊のOLとサラリーマンだった。

「セミナーは『講習』と『実践』の2段階で進めて行きます。
当スクールでは、自己啓発を『自らを開発する行為』ととらえています。
物事に対し積極的に取り組める心構えと自信をつける事によって
あなた自身の可能性を引き出します。
セミナー受講後は、チャンスを掴む人に生まれ変わっているでしょう」
篠田先生は演説でもするかのように、自信に満ちた表情で語った。
「プロジェクターの用意が出来たようなので
さっそく講義を始めましょう。
テキストの第一章と同じ内容ですが、テキストは自宅の復習用と考え
顔を上げてしっかりと聞いて下さい」


ソクラテス
『世界を動かすには、まず自分を動かさなければならない』

イギリス首相:ベンジャミン・ディズレーリ
『人生における成功の秘訣とは、チャンスが訪れた時に
それを生かせるよう準備を整えておくことだ』

南極越冬隊隊長:西堀榮三郎
『とにかく、やってみなさい。やる前から諦める奴は、一番つまらん人間だ』

シアトルマリナーズ:イチロー選手
『ちいさいことを積み重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道』


細かい内容は省略するが
先に挙げたような偉人たちの名言を取り上げながら
自己啓発に必要な思考を学ぶ講習を、休憩を挟んで2時間ほど受けた。





午後になり教室に戻ると、間もなく講義が再開された。
「では、これから実践の講義を始めます。
全員その場に立って服を脱ぎ、下着姿になって下さい」
「えっ?」
受講生全員が言葉を失い、お互いを見つめ合った。
「・・・そう言われて、すぐに服を脱ぎ出した人は今まで一人も居ません。
まあ当然といえば当然ですね」
「何だ。冗談か」
「ビックリしたわ」
一瞬、場が和んだが、篠田先生は釘を刺すように続けた。

「いいえ。これは冗談ではありません。
今までの自分を変えたいと思うならば必要な過程なのです。
当セミナーの紹介文をもう一度思い出して下さい」
篠田先生は封筒からセミナーのパンフレットを取り出しながら言った。
『人は誰にでも多様な才能が眠っていますが
その才能に気付き、さらに引き出して開花させるには
特別なきっかけが必要です』
私がセミナーに申し込むことを決意させた、あの一文だった。

「20年以上掛かって形成された今の自分を変えるということは
生半可なきっかけでは出来ません。
それこそ今まで経験した事がないような『特別なきっかけ』が必要です。
下着姿になってもらうのは、そのひとつなんです」
篠田先生は真剣だった。
「もちろん講義も大事ですが
見たり聞いたりするだけで性格が変わるなら自己啓発など必要ありません。
先ほども『自己啓発は自らを開発する行為だ』と言いましたが
あなたたちはその開発をして来なかった人たちです。
あえてキツい言い方をすれば『負け組み』です。違いますか?」
悔しいが、篠田先生の言う通りだった。

「しかし自己啓発セミナーを受講する人は
そんな自分を自覚しているからこそ申し込んでくるのです。
そういう意味では、皆さんは単なる『負け組み』ではなく
『今の自分を変えられる見込みがある人』なんです。
当セミナーはそのお手伝いをするためのセミナーであり
多くの実績があります。私を信じて下さい」
篠田先生は一人ひとりの目を見つめて、何度も頷いた。

「とは言え、最初に脱ぐ事にはどうしても抵抗があるでしょう。
菅野さん。お手本をお願いします」
「はい」
彼女は素直に答えると、教室の正面に進んでコチラを向き
事務服のベストに手を掛けてボタンを外し始めた。
「えっ?ちょっと、男の人も居るんですよ?」
「だから何ですか?
出来ない理由を並べるのは『負け組み』の悪いクセですよ」
篠田先生が答える間も菅野さんは服を脱ぎ続けた。

「いいのかな?俺たちが見てるのに・・・」
菅野さんが躊躇せずブラウスを脱ぐと、白いブラが露わになった。
私が驚いたのはブラの布地が極端に小さかった事だった。
乳輪こそはみ出していないものの、オッパイの半分以上がはみ出ていた。
続けて菅野さんがスカートに手を掛けると
ストッキング越しに白いパンティーが透けて見えた。
「おおっ!」
思わず阿部さんが声を上げた。
ブラと同様に布地が極端に小さく、横の部分など3センチ程しかなかった。
清楚なイメージと違う下着姿に全員が目を奪われた。

菅野さんは一旦手を止めて篠田先生の方を見つめた。
篠田先生が頷くと、菅野さんはクルリと向きを変え
私たちにお尻を突き出すようにしてストッキングを脱ぎ始めた。
「パンティーが食い込んでる。まるでTバックみたいだわ」
菅野さんが服を脱ぎ続ける姿に
男性はもちろん女性の私たちも興奮し始めていた。
菅野さん自身も顔を赤らめながら
私たちの反応を楽しんでいるように見えた。

「はい。菅野さん、お手本をありがとう。教室の空気が一変したわ(笑)」
菅野さんがパンプスを履き直すと、篠田先生はようやく声を掛けた。
「ではあらためて皆さんに指示します。
全員その場に立って服を脱ぎ、下着姿になって下さい。
女性は菅野さんのようにブラとパンティーだけ。
男性はパンツだけになって、靴を履き直して下さいね」
すでに下着姿になっている菅野さんの手前
誰も拒むことは出来なかった。
しばらくお互いを見つめ合った後、私たちはそれぞれ服を脱ぎ始めた。

5分後、私たち4人の受講生は全員が下着姿になった。
「裸になった訳じゃないんですから、身体を隠したりしないで下さい。
皆さんより小さい下着を着けた菅野さんの方が堂々としていますよ?」
篠田先生にそう言われても、私は恥ずかしくて仕方なかった。
もちろん他の受講生も同じようだった。
「では少し休憩して、下着姿で居ることに慣れておきましょう。
菅野さん、事務所から飲み物を持って来て」
彼女は下着姿のまま教室から出て行った。
他の事務員や受講生にも見られる可能性があるが
お手本と称して下着姿になれるのだから、何度かやっているのだろう。

「待っている間に机を壁に寄せて、教室の真ん中を空けて下さい。
それが出来たら6つの椅子だけで小さい輪が出来るように並べて下さい」
身体を動かす作業をしていると
不思議と下着姿で居ることが気にならなくなっていった。
自分だけではなく、みんなも一緒だったから当然かも知れない。

「お待たせしました。当スクールの特製健康茶です。
皆さん、緊張の連続で喉が渇いているでしょう?集中力もUPしますよ。
おかわりもありますから、遠慮なくどうぞ」
菅野さんに言われて、喉がカラカラになっている事にようやく気付いた。
私たちは椅子に腰掛けお茶を飲みながら談笑した。
篠田先生だけはスーツ姿のままだったが、次第に会話が弾み
菅野さんも以前は受講生だったことや
篠田先生がボクササイズで身体を鍛えていること、
レギュラーステージを終えた人しかアシスタントになれないことを知った。

「レギュラーステージの実践講義って、もっとすごいんですか?」
「ええ、そうですね。でも内容を教えてはいけない決まりなんです(笑)」
「菅野さんはハイステージには申し込まないんですか?」
「上のランクのステージに申し込むには、下のランクのステージを修了し
かつ2ヶ月の期間を置かなければならないんです」
「どうしてですか?受講生が多い方がスクールは儲かるのに」
「本当にステップUPをする意思が固い人だけに
厳選するためだと聞いています。そうですよね、篠田先生?」
菅野さんは篠田先生に問いかけた。

「ええ。そもそも当セミナーは
公的試験や資格の合格を目指すものではなく
自己啓発による個人の成長を目的にしていますから、
受講生全員が全課程を修了することが理想です。
修了出来そうもない人を集めて利益を上げるのではなく
優れた人材を世に送り出す事が当スクールの理念である
と、日頃から学園長も言っています」
私は篠田先生が講師であることに誇りを持っているのだと感じた。

「さて、そろそろ実践の講義を再開しましょうか。
これからの講義内容を説明します」
菅野さんが教室の照明を消し、プロジェクターを操作すると
箇条書きに書かれた行動予定が表示された。

(1) 当ビル1階のコンビニで買い物をする。
(2) 買い物の内容は財布の中の買い物リストに従う。
(3) 買い物の様子は同行のカメラマンが撮影する。
(4) カメラマンにカメラを向けられても隠れたり隠したりしない。
(5) 全員が会計を終えてから、揃って教室に戻る。

「えっ?まさかこの格好のままで?」
「いくら何でも無理でしょう?お店の人に通報されますよ」
受講生全員が次々と声を上げたが、篠田先生は喜んでいるようだった。
「いい傾向ですね。さっき下着姿になれと言われた時は
無言のまま周囲の様子をうかがうだけだったのに、
ようやく自己主張出来るようになってきましたね。
でもさっきも言ったとおり
出来ない理由を並べるのは『負け組み』の悪いクセですよ」
「コンビニの店長は当スクールの良き理解者です。
お店の人が通報する事はありませんから、ご安心を」
菅野さんはそう言いながらプロジェクターの画像を切り替えた。

「これは皆さんと同じベーシックステージの人たちの実践風景です。
場所も同じコンビニ店内で、約5ヶ月前の様子です」
カメラマンが撮影したらしい写真は、コンビニ店内を鮮明に写していた。
顔にはモザイクが掛かっていて、誰なのか判別出来なくなっていたが
下着姿の4人の男女が買い物カゴに何かを入れたり
レジに並んでいる様子が何枚も写し出された。
「あれ?あの人、菅野さんじゃない?」
今日とは全く違うけれど、間違いなくアシスタントの菅野さんだった。
「はい、そうです。これはベーシックステージの時の私です。
勇気を出せば皆さんにも出来るんです。この私が保証します」
菅野さんは笑顔でそう答えた。

ちょうどその時、コンコンッとノックをして
熊のような大柄な男の人が教室に入って来た。
「紹介します。皆さんに同行するカメラマンです」
「はじめまして、戸山です。
今日は皆さんの記念すべき日を撮影させて頂きます。よろしく」
無精ヒゲや迷彩服のベストに似合わない、落ち着いた雰囲気の人だった。
「戸山さんは皆さんのボディーガードも兼ねています。
見た目通りの力持ちです。危険を感じたら戸山さんを頼って下さい」
「えっ?危険なこともあったんですか?」
「いくらお店が協力的でも、お客さんまでそうだとは限りません。
もっとも今までそういった場面は一度もありませんでしたから
大丈夫だと思って良いでしょう」
篠田先生は笑顔でそう答えた。

「さあ、早速出発です。男性はココに用意した青い財布を
女性は赤い財布を受け取って下さい。
財布の中の買い物リストは店内に入ってから確認して下さい。
では行きますよ?」
篠田先生は颯爽と教室を飛び出し、私たち受講生はあわてて後を追った。
階段を下りながら、来た時に見たスローガンが目にとまった。
『ためらうな!実行せよ!』
『行動した者だけが成功を手に出来る!』
「この壁に張られたスローガンは
ベーシックステージを実践する私たちに向けられた物だったのね」
「でも路上には一般の人が普通に歩いているんだろう?」
「教室で下着姿になるのとは訳が違うわよ。
ああ、どうしよう。本当にこんな姿で出掛けるの?」
不安でしょうがないのに誰もが階段を下り続けているのは
知っている人(菅野さん)が実行している写真を見せられたせいだろう。

ふと以前TVで見た、飛び込み台からプールに飛び降りる
バラエティ番組の一場面が思い浮かんだ。
あれだってその一歩を踏み出すか、踏み出さないかの違いなのだ。
「今日は新しい自分に変わる日だと決めてきた事を思い出すのよ!
頑張れ、私!やれば出来る!やれば出来る!」
私は心の中で何度も呟いた。





スクール専用口の扉を出て、全員がエントランスに集まると
篠田先生は檄を飛ばすように大きな声で言った。
「最後にプロジェクターに表示されなかった事をいくつか確認します。
まず教室の時と同じように、身体は隠さないで下さい。
普段の生活と同じように平静を保った方が
変な目で見られたり声を掛けられたりしないんです。
出来るだけ堂々としていて下さい」
すでにエントランスからは外の様子が見えていた。
建物の中の様子を覗き込む人はいなかったが
ガラス扉の向こうを人や車が通り過ぎて行くのが分かった。

「もし居合わせたお客さんに、携帯で撮影されそうになったら?」
「その時は私と篠田先生がその場で消させますが
カメラマンが同行していると、無許可で撮影する人はまず居ません。
路上など遠距離からの撮影までは対処出来ないかも知れませんが
個人が特定出来るような写真は撮らせませんよ」
戸山さんが笑って胸を叩いた。

「次に買い物リストですが、内容は必ず店内で確認してもらいます。
全員が揃って教室に戻ることになっていますから
お互いに助け合って課題を終えて下さい。
大丈夫、あなたたちなら必ず出来ます!行きましょう!」
篠田先生とカメラマンの戸田さんと私たち4人の受講生は
エントランスを出てコンビニに向かった。

さいわいビルの出入口を出た時は人通りがなく、誰にも会わずに済んだ。
コンビニにもお客はなく、意外にもあっけなく店内にたどり着けた。
ちょうど客足が少ない時間帯なのか、店員すらレジに居なかった。
「拍子抜けだったな」
「何、言ってるんです。いつお客さんが来る分からないんですよ」
「その通りだ。さっさと買い物リストを確認して課題を終えてしまおう」
それぞれ財布の中から買い物リストを取り出そうとした時
若い男性店員が店の奥から現れた。

「あれ、篠田先生?今日はずいぶんと『普通』なんですね(笑)」
店員は親しげに篠田先生に話し掛けた。
「いつも緒方くんの思惑通りって訳じゃないのよ。
今日はベーシックステージの担当だから、あまり期待しちゃダメよ」
「分かっています。僕もここのバイト暦長いんですから心得ていますよ」
「今日は江原さんは居る?」
「彼女は今、休憩中です。それより篠田先生が来た事を店長に教えなきゃ。
店長、店長!篠田先生がいらっしゃいましたよぉ!」
店員が大声で呼ぶと、初老の男性が現れた。
「おお、篠田先生。いつも綺麗だね。そういう服も似合っているよ。
戸田さんも一緒か。この前は楽しかったよ。また飲もうよ」
「塩澤さんが用意してくれた地酒、最高でした。またアレお願いします」
店長は戸田さんとも親しい様だったが
私たち受講生はそれどころではなかった。

なぜなら私の買い物リストにはこう書かれていた。
『あなたがフェラチオした事のあるペニスと同じ大きさのバナナを探し
それを口に咥えたり舌を這わせたりしながら会計して下さい。
なお、会計は男性店員に頼み
レシートをもらう時に相手の目を見て「ちんぽこ大好き」と言って下さい』
「何なのコレ?どういうこと?」
私は浅生さんの所に駆け寄って、彼女の買い物リストを覗き込んだ。
『あなたが今まで一番相性の良かったペニスと同じ大きさのバナナを探し
胸の谷間を寄せてバナナを挟みながら会計して下さい。
なお、会計は男性店員に頼み
レシートをもらう時に相手の目を見て「きんたま大好き」と言って下さい』
「泉さん、どうしよう?」
「どうしようって言われても・・・」

同じ頃、深田さんと阿部さんも途方にくれていた。
『あなたが一番気に入ったエロ本を雑誌コーナーから選び
一番過激だと思うグラビアページを開いて会計して下さい。
なお、会計は女性店員に頼み
レシートをもらう時に相手の目を見て「おまんこ大好き」と言って下さい』
『あなた好みの女性が表紙になっているエロ本を雑誌コーナーから選び
その女性が写っているグラビアページを開いて会計して下さい。
なお、会計は女性店員に頼み
レシートをもらう時に相手の目を見て「せっくす大好き」と言って下さい』
「何だよ、これじゃ変態じゃないか」
「いくら何でもこんな事、店の中で・・・」

「どうしたんです?他のお客さんが居ない今がチャンスですよ?」
篠田先生は私たちを急かしたが
自己啓発の手段と言われても納得出来る内容ではなかった。
コンビニの店員や偶然居合わせた客は
私たちを『変質者の集団』としか見ないだろう。
「こんな事が自己啓発につながるなんて思えない!」
「そうよ。第一こんなこと誰にも出来ないわ!」
「無理難題を突きつけて受講生が出来なかったコトにすれば
講習費の返金に応じなくてすむからなのか?」
「お金だけの問題じゃない。ココまでやらされた以上、訴えますからね」
私たちは篠田先生に詰め寄ったが
戸田さんはそんな私たちの様子までも撮影し続けていた。

「やはりイザとなると、悪いクセが出てしまうものですね。
出来ない理由を並べるのは『覚悟』が足りないからだと気付けば
今までの自分を変えることなんて簡単なのに・・・」
篠田先生のヤレヤレという態度に、深田さんと阿部さんが食い下がった。
「そこまで言うなら先生は出来るんですよね?」
「講師なんだから、自己啓発課題が出来ないとは言わせませんよ!」
篠田先生は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直してこう言った。
「分かりました。あなたたち全員の買い物リストを見せて下さい」
篠田先生は全てのリストに目を通すと、男性店員の方を見た。
「こういう展開を予想しなかった訳ではないけれど
緒方くんの期待通りになりそうね」
篠田先生は苦笑いをしながらスーツのボタンに手を掛けた。
【つづく】





一覧  目次  次話