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遅刻の罰は……(前編)

作:ベンジー    


 ホームルームが終わったばかりの教室で、まきは担任の前原先生からスカートを脱ぐように命じられていました。
 慣れ親しんだお友達と別れ、わざわざ越境までして私立の中学校を受験したのは、この学校が高校・大学とエスカレーターだったからです。その為にまきは大好きなトレンディドラマを一年間も断って、やっと県内でも有数の進学校に合格することができたと言うのに、なんでこんなことになっちゃったのでしょう。教室にはモヤシみたいな男子生徒が目立ち、女子はクラスに五人しかいません。それもガリ勉のインテリタイプばかり。
 まきもそんな女生徒のひとりと思われているのかな。
 あっと、今はそんなこと考えている場合ではありません。まきは教室で、クラスメイトの見ている前で、スカートを脱がなければならないのです。
 なぜこんなことになったのかと言いますと、それは度重なる遅刻のせいでした。
 話は中学の入学試験当日に遡ります。
 試験を終えたまきは、幸福感に包まれていました。今夜からトレンディドラマを我慢しなくても良いのです。この開放感がおわかりになりますか。
 ところが、一年も我慢していたせいで今何がトレンディで、どのチャンネルを見れば良いのか、さっぱりわからなくなっていたのです。これはトレンディドラマ通を自負していたまきにとって、何よりも屈辱的なことでした。
 早速テレビガイドを読みあさり、ドラマというドラマをチェックしました。三台のビデオデッキをフルに使い裏番組も全部録画してその日の内に再生しました。
 当然、まきの睡眠時間は短くなっていきました。受験勉強中よりも遥かに、です。
 それでも、卒業式以降は毎日早く起きる必要も無かったので問題ありませんでしたが、それがすっかり生活のリズムとなってしまったのです。
 県内有数の進学校ですから、他に遅刻するような生徒はいません。いくら注意しても直らない遅刻癖に業を煮やした前原先生は、まきにだけ特別のペナルティを課しました。それが「一回遅刻する度に着ているものを一枚ずつ没収する」というものだったのです。
 もちろん帰る時には帰して貰えるのですが、遅刻した日は一日中没収されたままの姿で過ごさなければなりません。
「今度はスカートを脱いで貰うからな」
 ほんの数日前に宣告されたばかりですのに、本当にバカなまき……
 始業ベルと追いかけっこの毎日でした。ベルが鳴り終わる前に教室に入ればセーフ。そう言う決まりになっていたのです。
 この日も下駄箱のところでベルが鳴り始めました。靴を脱ぎ捨てて裸足のまま走り出します。ソックス一枚でコンクリートの廊下を走るのって足の裏が結構痛いですのよ。大分慣れましたけど。
 階段を駆け上がると教室が見えました。
「良かった。今日はセーフだわ」
 始業ベルはかなり長いこと鳴っています。ここまで来れば大丈夫。ところがそう思った瞬間に、まきの天地が入れ替わっていました。
「いったーーーーい」
 何かに躓いたようです。しこたま打った膝の痛みが消えるより早く、始業ベルは鳴り終わってしまいました。
 万事休す。今日もまた遅刻となりました。
「誰よ。こんなところにバケツを出しっぱなしにしたの」
 教室の扉を開けてクラスメートの何人かがこちらを見ています。皆、まきが遅刻するのを期待していたのです。今度はスカートの番だと知っていましたから。
 まきは足を引きずりながら教室に入りました。このまま帰ってしまおうかとも思ったのですが、もうすっかり前原先生にも目撃されていました。欠席作戦は、すでに実行不可能でした。
「おはようござい……」
 小さな声で尻切れトンボ。
 それに反して教室の中は大喝采。
「よくやった!」
 なんて掛け声も上がっていました。
「お前って奴は、全く懲りない奴だ」
 前原先生だけが怒っていました。まきは教室の入り口で、鞄を両手で下げうつむいていました。
「約束は守って貰うぞ」
(ふえーーん。やっぱりですかあ)
 今日一日スカート無しで過ごさなければならないなんて。しかも、一時間目の授業が終わるまでは黒板の脇に立っていなければならないのです。
 前に遅刻した時、四十人からのクラスメイトが見ている前で制服のブレザーとベストを脱がされました。それだけでもとても恥ずかしい思いをしましたのに、スカートとなればその比ではありません。靴だ、ソックスだのと言ってごまかすレベルはとっくにクリアしていました。
 まきは泣きたい気持ちを堪えてスカートのホックを外しました。チャックを下ろす前にもう一度前原先生の顔を見ました。でも、何も言ってくれません。まきはスカートから足を抜きました。
 前原先生はまきのブレザーとベストと、そして脱いだばかりのスカートを教壇の脇のキャビネットに入れて鍵を掛けました。これでまきは下校するまでスカート無しです。
 ブラウスの裾を引っ張っていれば下着が見えるようなことは無いと思いますが、いつもと違う下半身は男子生徒の視線を集めてしまいます。
 まきは恥ずかしさに耐えながら「もう二度と遅刻なんてしない」と誓ったのですが……

「ただいまあ」
 やっと家に帰って来た、そんな感じでした。
 まきは一日中、スカート無しの恥ずかしい姿で過ごしたのです。今日と言う日が一刻も早く終わって欲しいと思っていました。もう何もしないで寝てしまおうと、そのままパジャマに着替えて布団に入りました。
 リリリリィーーン、リリリリィーーン、
 ちょうどまきが眠りに落ちた頃です、その電話がなったのは。
「まったく誰よ、こんな時間に」
って、まだ十時前です。こんな時間に寝ている方がおかしいのです。電話はクラスメイトの京子からでした。
「ねえ、今日階段でバケツに躓いたでしょう。あれ、変だと思わない?」
 彼女はそう言うのです。
「あのバケツ、まきをはめようとして誰かがワザと置いたんじゃないかと思うのよね。そう思わない?」
「そう言えば……」
「でしょう。私、これからみんなのとこ電話しまくって突き止めるからね。寝ちゃダメだよ。また電話するから」
 そう言って一方的に切ってしまいました。
(私、人に恨まれるようなことしたかなあ)
 まきはぼんやりと考えていました。まだ寝ぼけていたのかもしれません。それって見当違いでしたよね。
 とりあえず電話を待たなければならなくなったまきは、セットしておいたビデオの予約を解除してテレビのスイッチを入れました。やっぱりトレンディドラマは生で見なきゃいけません。一度見始めたらすっかりいつものペース。いつの間にか深夜を向かえていました。それから録画しておいた八時から十時までのビデオを巻き戻して見ました。寝るのはいつもよりも遅くなってしまいました。京子からはそれっきり電話は掛かって来ませんでした。

 翌日、まきはまた遅刻しました。
 夕べの電話がいけなかったのです。あんな時間に起こされて思わせぶりなことを言うものだから、ビデオを全部見終わってもなかなか寝付けませんでした。その結果が寝坊イコール遅刻の方程式と成りました。
(なんであんな電話したのよおー)
 まきはそれが逆恨みであることを知りながら、電話してきた京子を恨まずにはいられませんでした。
「昨日の今日だぞ。お前、本当は露出狂なんじゃないのか」 
 担任の前原先生はあきれていました。しかし、ペナルティを許してはくれませんでした。
 まきはとうとうスリップ姿をクラスメイトに晒しました。
(あーん、恥ずかしいよおー)
 剥き出しになった両方の肩を抱いて四十人からの視線に耐えました。
「どうせこれ以上は脱がせないだろうなんて考えたら大間違いだからな」
 まきの内心を見透かしたように釘を刺す前原先生。このままいったら、まきが教室で丸裸になるまで後一カ月も無いでしょう。この次はスリップを、さらに続けばブラやパンティも脱がなければならないのでしょうか。そしてその後は……
 前原先生は、まきを教壇の脇に立たせたまま授業に入ろうとしましたが、クラスメイトのひとりが代表質問を申し出ました。
「脱ぐものが無くなったらどうするのですか」
 それはまきも聞きたかったです。怖かったけど。脱ぐものが無くなると言うことは、つまり丸裸になると言うことです。いくらなんでも教室で女生徒を丸裸にするとも思えませんが、まきの遅刻癖が直ることの方がもっと考えられませんでした。
 クラスメイトは前原先生の言葉に期待しました。
「そうだなあ。その時は校庭に連れ出して磔にでもするか」
(ふえーーーん、そんなの嫌だよおー)
 と、言っても聞いてくれないでしょうね。やっぱり遅刻はできません……
(つづく)



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