『ちょっとエッチな美香ちゃん日記』 その6
◇深夜の全裸行◇
すっかり人気の無くなった駅前広場に足を踏み出していきました。街灯がわたしの影をいくつも作っています。
(こんなに明るいなんて)
暫く暗がりに身を潜めていたわたしには、その明るさが昼間のそれと変わらなく感じられました。そんな場所に素っ裸でいるなんて、とても信じられません。なんでこんなことになってしまったのでしょう。でも今は考えている時ではありません。とにかくここから離れなければと思い辺りを見渡しました。でも、どっちに行ってもたいして変わらないみたいです、道路なんて元々ハダカで歩くようには作られていませんから。
こうなったらアパートまでの最短距離を行くしかないと決めました。
それでも歩いたら三十分はかかります。兄の車がどこかに隠れているのではないかと思ってもみたのですが、はかない希望でした。本当にアパートまで帰ってしまったのでしょう。
取りあえず路地のひとつに飛び込みました。右側は大学のキャンバスで左側は弱電工場です。ここなら街灯の光は届きません。通りと平行に続いていますので遠回りにもなりません。この道を行ける所まで行こうと決めました。
胸の前で両腕を合わせて、つま先立ちでちょこちょこと歩きました。前屈みになって、その分お尻を突きだして、服を着ていたとしてもみっともない格好だったと思います。
二十メートルくらい歩いたでしょうか。ふたつ先の角にヘッドライトの灯りが見えました。大学のキャンバスから車が出てきたのです。
(こんな時間まで何してるのよ)
わたしは心臓を捕まれたようでした。道の両側はブロック塀が続いていて隠れるところがないのです。わたしはせめて電信柱に影に走りました。もし車がこちらに曲がって来たら何の役にも立ちません。車が反対方向に向かって行ってしまったことを誰かに感謝したい気持ちでした。
一度止まってしまうと、また歩き出すのが怖くなりました。わたしは後ろを振り向きました。まだほんの少ししか歩いていないのがわかります。このまま無事にアパートまで着けるでしょうか。
もう少し歩いて、やっと住宅街に入りました。アパートには近くなりましたが、ここからの方が人の歩いている確率は高くなります。歩いた距離としてはたいしたことないのに、私の息はすっかり上がっていました。家の側を通る時、窓の明かりが漏れてくる時、話し声が届く時、その度に胸が凍り付きます。こんな時間ですから街角で立ち話をしている人はいないと思いますが、もしそんなことになったら遠回りをしなければいけないわけで、
(お願い、最短距離を歩かせて)
そう祈らずにはいられませんでした。
小走りに路地から出た時、前に三人の人影が見えました。男性のようです。ひとりは大きな声で歌っていました。飲み屋からの帰りなのでしょう。問題なのはこちらに向かってくると言うことなのです。
(隠れなきゃ)
そう思いましたが、来た道を戻っても隠れる場所はありません。迷っている時間もありません。わたしは近くの民家に飛び込みました。生け垣の一部に隙間ができていて、そこから中に入ることができたのです。
身を屈めた場所は窓のすぐ下でした。歌声が近づいてきます。わたしは生け垣と同化するように身を堅くしていました。三つの足音が聞こえました。もうすぐそこまできています。隠れる瞬間にちょっとだけ見られたかもしれないと言う不安がわたしの頭にはありました。この前まで来て立ち止まったらどうしようと、そんな不安に胸がバクバク言っていました。
歌声がとうとう頭の上まで来ました。
(早く、早く行ってしまって!)
わたしは唱え続けていました、スローモーな時間の流れを感じながら。
辺りが静かになりました。どうやら助かったようです。わたしはそっと立ち上がって三人の背中を探しました。その時にはかなり小さくなっていました。見られたかもしれないと言う不安は思い過ごしだったのだと胸をなで下ろしました。
「きゃー」
背中で女の子の声がしました。灯りの点った窓の内側からです。さっきはわからなかったのですが、そこはお風呂場だったようです。窓の立ち上がったわたしのシルエットが写ったのでしょう。お風呂に入っていた女の子がのぞかれていると思って悲鳴をあげたに違いありません。
「こら、なにやってるぅ」
お父さんでしょうか。大きな声がしました。続いて大きな足音が響きます。家の中から飛び出して来るつもりでしょうか。この時の驚きは言い表すことができません。全身の血が凍ると言うのはこういうことでしょうか。目には何も写らず、止まった時間の中で心臓だけが破裂寸前に膨張しきっているのです。
わたしは痴漢ではありませんから、誤解はすぐに解けるでしょうが、こんな格好でいるところを見られるわけにはいきません。生け垣を突っ切って一目散に逃げ出しました。先の様子を伺っている暇はありません。とにかく捕まったら大変です。ただ、その場からいなくなることだけを考えて走りました。
足の裏が熱くなっていました。皮が剥けていたかもしれません。でも、わたしは走ることを止めることができませんでした。
(お兄ちゃん、私を助けて)
元はと言えば、兄のせいでこんな想いをしているのに、わたしが助けを求めるのはやはりその人しかいませんでした。
何も構わず走っている内に、いつの間にかアパートの目の前まで来ていました。
どこをどう通って来たのかも覚えていません。その時のわたしは、もし誰かとすれ違っていてもわからなかったかもしれません。多分そんなことはないと思いますが、後になって「あの晩どこどこで会ったよね」なんて言われたら、すっかり信じてしまうでしょう。それくらい何も見えませんでした。
そして、最後の角を曲がった時です。わたしは正面からいきなりヘッドライトに包まれました。
(しまった!)
そう思った時には手遅れでした。その車は止まっていました。これから走り出そうとするところだったのだと思います。こちらからはまぶしくて見えませんが、向こうからはわたしの全身が映し出されているはずです。距離にして十メートルもないのです。近所の人だったらわたしであることがわかってしまうでしょう。でも、もうどうしようもありません。わたしは道路の脇にうずくまるしかありませんでした。
ヘッドライトは消えません。それどころか、ドアが開く音が聞こえました。運転手が下りて来たのです。こんな格好のわたしを見つけた彼は、いったいどうするつもりでしょう。おかしなもので、いつの間にか下りて来たのは男の人と決めつけていました。
彼はわたしの側まで来て見下ろしています。全裸であることを確認しているのでしょうか。いずれにしても、それが知られてしまったことには間違い有りません。わたしは消えてしまいたいと真剣に思いました。
ところが、事態はもっと深刻に場面を迎えました。彼の手がわたしの肩に当てられたのです。
これから、わたしはどうなるでしょうか。
アパートは目の前だと言うのに、彼の車に無理矢理乗せられてどこか遠くに連れて行かれ、そこでさんざんな目に会わせられて放り出されるのでしょうか。もちろん、今と同じ全裸のままです。今度は歩いて帰れる距離ではないかもしれません。いえ、帰れないかもしれません。どこかにハダカのまま監禁されて、毎日彼の性欲処理に使われて……
わたしの予感はどんどん悪い方向へ向かいました。
「遅かったじゃないか」
聞き慣れた声に、ふと、頭を上げました。
「あまり遅いんで迎えに行こうと思っていたところだよ」
それは兄でした。
わたしはホッとするやら恥ずかしいやらで、兄の胸に飛び込みました。あふれ出した涙は、全部兄のシャツにしみ込んでいきました。兄は両手を下ろしたまま、そんなわたしの好きにさせていました。
わたしの涙が一区切りついて、ようやく顔を上げた時です。
「心配したんだぞ」
兄の優しい顔は、わたしを引き込まずにはいませんでした。自分がハダカであることも忘れて兄の首に抱きつきました。そこが野外であることも忘れていました。わたしの最大のピンチを救ってくれたのは、やはり兄だったのです。
「お兄ちゃん、わたし……」
兄の手がためらいがちに背中を抱きました。素肌に当たる指先の感触で、わたしは自分が何も身につけていないことを思い出しました。兄の首に巻き付いていた両腕をほどき、自分の胸へ持っていきました。
「ごめんな。怖かっただろう。あんなことするなんてひどいお兄ちゃんだよな」
そんな兄がとても愛おしく、また、頼もしく見えました。
「ううん、わたしが望んだことだもの」
「素っ裸にして駅前に放り出したお兄ちゃんを恨んでないのか?」
「もういいの。わたしをお兄ちゃんの好きにして」
わたしはタブーを犯しても良いと思いました。このまま兄に抱かれて女になりたいと心の底から考えていました。
「いいのか、本当に」
「うん」
「よしよし、そうしような」
兄はわたしの頭を自分の胸に押しつけました。わたしもその胸に体を預けました。今夜、わたしと兄は、ひとりの男と女として結ばれるのだと感じていました。
その後、兄はわたしを抱くようにして歩き始めました。部屋に戻ってそれから……と思っていたにの、兄は階段を昇らずアパートの中庭に向かいました。そこは一応壁で囲まれていて道路からは見えませんが、朝になればアパートの全部の窓から見える場所です。その真ん中に一本の木立が立っていました。兄はその根本にわたしを連れて行ったのです。
「わたし、ハダカなのよ。お部屋に戻って良いでしょう」
わたしは甘えるように言いました。でも、兄はとんでもないことを考えていたのです。
「いや、お前は遅くなった罰を受けなければいけない」
兄はそう言ってわたしの両手を背中にねじ上げました。そして、どこから出したのかロープを手首に巻き付けているのです。
「いや、お兄ちゃん、何をするの?」
「お兄ちゃんの好きにしてって言っただろう。だから、さっきの雑誌の通りにしているんじゃないか」
雑誌にはそんなことは書いていなかった筈です。いったいどうしようと言うのでしょう。そうしている間にもわたしの手首は動かなくなってしまいました。それから余った縄をおっぱいの上下に二回ずつ回して絞り上げました。ハダカのまま縛られていく自分が怖くてせつなくて、兄の目を探すのですが後ろに回ったきりで見つけることができません。
「よし、これで良い」
縄止めが済んで、やっと兄はわたしの正面に立ちました。手首にも二の腕にもロープが食い込んでいます。わたしは恥ずかしい部分を隠すこともできなくなって身をよじりました。ハダカのまま縛られてしまうことが、こんなにもつらいことだとは思いもしませんでした。
「なんでこんなことするの。こんなの雑誌に書いてなかったよ」
わたしは訴えました。
「書いてあるぜ、ほら」
そう言って、兄は雑誌を広げました。
「うっそー」
兄は雑誌を地面に広げたまま、わたしに木立を背負わせました。そして縄じりを結びつけたのです。
『わたしは遅くなった罰で、ハダカのまま庭の木に縛り付けられて一夜を過ごしました』
雑誌に赤いマジックで大きく書かれたその文字は、紛れもなく兄のものでした。
(おわり)
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