『ちょっとエッチな美香ちゃん日記』 その5
◇駅前に置き去り◇
見付かった、そう思った途端もう何を考えていいのか分からなくなり、何も出来ませんでした。
「そんなところにいたのか。こっちへ出て来いよ」
懐中電灯の持主は兄だったのです。わたしはとりあえず胸をなで下ろしました。でも、わたしに何も着るものが無いという状況が変わった訳ではありません。それにもう子供ではありません。兄の目の前に丸裸で出るのは、とても恥ずかしくてたまりません。わたしが階段の下でもじもじしていると兄は強い力でわたしの手を引っ張るのです。
「タバコを買いに行くんだろう。早くしろよ」
「やめて、お兄ちゃん。わたし恥ずかしい」
「嫌だね。駅前のコンビニまで行くんだ。そのかわり遠いから車に乗せて行ってやるよ」
そう言って兄は、わたしの手を強引に引っ張っるのです。アパートの脇に停めてあった車の助手席に押し込んで、エンジンを掛けました。わたしはまだ全裸のままです。
「本当にこのまま連れて行くの?」
「そうだよ」
もうあきらめるしかありませんでした。
「分かったわ。でも……お願いだからお洋服をちょうだい」
「良いじゃないか、そのままで」
兄はどうしても、裸のまま連れて行くつもりなのです。駅前のコンビニまでですよ。そんなの考えられますか?
わたしは、外から見えないように座席を倒して、全裸の体を丸めていました。車の窓から明かりが差し込む度に心臓が握り潰されるようです。車ならわずか五分位の道程ですが、とても長く辛い時間でした。ところが兄はもっととんでもないことをたくらんでいたのです。それは...
車が止まりました。兄はコンビニの駐車場に入れず、道路の反対側に駐車しました。
「さあ、着いたぞ。行っておいで」
兄は言いました。その声は穏やかでしたが、逆らい難い凄みがありました。わたしは車の窓から顔だけ出して外の様子を伺いました。コンビニの電光看板は明るく駐車場にも街灯が灯っています。こんな中を全裸で歩くなんて考えられません。なかなか買いに行こうとしないわたしに痺れを切らした兄は、車を降りると助手席側へ回りドアを開きました。
「やだあ、閉めて。早くドアを閉めて」
わたしはたまらず声を出しました。外から裸のわたしが見えてしまいます。でも兄は、
「どうせこのまま表を歩くのだからいいだろう。お前が外に出たら閉めてやるよ」
そう言って手を引っ張るのです。
「だめよ。絶対だめ。このまま外へ出すのだけは許して」
わたしはこれだけはと抵抗しました。段々と声も大きくなっていきました。
「そんなに大声出すと人が集まってくるぞ」
その言葉に、わたしがハッとしてひるんだ瞬間です。兄は一気に力を集中しました。わたしはとうとう丸裸のまま車の外に引きずり出されてしまったのです。深夜のアスファルトは素足に冷たく、ハダカで表に出てしまった事実を思い知らせます。
「さあ、買って来いよ」
兄は改めてお金を渡しました。さっきの千円札はどこかにいってしまいました。 今度は硬貨で230円渡されました。
「あの店員アルバイトみたいだけどラッキーな奴だな。美香の裸が見られるなんて」
兄はわたしにこのままの姿で店員の前に出ろと言うのです。そしてそれだけ言うとひとりで車に乗り込んでドアを閉めてしまいました。わたしは車のそばに座り込んで辺りを気にしていましたが、どうしてもタバコを買って来ないと車には乗せて貰えそうもありません。そうしている内にコンビニの駐車場の隅にタバコの自動販売機を見付けました。あそこまで行けば誰にも見られずにタバコを買えるかもしれないと思いました。もう、それに賭けるしかありませんした。
幸い、コンビニにお客さんはいないようです。でもいつ人が来てもおかしくありません。わたしは周囲に気を配りながら自動販売機に近付いて行きました。自動販売機に近付くということはそれだけ車から離れることになります。一糸纏わぬ姿のわたしには、それはとても辛いことでした。
自動販売機の前に着きました。販売機の明かりは想像以上に明るく、遠くからでもわたしが何も身につけていないことが分かるでしょう。わたしは一刻も早くこの場を離れたいと思いました。急いで硬貨を自動販売機に入れ、ボタンを押しました。タバコが出て来るまでの時間がこんなに長いなんて思っても見ませんでした。
落ちてきたタバコをひったくるように取り出して、わたしは車に向かって走りました。車に乗ってしまえば、やっとこの恥ずかしい状態から解放されると思いました。
わたしは車の窓ガラスをたたきました。兄はシートを倒して横になっていました。すぐに気づいてくれません。きっといじわるしていたのだと思います。わたしが窓ガラスをどんどんと叩いたものだから、やっと気が付いたフリをして窓を開けました。
「タバコは」
「はい、タバコ。ねえ、早く入れて」
わたしは周囲を気にしながら片手で胸を隠してタバコを渡しました。そして助手席の方に回ろうとした時、突然大きなエンジン音がしました。タバコを受け取った兄がキーを回したのです。そして、
「俺の言い付けを破って自販機を使った罰だ。帰りは歩いて来るんだな」
兄は店員に裸身を晒さなかった罰だと言うのです。わたしにこのまま歩いて帰れと言うのです。その兄の行為に抗議する暇も無く、兄の車は走り出してしまいました。
わたしは慌てて車を追い掛けました。こんな姿で取り残されてしまっては大変です。わたしは必死でした。
車はすぐに停まりました。わたしはほっとしてその場に座り込みました。
(良かった。裸で歩いて帰れなんて、やっぱり冗談だったんだ。)
そう思ったのもつかの間でした。兄の鬼のような言葉がわたしを待っていました。
「もうすぐ終電が着く時間だぞ。そんな恰好でこんな所にいていいのか」
元々さっきのコンビニは駅の近くだったのです。わたしは車を追い掛けるのに夢中で気が付かなかったのですが、いつの間にか駅前広場の入り口まで来ていたのでした。わたしはびっくりしてそばにあった電信柱の陰に隠れました。
兄の車は広場の真ん中に停まっていました。噴水を挟んで駅のタクシー乗場からは死角になっています。そして言うのです。
「おーい。ここまで来たら乗せていってやってもいいぞ」
わたしの位置から車までは十メートルくらいでしょうか。全裸のまま駅前広場の真ん中まで行くのはかなりの勇気が必要です。でも、わたしには迷っている時間がありませんでした。電車が近づいて来る音が聞こえたのです。今はまだ近くに誰もいない様ですが、このままでは電車から降りて来た人達に見付かってしまうでしょう。夜風が今まで感じることの無かった肌に吹き付け、自分が何も身につけていないことを思い知らされました。わたしは度胸を決めて広場に飛び出しました。電車はもうホームに入って来ています。急がないと大勢の人が降りて来てしまいます。
車までの十メートル、いつもならわずかの距離なのですが、この時のわたしにとってはとても長い距離でした。やっと車の手が届いたと感じた瞬間、兄の車はタイヤを鳴らして急発進しました。そして、今度こそそのまま走り去ってしまったのです。
わたしは、生まれたままの姿で駅前広場の真ん中に置き去りにされてしまいました。
停車していた電車は大勢の乗客を降ろすと次の駅に向けて発進しました。もうすぐこの駅前広場は人で一杯になるでしょう。兄の車は戻って来る気配はありません。走って逃げるにもすでに手遅れです。このまま噴水の陰に身を潜めて、人の流れをやり過ごすしかありません。
次々と家路を急ぐ人達が駅前広場を覆いました。その真ん中に全裸のわたしが立っているのです。何ひとつ身を包む物を持たないわたしにとっては夜の闇だけが唯一の見方でした。誰も気付かずに行き過ぎてくれるでしょうか。
何かのはずみでこの中のひとりでもハダカのわたしに気が付けば、たちまちの内に人だかりとなるでしょう。こんな恰好でこんなに多くの人達の視線に囲まれたらと思うと、本当に生きている気がしませんでした。
人の流れは、なかなか切れませんでした。
わたしのすぐ脇をタクシーが通り過ぎていきます。わたしの体を完全に隠してくれる場所はありません。常にヘッドライトから逃げなげていなければならないのです。
ああ、どうしてこんなことになってしまったのかしら。
あの雑誌の奥さんより、遙かにひどい状態です。アパートまで歩いたら三十分はかかるでしょう。その間、わたしはずっとハダカのままでいるしかないのです。
無事に辿り着けるでしょうか。
やっと人がいなくなったみたいです。
でも、すぐには行動できませんでした。だって、どこから誰が出て来るか、わかったものではないのですから。
足音を立てないように、そっと噴水の側から離れていきました。
(大丈夫。きっと大丈夫だって)
わたしは、そうやって自分を励ましました。このままここにいるわけにはいかないのです。夜が明けたら、もっとひどいことになってしまうのはわかっています。わたしは歩き出すしかなかったのです。
(つづく)
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