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第5話 お兄ちゃんにばれちゃった

 その日、学校では大騒ぎになっていた。
 愛美は、いつものように昇降口の手前で、里奈と行き会った。廊下を歩いていてもヒソヒソ話しが絶えない。教室に入ると、クラスメイトたちも、その噂話で持ちきりだった。気に止めないつもりでも、耳に届くものはどうにもならない。
「ねえ、何かあったの?」
 愛美は、人だかりを作っていた女子に聞いた。
「今朝ね、校門のところに紙袋が置かれていたのよ」
「えっ」
「中から女物の服が出てきたんだって。下着もよ。それも脱いだばかりみたいだって噂なの」
 愛美は息を飲んだ。
「隠してあったとかじゃなくて、わざわざ見つけてくださいみたいな感じで、目立つ場所にあったそうよ」
「それで?」
 里奈が話しに食い付いていく。
「どんな服なの?」
「Tシャツとか短パンとかみたい。運動部のかなあ」
「誰のか、わかった?」
「ううん、そこまでは。紙袋だって、どこにでもあるものだったらしいわ」
「その服はどうなったの?」
「今は職員室よ。先生が持って行っちゃった」
 愛美は、血の気か引く思いで聞いていた。それは間違いなく愛美の物だ。
 朋美は、帰りに校門を通るようにと言っていた。紙袋を持って帰るフリをしていたが、実は置いていってくれたらしい。愛美はそうとも知らず、部室に投げ捨ててあった誰のともわからないジャージを着て、家まで帰った。裏門からこっそり抜け出したから、紙袋に気づくはずもなかったのだ。
(朋美さんに悪いことをしちゃった……)
 本当に謎が多い人だと思う。
 きれいでスタイルも良くて、その上、理性的で、制服姿で立っていればどこから見ても優等生にしか見えない。それでいてセックスの時はあんなにエッチで、ハダカで外に出るのも平気で。朋美なら今朝のあの時間でも、ハダカのまま走って帰ったのだろう。

 芳樹が選んだ恋人。足だって私より速いし……
 早朝の街中に全裸で放り出そうとしたひどい人が、自分から最愛の兄を奪おうとしている憎い相手が、私のご主人様。

 愛美は、自分の中で朋美の存在が大きくなっていることを感じた。

 そんな愛美にはお構いなく、噂話は続いていた。
 授業の合間も小メモが回ってきた。今朝の紙袋事件に関する怪情報だ。紙袋は今教頭先生の席にあるとか、置いていったのは、この学校の生徒ではないとか、遺失物として警察に届けられることになったとか。
 どこまで信憑性があるのか疑問だった。
 休み時間になるとその話題で盛り上がった。小メモが回らなかったグループにも口伝えで知れ渡る。授業中には、また新たな小メモが回る。営利誘拐事件絡みで警察が極秘捜査をしているとか、さらわれたのは政府の要人の娘だとか、校長先生の隠し子が認知を迫るためにやったことだとか。根拠のない戯言になっていく。それも出尽くしたのか。次第に数が減っていき、午前中最後の授業では、とうとう一つも回ってこなくなった。
「誘拐は、ないよねえ」
 愛美はこの件が落ち着くまで大人しくしているしかなかった。里奈は何か気づいたのかもれしない。
 いつも通りの平穏なお昼休みを過ごしたが、午後の授業が始まるとまた小メモが回って来た。よそのクラスから情報を仕入れてきたようだ。
 その中の一つに愛美の目が止まった。
『老紳士の証言。校門を通ったのは三人』
「ええっ!」声が出ていた。
「ちょ、ちょっと愛美ちゃん」
 授業中だということも忘れていた。里奈が慌てて繕おうとするが、
「どうした、榊原。何かあったか」
 教壇まで届いていたようだ。愛美は立ち上がる。
「すみません。寝ぼけました」
 教室は笑いに包まれた。教師も例外ではない。これだけ笑ってしまっては怒ることもできず、手を縦に振って座るように指示した。
 この場はうまく切り抜けたものの、愛美の動揺は明らかだった。
(あの人だ)
 校門の前で確かにおじいさんとすれ違った。あの人は朋美の姿も見ていたのだ。
(でもちょっと待って。三人って……)
 あの時、校内には、もう一人いたってこと……?
 部室の鍵穴に鍵が刺さっていたのも、その人の仕業なのだろうか。ということは、その人は、愛美がハダカでグランドを走る姿を、見ていたかもしれない。
 もしそうなら……愛美はどうしたら良いか、わからなくなっていた。
 里奈に相談するわけにはいかない。もちろん先生にも。でも、三人目がいたという噂は捨てておいて良いのだろうか。
 誰にも頼ることができないと思った時、ふと朋美の顔を思い出した。
 筋違いだと自分でも思う。知り合ってまだ二回しか会っていないし、そのニ度とも自分をハダカにした相手だ。それでも、このことを相談する相手は朋美しかいないと思った。やさしいお姉さんにすがるような気持ちだった。
(学校が終わったら電話しよう。今朝のことも謝らなければならないし)
 愛美の頭からは噂話が消えていた。

 放課後、グランドに出た愛美は水を得た魚だった。
 朝、この同じ場所でハダカになった記憶は恥ずかしさを呼び起こしたが、それよりも走ることに集中した。昨日までのカラ元気とは違う。競技会も二の次になっていた。愛美はただ朋美に近づきたい。その一心で練習に打ち込んだ。
「今日のマナちゃん、別人みたい」
「そう?」
「うん、なんか吹っ切れたって感じだね」
 里奈の言葉が心地良かった。
「そうだ」と掌を拳で打つ。
 愛美は、直線コースに向かって走った。
「百メートルのタイム、測ってもらっていいですか」
 顧問の教師は、愛美の依頼に意外そうな顔を向けた。周囲の反対を押し切ってハードルに転向すると言い出したのは愛美のほうだ。それ以来、タイムを測っていなかった。もちろん競技にも出ていない。
「どういう風の吹き回しだ」
「いえ、たいした意味はありません。ちょっと測ってみたくなっただけです」
 お願いしますと頭を下げると、返事も聞かずに百メートルのスタートラインに向かった。顧問の教師も、やれやれという様子でストップウォッチを手にした。愛美は軽いジャンプから屈伸、伸脚、アキレス腱と、朋美の準備体操をマネた。
「お願いします」
 後輩にスタート係りを頼み、顧問に合図を送る。十数秒後には歓喜の声が聞こえた。
「榊原、すごいぞ。久しぶりでこのタイムなら、大会記録だって狙えるレベルだ」
 顧問も部員たちも喜んでくれた。競技会で優勝したような騒ぎだ。ただ一人、里奈だけが遠くから見ていた。
 練習が終わった帰り道でのことだった。
「マナちゃん、まだ百メートルに未練があったんだね」
 里奈がそう思うのも無理はない。愛美は元々百メートルでも期待されていた。里奈とはライバルだった。入部当初は愛美のほうが速かったが、一年生の三学期になって、初めて里奈に負けた。愛美は悔しいとは思わなかった。里奈が陰で努力していたことを知っていたからだ。
「ううん、そんなんじゃないの」
「マナちゃんが出たいなら、私はいいのよ」
 愛美はハードルに転向した。里奈と争うよりも、別の道を選んだ。里奈はタイムこそ平凡だったが、代表選手にふさわしいだけの成績を修めてきた。
「もう、本当にちょっと測ってみたくなっただけだって」
「でも……」
「さっきのタイムだって、里奈ちゃんには適わなかったじゃない」
 わずかに届かなかったのは確かだ。でもそれは里奈のベストと比べてのことだ。一週間も走り込めば、逆転していたかもしれない。
「それはそうだけど」
「もうしないから。変な気を遣わせちゃってごめんね」
 愛美は里奈の背中を叩いた。
 学校側も、愛美が納得しているなら、大会優勝者は一人より二人のほうが良い。そういう空気も手伝っていた。単純に二人の間の問題ではなかったのだ。愛美は、朋美とのことで浮かれていた自分を叱りつけた。

 里奈と別れてすぐにケータイを取り出した愛美だが、アドレス帳に「朋美」という文字を表示させたままでいた。通学路を歩く足取りもゆっくりになった。通行の邪魔になっていたかもしれない。
(私からするのって変かしら?)
 学校が終るのを待ち遠しく思っていたのに、いざとなると指が動かない。朋美は脅迫者。愛美はその奴隷。こちらから連絡するのは不自然に思えた。自分から調教してくださいと言っているようなものだ。
(でも、朋美さんにも関わりのあることだし……)
 小メモにあったおじいさんの証言。今朝グランドにいたという三人目の存在は、愛美にとって絶好の口実だった。
(怒られちゃうのかな)
 愛美は最後のボタンをプッシュして、ケータイを耳に当てた。たいして待たされることもなく朋美の声がした。
『あっ、愛美ちゃん、ちょうど良かった』
「すみません、私……」
『ごめん、芳樹にばれちゃった。そっちにも連絡が行くかも』
「えっ、そんな……」
『ホント、ごめん。ケータイの写メ、見られちゃったの。すっごく怒ってて、私、これからお仕置きだって。きっと朝まで寝かせて貰えないわ』
「ええっ」
『あっ、もう切るね』
 電話が切れる寸前に芳樹の声が聞こえた。
(朋美さん、お兄ちゃんと一緒なんだ)
 そっちが先だった。恋人同士なのだから一緒にいてもおかしくはない。芳樹の部屋で愛し合う二人の姿が目の前に浮かぶ。
 胸がちくちくと痛んだ。
 でも、ばれちゃったって……
「あっ!」愛美は思い出した。
 この前芳樹の部屋を訪れた時、偶然の悪戯で朋美とのセックスシーンをのぞき見てしまった。それがばれたのなら大事件だ。
 朋美も慌てているようだった。「お仕置き」という言葉は、ノロケにしか聞こえなかったが、本当にお仕置きされなければならないとしたら愛美のほうだ。どうして朋美さんなのだろう。
 ケータイが鳴った。朋美からだ。
「もしもし、朋美さん」
 愛美は、ケータイを両手で耳に当てた。
「愛美って、やっぱりお前か。くそぅ」
 芳樹の声だった。
「お兄ちゃん……」
「話がある。後で俺のアパートまで来い。きっとだぞ」
 それだけ言うと電話が切れた。芳樹が朋美のケータイでリダイヤルしたのだろう。今さっきの通話の相手が、愛美であることを確かめるために。
(どうしよう)
 芳樹の声は怒っていた。今まで聞いたこともないくらいに。
 このまま行こうかとも思ったが、もう家の近くまで来ていた。遅くなる日が続いていたこともあって、一度家に戻った。お気に入りのポロシャツとミニスカートに着替えて、家を出た。
「お兄ちゃんのアパートに行ってくるね」
 君枝に聞かれたわけではない。こういう時に何も言わない母親ってどうなのだろうと時々思う。放任主義なのか、娘が心配ではないのかわからないが、外出にうるさいことを言われた覚えはなかった。
 日が長くなってきたというのに、外はもう真っ暗だった。愛美は小走りで芳樹のアパートに向かう。朝も早く、陸上の練習で疲れてもいた。それでも足を止めようとは思わなかった。
 アパートに着くと愛美は自動販売機を見つけた。この前は逃げるのに夢中で気づかなかったが、おそらくこれに間違いない。朋美はここまでハダカで来たのだ。愛美には考えられない。今も後ろを人が通った。
 でも、もし芳樹にのぞき見の罰だと命令されたら、もし朋美に一緒にやりましょうと誘われたら、愛美はやってしまうのだろうか。
 階段を上り、芳樹の部屋の前に立つと部屋の明かりが消えていた。愛美を呼んでおいてどこに行ったのだろう。ドアを睨む。貼り紙がしてあるのに気づいた。
『裏の神社まで来るように』
 芳樹の字に間違いない。
(神社なんてあったんだ。でも、そんなところで何をしているの?)
 言われた通り神社を探す。書き方からしてそう遠くはないのだろう。道路沿いにアパートの裏側に回る。暗くなっていてよくわからないが、大きな木が集まっているらしい場所を見つけた。近づくと鳥居が見えた。
(ここだわ。朋美さんも一緒かしら?)
 薄気味悪い場所だった。鳥居の奥が暗くて見えない。本当に芳樹はいるのだろうか。不安に襲われる愛美だが、行くしかない。
 足元を気にしながら少し行くと、境内には外灯が一本立っていた。何やら物音が聞こえて来る。聞きなれない音だ。何かを叩いているような。
 さらに近づくと、その音に遅れて人の声がしていた。くぐもった女性の声だ。本堂の裏側から聞こえているらしい。愛美は足を潜めて近づく。裏側に二本目の外灯を見つけた。
 愛美は音と声の正体を知った。
「ウソっ」
 朋美が両手首をロープで縛られ、大木の枝から吊られていた。足が宙に浮いていた。素っ裸だ。ショーツ一枚身につけていない朋美を、芳樹が皮のベルトのようなもので叩いていた。背中をのけぞらせて悲鳴をあげる朋美。でも、それは声にならない。口をガムテープでふさがれていたのだ。
(こ、これがお仕置きなの?)
 皮が肌を弾く音と、やり場のない悲鳴が交互に繰り返す。愛美が来たことに気づいても、芳樹は手を休めようとはしない。朋美の周りを歩きながら、両手を吊られても尚大きく盛り上がった乳房を打つ。腰のくびれにベルトが巻き付く。真っ白なお尻に赤い筋を付ける。汗が飛び散る。
 愛美には信じられない光景だった。
「やめて」
 何よりも芳樹の顔が怖かった。やっと出た小さな声が芳樹に届いたようだ。振り上げた手が止まる。でも、次の瞬間には朋美の肌に落ちていた。
「ぐうっいいいーーー」
 朋美の押し込まれた声が痛々しい。
「お兄ちゃん、やめてぇー」
 前よりはかなり大きな声になった。ようやく芳樹が振り向く。笑顔とまではいかないが、いつも通りのおだやかな表情だった。
「朋美にお仕置きをしていたところだ」
 芳樹の肩越しに朋美を見た。意識はあるようだ。うなだれていた頭を重そうに持ち上げ、薄く目を開いた。愛美と目を合わせたが、散々に打たれた体は自由が利かないらしい。力なくぶら下がっているだけだった。口のガムテープがなくても、声を出せたかどうか。
「なんで?」
 愛美は首を横に振る。芳樹のやっていることが理解できなかった。朋美に罪はない。のぞき見の罰というなら、愛美が受けるべきなのだ。それなのに、
「なんで、こんなひどいことをするの?」
「ひどいことをしたのは朋美のほうだろう。全部しゃべったよ。カラオケボックスやグランドで愛美をハダカにしたってな」
「えっ……?」
「そうなんだろう。愛美」
 芳樹が近づいて来た。愛美は何と返事したら良いのかわからない。
(どうしよう……)
 朋美の次は自分の番だろうか。悪いのは愛美だ。それはわかっている。でも、こんな場所でハダカにされて、木の枝に吊されるなんて。それだけでも耐えられないのに、あんなになるまで打たれて。
「ううっ」
 朋美のうめき声がした。愛美を見て何かを告げようとしているようだ。
「お前は黙ってろ」
 芳樹が振り向く。その脇を、愛美は駆け抜けた。朋美の足に抱きつく。体を持ち上げることで少しでも楽になればと思った。
「どけ、愛美。あと十回残ってる」
 芳樹の顔つきが変わっていた。愛美の肩を掴むと無理やり引きはがす。愛美が尻餅を付くのに目もくれず、芳樹は手を振り上げた。さっきの続きだ。肌に弾ける皮のベルト。呻く悲鳴。愛美は目を覆うしかなかった。
「よし、百叩きは終了だ」
 芳樹がベルトを放り出した。愛美がもう一度、足にすがる。
「朋美さん……」
「んぐぅ」
「お兄ちゃん、済んだのなら下ろしてあげて」
 愛美は泣き顔になっていた。近くでみると、朋美の体には無数の筋が付いていた。みみず腫れというやつだ。こんなになるまで打つなんて。愛美が何をしても適わない女性の痛々しい姿だった。
「ああ、そうだな」
 芳樹は木の幹に止めてあった結び目をほどく。朋美の体が下がってきた。愛美は必死になって支える。足が着いても、一人では立てそうになかった。
 ロープが木の枝から外れる。愛美はハダカの朋美を抱きしめ、足を踏ん張った。
「なんでこんなことを……」
 下まぶたにいっぱいの涙をためて芳樹を見る。
「だからお仕置きだよ。お前のためなんだぞ」
「朋美さんはそんな人じゃない」
「ううっ」
 体を預けていた朋美が呻いた。
「あっ、ごめんなさい。今とりますから」
 愛美は地面に膝を付き、朋美を寝かしてから口のガムテープを剥がした。口の中に白い布が押し込められていた。取り出すと、それはショーツだった。朋美のものだろう。履いていたものを脱がされて、そのまま押し込められたようだ。
「ひどいわ」
 ポケットからハンカチを出すと朋美の顔を拭いた。思い出したようにロープを解く。手首にはしっかりと痕が残っていた。
「朋美さんの服はどこ?」
 ここはまだ野外。傷だらけの裸身をこのままにしておくのはかわいそうだ。でも、見える範囲にそれらしいものをなかった。
「そんなものないよ」
「そんな、まさか……」
 そのまさかだった。朋美はアパートからハダカでここまで連れて来られたのだ。愛美は芳樹を見上げ、睨み付ける。
「こんなことするなんて、いつものお兄ちゃんじゃない」
「何を怒っているんだよ」
「朋美さんは、お兄ちゃんのカノジョでしょ。それなのにこんなひどいことして」
 悪いには私なのに、そう言おうとして言葉を飲む。朋美がスカートの裾をひっぱった。愛美が目を向けると、右手をだるそうに動かし口の前で人先指を立てた。一瞬のことだ。またすぐに地面に落とす。
(えっ、黙っていろということ? いったい何を……?)
 芳樹は気づかなかったようだ。
「ああ、そうだよ。俺は朋美を愛している」
 愛美は心臓を刺されたような気がした。自分から「カノジョでしょ」と仕掛けたのに、この言葉だけは聞きたくなかった。
「でもなあ」
 芳樹が一度言葉を切る。
「俺は、愛美が露出するのは反対だからな」
 愛美は動けなくなった。朋美は言っていた。芳樹が朋美にしていることを愛美にさせるのだと。それが芳樹には許せなかったらしい。
「お兄ちゃん」
「こいつがどんな女だか見せてやるよ」
 芳樹がズボンを下ろす。下半身をむき出しにすると、肉の塊がいきり立っていた。愛美は目をそむける。芳樹は傷だらけの朋美に覆い被さり、股間に手を入れた。
「はふぅ」
 ガムテープを剥がされて、自由になった朋美の息が悩ましい。
「ほらみてみろ。こんなになって」
 股間から戻した手には、粘液が糸を引いていた。
「前戯は必要なさそうだな」
 芳樹は朋美の両足を開かせると、その間に身を置いた。ボロボロになった体をこの場で抱こうというのか。それも、妹の目の前で。
「お兄ちゃん、何するの?」
「黙って見てろ」
 芳樹の声が怖かった。
 朋美が首を傾け、口を動かす。「大丈夫」と言っているように見えた。その表情からは苦痛は伺えない。むしろ初めて朋美を見たときのことを思い起こさせる。
 芳樹が朋美の膝を持ち上げ、露わになった部分に下半身の欲望を押しつけた。
「あっ、うううう」
 押し殺すような喘ぎと引き替えに、そのすべてを飲み込む。受入の準備は整っていた。何の愛撫もなく受け入れてしまうなんて、朋美は体を打たれながら気持ちを高ぶらせていたということか。
「はあっ、あああーーー」
 この前と同じだ。いや、それ以上かもしれない。芳樹が腰を動かす。根本まで押し込んだものを中心に、朋美の腰を両手で押さえて円を描く。ゆるやかな仕掛けにも、みるみる内に上気していく頬、朱に染まる肌。みみず腫れの痕もわからなくなっていく。朋美のほうからも腰を動かし始めた。
「ああ、もっと。もっとちょうだい」
 小さな子供が、母親におやつをねだるような声だ。ついさっき自分を傷だらけにした男に言う言葉ではない。少なくとも愛美にはそう思えた。
(朋美さん、幸せそう……)
 芳樹の動きが慌ただしくなった。腰を激しく前後に振る。堅く怒張した肉の塊が出入りする。その様子が愛美にも見えた。インターネットでしか見たことのない光景が目の前で展開されている。朋美の息つがいがますます荒くなっていく。
「いやっ、あん。あっ、はん。はん。はあーん」
 愛美の頬まで紅潮して来た。
 芳樹が体を前に倒した。両手で朋美の頬を押さえると、あえぎ声を唇でふさぐ。地面に放り出されたままだった朋美の手が芳樹の背中へと回る。下半身に絆を深く埋め込んだまま、口と口を貪り合う。愛し合う者同士の、自然の営みが時間を止める。今の二人には愛美の存在など、境内の立木と等しかったに違いない。
 きれいな光景だと思った。
 その一方で、愛美は一人ぼっちだった。大好きだったお兄ちゃんが別の女性と愛し合っている。その女性は、愛美を露出っこへと導いたご主人様。かまって欲しい二人が、自分をそっちのけで肌と唾液を絡ませている。
 胸がズキズキと痛んだ。これはジェラシー……

 でも、どっちに?

「あっ、いやーん」
 その声で我に帰った。芳樹が体を起こしたのだ。オモチャを取り上げられた子供のように朋美がその唇を追いかける。体勢が入れ替わった。芳樹にまたがり腰を振る朋美。快楽を求める行為に限界はないらしい。さっきまで力なく横たえていた体が跳ねる。朋美の裸身が一人舞台で踊っているようだ。
「はぐぅ、いっ、ああああ」
 ここが野外であることも、愛美に側で見られていることも、些末なことなのだろうか。朋美は腰を振り続ける。芳樹が、その腰を押さえ、下から突き上げる。前後左右に振り回す。朋美の髪が乱れ、乳房が揺れる。ゴムマリが弾んでいるようだ。芳樹はそれを楽しんでいるのか、さっきから一切触れようとしない。愛美には目の毒だった。
「あひぃ、イヤっ、ふぅ、はぅ、はぅ、ああ。ひいぃーーー」
 もう木に吊るされていた事実など忘れているのか。それとも、それがあったからこそ、こんなにも乱れているのか。愛美には想像もできない。いずれにしても、朋美はいよいよ絶頂に近づいたようだ。
「いいっ、芳樹。あ、ダメっ、よしきぃーーー」
「朋美、いくぞ」
「ああ、来て。ああ、ああああ、あぁあああああああ」
 朋美の上半身が、ひときわ大きくのけぞった。
(つづく)


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