第7話 ハダカじゃ帰れない
翌朝、一時間早く起きた愛美は、いつものジョギングスタイルで家を出た。
まっすぐに公園へ向かう。まだ日は出ていない。早朝と言っても、今ならまだ夜の暗さを保っていた。風も吹いていなかった。聞こえて来るのは自分の足音だけ。昨日から今日への切り替え作業は、この時間に行われているのかもしれない。
公園の前に立つ。反対側の路地に人影が見えた。こちらに近づいて来るそれは、愛美と同じジョギングスタイルの朋美だった。
「おはよう。愛美ちゃん」
軽く手を振りながら近づいて来た。短パンだが、ポロシャツは長袖だった。
「おはようございます」
「元気してた?」
「は、はい」
「じゃ、行こうか」
二人は公園に入っていった。
広場の真ん中は外灯に照らされて、そこだけが明るくなっていた。
ベンチの前まで進むと、
「脱ごうか」
朋美が先にポロシャツをまくり上げる。ブラジャーを着けたままでも揺れる乳房が目を惹いた。でも、視線はすぐに全身のみみず腫れへと移った。中一日くらいで消えるものでなかったようだ。
「あっ、これ? もう、イヤになっちゃう。昨日は学校休んじゃった」
「ご、ごめんなさい」
芳樹のせいだ。愛美は、思わず謝っていた。
「見た目ほど痛くはないのよ。それに愛美ちゃんが悪いんじゃ……ううん、そうね。愛美ちゃんで仇を取るというのもいいわね」
「ええっ、そんなぁー」
話をしている内にも、朋美は、どんどん脱いでいく。両手を背中に回し、ブラジャーのホックに手を掛けた。愛美は目を逸らした。
「何やってるの。愛美ちゃんの課題でしょ」
「は、はい」
愛美も脱ぎ始めた。
露出っこクラブの管理人からもらった課題「公園の外側を全裸で一周すること」を実行できずにいた愛美だが、朋美はどうしてもやらなければダメだという。愛美が自分で決めたことでもあるのだ。
『私も一緒に走ってあげようか』
朋美の提案は魅力的だった。電話でなかったら抱きついていたかもしれない。でも、結局は、やらされてしまうことに変わりはなかった。
下着を脱ぐ時は戸惑ったが、もう朋美は全裸だった。野外だというのに、特に恥じらう様子も見せていない。愛美もソックスとシューズだけの姿になった。脱いだ服は、この前ようにタオルにくるみ、ベンチに置く。今日は二人分だった。
朋美に手を引かれ、公園の出口へと歩いていく。不安はあったが、こんなに心強いことはなかった。ずっとこうして歩いていたいとさえ思った。
「ここからは裸足で大丈夫よ」
朋美は道路に出ると裸足になった。ソックスをシューズに押し込んで、愛美にもそうするように促す。路上に危ないものがないか、確認しておいてからと言う。
素足でアスファルトを踏むのは始めてだ。冷たさと堅さが直に伝わってくる。本当に何も着ていないのだという思いがこみ上げる。愛美には思いつかないことだった。シューズを道路の脇に並べて置くと、二人は走り出した。
朋美のお尻を見ながら走る。肉付きが良く、それでいて引き締まったお尻は、愛美から見てもほれぼれとする。後ろからでも、大きな乳房が揺れているのがわかる。愛美が思わず胸を覆ったのは、乳房を丸出しにして走る羞恥心からではない。
「一応、足下は気を付けてね」
朋美の声に、愛美は慌てて視線を逸らした。
最初の角を曲がった。ここからは右手に住宅が並んでいる。窓が一番気になる場所だ。さすがにこの時間なら誰にも見られることはないだろう。外灯がなければ、何も見えない暗さなのだ。
それでも愛美は不安だった。
全裸というのは、自分をこんなにも心細くさせるものだとは思わなかった。服を脱いだ場所からの距離が離れれば離れるほど、不安が大きくなっていくようだ。朋美が一緒にいてくれて本当に良かった。
二つ目の角を曲がる。ここまで来ればとりあえず窓の心配はない。ただ、服から最も離れた場所であることも確かだ。足の裏が熱くなってきた。
(ああ、ハダカなんだ。私、お外で全裸なんだ)
三つ目の角も曲がった。この前Tシャツ一枚で走った時は、この先でピンチになった。もしあの時のように人の気配を感じたらどうなってしまうのだろう。愛美たちは全裸なのだ。緊張が高まっていく。
朋美は全くペースを崩さない。そのまま最後の角までやって来た。
「あと少しよ」
もしかしたらと、愛美は思った。今のは愛美を気遣った言葉ではなく、朋美自身に言い聞かせていたのではないだろうか。
ゴールに着いたのは、それから間もなくのことだった。
息が乱れるような距離でもペースでもなかった。心臓だけがドキドキしていた。
「おつかれサン」
朋美は愛美の手を取ると、体ごと自分の胸に引き寄せた。二人とも、全裸のままだった。抱きしめられた愛美は、肌と肌が密着した状況に戸惑う。朋美のぬくもりが伝わって来る。胸の鼓動が大きくなる。両手を下げた姿勢で、されるがままの愛美。
「よく頑張ったね」
朋美が腕を解いた。もっと抱かれていたかった。女の子同士の抱擁に特別な意味があるのだろうか。朋美の意図もわからない。
愛美はただ、朋美に抱かれていたいと、願っていた。
「朋美さん、私……」
「続きはまた今度にしましょ」
そこはまだ路上だった。
ソックスを着け、シューズを履く。空が少しだけ白み始めていた。愛美は朋美と手を繋いで公園のベンチに向かった。タオルにくるまれた衣服がそこに置いてあった。このまま服を着てしまうのが惜しい気がした。
「これで報告が書けるね」
「はい、ありがとうございました」
「でも、次は一人でもできるようにならないと」
「えっ?」
「一人でできたら、キスしてあげるわ」
朋美が愛美の鼻に指を当てた。
「はいっ」
「よろしい」
愛美は、朋美のキスが心から欲しいと思った。早速明日にでも、と申し出たのだが、同じ場所で二日続けるのは危ないからと却下された。
家に戻ると、早速メールチェックをした。パソコンの起動がもどかしい。テレビみたいにパッと付かないものかといつも思う。ランプの点滅も、ハードディスクが鳴る音も、いつもより長く感じた。
(もう、早く報告しなきゃならないのにぃ)
管理人からのメールは届いていなかった。残念に思ったことも確かだが、ホッともしていた。厳しい罰が書いてあったらどうしようとハラハラしていたのだ。
愛美は報告のメールを書いた。
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管理人さん、おはようございます。
愛美です。
課題を実行してきました。
たった今帰って来たところです。
ご主人様もハダカになって、一緒に走ってくれたのです。
信じられませんでした。
公園の入り口で靴も脱いで、素足で走りました。
生まれたままの姿です。
恥ずかしくて、怖かったのですが、ご主人様が一緒だから平気でした。
女子高生と女子中学生の全裸ジョギングです。
他人が見たら姉妹に見えるのでしょうか。
見られていたら大変ですけど。
走り切ったら、ご主人様が抱きしめてくれました。
二人ともハダカのままです。
ドキドキしたけど、気持ち良かったです。
ずっとそうしていて欲しいと思いました。
次は一人でやるように言われました。
当然です。いつもいつも甘えてばかりはいられませんから。
でもいつかまた、一緒に走れたらいいなって思っています。
愛美
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「マナちゃん、今日も楽しそうね」
休み時間に、教室で里奈に言われた。
そうかもしれないと思う。朋美に抱きしめられた時の感覚が残っていた。あのふくよかな胸を押しつけられている感触。背中に回された腕。髪を撫でる指先。乳首に吸い付きたくなるような感覚は、母親の胸に抱かれているような懐かしさと安心感があった。この人にならすべてを任せられる、そう思うと足の付け根が熱くなる。
(こんなことなかったのに……)
正確に言うなら、女性に対しては、である。何度となく夢に見た芳樹に抱かれる時の感覚、それに酷似していた。もちろん本当に抱かれたことはない。後付でこんな感じ、と思いこんでいるだけかもしれない。
愛美は、机の上にあった里奈の手を握る。
「ちょ、ちょっと何?」
違う。やはりこの感覚ではない。
「あっ、ごめん。何でもないの」
何でもないことはないでしょ、って顔で里奈が睨んでいた。でも、愛美には返事のしようがない。「ごめん」と思いながらも、それに気がつかないふりをした。
朋美はどうしてあんなことをしたのだろう。何度も頭をもたげる疑問だが、一向に答えが見出せない。肌のぬくもりを思いだしてはドキドキするばかりだ。
「続きはまた今度にしましょ」
そんなことも言っていた。
ハダカが抱き合って、その続きって何なの?
「一人でできたら、キスしてあげる」
愛美も軽口でなら言ったことがある。
女の子同士のキス。それはお母さんのキスとも、まだ見ぬカレシとのそれとも違うのだろう。頭の中が朋美の唇でいっぱいになっていた。
放課後になった。
思い切り体を動かしたかったのだが、顧問の先生は今日に限ってミーティングをすると言い出した。
競技会が迫ってきているのだから、当然と言えば、当然だった。朋美と里奈。二人の優勝者を出せるかもしれないと入れ込むのはわかる。当日までの練習メニューと体調管理の確認、食事や入浴、睡眠時間まで細かく指示された。なまじ経験があるだけにうるさい。ついでの話まで飛び出して、まだまだ長くなりそうだった。
「ちょっと良いですか」
言い出したのが愛美でなかったら、怒鳴り散らされていたかもしれない。完全に話の腰を折るタイミングだった。
「なんだ。榊原」
不愉快さが顔中に出ていた。里奈がシャツの背中を小さく引っ張る。でも、それで止まる愛美ではなかった。
「ウェアはどうするんですか。最近ではセパレーツが流行ってますけど」
「ええー」
ブーイングが一瞬で押し殺された。女子部員たちもお臍を出して走ることには抵抗がある。愛美だってそうだ。ただ、担任の長演説を止めたかったに過ぎない。それがみんなにも伝わったからだ。
「そういうのが着たいのか」
「良い記録が出るなら考えます」
愛美は自分の体に指先でビキニラインを描いた。
「うーん」
担任が黙ってしまった。競技要項を取り出して読み始める。中学生の競技会にセパレーツのユニホームで参加する学校があるのだろうか。少なくとも去年までの地区大会では見た覚えがない。
「それじゃ検討しておいてくださいね。私たち、練習に行きますので」
愛美が目配せをする。
部員たちは一斉に立ち上がり、グランドへと出て行った。
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愛美へ
ご主人様も露出が好きなんだね。
良いパートナーに恵まれたようで何よりだよ。
なかなか見つからないものだからね。
一人ではなかったにしろ、全裸で公園の外側を一周できたわけだ。
よくやった。
私からも、ほめてあげよう。
あっ、でもご褒美ならご主人様からもらっているか。
それで罰のことだけど、
ご主人様にアダルトビデオを選んでもらって、それと同じことをするというのはどうだい。
全部じゃなくていいよ。
一つのシーンだけで良いから、できる限り忠実に再現するんだ。
最近の露出モノはなかなか過激だから、今までになく恥ずかしい体験になるかもね。
それでは、ご主人様によろしく。
管理人
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家に帰ると管理人からのメールが届いていた。
朝の報告をほめられて嬉しかったが、それよりも言われてみて初めて気づいた。あの抱擁はご褒美だったのだと。朋美美のいう「続き」は、もっと過激な露出の先にあるのだろうか。愛美の指先がショーツの中に潜り込もうとしていた。
(ダメっ、また罰になっちゃう)
パソコンの画面を見ながらオナニーをするわけにはいかない。今回もそれで、罰を貰ったばかりだ。
それにしてもAVだなんて。頭に浮かんだものは男の人とのセックスシーンだ。それはすぐに芳樹と朋美の行為に入れ替わる。
(お兄ちゃんとエッチ……)
妄想の中では、何度も抱かれていた。でも、芳樹は朋美のカレシ。愛美はそれを知ってしまった。芳樹だって、実の妹を抱く可能性はないに違いない。
(やっぱりムリよ)
他の男性とセックスする自分は想像できない。
朋美に話したら、どんなビデオを選ぶのだろう。やはり露出モノだろうか。インターネットでエッチな動画をのぞいたことはあるが、まともなAVなど見たことがない。まして露出モノとなれば尚更だ。今すぐに見たいと思う気持ちと、見るのが怖いと思う気持ち。どっちが強かったことか。
(どうしよう。私から連絡した方が良いのかしら)
愛美はケータイを手にしたまま考えた。こちらから電話して、朋美が芳樹と一緒にいたらまずいことになるかもしれない。それに自分から調教をおねだりするようなことをして良いものか。この前は口実を見つけて電話をした愛美だが、今日もまた同じことで迷っていた。
(でも、管理人さんからもらった罰のことは話さないといけないわ)
それは間違いない。ケータイを手にアドレス帳をスクロールする。「朋美」の文字を見つけて番号を表示させたところで手が止まる。
(ああ、やっぱりダメだわ)
前回はここで最後のボタンを押してしまったばかりに、全裸で木に吊された朋美の姿を見ることになった。もちろん偶然なのだが、愛美から電話をするとまた何か悪いことが起きそうで怖かった。
そういうことを何度も繰り返しながら、夜が更けていく。
日課として定着したベランダでの全裸オナニー。今夜のおかずは、朋美との全裸の抱擁と、その続きの妄想だった。
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管理人さん、こんばんは。
愛美です。
メールをありがとうございます。
課題の報告を褒めてもらい嬉しいです。
本当に外でハダカなったんだって、今さらながらにドキドキしています。
罰の件もありがとうございました。
ご主人様にご報告して、必ず実行させて頂きます。
でも、私はバージンなんです。
男の人とエッチするようなことだけは勘弁してください。
よろしくお願いします。
またご連絡します。
愛美
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朋美にはとうとう連絡ができないまま、管理人にだけお礼の返信をしてベッドに入った。アダルトビデオと朋美のご褒美。二つのことが愛美の寝付きを悪くした。
「マナちゃん、さっきから私の唇ばかり見てる」
部室で里奈と二人きりだった。折り畳み式のテーブルを挟み、長イスに座っていた。学校の制服を着ていたが、暖かくなってきたので上着だけは脱いでいた。ブラウスから下着の紐が透けていた。
「そんなことないよう」
「ウソっ、マナちゃんの目、おかしかったよ」
そんなふうに見えていたのかと愛美は頬に手を当てた。顔が真っ赤になっているのかもしれない。目を逸らすと、里奈は立ち上がりテーブルを回り込んで愛美の隣に座る。
「マナちゃん、こっちを見て」
里奈の顔がすぐ側にあった。
「私はいいよ。マナちゃんなら」
「えっ!」
「マナちゃん、私とキス、したいんでしょ」
「ええっ!」
里奈が目を閉じる。その顔が近づいて来た。
目が覚めた。
視界がゆっくりと戻っていく。愛美は自分のベッドにいた。まずはそこが部室でないことに安堵した。胸に手を置く。心臓がこれでもかと自己主張をしていた。
(里奈とキスしちゃった?)
夢の中での出来事とは言え、今までそんなことを考えた覚えがなかった。教室で朋美のことを考えながら、里奈の手を握ったりしたのがいけなかったのだろうか。
カーテンの外は真っ暗。まだ朝とは言えない時間かもしれない。いつものランニングに出るには、少し早いようだ。
昨日と同じくらいだろうか。今出れば……
愛美は、夕べからずっと考えていた。朋美には「二日続けてやるのは危険」と言われていたが、どうしても一人で実行したかった。ご褒美が欲しかったのだ。
そうは言っても、一人でできるだろうか。
昨日できたのは朋美が一緒だったからだ。露出初心者の愛美にとって、全裸ジョギングは、まだまだハードルが高い。朋美も無理だと思ったから「キスしてあげる」なんて言ったのだろう。
(私だってできるのに)
次第にそういう気持ちが強くなっていく。押さえられない。愛美はとうとう布団をはね除けた。まだ鳴っていない目覚まし時計を止めると、Tシャツと短パンに着替える。タオルを首に掛け、玄関から飛び出した。
(本当にやる気なの?)
自問自答する。迷っている内に夜明けが近づいていた。昨日より危険度が増したということだ。今ならまだ普通にランニングして帰ることもできた。
でも、公園のベンチの前に立った時には、そうした考えはなくなっていた。
愛美は脱ぎ始めた。これで三回目だ。少しは慣れも出てきたのだろう。周囲に対する警戒心も薄れてきた。シューズとソックスまで一気に脱いだ。今日はここから生まれたままの姿で行くことにした。
さすがに一人で丸裸になった時には、足に枷がついているようだった。
公園を出るまでは足下を気にしながら歩く。出口から道路をのぞき、誰もいないことを確認すると思い切り良く走り出した。
家々の窓は見ないようにした。どうせ今開けられたら隠れる場所はないのだ。なまじ顔を向けているよりも駆け抜けてしまったほうが誰だかわからない。愛美はそう考えることにした。
昨日は前を走っていた朋美がいない。それがどれだけ不安だったかしれないが、これをやり遂げればご褒美が貰える。それを楽しみに足を進めた。
(ハダカだ。私、こんなところで、本当に何も着てないんだ)
それをより一層強く感じた。
ジェットコースターに乗ってハラハラした時よりも、お化け屋敷の暗がりにヒヤヒヤした時よりも、心臓が高鳴った。不安なのに気持ちが良い。恥ずかしいのに見られたい。大声で「みんな見て。私はハダカなのよ」と叫びたくなる。
(露出の快感ってこういうことをいうのね)
愛美は走りながら夢を見ているようだった。
公園の入り口まで戻ってきてみると、一瞬の出来事だったように思えた。足の裏が熱かった。毎日こんなことをしていたら皮が厚くなってしまうのかも、などと思った。思った後で両手を頬に当てる。
(そんな、毎日なんてムリよ)
愛美は、家から全裸で走り出す自分の姿を思い描いた。さすがにそれはムリだろう。出る時はともかく、戻った時には君枝に見つかってしまうに違いない。何だかんだ言って、真剣に考えている自分がおかしかった。
でも、今日の目的は達成したことに満足していた。
(朋美さん、やりましたよ)
空が白み始めていた。
このことを報告したら、きっと喜んでくれるに違いない。愛美はそんなことを考えながら公園へと入って行った。
愛美の足が止まる。
息が詰まる。胸の奥が凍り付く。血の気が頭から引いていく。
衣類を置いたベンチに人が座っていた。
(隠れなきゃ)
そう気づくのが後三秒遅かったら、その男に見つかっていたかもしれない。愛美は、公園の入り口まで引き返し、植え込みの陰に隠れた。
(何であんなところに人がいるの?)
浮浪者だろうか。それとも、ただの酔っぱらいだろうか。
いつからあそこにいたのだろう。もしかして、愛美がハダカになるところを見ていたとか。戻って来るのを待ち伏せしているのだとしたら。
いろいろな可能性が頭の中を駆けめぐった。でも、そのどれもがまともな答えを返さない。わかっていることは一つ、愛美は服を着ることができなくなってしまった。もう新聞配達のバイクが走ってくる頃かもしれない。そんな路上に全裸のまま放り出されてしまったのだ。
(どうしよう)
愛美は自分の置かれた状況が信じられなかった。
このまま家まで帰るしかないのだろうか。一般道路を誰にも見つかることなく歩いて行けるとは考えられない。必ず何人かにはこの恥ずかしい姿を見られてしまうことだろう。そんなことは耐えられない。
(朋美さん、助けて)
以前なら芳樹の名前を呼んでいたことだろう。
芳樹も朋美も、愛美の窮地を知る由もない。時間が経てば経つほど状況は悪くなる。路上に人の目が増えていくのは明らかだ。
(あの男さえいなくなれば……)
相手は一人だ。ベンチまで走って行き服を持って逃げればとか、その場で堂々と着替えて見せようかとも考えた。男に何の意図もないのなら、あそこに座っている必要もないだろう。愛美のハダカを見るため、あるいはその先の行為をするためにいるのだと考えるべきである。でも、
(ちょっと待って)
愛美の記憶に公園のベンチが甦る。服を置いた場所にあの男が座っていた。でも、その脇に自分の服があっただろうか。一瞬のことなのでハッキリと覚えているわけではないが、服はなかったように思えてならない。ゴミだと思って処分したのか。それとも、その意味を承知で隠しているのか。
いずれにしても、このままこうしていたのでは解決にはならない。ベンチに服を取りに行くか、このまま家まで走るか。選択肢がそれほど多いわけでもなく、考える時間がたっぷりあるわけでもなかった。
(ああ、どうしてこんなことになってしまったの?)
愛美はハダカの我が身を抱きしめた。
ここからではベンチが見えない。逆に道路からは愛美の姿が丸見えだ。誰もここを通らない内にどうするかを決めなければならない。服があるかどうかだけでも確かめようと、首を伸ばしたその時だった。
愛美の肩を何かが包んだ。
(つづく)
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