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第8話 アダルトビデオに挑戦

 誰かが後ろにいる……
 それは間違いない。でも、いったい誰?

 心臓が内側から破裂しそうだった。陸上の練習で、どんなにきつい走り込みをしても感じることのなかった痛みが、今、愛美の胸を締め付けている。目には何も映っていない。息をするのも忘れてしまったようだ。
(えっ、何? これ、どういう……)
 頭もまともには機能していない。
 わかっているのは、公園の入り口に全裸でいるところを誰かに見つかった、という絶望的な状況だけだった。振り向くのが怖かった。このまま時間が止まって欲しいと思った。次の瞬間が怖くてたまらない。
「愛美ちゃん、何しているの?」
 朋美の声だった。
「えっ!」
 愛美が振り向いた時、そこにあった顔は間違いなく朋美だった。どんな思いも今は考えられない。ただその胸に飛び込んでいた。昨日、朋美に抱きしめられたその場所で、今度は愛美の方から抱きついた。違うのは、愛美だけがハダカだということだ。
「ダメだって言ったじゃない。二日続けてやっちゃ」
 朋美が頭を撫でてくれた。愛美は泣き出す。涙が止まらなくなっていた。
 こんなに泣いたのはいつ以来だろうか。小学生の頃、いや、恐らくもっと前だろう。愛美は声を出して泣き続けた。
 朋美は、そんな裸身をあしらいながら公園内に誘導した。植え込みの合間にできたわずかなスペースだ。そこだけがベンチからも道路からも死角になっていた。
「とにかく服を着ようね」
 立ったばかりの子供が母親に服を着せられるように足を上げ、手を袖に通す。家を出た時のジョギングスタイルに落ち着いた頃になって、ようやく涙のペースも落ちた。
「怖かったんですぅ」
 尚も胸にすがり付こうとする愛美を、朋美が両肩を掴んで引き離した。
「どうしたの?」
 朋美は、こうなる予感があったのだと言う。朋美は、聞いていた朝のランニングの時間より早く、愛美のケータイへ電話をした。ちょうど愛美が家を出た頃合いだろう。鳴り続く呼び出し音に、愛美が公園に行ったのだと確信した。それで家を飛び出し、ここまでやって来たのだ。
「私、一人でもできるって……」
 ところを見せて朋美に褒めて欲しかった。後半部分は言葉にならなかったが、朋美には伝わっていたのだろう。涙声になる愛美を、朋美はもう一度抱きしめた。
「はい、はい。大丈夫よ」
 朋美の腕の中でようやく落ち着きを取り戻し、自分が服を着ていることに気づいた。
「この服、どこに?」
 顔を上げると、朋美の唇が至近距離にあった。
「どこって、この前シューズを脱いだ場所に置いてあったわよ」
「そんなバカな……」
 愛美は間違いなく脱いだ服をベンチに置いた。それがなぜ公園の外に移動していたのか。朋美にからかわれているわけでもなさそうだ。この服に誰かが触れた、そう思うだけで気持ちが悪かった。
「あっ!」
「どうしたの? 愛美ちゃん」
「前にもこういうことがあったんです」
 Tシャツ一枚でこの公園を一周した時、入り口に新聞配達のバイクが停まっていて最後の角を曲がることができなかった。あの時もなぜか急にバイクがいなくなった。
 朋美と学校のグランドで百メートル競走をした時もそうだ。閉まっている筈の部室の鍵が開いていた。それで愛美は救われたのだ。
「ちょっと気になるわねえ」
 朋美は顎に手を置いて首を捻った。
「とにかく、当分はここで露出しちゃダメよ。いいわね」
「はい、わかりました」
「今日のことも私の言うことを聞かなかった罰よ。後でお仕置きしなきゃね」
「ええっ」
「当然でしょ」
 朋美に睨まれてしまった。こういう時、感情を伝える方法は口より目の方が有効なのかもしれない。涙腺の緩んでいた愛美は下まぶたが重くなった。
「ご、ごめんなさい」
 愛美は口元に両手を当て、瞬きを堪えた。
「泣いてもダメよ。お仕置きは許してあげないんだから」
「この前の朋美さんみたいにですか」
「そうね。どうしようかなあ」
 おどけた調子で話しているが、その目遣いが変わることはない。
「さあ、もう行きなさい。時間ないでしょ」
「は、はい」
 朋美に言われて走りだそうとした愛美だが、
「あっ、そうだ」
 露出っこクラブの管理人からメールを貰っていたことを思い出した。AVの罰のことを告げると朋美の目が輝きだした。
「それって面白そうね。考えておくわ」
 そう言い残すと、今度は朋美の方が先に走り出した。愛美が帰る方向とは真逆だった。

 愛美は、朝のランニングを中止してまっすぐに家に戻った。いつも通りの時間だった。
 何喰わぬ顔で浴室に向かい着衣を脱ぎ捨てると、脱衣カゴに丸まった衣類をまとめて洗濯機に放り込んだ。
(やっぱり、誰かがいるんだ)
 愛美は首筋にイモムシが這っているような気持ちの悪さを感じた。
 シャワーを浴び制服に着替えると、食卓に付いた。白いご飯とおみそ汁と目玉焼きができていた。君枝と二人、いつもの朝食だった。
「陸上部って大変なのね。毎朝、よく頑張っているじゃない」
「うん、まあね」
 愛美は口いっぱいにご飯を頬ばる。一度に食べるには熱すぎる量だった。息を漏らしながら少しずつ喉を通す。君枝は黙って見ていた。
「ねえ、愛美」
 愛美はみそ汁のお椀に口を付けていた。
「何をやっているのか知らないけど、お母さん、一つだけ言っておきたいことがあるの」
「ん?」
 君枝は茶碗と箸を食卓に置いた。
「自分でしたことには責任を持たなければならないの。誰かのせいにしてはダメ。どんないきさつがあったにしても、最後に決めたのは自分なんだから。わかるわね」
「う、うん」
「愛美はもうそれができる歳よ。自分のやりたいようにやりなさい。でも忘れないでね。どんなことがあっても、お母さんは愛美のお母さんだって」
 珍しく、お説教されているような気分だった。
「うん、わかった」
 愛美の手も止まっていた。
「わかったならいいわ。早く食べなさい」
 君枝の顔を正面から見た。その目がやさしく頷いているような気がした。愛美は残りのご飯を口に押し込み、みそ汁で流し込むと席を立った。
「行ってきまーす」
 君枝の声と玄関の閉まる音が重なった。

 授業に集中しろという方がムリだった。元々が陸上競技会を控えた大事な時期だったのだ。兄・芳樹のセックス現場を目撃し、その相手・朋美に呼び出され、幼なじみには告白され、露出っこクラブに出入りするようになり、露出の際には異常なことばかり。君枝まで意味深なことを言ってきた。
 一つずつ考えていたら脳がオーバーヒートしそうだ。
 考えないようにしようとしても、どうしても気になってしまうことがある。AVの課題を聞いて嬉しそうにしていた朋美の表情も気になるが、何よりも怖く、それでいて心をくすぐるのが「お仕置き」という言葉だ。
 自分も木の枝に吊されて、叩かれるのだろうか。ハダカのまま、一晩中野外に縛り付けられてしまうのだろうか。それとも……
 愛美にひどいことをするのも朋美。ハダカで一緒に走ってくれるのも朋美。ピンチに駆け付けてくれるのも朋美。 
(そう言えば、朋美さんはどこに住んでいるのだろう)
 昨日も今日も、公園まで走って来たようだった。ケータイに着信のあった時間からいくらも経たず、愛美の側にいた。時計を持っていなかったので正確にはわからないが、家に着いた時間から考えると十五分くらいか。
 予感がしたと言っていた。朋美には、愛美が一人で露出することがわかっていた。もしかしたら窮地に陥るかもしれないことも。
 愛美は机の上に鉛筆を転がす。勢いがなくなって止まると、また元の位置に戻して転がし直す。朋美にキスして欲しくて強行した露出だったが、結果はお仕置き。かわいがって貰えるのは当分先になりそうだ。
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「マナちゃん、まただよ」
 里奈の顔が目の前にある。
「えっ、何?」愛美は、顔を引いた。
「だから、朝からため息ばかり付いてるよ。どうしたの?」
「そ、そう?」
「気づいてなかったんだ」
 里奈の顔をまともに見ることができない。夢の中でキスしてしまったからだ。愛美は、自分がどんどんおかしな女の子に、なっていくような気がした。
「私はいつだってマナちゃんの味方だよ」
 里奈が愛美の手を握る。
「里奈……」
「なーんてね。愛美にはもっと頼りになる人がいるみたいだから出る幕ないか。でも、私がいることも忘れちゃイヤよ」
 それだけ言うと里奈は席を立った。どこかで見たような目をしていた。

 部活を終え、里奈と二人で校門まで来ると、朋美が待っていた。朝会ったばかりなのに、とても懐かしく感じられた。
「マナちゃんのお知り合い?」
 里奈が愛美の袖を掴む。
「ほら、この前話した女子高生のお姉さん……」
「この人だったんだあ」
 里奈の視線が、朋美の頭からつま先まで、行ったり来たりする。
「あら、愛美ちゃんのお友達? 初めまして。栗田です」
「えっ、は、はい」
「ごめんねえ。愛美ちゃん、借りるわね。ちょっと約束があるの」
 愛美は反応できずにいた。
「ねっ、愛美ちゃん」
「はい。んっと、里奈、そういうわけだから。今日はこれで」
「う、うん」
「じゃ、また明日ね」
「バイバイ、マナちゃん……」
 愛美は朋美の手を引いて歩き出した。急ぎ足でその場を離れる。角を曲がる時、校門に目を向けると、里奈がまだこちらを見ていた。
「お友達に悪いことしちゃったかしら」
 里奈が見えなくなると、朋美が声を掛けて来た。
「いえ、そんなこと。あっ、ごめんなさい」
 愛美は朋美の手首を離した。
 日が暮れて辺りはすっかり暗くなっていた。街の明かりが届かない場所では、人の表情もわからない。家路を急ぐ人たちが二人を避けて行く。
 朋美はこの前と同じ制服姿だった。
「今から私の部屋に来て。そんなに遠くないの」
「は、はい」
(朋美さんの部屋って……今から?)
「芳樹からAV借りて来たわ。一緒に見ましょ」
 朋美が紙袋を持ち上げて見せた。
「えっ、あっ、そ、そうですね」
 愛美は顔を逸らし、鞄を持っていない方の手を頬に当てた。
「あれぇ、もしかして何か期待した?」
「そ、そんな」
「いい子にしてたら、そういうこともあるかもねえ」
「ホントですか?」
「あらあら、愛美ちゃんってわかりやすいわね。さっ、行きましょ」
 今度は朋美が愛美の手を取った。話をはぐらかされてしまったが、手首を掴むのではなく掌を握っている。愛美はされるがままに付いて行った。
(この手、握り返してもいいのかなあ)
 二人は街の中心部へと向かっていた。アーケードには、まだ人が溢れていた。並んで歩くのは窮屈だった。朋美が手を離すのではないかと不安になった。
 家には何もないからと、途中でハンバーガーを買って食べた。
 路地に入る。裏道なのだろう。幅は狭かったが、そこを抜けると大通りの舗道に出た。大きなマンションの脇だ。朋美は、マンションのエントランスへと入っていった。
「私、越境だから」
 朋美は鞄から鍵を取り出すと、キーホルダーのほうをパネルにかざし、暗証番号を打ち込む。女性の一人暮らし専用に造られたマンションなのだと言っていた。
「一人で来た時は、このインターフォンを使ってね。七〇五号室だから」
 手を離されてしまった愛美だが、また来ていいのかと思うと、うれしかった。
 エレベーターに乗って七階のボタンを押す。朋美にとってはいつものことなのだろうが、愛美には異世界のことに思えた。
「防犯のためっていうけど、廊下にもエレベーターにも監視カメラが付いているのってイヤな感じよね」
 朋美が天井の片隅を指さした。
 七階でエレベーターを下りる。ホテルの廊下を歩くように進み、七〇五号室の前に着いた。朋美はさっきのキーホルダーを手にしていた。今度は金属の鍵を使いドアノブの鍵穴に差し込む。愛美は少しだけホッとした。
「さあ、どうぞ」
 玄関は小さめだった。一人暮らしなのだからこれでも十分と言えば十分だ。女性用だからだろうか、下駄箱が大きい。廊下の左側がトイレとクローゼット。右にお風呂とキッチン。奥が居間のようだ。
 先に上がっていた朋美が振り向く。
「確認しておくけど、愛美ちゃんは私の奴隷でいいのよね」
 朋美は「ん?」と首を傾げて見せた。
「は、はい」そう答えるしかない。
「芳樹には私たちのことがばれちゃったけど、逃げるなら今の内よ」
 愛美は首を横に大きく振った。
「ふーん。いいんだ」
「朋美さんこそ……お兄ちゃんにお仕置きされたりしないんですか」
「なまいきね」
 朋美は、愛美の額に二本指を立てて、軽く突いた。
「奴隷はご主人様の心配をしなくていいの」
 その目がちょっと怖かった。
「ごめんなさい。私、奴隷でいいです。いえ、奴隷にしてください。朋美さんにかまってもらえるなら、どんなことされてもいいです。私……」
 愛美はそこまで言ってしまってから口を塞いだ。丸く見開いた目で朋美を見つめたが、朋美の目に見返されて顔を覆う。体も反転させていた。
「わかったわ」
 朋美の低い声が心臓を掴んだ。
「それじゃ愛美ちゃん、奴隷のルールを決めましょう」
「ルール、ですか」
「そう。最初のルールね。奴隷がこの部屋に入る時はハダカになること。服を着ていいのは玄関まで。全部脱いでから上がってね」
「ええっ」
「それくらい当たり前でしょ。奴隷なんだから」
 朋美が腕を組んで見下ろす。口調はいつもの調子に戻っていたが、逆らいがたい重みがあった。最初に会った時からそうだった。愛美にとっては天敵なのかもしれない。愛美は制服のボタンに手を掛けた。
「あっ、ちょっと待って」
 朋美は浴室から脱衣カゴを持ってきて足下に置いた。その中に脱いだ衣類を重ねていく。朋美の前でハダカになるのは初めてではない。もう何度も見られているというのに、愛美の手から躊躇が消えていなかった。
「下着もよ」
 手が止まるとすかさず催促が入る。愛美は他人の家の玄関で全裸になった。
「いいわよ。それじゃあがって」
 ソックスも脱いた愛美は、素足で廊下に上がる。両手を体の前で交差させていた。朋美は脱衣カゴを持ち上げるとそのままクローゼットにしまった。玄関から靴を拾いコンビニのビニール袋に入れる。鞄も一緒に脱衣カゴの脇に入れ、クローゼットに鍵を掛けた。
「あっ」っと、手を伸ばす。
「帰る時には返してあげるわよ」
 朋美が鼻先で鍵を揺らした。
 それまでずっとこのままでいろということか。愛美だけが生まれたままの素っ裸。朋美との関係では、それが普通の姿なのだと思った。
 居間に入る。
 六畳くらいだろうか。正面がガラス戸になっていてカーテンは開けたままだった。その先はベランダ。左側の壁にはリビングボード。プラズマテレビやらDVDプレーヤーやらCDコンポやらの電化製品が置いてある。
「その辺に座っていてね」
 朋美はカーテンを引くと、右側の引き戸を開けて隣の部屋に消えた。
 友だちの部屋に来たのなら普通の会話でも、今の愛美にはどうしたら良いかわからない。フローリングの床には薄いブルーの絨毯が敷かれ、真ん中には木でできた楕円形のテーブルが置かれていた。クッションが二つ置いてあった。
(もしかして、一つはお兄ちゃんの……?)
 芳樹が今ここに来たら大変なことになるだろう。朋美は心配しなくて良いと言っていたが、自分のせいで責められるのは困る。
「あれっ、立ったままでどうしたの?」
 朋美が部屋着に着替えて出て来た。Tシャツにショートショーツだ。
「こっちに座ってね」
 愛美を片方のクッションに座らせると、朋美はその正面に立ち、愛美の体を見回した。背中に何か隠しているようだ。
「愛美ちゃんのハダカってホントにかわいいわね」
「やだぁ」
 愛美は、胸の前で両手を交差させ、体を前に倒す。
「どお、自分だけがハダカにされるのって。まさに奴隷って気分じゃない」
「恥ずかしいです」
「これを着けたら、もっと惨めになれるわよ」
 朋美が見せたのは犬の首輪だった。赤い皮でできていた。それをどうするつもりなのかと戸惑っている内に、首に巻かれた。金具でしっかりと固定され南京錠を掛けられた。もう自分では外すことができない。
「ひどい……」
 愛美は泣きそうになったが、
「次に来た時は自分で着けるのよ。玄関に置いておくから」
「は、はい」
「奴隷の正装もできたことだし、ビデオ、見ちゃおうか」
 朋美は、何事もなかったかのようにリモコンを手にした。手提げ付きの紙袋から何枚かのDVDを取り出す。芳樹に借りて来たものだと言っていた。テーブルの上に広げられたDVDのタイトルは、それぞれ『凶悪のSM地獄』『牝犬の檻』『野外露出のすすめ』『緊縛放置責め』となっていた。
(お兄ちゃん、こんなの見てたんだ)
 芳樹も健康な男性である。AVに興味があるのは当然だが、やはりイヤな気持ちがした。
 でも考えてみれば、芳樹が朋美を責めているところやセックスしているところを目の前で見ているのだ。これくらいは何でもないことなのかもしれない。
「どれにする?」
 そう言われても、愛美には選びようもない。この中のどれかのヒロインと同じことをしなければならないのだ。想像はしていたものの、目の前でパッケージを見せられると目を逸らしたくなるものばかりだった。
「レイプモノとかもあったんだけどねえ」
 愛美は、かぶりをふった。
「大丈夫よ。そんなことさせたら芳樹に殺されちゃうわ」
 朋美は手近にあった一枚をDVDデッキに入れた。メーカーのロゴや予告をスキップして本編が始まる。『凶悪のSM地獄』だった。
 ストーリーなどはない。天井の高い地下倉庫のような場所で、全裸にされた女性が滑車で吊り上げられ、男にムチで打たれ、バイブで責められ、全身を熱蝋で染められ、最後には浣腸を施されて排泄するまでの様子が描かれていた。ヒロインの女性は元の顔がわからなくなるくらい泣きはらし、鼻水やよだれも垂れ流しにしていた。
「どうだった?」
 DVDを入れ替えながら朋美が聞く。
「どうって、かわいそう……」
「そのかわいそうな目に愛美ちゃんが遭うのよ。芳樹は結構こういうのが好きなのよねえ。イヤになっちゃう」
 愛美は、この前の出来事を思い出し、胸にトゲが刺さった。
 二本目は『牝犬の檻』。
 全裸で正座する女性に首輪を付けるシーンから始まる。リードを曳かれて外に連れ出されるとトラックの荷台に載せられた。そこには鉄の檻が用意されていた。ヒロインはそのまま檻に入れられ鍵を掛けられる。トラックは走り出し、一般道路を通って山奥まで連れて行かれ、ヘリコプターから逆さ吊りにされて空中をさまよう。信じられない光景だった。
「AVでここまでやるなんて、すごいわよねえ」
 朋美は感想を求める間もなく、DVDを入れ替えた。
 三本目は『野外露出のすすめ』。
 明るい感じの作品だった。全裸の女の子をワゴン車の後部座席に乗せて、ドアを開けたまま街中を走る。信号待ちの時でも開けたまま。通行人から丸見えだ。果ては車から降り交差点を歩かされる。全裸のままヒッチハイクを強要される。コンビニには買い物に行かされる。通り過ぎる電車に手を振る。人にハダカを見られることを目的にした露出のオンパレードだ。
「管理人さんの言っていた露出モノってこんなのかなあ」
 過激になってきたとは書いてあったが、愛美の想像を遙かに超えていた。ハダカで公園の回りを一周した愛美だが、人に見られないことが前提だった。
「愛美ちゃんには、まだムリかもね」
 DVDを見ながらドキドキしていたことには間違いない。朋美がそれを選んだらどうしようと思っていた愛美だが、「ムリかもね」と言われてしまうと寂しい気持ちになった。
「朋美さんなら、できるのですか」
 自然と口に出ていた。
「そうねえ。愛美ちゃんと一緒だったらやっちゃうかもしれないなあ」
 朋美に見つめられて愛美はドキッとした。
 早朝の公園で、二人でハダカになって走った。公園の前で抱きしめられた。あの時に手を引かれていたら、コンビニでも街中でも行っていたかもしれない。
 四本目は『緊縛放置責め』。
 三人のヒロインのオムニバス仕立てになっていた。一人目は公園の外灯に全裸のまま縛り付けられて放置されたヒロインを、通行人が見つけて悪戯する。二人目は野球場のバックネットに大の字磔にされて放置されていた。三人目は全裸で段ボール箱に入れられ、台車に乗せられてあちこち引き回され、最後にはゴミ捨て場に放置される。
「これで終わり。愛美ちゃんには刺激が強すぎたかしら」
 言われるまでもなかった。
 AVを見るのが初めての愛美は、一本目から興奮していた。特に最後のDVDは「これならできる。できてしまう」と愛美の直感が告げていた。ハダカで段ボール箱に入れられてゴミと一緒に捨てられた自分を想像すると胸が苦しい。顔が熱い。その火照りが下半身にまで届く。愛美は指先が細かく動く。乳首が張ってくる。自分が何をしたいのか、愛美はハッキリと意識していた。
「オナニーしたいのね」
「ああ……」返事は、言葉にならない。
「したいなら、ベランダに出るのね」
 朋美に手を引かれてベランダに出された。外に出るというのにたいした抵抗もしなかった。この部屋は七階。手すりも腰の高さまではコンクリート造りになっていたから、立って身を乗り出しでもしない限り見つかることはない。内側からカーテンが閉められた。
 愛美は股間に手を這わせた。
 後はもう夢中だった。さっき見たばかりの画像が次々に甦る。それら一つ一つが愛美の身に置き換わる。天井から吊されてムチを打たれた。全裸で檻に入れられて道路を走った。繁華街の交差点をハダカで走った。そしてゴミの中に捨てられた。
「はっ、ああーん、いっ、あぅ、あふぅーん」
 声がどこまで届いているのか、気にする余裕もなかった。
 何度となく絶頂を迎え、もう十分と体を横たえた。コンクリートの上に素肌を預けるのもすっかり慣れてしまった。呼吸を整えてから部屋に戻ろうとガラス戸を引く。
(開かない……!)
 鍵を掛けられたようだ。よく見ると素通しのガラスに内側から貼り紙がしてあった。
『買い物に行ってきます。 朋美』
 愛美は閉め出されてしまったわけだ。
 部屋に入れない。そう思うと愛美の股間がまた熱くなる。首輪をしたハダカの奴隷は部屋にも入れて貰えず、外でペットのように飼われるのか。そんな妄想が愛美の頭を占領する。
(もういいと思っていた筈なのに……)
 愛美は第二ラウンドに突入した。
「まだやってたの?」
 朋美が顔を出したのは、それから間もなくのことだった。愛美はちょうど登り詰める寸前だった。朋美に見られていることがわかっているのに指を止めることができず、そのまま最期の声を上げた。
「ああーん、ダメっ、あん、いっ、イクっ。イッちゃう。あっ、イックぅーーー」
 愛美は動かなくなった。
「あーあ、派手にやったわね」
 朋美にからかわれても反応すらできない。素肌は埃にまみれ、股間からあふれ出た汁で内股も右手もずぶ濡れにしていた。
「愛美ちゃん、しっかりしなさい」
 頬を軽くはたかれ、愛美はようやく自分の状況を思い出す。
「ごめんなさい。私、恥ずかしい」
 愛美は上体を起こして朋美の胸にすがりつく。朋美は頭を撫でてくれた。ご主人様と奴隷ではなく、姉と妹のように。
「もう、こんなに汚れちゃって。首輪、外してあげるからお風呂に入っちゃいなさい」
 朋美は部屋に戻り、ボックスティッシュと濡れタオルを持ってきた。愛美の足の裏を拭き、股間と右手をティッシュで拭う。愛美はされるがままにしていた。
「さあ、いいわよ」
 愛美はお風呂場に連れて行かれた。浴槽には湯気が上がっていた。愛美がベランダにいる間に用意していたのだろう。いつでも入れる状態だった。首輪を外してもらい、洗い場のイスに座るように言われた。
「ちょっと待っててね」
 お風呂のドアを閉められた。「待って」と言われ、どうしたら良いのかわからずにいると、朋美がハダカになって入って来た。その大きな乳房から、思わず目を背けた。
 朋美は、シャワーヘッドから出るお湯の熱さを確認すると、愛美の体にかけた。
「自分でやります」
 上半身を捻って朋美を見る。
「いいから。奴隷はじっとしているの」
 ここでは自分の体を洗う権利もないらしい。ボディソープを手にとった朋美は、愛美の全身に塗りつける。体を洗ってもらっているのだと思っても、朋美の掌が直接肌を撫でていることに変わりはない。胸の鼓動が大きくなり、朋美に伝わるのではないかと怖かった。
「あうっ」
 乳房を洗われた時には思わず声が漏れた。
「何、エッチな声出してるの」
「あっ、これ……」
 朋美の手は股間にも滑り込んでいく。が、あっさりとその部分を離れた。
 指の先からつま先までしっかりと洗われた。頭からシャワーをかけられ、シャンプーもしてくれた。一通り洗い流すと、頭にタオルを掛けられた。
「私も流しちゃうから」
 朋美が自分の体を洗い出す。愛美の体を洗っていた時に比べるとかなり大雑把だ。愛美は手を出した方が良いのか迷いながら、何もできずにいた。
「ちょっと狭いけど、一緒に入れるよね」
 朋美は愛美を浴槽に入れると、その後ろに入って同じ向きに体を沈めた。愛美を背中から抱くような形だ。お湯の中で肌が密着していた。朋美は、時々思い出したように愛美の乳首をいじったり、乳房を揉んだりと悪戯をする。愛美は肩をすぼめて見せたりはしたが、たいした抵抗ではない。むしろ悪戯されるのを楽しんでいた。
「朋美さん、私……」
「何かしら?」
「私、お兄ちゃんが好きだったんです」
「うん」
「だから朋美さんは私の敵。それなのに奴隷にされちゃって……」
「あら、口惜しいの?」
「ううん、そうじゃなくて……」
 愛美は、その先の言葉が見つからなかった。でも、朋美には自分の言いたいことがわかっている、愛美には、そう思えてならなかった。
「愛美ちゃんは私の奴隷。当分、解放してあげないんだから」
 朋美が力強く、愛美を抱きしめた。
「はい」
 今はそれで十分だった。
 お風呂から上がると朋美はパジャマに着替えたが、愛美はハダカのままだった。髪を乾かす時もバスタオルを巻くことさえ許されなかった。それが終わると、クローゼットから愛美の衣類と鞄を出してくれた。
「今日はもう帰っていいわよ」
 愛美はハダカのまま脱衣カゴの前に立っていた。
「また来ていいんですよね」
「もちろんよ。何なら、今度は泊まっていく?」
「はい!」
 愛美の顔から笑顔がこぼれた。
 服を着るのも玄関だった。帰り支度を済ませると朋美はエントランスまで見送りに出た。パジャマ姿だったが、オートロック式の女性専用マンションでは当たり前らしい。
「それじゃ、どのAVにするか考えておいてね」
 朋美が手を振る。
 愛美はここに来た目的を思い出した。
(つづく)


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