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第11話 バージンじゃダメなの

 エレベーターの中で、朋美がジョギングシューズを履いていることに気づいた。Tシャツに短パンという出で立ちは、早朝のグランドで短距離勝負をした時と同じだ。わずかだが汗も掻いているようだ。
「朋美……さん」
 愛美は、まだ半べその状態で、言葉にならない。
「お風呂、湧いてるわよ」
 顔を上げて朋美と目を合わせる。瞬きが「一緒に入りましょう」と頷いているようで、愛美は頬を染めた。
 エレベーターが七階に着く。朋美の部屋のドアを開けると、君枝が立っていた。愛美を車から降ろした後、まっすぐここに来たらしい。
「あらあら、いつから甘えん坊になったのかしら」
 愛美は、朋美の胸に顔を埋めたままだった。
「お母さん……」
「お帰り。よく頑張ったわね」
 君枝が頭を撫でてくれた。心なしか目元が潤んでいた。
 心配していたのだと思う。自分でしたこととは言え、中学生の娘を全裸で見知らぬ場所に置いてきたのだ。普通なら考えられない。君枝も昔、お父さんに同じようなことをされたのだろうか。愛美は、それも後で聞いてみようと思った。
「それじゃ、私は帰るから。愛美はゆっくりして来なさい」
「えっ?」と、朋美を見る。
「愛美ちゃんは、このまま、お風呂に入っちゃおうか」
「は、はい」
 君枝は、もう玄関に降りようとしていた。朋美が、愛美の肩からタオルケットを取って床に敷く。この上を歩いて、お風呂に直行というわけだ。
 愛美は、ハダカで君枝を見送ることになった。
 朋美の部屋で入る二度目のお風呂。真っ白な湯気が立ちこめていた。鏡も曇って役に立たない。ピンク色の容器にシャンプーセットが並んでいた。
(どうしよう。自分で体を洗うのかなあ)
 洗い場に一人で立っていると、朋美もすぐハダカになって入って来た。
「じゃ、ここに座ってね」
 愛美がこの前と同じように背を向けて座ると、
「今日は足から洗いましょうね。こっちを向いて」
 確かに足が一番汚れていた。変なものも踏んだかもしれない。裸足で何キロも歩いたのだ。足の裏の皮がヒリヒリしていた。
 愛美は一度立って向き直ると、膝をしっかりと合わせて座った。
「ちょっと染みるかも」
 朋美はシャワーの温度を見てから愛美の足に掛けた。片足ずつ上げさせて足の裏まで掌でこする。踵や指の間まで一通り洗った後、愛美の表情を見ながら、ボディシャンプーを付けてもう一度。細かい傷がないかも気にしているようだ。
 少しは染みたが、朋美に洗って貰えることが気持ち良かった。
 正面を向き合うと、大きな乳房が気になってならない。洗う動作に合わせて右へ左へと揺れていた。シャワーヘッドに手を伸ばした時には、愛美の顔の前で縦に弾んだ。
「気になる?」
 朋美も気づいていたようだ。
「えっ、は、はい」
「大丈夫よ。愛美ちゃんだってすぐに大きくなるから。後でいっぱい揉んであげるね」
「えっ、えっ」
(それって……)
「ちゃんとできたら、ご褒美あげるって約束でしょ」
 愛美は顔を両手で覆った。掌が熱かった。顔がトマトのように赤くなっていたのではないだろうか。朋美はくすくすと笑うだけだった。
「それじゃ体も洗いましょうね」
 後はこの前と同じだった。髪を洗われ、背中を流され、乳房やお臍に悪戯されながら、体中をいじられた。朋美は洗い続ける。愛美は何もしない。されるがままに手を上げたり、頭を下げたりするだけ。まるで生きたお人形のようだ。足を広げられずに、朋美に睨まれたりもした。
 二人でバスタブに浸かる。愛美は朋美の腕の中。ご褒美のことも忘れていた。この時間が続くなら、もう何もいらないとさえ思っていた。
 お風呂から出ると朋美はバスローブを羽織ったが、愛美はハダカのままだった。ここに来た時の奴隷のルールだから仕方がない。それ以前に、全裸迷子でここまで来た愛美には着る服がなかった。
「愛美ちゃんはこれ付けてね」
 朋美が持って来たのは首輪だった。これもここのルール。洗い髪の下に赤い皮の首輪を巻くと、金具を止めて南京錠に鍵を掛けた。
「喉が渇いたでしょ」
 テーブルにオレンジジュースの入ったグラスが二つ置かれた。
「これ、飲んでいいんですか」
「もちろんよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
「あっ、もしかしてワンちゃんみたいにミルク皿の方が良かったかしら」
「ええっ」
 朋美の目が悪戯っ子のそれになっていた。
「イジワルしましたね」
「へへ。でも私がそうしなさいって言ったら、愛美ちゃんは逆らえないのよ。そうだ。ベランダに犬小屋を用意しておこうかしら」
「あーん、もう」
 愛美はバスローブの肩にこぶしを当てた。ついさっきまでハダカで街を走り回っていたことがウソのようだった。
「それ飲んだら寝ようか。もう朝になっちゃうわ」
 朋美が指さしたサイドボードの上に、クリスタルの置き時計が置かれていた。四時を過ぎていた。いつもなら、もうすぐ朝のランニングに出る時間だ。
 眠気はなかった。ただ「寝ようか」という言葉が、胸の奥でさざ波となっていた。
 朋美はグラスを片づけると、愛美の手を取って隣の部屋の引き戸を開けた。そこは寝室だった。オレンジ色の豆電球が一つだけ点いていた。正面には洋ダンスと勉強机が並んでいた。左手はカーテンが引かれ、右側の壁にベッドが収まっていた。シングルベッドに枕が一つだけ置かれていた。
(どこに寝かされるのかしら。ベランダ? それともベッドの下の床? でも、ご褒美をくれるって言ってたし、おっぱい揉んでくれるとも言ってたし。でもでも、首輪されちゃったし……)
 朋美は、居間の明かりを消すと、引き戸を閉めた。
 バスローブに身を包んだ朋美と首輪に南京錠の愛美。それが二人の関係。ご主人様とその奴隷であることに変わりはない。
「さあ、どうぞ」
 朋美がベッドの方向を指し示した。どうやらベランダに出されることはないようだ。朋美の顔と部屋の中を見比べながら、愛美はベッドの下のジュータンに体を丸めた。
「あら、そこでいいの?」
 意味ありげな言い回しだ。
「だって私、奴隷だから」
「そうね。でも、あなたのご主人様は気まぐれなの」
 そう言って愛美を立たせると、朋美が顔を近づけた。唇と唇が触れそうだった。愛美の体が震えた。足は動かない。背中を反って距離をとろうとすると、二の腕を捕まれた。
「奴隷は何をされてもじっとしているものよ」
 朋美の目で睨まれると動けない。体を引き寄せられた。朋美の両手が、それぞれ背中と頭の後ろに回る。もう逃げられない。
(キスされるんだ。いえ、キスしてもらうんだ)
 愛美は目を閉じた。
 唇に柔らかいものが触れた。ホントに柔らかい。マシュマロみたいだ。
「したこと、ないの?」
 愛美は目を伏せた。伏せたまま首を縦に小さく振る。
「ファーストキス、貰っちゃった」
 顎を持ち上げられ、もう一度唇を塞がれた。今度はすぐに離れない。唇の端まで、すべてが合わさるように深く重なる。頭の中が白くなっていく。
「うっ!」
 ぬるっとしたものが上唇に触れた。それは歯茎の隙間に入り込み、前歯を舐め、その裏側にまで先端を伸ばす。
(これが大人のキス……)
 口の中をなめ回される感覚に舌が怯える。それを追いかけるように奥底まで侵入を果たす朋美。こうなることを夢見ていたはずなのに舌は怖じ気づいていた。
「もう、逃げちゃダメじゃない」
 唇が離れた。愛美はエサを求めるひな鳥のように口を開けて待つ。が、そのままベッドに押し倒された。
「あーん!」
 朋美の体がのしかかる。両手は下げたままだった。
「自分からも舌を絡めるのよ」
 また唇を奪われた。遠慮なく入り込んで来る朋美の舌。
(逃げちゃダメ。全部、朋美さんに預けるの)
 愛美は、舌を出すのが精一杯だった。すかさず絡みつく感触に任せる。上に下にと動き回り、口の中のすべてを舐め取られているようだ。朋美は、片手で器用にバスローブの帯をほどく。二つの大きな桃が垂れ下がり、愛美の胸をこすった。互いの体を入れ替えながら、布団の中に潜り込ませる。肌と肌とが、いよいよ密着する。
 いつか芳樹とするのを夢見ていた行為だ。戸惑いがないわけではない。他の男の子とは手を繋いだこともない。それが今、朋美のされるがままになっている。首輪に南京錠を掛けられた奴隷の姿で。
 女の子同士のキスに酔い、肌の温もりに幸せを感じた。
 朋美は、愛美の首筋に舌を這わす。
 顎の右側から回り込んで、耳の裏側へと舐め上げられる。乳房同士が強く押しつけられた。耳たぶを甘噛みされると、思わず声が漏れた。
「あふっ」
 両肩を上げ、首を窄める。
「愛美ちゃんの弱点、みっけ」
 耳元の吐息も熱かった。
「あっ、イヤっ」
「ダメよ。全部食べちゃうんだから」
 朋美が耳たぶを口に含む。内へ外へと交互に舐め回しながら、時折思い出したように歯を立てる。その度に、愛美の口が甘い息を漏らす。朋美の舌は、さらに耳の奥まで下りていく。甘噛みが、少女の感覚を引き出していく。
「はあっ、いいぃん」
 愛美は涙目になっていた。
 耳を責め続けつつ、体をずらして愛美の乳房を掌に包む朋美。それを予期できなかった愛美は、上半身を強張らせる。誰にも触れられたことのない小さな隆起が、その先端を尖らせる。朋美の手は乳房を揉みしだきながらも、なかなかその頂点には触れようとしない。愛美の息がますます荒くなっていった。
「と、朋美さん。私、へ、変です」
「どうしたの? ハッキリ言ってご覧なさい」
「なんだか……、ああ、ダメっ。い、言えません」
「ちゃんと言わないと、わからないでしょ」
 朋美の口が耳の最深部に吸い付く。乳房を揉む手も激しさを増した。
「ああああ、い、イヤ……あっ、ひぃいいいいーー」
「ほら、どうして欲しいのかな」
 わかっているくせに、いじわるな朋美だった。
「い、いじって……」
「えっ、なに?」
「いじって、ください」
「どこを? どこをいじれば良いのかしら」
「ち、乳首……」
 朋美の指先が、不意に乳首を摘んだ。
「ひぃいいいいいいーー」
 背中まで走る刺激に、体がのけぞる。
「愛美ちゃんは、こんなことをして欲しかったのね」
「ああっ、ううーん」
「こんなにしちゃって。ホントにエッチなんだから」
 周りばかりを責められ、放っておかれた乳首がますます堅く、大きく膨らんでいた。朋美はそれを指先で弾く。その先端に人差し指を押し付けてぐりぐりと回す。摘んだまま引っ張る。愛美は、両手を腰の脇に置いたまま、指先を小さく動かし続けるだけだった。
 朋美の唇が耳を離れ、首筋を下りていく。肩から胸へ、ゆっくりとした動作で、もう片方の乳首を目指す。愛美もそれに気づき、はがゆさが背中を走った。
「ああん」
「あら、催促しているのかしら」
 返答を待つこともなく、朋美の舌が乳首の先端を舐めた。指先の何倍も官能的な刺激が、乳腺を通って体の奥へと入り込んでいく。
「はふぅうう」
 愛美は思い出してしまった。今、自分を痺れさせている感覚は、すべてどこに通じているかを。
「ああ、朋美さん。私……」
「どうしたの」
 腰の両側で指先がじりじりと動く。
「私、い、いけないことをして……あぅ、しまいそう」
 乳首への刺激をじらされたのとは、比べものにならないもどかしさに身を揉む。このまま女の子の部分を放っておかれたら、自分で慰めてしまうそうだ。
「オナニーしたいのね」
 朋美に見破られ、顔が熱くなる。愛美は、自分の体がこんなになってしまうなんて、思ってもみなかった。朋美から与えられるすべての刺激が下腹部に集まり、欲求を募らせる。気持ちのいいことをいっぱいしてもらっておきながら、一番欲しい刺激は与えられない。もう少し気づかずにいれば良かったと、愛美は悔やんだ。
「イジワルしちゃおっかなあ」
 朋美は、顔を愛美の正面に持って来た。
「ええっ」
「愛美ちゃんが一番して欲しいこと、ずっとしてあげないの」
「そんな……」
「もちろん自分でするのもなしよ」
「イヤっ、ダメです」
「愛美ちゃんって、そんなにエッチな女の子だったんだ」
 不意の出来事だった。愛美の熱くなった花芯に何かが触れた。
「はひぃーーー」
 気を逸らしている内に、朋美の指が矛先を変えたのだ。散々にじらされてきたその部分は、わずかな刺激にもどん欲だった。花芯の周りを撫でられるだけで、今にも気をやってしまいそうになる。
「あうっ、ううーん」
 愛美の口から喘ぎ声が止まらない。朋美の指は、まだ肉の芽を開こうとはしていないのに、その部分からこぼれた愛液が内股を濡らし尽くした。これ以上されたらどうなるのだろうと、愛美は胸の奥まで痺れていく。
 朋美の指がいよいよクリトリスに迫った。
「あっ、ダメっ」
 思わず口に出る。
「ダメなの。なら、しないわよ」
 朋美の顔が、まだ正面にあった。愛美を見下ろして口元に笑みを浮かべる。イヤイヤをする子供のように、愛美は首を振った。
「どっちもダメなの。困ったコねえ」
「た、助けて。私、おかしくなっちゃう」
「どうしようかな」
「あん……」
 愛美が下唇を噛んだ。
 朋美は、ベッドの上に膝立ちになったかと思うと、愛美の両足を持ち上げた。Mの字型に大きく開かれ、女の子が隠しておきたい部分が、くまなく晒される。その中心には、包皮に包まれた肉の芽が埋もれていた。
「あっ、イヤっ。恥ずかしいです」
 口で言うだけで、足を閉じようとはしない。それどころか、朋美に両手を膝の裏に持っていかれ、自分でそのまま支えているように言われた。
「ねえ、赤ちゃんがおむつを交換してもらうところ、見たことある?」
「いやあー、見ないで」
「あら、見なくちゃ舐められないでしょ」
 朋美が顔を埋めた。足の付け根から大陰唇の周りに沿って舌を這わす。花芯からあふれ出た蜜が舐め取られ、唾液と塗り変わる。一番敏感な部分への刺激は、ここへきてもまだ得られなかった。
「ああっ、はず、恥ずかしい……です。そんなとこ、えっ、あ、ああー」
 舌の包囲網が狭くなってきた。甘い蜜を発生させる中心は不可侵の聖域。朋美もそれはわかっていることだろう。軽く口づけをされただけで痙攣が脳天まで届くようだ。
「ふぁうん」
 朋美の舌が包皮に届く。
「ひぃいっ」
 唇の先で包皮を包まれ、その中で舌先が肉の芽をまさぐる。愛美の息がいよいよ妖しくなってきた。両手はシーツを握りしめた。
「あひっ」
 朋美の舌がクリトリスに達した。
「ひぃいいいーーー」
 包皮が剥がれた。無防備になった羞恥の核を絶え間ない刺激が襲う。愛美の限界は、もうすぐそこに迫っていた。
「ダメぇ、あっ、いいぃ、イクっ」
 朋美が舌をクリトリスに巻き付かせる。肥大化した肉の芽を唇で包んで吸い上げた。オナニーはしていても、その部分にここまでの刺激を受けたことはない。未知の体験に身も心も、わけがわからなくなっていた。
「あひぃ、い、イク、イク、イッちゃう。ああ、イッくうぅぅぅーーー」
 愛美は真っ白な闇に包まれた。

 カーテンから強い日差しが射していた。
 愛美は首をもたげる。横を向いて寝ていた背中に、朋美が貼り付いていた。二人ともハダカのままだ。あのまま寝てしまったらしい。徹夜同然で全裸迷子をしてきたのだ。肉体的にも精神的にも疲労していたのはムリもない。
「起きたの」
 朋美の声がした。
「はい」
「まだ寝てていいわよ。それとも、もう一回する?」
「えっ!」
「ウソよ。もう少しゆっくりしましょ」
 朋美が後ろから、愛美の乳房を揉んだ。
「あん」
 背中から抱えられているのだ。朋美の悪戯を避ける術はない。
「気持ち良かったでしょ」
 唐突な問いに愛美は戸惑う。
「えっ、は、はい」
「そうよねえ。あんな声、上げてたんだもの。気持ちが良くないわけないか」
 愛美はやっと質問の意味を理解した。
「でもね。愛美ちゃんがバージンじゃなかったら、もっと気持ち良くしてあげられるんだけど、残念だなあ」
「そうなんですか?」
 愛美は肩を動かしたが、朋美に抱かれたままでいるほうを選んだ。
「好きな男の子とか、いないの?」
「は、はい」
「あっ、そうか。愛美ちゃんは芳樹が好きだったのよね」
 返事ができなかった。
 愛美から「お兄ちゃんが好きだった」と告白したのは、ついこの前のことだ。今にして思えば、それを口にしたこと自体不思議に思えた。君枝にも話していないのだ。それをなぜ朋美に……
「好きな子ができたらエッチしてもいいのよ」
「えっ?」思いがけない言葉だった。
「でも、奴隷は解放してあげないからね」
 朋美が首輪をひっぱる。
 何かを言い返そうとした愛美だが、言葉が見つからなかった。
「シャワー、浴びちゃおうか」
 朋美はバスローブを羽織ると寝室を出ていった。
 一人になった愛美は体を丸めた。今のはどういう意味だろうか。奴隷でいさせてくれるのは嬉しいのだが「早くバージンを卒業しなさい」と言っているようにも聞こえる。
(そう言えば、お母さんも……)
 物置に吊された晩、愛美がバージンでなかったら……と言っていた。ロストバージンなんて、ずっと先のことだと思っていたのに。
「愛美ちゃん、いらっしゃーい」
「はーい」
 朋美が呼んでくれた。今はそれだけで良いと思った。
 首輪を外して貰い、二人でシャワーを浴びた。愛美は、相変わらず立っているだけだった。珍しく朋美も悪戯はしてこない。さっと流して浴室から出る。ドライヤーをかけてもらった。髪を梳くのも、丁寧だった。
「お母さんから預かっていたの」
 朋美が脱衣カゴを出して来た。見覚えのある服が入っていた。下着まで一式あるのだろう。靴もあった。
(私、帰されるんだ)
 愛美はもっとここにいたかった。いられるものだと思っていた。
「朋美さん……」
「はい、お仕置きもご褒美も終了。帰っていいわよ」
 愛美は声が出ない。
 バスローブを羽織った朋美は、頭をバスタオルで拭きながら寝室に入っていった。
 愛美は脱衣カゴの前に膝を折る。
「お母さんったら、もっとかわいいの持って来てよ」

 マンションのエントランスで朋美と別れた。まだお昼前だった。愛美は上の階を見上げる。
 七階は、あの辺りか。
 こちらからでは朋美の部屋が見えないのはわかっていた。
「帰っていいわよ」
 朋美はこの前もそう言った。
 愛美は「いいわよ」と言われるまで帰れない。でもそれは、言われたら帰らなければならないということでもある。愛美は歩き出した。
 間もなくコンビニが見えた。何時間か前に、この前をハダカで通り過ぎた。あの時、確かに後ろで声がした。追いかけては来なかったようだが、見られていたと考えるべきだろう。愛美は道を変えることにした。
 マンションから離れるにつれて、愛美の心に少しだけ暗い影が落ちた。駅裏の路地から出て来た車にだって、見つかっていたかもしれない。一瞬ではあったが、ヘッドライトに全身を包まれた。そのまま行ってしまったから良かったようなものの、もし悪い人が乗っていたら……
 全裸迷子は、愛美に課せられたお仕置きだと言っていた。
 朋美が決めたことなのだ。愛美が危険な目に遭うことは考えていなかったのだろうか。真夜中だから、人はいないと思っていたのだろうか。「よくがんばったね」と、あんなに褒めてくれたのに……
 気が付くと家に着いていた。
「お腹空いたでしょう」
 君枝が待ちかねていたようだ。お昼だというのに、夕食のような献立が愛美を待っていた。ロールキャベツにナポリタン、天ぷらはエビ・レンコン・シイタケ・大葉、春巻きに杏仁豆腐まで、和洋中ごちゃまぜもいいところだが、どれも愛美の好物ばかりだ。そう言えば朝から何も食べていない。寝ていたのだから当たり前だが、十七時間ぶりの食事ともなれば空腹もいつも以上だった。
「よく食べるわねえ」
 箸の進む勢いが、いつまでも衰えなかったのだろう。君枝が呆れたような顔で見ていた。返事もせず、愛美はとりあえず詰め込めるだけ詰め込む。「ごちそうさま」の代わりに「ちょっとだけ寝るね」と言い残し、自分の部屋に戻った。
 ベッドに体を投げ出す。今夜はここに一人で寝ることになるのだろう。朋美の肌のぬくもりが甦る。柔らかくて、暖かくて、気持ち良くて……今度はいつ抱いて貰えるのだろうか。
(ここも悪戯されたんだ)
 愛美の手がスカートの中に潜り込む。その先には熱く滑りを帯びた秘密の園だ。今にも弄ぼうとする指先を寸前で堪えた。そのまま近づけることも遠ざけることもできず、愛美はフリーズする。
『野外でなければオナニー禁止』
 こんなことを課した管理人を恨んだ。
(そうだ。メールしなきゃ)
 欲情した体を騙すには、それしかなかった。

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管理人さん、こんにちは。
愛美です。

ご主人様のお仕置きを受けてしまいました。
今、帰ってきたところです。
覚悟しておくようにと言われていただけあって、とても厳しいものでした。
全裸迷子というのだそうです。
知らない場所に連れて行かれて、ハダカのまま放り出されました。
目隠しをされていましたので、最初はどっちに行ったら良いかもわかりませんでした。
そうそう。今回はお母さんもグルでした。
ご主人様と知り合いだったのです。
娘にそんなことをさせるなんてひどい母親だと思いませんか。
でも、これをやり遂げたら大事なことを教えてくれるって約束してくれました。
ホントに怖かったです。
途中で車が来たり、コンビニから人が出て来たりして死ぬかと思いました。
どれくらい外にいたのかわかりません。
ずっとハダカだったんです。
ご主人様のマンションにたどり着いた時には泣き出してしまいました。
でも、その後ご主人様が優しくしてくれました。
よく頑張ったねって、ほめてくれたんです。
うれしかったです。
これからも恥ずかしいことをいっぱいされると思いますが、
私にとっては大切なご主人様です。
やっている時は夢中で気づかなかったのですが、
もし誰かに見つかっていたらと思うと、今更ながらに怖くなります。
全裸迷子はもう勘弁して欲しいと思います。

愛美
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 書き上がったばかりのメールを読み直す。
 やっている時は本当に怖かった。でも、マンションに付いてからの朋美はとても優しかった。いろいろな顔の朋美が目の前を通り過ぎる。胸の片隅でくすぶる不安も、めくるめく快感の記憶には勝てないようだ。
 思い出したことがもう一つ。
(お母さんとも約束したんだった)
 愛美はメールの送信ボタンをクリックして、リビングへと下りていった。

 君枝は食事の後かたづけを終え、座卓でお茶を飲んでいた。テレビは昼ヒロでなくサスペンスの再放送がかかっている。愛美はその脇に座った。
「何か飲む?」
 君枝はテレビから目を離さない。
「うん」
「冷蔵庫に麦茶が入っているわよ」
 愛美は腰を浮かしたが、
「やっぱいいや」
 座り直すと、テレビを見ている君枝を見ていた。
「ねえ、お母さん」
「ん?」
「約束、覚えてる?」
 君枝は湯飲みを座卓に下ろした。
「覚えているわよ。お父さんのことね」
 父親のことを君枝は話したがらない。たまに会話の流れで出てくることはあっても、話をよそに向けるか、なかったことにするか。
 だから、聞いてはいけないことなのだと思って来た。
「お父さんは生きているわ。あなた達には内緒にしていたけど、お母さんは今も時々会っているの。大人の事情ね。愛美に理解できるかしら」
「う、うん」
 父親がいないことで、これまでどれだけ寂しい思いをしてきたか、君枝は知っているはずだ。父親参観日も君枝だったし、日曜日に遊園地に連れて行ってくれるのもそうだった。友だちが嬉しそうに父親の話をするのをどれだけ羨ましく思っていたことか。それなのに、君枝だけが会っていたなんて。
「ごめんね。愛美……」
 君枝は顔を背けた。目尻に手を当てているように見える。
「おかしいとは思ってたんだ。お母さん、たいした仕事もしていないのに……あ、ごめんなさい」
 君枝は少し驚いたようなそぶりを見せたが、すぐ優しい目に戻っていた。
「いいのよ。その通りだから」
「あっ、うん。それなのに生活費とか、どうしているんだろうって」
「愛美もそんなことを考えられる歳になったのね。いいわ。なら大丈夫ね。お母さんは愛人なの」
 子供ながらに、わかっていたような答だった。
「そっか」
 君枝に付き合っている男性がいることは、薄々だが感づいていた。いつだったか君枝の部屋でハンコを探している時、整理ダンスの引き出しからコンドームを見つけてしまったことがあった。その時は何だかわからなかったが、後から得た知識によれば、その使い道は限られている。愛人の意味もテレビや週刊誌で知っていた。君枝がそうなら、すべてが説明つくことも。
「お母さんはお父さんのことを愛している。お父さんもきっとそう。だから結婚とか、そういう形式にはこだわらないことにしたの。いろいろとあったけどね」
 愛美には想像もつかない苦労なのだろう。君枝の口調が、それを教えていた。
「お母さんは、それで幸せなの?」
「もちろんよ。いつも一緒にいるだけが愛情ではないわ。何かと気にかけてくれるし、いつもどこかで見守ってくれているの。お母さんだけじゃない。あなたと芳樹のこともね。見守るだけの愛情ってつらいものよ」
「私のことも……」
「そう。だから愛美も自分にはお父さんがいないだなんて思わないで。今はまだ会えないだけなんだから」
「うん、わかった」
 まだまだ聞きたいことがあったはずだ。「どこにいるの?」「何をしているの?」「どんな人なの?」言い出したらキリがないだろう。
 でも、今は何も言わなかった。
 愛美は立ち上がると君枝の後ろに回り込み、おぶさるように抱きついた。
(つづく)


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