『イジメられっ子』後編
クラスメイトたちは、次々に帰って行きます。みんな、わたしがいじめに会っているのをわかっているはずなのに、誰も助けようとはしてくれません。それどころか、かかわりあいになりたくないとばかりに無視するのです。わたしは三人に囲まれて学校を後にしました。
いったい私をどこに連れて行こうと言うのでしょう。不安で仕方がありませんでした。洋子たちはたわいもない話で盛り上がっていますが、わたしがその中に入れるわけもなく、ひとりで後から着いて行きました。
洋子たちは、どんどん人込みに入って行きました。そして、わたしが連れて行かれたのは、駅の隅のコインロッカーでした。その一番奥まで行くと、洋子たちは着替えを始めました。女子ロッカーではありません。他の人だって来る場所です。でも、三人は上手に体を隠しながら着替えを済ませました。
「わたしの下着を返して」
一度だけ、勇気を絞りました。言うのがとても怖かったのです、これ以上のひどいことをされそうで。言ってしまってから洋子の目を見て、息を飲みました。
「どうしようかなあ」
わざとらしく腕組みなどして見せました。わたしは言葉を繰り返すことができず、下を向いていました。
「いいわ。返してあげる」
わたしは顔を上げました。
「でも、ここでは着替えられないんじゃない?」
「ううん、なんとかするから……」
「なら、先にハダカになってよ。そしたら返してあげるわ」
そんな、ばかな……
わたしは目の前が真っ暗になりました。まさか、駅のコインロッカーで全裸になれなんて、そんなことできるわけないのに。
「無理よね。だったら諦めなさい。それにわたし、持ってないもの」
「うっそー」
「うそじゃないわよ。下着はあなたのロッカーに返しておいたわ」
やられました。わたしは完全に洋子たちに遊ばれていたのです。いずれにしても、これでわたしは、家につくまで下着無しでいなければならなくなりました。それでも、この場でハダカにされなかっただけ幸運だったのでしょうか。
「ねえ、でも、このままじゃダサイわよね」
恵美が言いました。わたしにはその意味がわかりません。
「そうね。着替え持ってないんだものね」
「制服をちょっといじるしかないか」
「だったら、わたしにやらせて」
鈴香が近付いてきました。そして、わたしのブラウスのボタンを外そうとするのです。
「な、なにを!」
身をよじって鈴香の手を避けました。
「何って、このままじゃ遊びに行くのにみっともないでしょう。せめて臍出しでもして貰おうと思って」
「そんな、わたし、臍出しなんて……」
他の子がそういうことをしているのは知っています。でも、わたしにはとてもできないことでした。お臍を出して町中を歩くなんて、プール以外の場所で水着になるよりも恥ずかしいことに思えたのです。
「大丈夫よ。簡単だから」
そう言って詰め寄ってきました。洋子と恵美も近づいてきます。ふたりに押さえ付けられて身動きできなくなりました。後は鈴香のされるがままでした。鈴香はブラウスのボタンを全部外すと、スカートから引き出して裾をまくり、あばら骨の一番高くなった辺りで結びました。お臍に限らず、わたしのおなかが殆ど露出してしまいました。
「やだあ、こんなの」
「でも、あなた、ノーブラでしょう。これ以上さげたら、おっぱいが見えちゃうかもしれないよ。それでもいいなら結び直すけど」
わたしはハッとしました。確かにその通りです。って、ボタンをすればなんてことないのですが、全部外されてしまったせいでそういうことにもなるのです。胸元がとても頼りなく思えました。
「スカートもちょっと長いんじゃない?」
「そうね。こんなもんかしら」
洋子に言われて鈴香がわたしの腰の前にしゃがみこみました。そしてスカートの裾を持ち上げました。元々がかなり短いスカートなんです。それをさらに持ち上げるのですから、ヘアーが見えてしまいそうです。
「でも、どうする? 鋏は持ってないし……」
その場に鋏があったら、スカートの裾を短く切られていたところでした。ないのだから諦めるだろうと思ったのは、甘かったと知りました。
「ウエストを折り返すしかないんじゃない?」
「そうね。三回くらいで良いかもね」
そんな、三回も折り返したら、股の付け根くらいまで上がってしまいます。そんな恰好では、歩く度におしりもヘアーも見えて隠れするでしょう。それでも、許してくれませんでした。鈴香はどこから持ってきてのか、安全ピンを出して、折り返したスカートのウエストを止めました。
「これでどうかしら?」
鈴香が二歩下がって出来上がりを検分しました。両腕も離されました。他の二人も距離をおいてわたしの姿を眺めます。
「恥ずかしいわ。これじゃ短過ぎて……」
わたしはスカートの裾を気にしていました。
「だったらウエストを下げたら」
鈴香がまた近づいて来ました。ウエストを下げようとしたのですが、腰骨が邪魔して下がりません。でも、鈴香は諦めようとはしませんでした。一旦ウエストのホックを外すとファスナーを下ろしました。そうしておいて、もう一度ウエストを折り返しました。それを腰骨のところまで下げて安全ピンで止めました。ちょっどビキニのボトムみたいで、これだとお臍が丸だしです。スカートの丈も前よりさらに短くなっていました。
「きゃー、いやらしい。よくこんな恰好できるわね」
「ホント。これじゃ露出狂よね。わたしたちには絶対マネできないわ」
それじゃあなんでわたしにさせるのよ、って悲しくなりました。でも、抗議をしてもむだなことはわかっています。わたしはそのままの姿で人込みに連れ出されました。
わたしは、ホックのしてないスカートが気になって仕方がありませんでした。安全ピン一本で止まっているだけなのです。もし外れでもでもしたら、パンティを履いていないわたしの下半身ヌードになってしまいます。それでなくても、ぎりぎりでヘアが隠れるくらいの丈しかないのです。ちょっとした風に吹かれただけでも露出しかねません。歩き方にも気を遣わずにはいられませんでした。
歩道の隅に同年代の女の子が固まっていました。こっちを見て、なにやらひそひそとやっています。
「やだあ、あの子の恰好見てよ。いやらしい」
「あれ、学校の制服じゃないの。あんな着方してはずかしくないのかしら」
「ブラ、付けてないわよね。ひょっとしたらノーパン……?」
そんな女の子たちの声が聞こえてくるようでした。
男の人たちは、ちらっと目を動かすだけで通り過ぎる人が多かったのですが、中にはあからさまに言い寄る人もいました。
「お姉ちゃん、色っぽい恰好だねえ。欲求不満かい?」
「いくらだい。俺と遊ぼうぜ」
なんて……
わたしはどんな女の子に見られているのでしょうか。
洋子たちは、別にどこに行くと言う目的はなかったようです。ただ、人の多い方へとわたしを連れ回すのです。擦れ違う人の視線が集まってくるのを感じました。こんな恰好をしていれば、嫌でも目立ちます。わたしは恥ずかしくてたまりません。早く家に帰りたいのに、いつまで経ってもその気配すらありません。どこまでわたしに恥ずかしい思いをさせれば気が済むのでしょう。
そうやって夜の繁華街を連れ回した後、洋子たちはわたしを公園に連れて行きました。繁華街のはずれのかなり大きな公園です。児童用の遊具などはなく、芝地と植え込みで造形されただけのシンプルなものですが、アベックもいれば、酔いをさまそうとするベンチに横になる人もいます。その真ん中にある噴水の淵に座らされました。いつもなら心地よい涼しさのはずなのに、その時のわたしには何もかもが悪い方向に拘わってくるように思えました。
「ねえ、あんた暑くない?」
恵美が言いました。鈴華に目配せをしています。ぞっとするような目でした。
「そうよね、暑いからそんな恰好しているのよね」
「だったら水浴びでもする?」
わたしは噴水の根本に立つように言われました。しかも、スカートは脱いで行くようにと言うのです。濡れるといけないからって、こんなに短くなっているから、そんなこと全然心配ないのに。これから水浴びさせると言いながら、矛盾も良いところです。
でも、そんなことを言ったらよけいにひどいことになりそうです。わたしはただ、「お尻が丸だしになっちゃう」とだけ言いました。いくらなんでも、そこまでは無理だと言いました。
「そうね。かわいそうかもね」
洋子の目の奥が光っています。また何か考えついたようでした。わたしにとっては良からぬことに違いありません。
「ブラウスの結び目をほどいて下まで延ばして良いわよ」
言われた通りしました。そしてスカートを……
靴も脱ぎました。わたしは全裸の上にブラウス一枚になってしまいました。そんな姿で池の水の中を歩かされたのです。夏とは言っても夜になれば水は冷たかったし、コンクリートでできた池の淵をまたぐ時には、ヘアーが露出しないかとドキドキものでした。裸足になった足の裏に池の底の藻がぬるぬるしたり、小石を踏んで痛かったりしました。でも、そんなことよりも自分がこれからどうされるのかの方が怖くてたまりませんでした。わたしが脱いだソックスも靴も、そしてスカートも洋子たちが持っているのです。
「それじゃあ水を掛けてあげるわね」
洋子たちが一斉に水をすくい始めました。
「ほら、もっとよ」
「まだまだ足りないみたいね。みんな頑張って」
そんな……頑張ることなんかないのに。
わたしは、髪もブラウスもずぶ濡れになっていました。からだにぴったりと張り付いて、乳首の形をはっきりと見せています。ブラウスのすそを引っ張ってないと、ヘアーまで透けてしまいそうでした。
洋子たちはおもしろがって、息があがるまでわたしに水を掛け続けました。でも、さすがに疲れたようです。
「もういいかしら」
そんなこと断らなくたって、とっくに良いに決まっているじゃない。わたしは髪から落ちる雫の中にそっと暖かい液体を混ぜました。
「帰ろうか。あんたも上がっておいでよ」
わたしはやっと池から出ることができました。
今度こそ家に帰れると思いました。洋子たちはすたすたと後ろ姿を遠ざけて行きます。わたしはまだずぶ濡れのブラウス一枚だと言うのに。
「待って。置いて行かないで」
わたしは呼び掛けました。わたしの服は全部洋子たちに握られているのです。こんな恰好では、帰るに帰れません。
「何よ。早く来なさいよ」
恵美が言いました。冷たくなった体で池を出ました。洋子たちはどんどん行ってしまいます。裸足でしたが、わたしは走って追い掛けました。さっきまで気付かなかったのですが、噴水の脇のベンチに浮浪者みたいな男の人が寝ています。いつからそこにいたのでしょう。洋子たちは何でもないように通り過ぎたのですが、こんな恰好のわたしはそばを通り抜けるのが怖くて大きく回り道をしなければなりませんでした。距離はたいしたことはないのですが、浮浪者を見つけたこともあって、誰かに見られてはいないかと今更ながらに恥ずかしくなりました。
茂みの角を曲がったところで、ようやく洋子たちに追い付きました。
「服を返して」
わたしは言いました。いつ人がくるかわからない場所です。こんな恰好、もう一分だって一秒だってしていたくありません。ところが、どうしたことでしょう。誰もわたしの服と靴を持っていないのです。
「わたしの服は……?」
三人共、にやにやしているだけで答えてくれません。わたし不安になりました。そんなに時間はなかったはずなのに、一体どうしたというのでしょうか。
「ねえ、わたしの服、返してよ」
「無いわ」
「えっ?」
「無いって言ってるの。聞こえなかったかしら」
「だってさっきまで持っていたじゃない」
そうです。ついさっきまで持っていたのです。
「重いから捨ててきちゃった」
鈴華が言いました。ホント、何でもないことのように平然と言うのです。わたしには、その言葉が信じられませんでした。
「そんな、どこに?」
「ほら、さっき浮浪者が寝ていたでしょう。あのベンチの脇のゴミ箱よ。どうしても欲しかったら取りに行くのね」
そんな……
わたしは目の前が真っ暗になりました。だって、たった今そばを通るのが怖くて避けてきたばかりなんです。そこまで戻れとは、なんて残酷なことを言うのでしょう。
「とって来てよ。お願い、こんな恰好じゃあ……」
わたしは鈴華に迫りました。自分がずぶぬれであることも忘れていました。
「くしゅん」
夏とは言え、夜の公園の水温は、やはりわたしの体には冷た過ぎるようです。鈴華にいきなりくしゃみを吹き掛けてしまいました。
「きたないなあ。こいつ、寒いのかよ」
それを聞いて、洋子がにやにやと笑っています。また、何か考えたようです。悪い予感が髪をしたたり落ちる滴の冷たさを倍増しました。
「そんな濡れたブラウスを着ているからよ」
確かにそうかもしれません。でも、ここはもう公園の出口のすぐそばです。こんなところでどうしようと言うのでしょう。
まさか、いくらなんでも……
わたしって、普段から勘が悪い方なのに、こういう時だけ当たってしまうんです。不安に思った通りの答えが洋子の口からこぼれました。
「ブラウスを脱ぎなさいよ。みんなで絞ってあげるわ」
「そんな……」
「あら、人に好意を無にするつもり」
恵美も面白がってわたしの肩を掴みます。鈴華には腕を捕られました。
「お願い。こんな場所でハダカになんかしないで」
ちょっと声が大きくなっていたと思います。洋子の動作が止まりました。そしてわたしの目をじっと見つめるのです。その口から飛び出した言葉はとても信じられないものでした。
「こんなところだからやっているんじゃない」
わたしは抵抗できなくなりました。
されるがままにブラウスを脱がされました。とうとう公園の片隅で生まれたままの姿にされてしまったのです。
洋子たちはブラウスを絞るマネをしていました。もちろん、それが本当の目的でないことはわかっています。どうするつもりなのでしょう。自分の体を抱く両腕には「不安」の二文字が押しつけられていました。
「乾かないね」
鈴華が言いました。
「もう良いから返して」
わたしがそう言おうとした瞬間です。
「これ、乾燥機にかけてきてやるよ。そこで待ってな」
耳を疑っている暇もなく、三人は駆け出していました。わたしはいつ誰が来るともわからない公園に全裸のまま置き去りにされてしまいました。このままここにいるわけにはいきません。隠れられるような場所と言ったら植え込みの陰くらいです。
(あーん、なんでこうなのよう)
自分の境遇が信じられません。わたしはできるだけ大きな植え込みの根本に丸くなっていました。昼間ならすぐに見つかってしまうでしょうが、街灯から離れた場所なら取りあえず大丈夫でしょう。そう思うしかありません。なんでこんなことになってしまったのでしょうか。
(もう、早く帰って来てよ)
わたしはそればかり考えていました。
でも、時間が経つにつれて不安が増していきます。洋子たちはどこまで行ったのでしょうか。初めはコインランドリーに行くのだと思っていたのですが、果たしてこの近くにあったのでしょうか。それとも誰かの家まで戻っているのでしょうか。そんなことを考えている内に自分の甘さに気づきました。
そうです。初めから戻って来る気なんかないのではないか、そう思えたのです。これは大変なことでした。一度そう思えてしまうと、今までにされた数々のいじめが全部自分の想像を肯定しているように思えてなりません。
でも、いくらなんでもそんなことって。
いえ、きっとそうだわ。もし、そうなったら……
わたしの思考はそこでストップするしかありませんでした。その先は考えたくなかったのです。
(ねえ、本当は近くにいるのでしょう。こんなふうに惨めな姿を晒しているわたしをみんなで笑っているのでしょう。もう十分じゃない。なんとか言ってよ)
どんなに都合良く考えてみてもそれが限界でした。でも、わたしはそうあって欲しいと願っていました。
そして、さっきからずっと脳裏にこみ上げてくる光景と戦っていました。人の気配がなくなった公園から抜けだし、深夜の路上を全裸のまま歩いている女子高生の姿がそこに描き出されるのです。
そんなバカな……いくら洋子でもそこまではしないわ。
わたしの頭の中で結論を出せないふたつの事柄がぐるぐると回り続けていました。その時のわたしは、自分のブラウスが公園のすぐ脇を流れるどぶ川に投げ捨てられていることを知らなかったのです。
(おわり)
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