『イジメられっ子』前編
高校生の時、いじめに会いました。いじめっ子たちには、わたしがおとなし過ぎるのが面白くなかったようです。あるいは先生に告げ口もできずに、ひとりで耐えるタイプだと思われていたのかもしれません。とにかく、クラスメイトの一部の女生徒に目を付けられた時期がありました。
いじめと言っても、初めはたわいの無いものでした。先生に見付かっても、悪ふざけくらいにしか取られない程度のものだったのかもしれません。それでも、当時のわたしには、とても恥ずかしいものでした。
それは体育の着替えの時に始まりました。わたしが制服のブラウスを脱いでいると、近寄って来たクラスメイトのひとり(ここでは「洋子」としておきましょう)が、わたしの体操服を取り上げるのです。そして、スカートも脱いで、下着だけにならないと返さないと言うのです。他の子はどんどん着替えを済ませてグランドに向かっています。わたしは言われた通りブラとパンティだけの下着姿になりました。
「本当になっちゃったのね。いくら女子更衣室だからって、下着だけになるのはあなたくらいよ。恥ずかしくないの」
洋子はそう言ってわたしを辱めるのです。自分でそうさせたくせに。
「体操服を返して」
わたしは、泣きたくなっていました。なんでこんなことをしなければならないのって、口には出せなかったのですけど。
「これから、毎回こうやって着替えるのよ。良いこと。守れなかったらひどいことになるからね」
「なんで……」
「さあ、なんででしょうね」
その日はそれで体操服を渡してくれました。そして、洋子は先に更衣室を出ていきました。ひとり取り残されたわたしは、くやしくてちょっとだけ泣きました。これが、いじめの始まりでした。
それからと言うもの、わたしは体育の時間で嫌でたまりませんでした。いえ、正確には着替えが嫌だったのです。洋子のいじめは段々とエスカレートしていきました。恵美と鈴香が加わり、三人でいじめるようにもなりました。
わたしが下着姿になっても、なかなか体操服を返してくれないようになりました。一度なんか、体操服を制服と一緒にロッカーに入れて鍵を掛けてしまい、その鍵を持って授業に行ってしまったことがあります。わたしは、ブラとパンティだけの姿で更衣室に取り残されました。こんな姿では廊下に出ることもできないし、洋子たちが戻って来るまで、更衣室の隅で小さくなっていました。夏も近くなっていた頃でしたので寒くはない筈なのですが、妙に体が震えていたのを覚えています。
結局、体育の授業が終わるまでそのままでいました。洋子たちも戻って来て、やっとロッカーの鍵を開けて貰いました。でも、授業をさぼってしまったことには変わりありません。その後、職員室に呼び出されて先生からお説教されました。何をしていたんだと言われても、本当のことを言えばまたもっとひどいことをされそうで、黙っていました。この時もし、勇気を出していたら、この後のみじめな思いはしなくて済んだのかもしれません。
夏になると水泳の時間がありました。男子とは別々ですので、水着姿を見られる恥ずかしさは無かったのですが、その分、いじめの方がつらいものになりました。
その日は朝から憂鬱でした。学校を休んでしまおうかとも考えました。なぜだかわかりますよね。いつものように体操服に着替えるだけではないのです。洋子たちの前で水着に着替えなければならないのです。それがどういうことだか……
わたしの不安に反して、授業前の更衣室では何も仕掛けてきませんでした。いくらなんでも、水着まで取り上げて下着も脱いでみろなんて言うわけないかと、ほっとしてプールに向かいました。でもそれは甘かったのです。
授業が終わって、制服に着替える時のことです。わたしは洋子たちに囲まれました。三人とも制服に着替え終わっています。
「あなた、わたしの言い付けが守れなかったようね」
その洋子の目つきに、わたしは鳥肌が立ちました。他のふたりも同じ目をしています。わたしをどうしようと言うのでしょうか。
「着替える時は全部脱いでからと言ってあった筈よ」
「でも、下着まで脱げとは……」
「あら、あなたは下着をつけたまま水着を着るのかしら?」
洋子はそう言いながらわたしのロッカーを開けて、ごそごそと中を掻き回しています。わたしが手を出そうとするのを、他のふたりに止められました。
「何しているの? 早く水着を脱ぎなさいよ」
恵美が言います。わたしはその場に立っているしかできませんでした。だって、ロッカーに入れてある制服から下着まで、全部洋子に押えられているようなものです。もしこの前にように持っていかれたら、水着を脱いでしまったわたしは、全裸のまま取り残されることになります。
「あなた、また授業をさぼる気なの? もう時間が無いわよ」
「だって……」
「大丈夫よ。今日は制服を持って行ったりしないから。水着を脱いだらちゃんと返してあげるわよ」
洋子はそう言ってわたしの目を刺しました。この目に睨まれると、わたしは何もできなくなります。洋子の言う通りにしなければならなくなってしまうのです。一分後には、全裸のわたしが更衣室に立っていました。胸を抱いて震えているわたしに洋子たちは同情する様子もありません。
「あら、結構毛深いのね」
「ヒップが引き締まってていい形じゃない」
そんなことを口々に言うのです。
「いつまでハダカのままにさせておくの」
わたしは訴えました。
「いいわよ。ほら」
洋子がわたしのロッカーからバッグを投げました。思いの外あっさりとしていたのに驚いたくらいです。ハダカのまま、何かさせられるのではと脅えていましたから。
わたしは、バッグに飛び付きました。いくら同性の前とは言え、普通に服を着たクラスメイトの前で自分一人ハダカでいるのは惨めでした。一刻も早く制服を着ようとバッグを掻き回しました。でも、下着が見付からないのです。
「捜し物はこれかしら?」
そう言って洋子が持ち上げた物こそ、わたしのブラとパンティでした。バッグの中から抜いておいたようです。
「さっき、私たちの言い付けに逆らった罰よ。これは頂いていくわ」
洋子はそのまま振り向くと、更衣室を出ていこうとするのです。わたしはびっくりして跡を追い掛けました。
「そんな、いや。返して。下着を返してよ」
わたしの手が洋子に届いた時には、先頭を行く恵美が更衣室のドアを開けていました。わたしはまだ全裸のままです。
「あら、そんな恰好で授業を受ける気なのかしら? 別にそれでも良いけど」 今度は逆に洋子と恵美がわたしの手首をつかみました。そして、ドアの方へ引っ張るのです。
「いや、やめて!」
「やめないわよ。あなた、ハダカで授業を受けるのでしょう」
ハダカも何も、水着を脱いだばかりのわたしは、文字通り一糸纏わぬ素っ裸です。そんなわたしの手をふたりがかりで引っ張るのです。
「ほ、本気でこんな恰好のまま教室に連れていくつもりなの?」
「あなただって、本当はそうしたいのじゃないの?」
「うそよ。そんなことできるわけ……」
そう言っている間にも、わたしは更衣室の出口のところまで連れ出されてしまいました。廊下に体が半分出ています。遠くに歩く生徒の姿も見えました。
(ああ、もうだめぇ。みんなに見られちゃう)
私が観念した時でした。
「こら、何やってんだ」
男性教師の声がしました。更衣室で悪ふざけをしているのだと思ったのでしょう。まさか、わたしが全裸でいるとは、思わなかったでしょうが。
「すみません。じゃ、亜美。早く来るのよ」
洋子はわたしを更衣室に押し戻してドアを閉めました。同時に、洋子の背中に隠されたわたしのブラとパンティも見えなくなりました。
危なく難を逃れました。わたしはドアのすぐ内側の床に座り込みました。胸の高鳴りが納まりません。なんでわたしはこんなことをしているのだろう、自分がわからなくなりました。
それにしても、あのままでいたら……
洋子たちは、本当にわたしをこのままの姿で教室まで連れて行くつもりだったのでしょうか? 教室には男子生徒もいます。そんなことをされたら、わたしは恥ずかさのあまりに気が狂ってしまうかもしれません。明日から、学校にも来れなくなるでしょう。教壇の脇に全裸のまま引き出されクラスメイトの注目を浴びながら、少しでも恥ずかしい部分の露出を防ごうと体を丸めている自分の姿が目の前に浮かんでいます。
そんなわたしを現実に引き戻したのは、始業のチャイムでした。早く着替えないと。この間、体育の授業をさぼって怒られたばかりです。そこでまた、己の境遇を思い知らされました。やはり、バッグの中に下着は入っていませんでした。わたしは、この上に制服を着けなければならないのです。
なんでこんなことになってしまったのでしょう。とても惨めでした。こんなことを強制される理由なんかないのにと、更衣室の中でひとり泣きました。
それから、制服のブラウスとスカートを着けたのですが、どうにも頼りないのです。腰の方はすうすうするし、上はノーブラなのがわかってしまうでしょう。そんな恰好で教室に行かなけばならないなんて。でも、他にどうしようもありませんでした。わたしは、自分の体を抱くようにして更衣室を出ました。
教室に前に着いた時には、もう授業は始まっていました。音がしないように後ろのドアを開けて教室に入ります。でも、やはり見付かってしまいました。
「どうした? 野村」
先生の声で、クラスメイトが振り向きました。その中には洋子や恵美の視線もありました。わたしは胸の前で両手を交差させたまま、返事ができませんでした。そうしていないと、ノーブラなのがみんなにばれてしまうと思ったからです。
「まあ、いい。席につけ」
わたしは、黙って頭だけ下げると、歩き出しました。わたしの席は恵美の三つ前です。彼女の机の脇を通った時、スカートをめくられました。
「きゃっ」
わたしは教室の床に座り込んでしまいました。だってただのスカートめくりではないのですよ。胸ばかりを気にしていてノーガードだったスカートは、一瞬とは言え、完全に裏返っていたはずです。ノーパンのお尻をすっかり露出させてしまったことでしょう。
「どうした?」
また、先生に尋ねられました。わたしが返事に困っていると、
「野村さんが転んだんです」
恵美が代わりに返事をしました。
「そうよねえ。野村さん」
「え、ええ」
わたしは、そう答えるしかありませんでした。
教室内が沸きました。クラスメイトみんなに笑われました。先生も笑っていました。わたしはまた、涙がこぼれそうになりました。みんなは、転んだ拍子にどこかぶつけたのだろうぐらいにしか、思わなかったようです。
誰もわたしがノーパンでいることに気が付かなかったようです。恵美の席が一番後ろだったことが幸したようです。もしかしたら、恵美はそれを計算に入れていたのかもしれません。わたしは立ち上がってスカートをはたきました。片手は相変わらず胸に当てていました。
「なんだ。胸もぶつけたのか?」
先生が教壇の上から言いました。
「いえ、別になんでもありません」
そう答えるしかありませんでした。ブラをしていないのがみんなにわかってしまったら、とても恥ずかしい女の子だと言うレッテルを貼られてしまうでしょう。それだけは避けたかったのです。
やっと自分の席に付きました。わたしの後ろは洋子です。座る前に洋子と目が合ってドキッとしましたが、むしろそれで良かったのかもしれません。後ろに座った人にはブラウスの背中を隠すことができません。ノーブラなのがわかってしまいます。でも、洋子がまた何か仕掛けてくるのではないかと、授業の間、気が気ではありませんでした。
授業が終わりました。何事もなくその日を終わることができて、わたしはほっとしました。後は一刻も早く家に帰ろうと思いました。鞄に教科書を詰めていると、洋子が声を掛けてきました。
「お急ぎかしら。せっかくだからちょっと付き合ってよ」
気が付くと、恵美と鈴香に囲まれていました。
「せっかくって……?」
わたしには、何がせっかくなのかわかりませんでした。すると、洋子が顔を近付けてきました。
「いいのかしら? ノーブラ・ノーパンがみんなにばれても」
わたしは首を勢い良く洋子に向けました。洋子の目がそれを見返してにやっと笑みを浮かべました。わたしは洋子たちに付き合うことを承知するしかありませんでした。こんな頼りない格好のまま、いったいどこに連れて行かれるのでしょうか。
(つづく)
|