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   危険な露出散歩(前編)


 私には人に言えない悪癖があります。それは裸で表を歩く事です。
 いつの頃からか覚えていません、そんな願望が生まれたのは。でもそれが、短大に入りアパートでひとり暮らしを始めるようになると、私の頭の大部分を占めてしまっていたのです。19歳になったばかりの娘が、密かにこんなことを考えていると知ったら、父は卒倒するかもしれません。
 部屋の中で全裸になりそのまま表に出てみたいという衝動にかられます。でも、玄関まで行くのがやっとなんです。なかなかそれ以上の行動は出来ません。今度こそと決心しては何度断念したことか……
 そんな私が初めて野外露出を実行したのは、思い立ってから半年以上も経ってからでした。と言っても、アパートのドアからほんの少し表に出ただけです。やはり裸にはなれませんでした。下着は付けていました。ブラとパンティーだけの姿を夜風に晒したのです。ブラをはずすのに、また1ケ月が経ってしまいました。それでも大した進歩だと思います。でも、それが限界でした。
 私にはひとつの計画がありました。それは、少し離れた場所から裸のままアパートまで歩いて帰って来ると言うことです。
 なぜこんなことを考えたと言えば、時代劇で出て来る「くもすけ」の話しを聞いたからでしょう。若い娘が着飾って篭に乗ります。峠を越えようとするとき、急に篭が止まり、娘は降りろと命令されます。脅えながら篭を降りると山賊と化した篭屋達に「命が惜しくば身ぐるみ脱いでおいていけ」と脅されます。山賊達が去った後、誰もいない山中に娘はひとりで取り残されました。そして娘は、身ぐるみ剥がれて丸裸。そんな情景が私の脳裏から離れないのです。時代劇の世界では珍しくないことのようです。それから娘はどうなったのでしょう。身につけていたものは総て山賊に奪い取られ、全裸のまま、泣きながら暗い山道を歩いたのでしょうか。人目につかぬよう回りに神経を尖らせながら。
 どうしても裸で表を歩く踏ん切りがつかない私は、追いはぎにあった娘の状況に魅せられたのです。誰かに強制されて、裸で表を歩かざるを得ない状態に追い込まれてしまわないと、私には無理だったのです。
 私のアパートから300メートル程離れた所に公園があります。その公園は団地の造成の為作られたのですが、団地の造成そのものが中断していてほとんど人の行かない、荒れ地に近いものになっていました。
 私の計画とは、この公園からアパートまで裸のまま歩いて帰ろうということです。
 一度公園の回りの植樹の陰に車を停め、そこで裸になったことがありました。深夜1時を過ぎていました。裸になったと言っても車の中でやっとブラをはずすところまででした。車の中とは言っても、いつ誰にのぞかれるかわかりません。アパートからも、かなり離れています。胸の高鳴りが車の外まで聞こえるのではないかと思える程でした。
 その日のことが後になって悔やまれてならない日々が続きました。なぜあの時あのまま車のドアを開けて表に出なかったのだろうと。でもその時は、上半身は全くの無防備、パンティーのみを身につけた姿で車の外に出ることはどうしても出来なかったのです。そんな私が裸のままアパートまで歩いて帰るなんて考えられないことです。やはり、どうしようもない状況に自分を追い込むしかないと思いました。
そして恐ろしいことを思い付いてしまったのです。
 それは、とにかくあの日と同じように公園の樹の陰に停めた車の中で裸になる。そして、もしそのまま表に出ることが出来たなら、車を外からロックしてしまうということです。勿論車のキーを持たずにです。私の衣類は車の中、そしてドアは開かない。そうなれば、私はもう裸のままアパートまで帰るしかありません。
 でも、それは空想の中だけでした。
 私のアパートは6部屋あって、皆が学生のようです。当然どの部屋も夜遅くまで明かりがついています。今夜こそ私の計画を実行しようと決心して表をのぞいた時の、他の部屋の明かりがうらめしいことといったら。まさか、回りの部屋の住人が起きているうちは実行出来ません。でも、そんな気持ちとは裏腹に内心ほっとしていたりもしたのです。
 そんなある日のこと、思いがけず私以外の住人が誰もいない日があったのです。こんな日はめったにありません。いえ、もう二度とないかもしれません。そんな思いが私に計画の実行を決意させました。
 私はアパートの中でブラとパンティーだけの姿にコートを羽織って車に乗りました。そしていつも感じた事の無い緊張のなかでアクセルを踏みました。エンジン音がこんなに大きいなんて気にしたこともありませんでした。
 駐車場を出るとアパートの前の道を左に行きました。私のアパートは住宅街のはずれですが、団地のメインストリートに面しています。右に行くとその住宅街の中心に入ることになります。そして、その道沿いには24時間営業のコンビニエンスストアもあり、更に行くと国道にぶつかってそこは夜中でも車が走っています。そんなところで私の計画を実行すれば、たとえ深夜であっても誰にも見られずに済むことはないでしょう。左に行ってすぐに路地に入り、その先の川を渡って十字路を過ぎてしまえば家が一軒も建っていない造成途中の団地に出ます。例の公園はその一角にあります。そこからなら誰にも見られず
に済むというのが私の思惑でした。後になってこの川を渡ってしまったことを死ぬほど後悔するとも知らず、私はコートの裾を片手で押えながら車を走らせました。ただ、十字路を過ぎる時は思わず体を縮こませました。道路脇の街灯がまぶしく車の中を覗きこんでいるようでドキっとしたのです。
 公園に着きました。計画ではここまで来る間に、私がこれから歩こうとしている道を慎重に確認するつもりでした。勿論私が裸でその場所を歩いても誰にも見られないようにです。ところがこの時は全く忘れてしまいました。
 この前の場所に車を停め、エンジンを切りました。でも、すぐには実行出来ませんでした。回りを十分に見渡して誰もいないのを確認しました。明かりのついている家もありませんでした。
 私は覚悟を決めてコートを脱ぎました。たちまち下着姿の私が現れました。ブラもとりました。この前もここまでは出来たのです。でも、やっぱりパンティーを脱ぐことは出来ません。私の心臓は前にも増して高鳴り息苦しい程でした。
 いよいよ実行です。もう一度当たりを見渡してドアのノブに手を掛けました。今夜こそと、今度こそと決心したはずなのに、いざとなるとどうしても躊躇してしまいます。もう一度自分に言い聞かせてドアを開きました。普段は当たるはずのない肌に夜風が吹き込んできました。ここでまた躊躇したらもう二度と表に出られないだろうという気持ちが、私を一気に車から追い出しました。ついに私は裸で表に出たのです。
 一度完全に表に出てしまったことが私を大胆にさせました。この計画が実行出来るのはアパートの皆がいない今日だけしかない、そうした気持ちが手伝って思いきりがついたのでしょう。今考えると信じられないのですが、この後私は履いていたサンダルを車の足元に入れ、さらにパンティーまで脱いでしまったのです。
 私はとうとう全裸になってしまいました。今までアパートのすぐそばでさえ一度もパンティーを脱ぐことは出来なかったのに。そしてパンティーを座席に投げ入れて計画通り車のドアをロックしてしまいました。
 これで私はついに裸のままアパートまで歩いて帰らなければならなくなったのです。ドアをロックした瞬間の胸を締め付けるような感覚は何だったのでしょうか。取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという気持ちに責められました。でも、もうドアは開きません。ここには、私が身につけるものは何も無いのです。
 このままアパートに向かって歩き出すしかない、そう分かっていても車を離れるには勇気が必要でした。その場に佇む私にその勇気を与えてくれたのは夜の冷たい風でした。すぐには感じなかったのですが、この日は、普通にしていても体の芯まで凍り付くような寒い夜でした。それなのに私は寒さから身を守る一片の布も身につけず、冷たい夜風に肌をさらしているのです。とてもじっとしていられませんでした
 私は公園の立木の陰に身を隠しながらアパートに向かって歩き出しました。両肩を抱いて背中を丸め肘をおなかに押し付けてゆっくりと歩きました。このあたりは街灯も無く真っ暗なので人に見られる心配は無いとは思うのですが、もしかしたらという不安は予想以上のものでした。ただ、私にはまだよりどころがありました。実は車の後ろのドアを開けておいたのです。もしどうしてもアパートまで帰ることが出来なかった時は、そのドアを開けて服を着ようと考えていたのです。このことが無かったらパンティーを脱ぐことは絶対に出来なかったと思います。
 私の計画はここまででした。ここから先は考えていなかったのです。こんな時間なら誰にも見られずアパートまでたどり着けるだろうと安易に考えていたのです。これが後で大変なことになるとは全く予想しませんでした。
 最初の曲り角までまで歩きました。まだ車から20メートル位しか離れていないのに不安と緊張はものすごいものでした。こんな恰好でこんな場所にいるところを誰かにに見られたらなんと説明すればいいのでしょう。こんなことをしている自分がとんでもない変態に思えてなりませんでした。
引き返したくなる自分と戦いながら公園のはずれまで来ました。道幅が少し広くなってここから先は立木も無く、どこからも見通しのきく場所です。月明かりが私の裸体を照らしました。私が考えていたよりずっと明るいのです。遠くからでも私が何も着ていないのが分かるのではないかと思えるほどで、思わず立木の陰に身を隠しました。
 私の緊張は限界に達しました。「もうこれ以上はだめ、あの月明かりは恥ずかしすぎる」そう思いました。まして、このすぐ先で通りを横切って橋を渡らなければなりません。通りには街灯もついていますし、この時間でも車が通ることもあります。ヘッドライトに裸の私が映し出されることも無いとは言えないのです。
 結局私は諦めました。裸のままアパートまで歩いて帰るなんてことは、初めから出来る訳無かったのです。後のドアを開けておいて本当に良かったと思いました。もし初めの計画通り車のドアを完全に閉めてしまっていたら、私は今頃車の前に一糸纏わぬ姿で座り込み、途方に暮れていたことでしょう。そう考えるとぞっとしました。
 がっかりした気持ちとほっとした気持ちの両方を感じながら車まで引き返しました。私はなんて臆病なのだろうと情けなくなりました。でもその時はそんな気持ちより、あんなに明るいところを裸で歩ける訳ない、あんなに明るいのでは仕方が無いという気持ちの方がはるかに勝っていたのてす。行きとは変わって小走りで車に着くと、すぐに運転席のドアのノブを引きました。ここは鍵がかかっていて開かないのにすぐ気が付いて後ろのドアに回りました。そこではっとしました。この車はオートドアロックなのです。運転席のドアをロックすると同時にすべてのドアがロックされるのです。それをすっかり忘れていま
した。案の定ドアは開きません。車に乗った時確かに後ろのドアの鍵は開けておいたのですが、さっき思い切って一気にドアを閉めた時一緒にロックされてしまったのです。
 私は目の前が真っ暗になりました。さきほど感じた恐怖が現実のものとなったのです。私は今度こそ本当に素っ裸です。追いはぎにあって身ぐるみ剥がれた娘と全く同じ状態になったのです。もう何も私を救うものはありません。夜風が一段と厳しく無防備の肌を責めたてました。今更考えても仕方が無いのですが、この計画を実行してしまった自分を呪いました。「どうしよう」そればかり頭の中を行き交い、考えがまとまりません。今の私の状況は、深夜の路上で何も着るものが無く、アパートに帰るにはこのまま一糸纏わぬ姿で月明かりの中を歩き街灯の下を通って橋を渡るしかないのです。いましがた、とても出
来ないと諦めたばかりのことをするしかないのです。
 その現実を認めることが出来なくている内に、私はさらに絶望的な状況に追い込まれました。通りを走って来た車が突然私の立っている方へ曲がって来たのです。
                            (後編に続く)


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