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   危険な露出散歩(後編)


 全裸の私をヘッドライトが包みました。慌てて車の陰に隠れましたが、車の運転手には見られたかもしれません。私が何も着ていないのに気付いたでしょうか。
 車が私の車のすぐ後ろに停まりました。そして人が降りて来たです。生きた心地がしないというのはこういう時に使うのでしょう。私は車の陰で身動きが取れず体を縮めました。
「今ここに裸の女がいなかったか」
 男の声です。やっぱり見られていたのです。私はこの状況を何と説明すれば良いのでしょう。そして全裸の私を見付けた男は私をどうするだろうと恐怖しました。
「エッチねぇ、誰もいないじゃない」
 後から降りて来たのは女の声でした。
「ほら、見ろよ。パンティーが脱いであるぜ」
「女の人がこんなところで裸になんかなる訳ないでしょう」
 そんな会話をしながら彼らは車に戻り、向きを変えて曲り角の先(ちょうど私がさっき引き返した当たり)に車を停めました。私は本当に見付からなくて良かったと思いました。もし降りて来たのが暴走族か何かだったら、全裸の私はどんな目に合わされたか分かりません。
 でも、ほっとしたのもつかの間です。私は現実を思い知らされました。彼らに発見されずに済んだとはいえ、私が何も身につけるものが無いという状況が変わった訳ではありません。そのうえ、アベックがこの時間に暗い場所で車を停めたら、しばらくは動かないと考えるべきでしょう。私がアパートに帰る道が無くなってしまったのです。
 このままで朝を迎える訳にもいきません。第一この寒さで何も着ていない私の体は凍り付きそうです。他の道を考えなければならなくなりました。車があの場所に停っている限り来た道は通れません。と言うことはあの橋を渡れないと言うことです。川で隔てられているためにアパートに帰るにはひとつ上流の橋まで行くしかなくなりました。上流の橋は国道でここからだと川に沿って1キロちょっとあります。橋を渡ったらほぼ同じ距離を戻らなければなりません。往復すれば2キロ以上、普通に歩いても30分ぐらいは掛かるでしょう。その間ずっと裸のままでいるしかないのです。そして前に書いたように国道はこの時間でも交通量があるばかりでなく、国道から回ると、住宅街の中心を裸で歩かなければならなくなります。こんな恰好でコンビニエンスストアの前を通るにはどうしたら良いのでしょうか。
 それでも私は歩き出しました。歩くしかなかったのです。
 暗い樹の陰はすぐに終わり、月明かりが私の生まれたままの姿を包みました。誰にも見られていないはずなのに、自分の体が良く見えるだけにとても恥ずかしかったのです。車が段々遠くなっていくにつれて、私の心臓の鼓動はどんどん速くなりました。何も身につけていないことがこんなにも自分を心細くするものとは知りませんでした。
 一度川沿いの道路に出ました。この道は街灯が間隔をあけてついていますので、月明かりよりさらに明るいのです。さきほど車の中でさえまぶしさを感じた街灯はこの時の私にとって残酷な品物でした。でも、この道に沿って国道まで行くのが最短距離なのです。
 私は街灯と街灯の中間の一番暗い場所を選んで道を渡りました。そして川岸に出ようとしたのです。川の向こうには私のアパートが見えているのです。なんとか川を渡れるところは無いかと思いきって道路を横断したのです。昼間の公道を素っ裸で駆け抜けるような錯覚に囚われて胸が破裂しそうでした。
 でも、川岸の斜面には葦が生い茂り、暗い川の流れはとても全裸の私を受け入れてくれそうもありませんでした。この川をこんなに恨めしく感じたことはありません。川を渡ってしまったことを死ぬほど後悔しました。でも、今更取り返しがつきません。
 ここで私は選択を迫られました。この道は確かに最短距離なのですが、そのかわり明るい街灯の下を10分以上歩かなければならないでしょう。しかも、その間に車が走って来たら、私はこの恥ずかしい姿を隠すところがないのです。かと言ってこの道を通らなければ、かなり遠回りをしなければならないのです。
 迷っている時間はありませんでした。私は街灯の下を走り始めました。さすがに街灯の真下を走る時には緊張しました。本当に明るいのです。でも、道の半分も行かないうちに息が切れてしまいました。それに普段は靴を履いているので気が付かなかったかったのですが、裸足で走ると足の裏が熱くなり皮が剥けそうになるので、続けて走ることが出ません。街灯の間の暗いところで一息入れながら、そして車が来ないことを祈りながら走り続けました。
 やっとのことで直線の道が終わりました。幸い、車は1台も通りませんでした。私は全裸のまま屋外を1キロ位走って来たことになります。でも、ほっとしている暇も無く次の難題が待っていました。
 いよいよ国道に出なければなりません。
 国道はこの時間でもかなり車の通りがあります。私が走って来た道は一度国道の下のトンネルをくぐって反対側に出なければなりません。そして少し戻って歩道に出ることになります。国道は片側二車線です。街灯は今までより遥かに明るく、しかも暗くなるようなところもありません。
 車が走って来ました。私は道路沿いの建物の陰に身を隠しました。このビルの1階は、いつも来る本屋さんです。そんな場所に裸で立っているのです。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。自分がしていることの異常さを思い知らされました。
 私は思い切って歩道に出ました。日中は人通りのある場所を素っ裸で歩いている自分が信じられません。どこからか誰かに見られているような気がしてなりませんでした。それでも私は足を動かしました。腰を屈めてガードレールに隠れながら進みました。進まなければ、いつになってもこの恥ずかしい状況から逃れられないのです。
 また、車が来ました。引き返す時間はありません。ガードレールの陰にしゃがみこんで車をやり過ごすしかありませんでした。知ってのとおりガードレールは下のほうが空いています。運転席から私の剥き出しのお尻が見えてしまいます。私は生まれたままの姿を石のように堅くして祈りました。
「お願い。気が付かないで」
 幸いにも車はそのまま行ってしまいました。誰だってまさかこんなところに、若い女の子が胸もお尻も丸出しでいるなんて考えてもいないでしょう。だからもし仮に私のお尻が目に入っても、きっと錯覚だと思ったに違いありません。私はそれだけ恥ずかしいことをしているのです。
 わずか30メートル位進む間にもう1台通り過ぎました。こうなるとガードレールはとても頼もしいものでした。でも、国道が橋に差し掛かると無情にもガードレールが切れいるのです。
 また1台車が来ました。やはり国道はこの時間でも交通量があります。この先で車が来たら隠れるものがありません。橋を渡り終えるまでは何の遮蔽物も無い広い空間です。しかも橋の真ん中が高くなっていて反対側から来る車が見えません。私はただ車の来ない事を祈りながら200メートル余りを全裸のまま全力疾走するしかないのです。
「次に車が通り過ぎたら走り出すのよ」と臆病な自分を叱り付けました。
 そして、ヘッドライトの光が見えないのを確認して私は道路に飛び出しました。まず、道路を横断して反対側の歩道まで走りました。アパートに帰るにはこのどうしてもこの橋を渡らなければならないのです。休む間もなく橋の頂上に向かって走りました。
 ようやく頂上に近付いたその時、反対車線をふたつの光が物凄いスピードで迫って来ました。絶望的でした。前にも書いたように橋を渡り終えるまでは隠れる場所がありません。私はこの恥ずかしい姿を見られてしまうでしょう。でも、迷っている暇もありません。このまま走り続けるしかないのです。あの車とすれちがい、そのまま走り去ってくれることを祈りました。
一糸纏わぬ姿の私をヘッドライトが包みました。もう車の運転手は私が何も身につけていない事に気が付いているでしょう。とうとうこんな恥ずかしい事をしている私を他人に見られてしまったのです。
 橋のちょうど真ん中でその車とすれちがいました。私は顔を押えながら必死で走りました。車がそのまま走り去ってくれると思ったのもつかの間、深夜の国道に響くタイヤの悲鳴が私の心臓を突き刺しました。それは紛れも無く、全裸の私を見付けた車がUターンする音でした。
 私はもう全身から血の気がうせました。それまでにも増して、ただがむしゃらに走りました。でもヘッドライトは確実に近付いて来ます。あの車は私が裸なのを知って追い掛けて来るのです。このままあの車に捕まったら私はどうなるのでしょう。
 橋はもうすぐ終わりですが、私の影はみるみる短くなってきます。もう顔を隠す余裕も無く、足の裏が熱くなるのも構っていられません。あの車はもうすぐ後ろまで迫っています。そして私を追い越すと激しいブレーキ音をあげて停車しました。
「もう駄目。捕まって乱暴される」
 そう思った矢先、運良く左側に路地を見付けました。路地といってもビルの間に出来た隙間のようなもので車は入れません。その暗い路地を一目算で走りました。後ろを振り返る余裕も無く、車を降りて追い掛けて来ているのか確認もできないまま進みました。もしこの路地が袋小路だったら私は絶対絶命です。私の脳裏には、狭い路地の行き止まりで数人の男たちに囲まれた全裸の少女が、逃げ場を失って脅えている光景が浮かびました。
 何度か壁にぶつかりそうになったり、ダンボール箱やらゴミバケツやらを蹴飛ばしてつまずきそうになったりしながら、幸いにも住宅街の一角に出る事が出来ました。何も身につけていない私は全身傷だらけです。
 すぐにどこに出たのか分かりました。アパートはもうすぐそこです。ところが、突然信号機の赤いランプとコンビニエンスストアの看板が私の前に立ちはだかりました。コンビニエンスストアには店員がいる筈です。もしかしたらお客さんもいるかもしれません。それでも私は足を止めることが出来ませんでした。さっきの車の男たちが追い掛けて来ていないという保証はありません。いつ後ろから捕まえられるか、わからないのです。
 私は、コンビニエンスストアの中も確認しないでその前を走り抜けました。一瞬だったのですが、私にはとても長い時間でした。中を見る積もりなど無く、ただ顔を隠して通り過ぎた筈なのに、コンビニエンスストアの店員やお客さんに私の恥ずかしい姿を見られているのを感じたのです。私の知っている人かもしれません。
 私はもう何も構わず走りました。一直線にアパートまで走りました。そしてどうにか無事アパートに着きました。
 ドアを締めて鍵を掛けるとドアの内側に座り込んで息を切らしました。私はまだ丸裸です。全身は汗と泥と擦傷にまみれていました。
 ほっとしたのもつかの間で、私は新たな恐怖に包まれました。いつこのドアをノックする者が現れるか分かりません。もしこんな真夜中に訪問者があるとすれば、さっきまでの私の恥ずかしい行動を見ていた者に外ならないでしょう。後を付けられたのは確実です。その恐怖が私を金縛りにしました。
 電灯も付けず、シャワーも使わずに体を吹きました。音を立てるのさえ怖かったのです。もしかしたら、近くまで追い掛けてきた人がこの当たりで私を見失ってまだ付近をうろうろしているかもしれません。とにかく静かに何も無くこの夜が明けるのを祈りました。もう二度とこんな事はしないと心に決めながら。
 私の露出散歩はとんでもない結果になりました。それ以来私はあの夜のことで脅される夢を見続けています。夢の中の脅迫者は深夜の電話で、あの夜の事をばらされたくなければこれからすぐに例の公園まで来いと命じます。
「あの日と同じように、素っ裸で歩いて来るのだぞ」
 私はそれを望んでいるのかもしれません。
                              (おわり)


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