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   通学電車は羞恥地獄(前編)


 今日もまた遅刻しそうだ。
 由紀はいつもの通学路を走っていたの。一段と短くなったスカートが翻っていたと思うわ。今すれ違った人、きっと振り向いているんだろうな。やだ、恥ずかしい。でもこれが、最近の由紀の日課だったの。
「これと言うのもあいつのせいだ」
 学校が見えたわ。始業のベルがなり始めている。今はあいつのことなんか思い出している場合じゃない。女子校にはお約束のハイミス教師・外山女史が、教鞭を片手に出席簿を叩いている姿が目に浮かぶ。今日も恥ずかしいお仕置きが待っているのだろう。問題はそれをどれだけ軽く済ませるかなの。
 前回の罰は逆立ちだった。制服のスカートのまま、教壇の上でやって見せろと言うのだ。泣きたいのを堪えてやっと逆立ちをすると、外山は由紀のパンティにマジックを近づけた。そして、
「ちこく8回」
 そう書いておきながら、後二回でいよいよ二桁ね。その時にはお尻に直接書いてやるわよ、などと恐ろしいことを言っている。まさか、ノーパンで逆立ちさせるつもりなのでは……
「やだよー、そんなの」
 思わず口に出てしまう由紀だった。
 正面から走って来た自転車とぶつかりそうになった。どこ見て運転してるのよって、実はよそ見をしていたのは由紀の方だった。なまじ生け垣の隙間から見えるものだから教室の様子が気になった。外山は今日だけは遅刻するとか、それはないか、わたしじゃあるまいし。でも、生理と言うこともある。あれだって一応女なんだから。そんなの甘い期待か。
 結局、その日は廊下に立たされた。そんな小学生みたいと言うかもしれないけど、ただ立っているだけじゃないの。スカートを没収されちゃって、下半身はすっごく恥ずかしい格好のままで立ってなきゃならなくて……自分のクラス以外の生徒も通るし、みんなくすくすと笑いながら通り過ぎていくのがわかる。男子生徒がいないだけましだと思うより他ないのかもしれない。尤も、男女共学ならこんな罰はなかったかもしれないけど。
 惨めだったわ。
 どうしてこんな目にあわなければならないの。そうよ。これもあいつらのせい。
廊下に立たされて三十分、由紀はようやく思い出した。ここのところ、電車の中で由紀を悩ませている痴漢たちのことを。

 朝の通勤ラッシュに高校生の由紀も巻き込まれたの。ううん、もしかしたらサラリーマンの人たちから言わせれば、こいつら高校生がいなければもっと楽に通勤できるのに、と言うのかもしれないわね。結局は、お互い様の毎日だった。
 こう毎日すし詰めでは学校に着く前に疲れてしまう。足を踏まれたって動かす場所もないくらいなのよ。クーラーが利いているから良いようなものの、これで故障でもしてたら納豆になっちゃうわ。今から着膨れラッシュが恐ろしいの。
 由紀の回りはサラリーマンのネクタイばかり。同じ学校の友達は殆ど乗っていないの。みんなとは逆方向なんだから仕方がないのだけど。
 時々現れるあいつらは、いったいどうやって追いかけて来るのかしら。電車の時間を変えたり、乗る車両を変えたりしても、必ず何日か後には由紀のスカートに侵入してくる。
「由紀がおとなしくしてるからいけないのよ」
「だって……」
「そんなことだからつけあがるんじゃない。一度手を押さえて、この人痴漢ですって大声出してごらんなさいよ」
「そんなことしたら、その人だって立場があるだろうし……」
「何言ってるのよ。お人好しね、痴漢の立場なんて気にすることないじゃない」
 これだって友達に相談したわけではない。痴漢されているなんて、恥ずかしくて誰にも言えないの。でも、このままじゃいつまで経っても変わらないのよね。あーあ、卒業するまでこうなのかしら。
 最初の時は、何がなんだかわからなかった。
 お尻の辺りがもぞもぞするの。誰かが何かしているくらいにしか思わなかった。こんな満員電車の中でしなくても、そんなこと降りてからすればいいじゃない、なんて。でも、やっぱり変だ。
 これ、もしかして痴漢……
 振り向いて確かめることなんてできない。由紀は首をさげちっゃた。でも、お尻の手にとっては、それが好都合だったのだと思う。遠慮がちだった動きが少しずつ大胆になっていったの。スカートの上からだけど、お尻の割れ目に沿って指を這わすの。怖くて、気持ち悪くて。だけど電車はぎゅうぎゅう詰めだし、逃げるところなんて無い。
(やめて。お願い、もう勘弁して)
 心の中でそう祈るだけで声には出せないの。一分でも一秒でも早く駅に着いて欲しいと思ったわ。
 でも、おとなしくしていると、どんどんエスカレートしてくるの。指先がスカートの裾に届いたのが感じられた。
 うっそーとか思ったけど、最近の制服のスカートってただでさえ短いでしょう。簡単にまくられちゃった。超満員が幸いして、パンティは誰にも見られていないとは思うけど、それより、この指はどこまで入ってくるつもりなのかしら。薄い布一枚の上から触られていると、スカートの上からよりもずっと気持ちが悪いの。指の温度が伝わってきて、いやもう勘弁してって感じ……
 最初の日はここまでで降りる駅に着いたのだけど、由紀は電車を降りると、そのまま駅のおトイレに駆け込んで泣いちゃった。
 遅刻はこの時から始まったの。本当よ。

 由紀の学校には、他に遅刻する生徒なんていない。この辺では有名なお嬢様学校なの。実態は別として、少なくとも表面上は良家の子女にふさわしい教育を受けた子ばかり。みんなブリッコするのがうまいの。
 先生方もそれ相応のプライドを持っていて授業をしているの。だから遅刻なんてしようものなら、自分をバカにされたと思うみたいなのね。見る目がいきなり冷たくなるし、体罰だって平気でするの。最近の学校では珍しいわよね。
 PTAもそう。娘が体罰を受けてもどなり込んだりする父兄はいないの。だって、この学校の卒業生と言うことだけでお見合いの協力な武器なるのよ。身元もしっかりしていて躾も教養も行き届いていると言うことなのね。
 先生方が天狗になるのも無理はないのよね。それでも学校側は何も言わない。そうじゃなきゃ女生徒のスカートを取り上げて廊下に立たせるなんてことできるわけないでしょう。これって学校側も認めて罰と言うことになるのかしら。由紀の将来は暗いわ。
 始めはそうでもなかったのよ。
 遅刻初日、外山女史に職員室へ呼びつけられてお説教されたの。違反なんてする子は他にいないし、先生って、たまには生徒を怒ってみたいものなのかしら。特に外山女史はアレだから……あっ、こんなこと書いたらまた怒られちゃう。とにかく由紀は絶好のカモだったみたい。
「珍しいわね。何かあったの?」
 こんな調子で始まったの。
 この時正直に、電車の中で痴漢されて駅のおトイレで泣いてたから遅くなったって話していれば許して貰えたかもしれないわ。
 言おうと思ったのよ。でも、由紀には言えなかった。
 だって、恥ずかしかったんだもの。回りには男の先生もいっぱいいるし、すぐに噂が広まっちゃうでしょう。あの子は痴漢されたんだ、って。それに、今日一日だけ我慢すれば済むことだと思っていたの。
 外山女史には、それが気に入らなかったみたい。答えられないでいる由紀を見てただの寝坊と思ったようなの。反省文を三枚も書かされて……長く書けば良いと言うものではないですよね。もう二度遅刻なんてしないはずだったんだけど……
「良いこと。遅刻は恥ずかしいことなのよ。今度遅刻するようなことがあったら、どんどん厳しい罰を与えますからね。覚悟しておきなさい」
 この時は由紀にも余裕があったの。だって朝は強い方だったし、カナリアのクレオの餌だって、プードルのパトラのお散歩だって、毎朝由紀が行っていたの。十時からのトレンディドラマは我慢していたし、そんな由紀が学校に遅刻したなんて言っても、両親は絶対に信じないと思う。あんなことさえなければ、平和な毎日だったのよ。

 初めて痴漢に合った翌日のことを話すわ。
 由紀はうっかり同じ電車に乗ってしまったの。家を出る時は一本遅いのにしようと思っていたのに、習慣って恐ろしいものよね。いつの間にか昨日と同じ場所でスーツやブレザーに囲まれていたわ。由紀ももう少し身長があれば、どこの誰だかわからない男性の胸に顔を埋めなくて済むのだけど。一度なんかネクタイピンがほっぺに食い込んで痛かったこともあったわ。跡が残っているのに気づかずに学校に行って、クラスメイトに大笑いされたこともあったっけ。
 昨日はたまたまよ。まさか二日も続けて……
 そんな希望的観測はあっと言う間に裏切られたの。電車が動き出すと、すぐにお尻に這い出したわ。その手が由紀を死ぬほど後悔させたの。
 なんで別の電車にしなかったの。
でも、もうどうしようもない。こんな満員電車では逃げ出す場所もないもの。由紀は、そのまま触られているしかなかったの。
 昨日の続きみたいにスカートの中に侵入してきたわ。きっと同じ人なのね。由紀が我慢していたから味を占めたのかしら。パンティの上からお尻を撫でるの。それでもじっとしていると、その手はだんだんとお尻の真ん中に近づいていったわ。そして割れ目に沿って指先を動かすの。さらに奥に進むと……
 きゃっ、そんなこと言えないわ。
 でも、それじゃわからないわね。そうよ、ウンチする穴、由紀のアヌスに指の先端が届いたの。そして、薄い布きれ一枚ごしに、その……穴の中に押し込もうとするのよ。
 信じられない。
 あーん、もうやめて。誰か気づいてやめさせて。
 でも、由紀がこんな恥ずかしい目にあっていることを誰にも知られたくない。矛盾しているんだけど、どちらも本当なの。
 由紀は泣きたくなったわ。それも我慢しなきゃならないのよね。ここで泣き出したら、そのわけを説明しなきゃならないもの。
 だけど、回りにいる人たちって、本当に気づいてなかったのかしら。結構ごそごさやってるし、電車が動き出してからずっとだからわかっている人もいると思うんだけど。
 次の駅で、由紀は電車を降りちゃった。たまたま降りる人の流れに乗れたのもあるけど、とにかくイヤでイヤでたまらなかったの。学校はまだずっと先なんだけど。
 電車はホームを出て行ったわ。
 さっきの痴漢も一緒に行ってしまったはずよね。これでもう大丈夫、そう思ったら涙が溢れそうになったの。由紀はおトイレを探して駆け込んだわ。でも、腕時計はちゃんと見ていたの。だって昨日の今日だし、また反省文を三枚も書かされるのもイヤだし、どんな罰を受けるのかも怖かったから。
 それですぐ次の電車に乗って学校へ行ったの。この日はこれで終わったのだけど、由紀の災難はまだプロローグだったのね。

 あれから三ヶ月が経ったの。毎日ではないけど、由紀は度々痴漢にあっていたわ。電車の時間や場所を変えなければ毎日だったのかもしれないけど、由紀だって努力はしたんだから。でも、その度に見つかって……
 あいつが現れない時でも、いつどこから嫌らしい手が伸びてくるかわからないでしょう。いつもびくびくしていたわ。痴漢するつもりはなくても手が触れることってあるじゃない。そんな時でも体が堅くなってしまうのがわかるの。頭が変になっているのね。
 他にも女性は乗っているんだから、何も由紀ばかり追いかけ回すことないと思いません。それも段々とエスカレートしてきて、スカートばかりでなく胸も揉まれたわ。最初は服の上からだったんだけど、今ではブラのホックなんていつも外されちゃうの。そうしておいて、セーラー服の裾をまくり上げるの。おっぱいを直接揉まれるのよ。それもすっごく乱暴なの。由紀はその手を掴んで払うなんてこともできずに、脇の下と鞄を握る手に力を入れて下を向いているしかなかったの。
 押し競まんじゅう状態だから回りの人に見られることはないと思うけど、人が大勢いる中でセーラー服をまくり上げられるだけでもどんなに恥ずかしいか。駅に着くと慌てて下げるの。あいつも心得ていて、由紀が降りる駅になるといつの間にかいなくなるの。いえ、本当は近くにいるのよね。ただ、知らん顔してるだけ。でも、誰だかなんてわからない。目が合っちゃったたら怖いし、由紀はいつも逃げ出してたの。そしておトイレに駆け込んで……泣くだけじゃ済まないのよ。ブラだって直さなきゃならないし、パンティも履き替えていたわ。だって、あい手に汗掻きながら触っているのよ。パンティが湿っているんだもの。気持ち悪いったらなかったわ。
 そうよ。パンティの中にだって指を入れてきたの。
 思わず声を出しそうになって困っちゃった。全身に鳥肌が立つんだもの。せめて少しでも目標をずらそうと抵抗するのだけど、指先は確実に追いかけてきたわ。それもそのはずよね。殆ど動いてないんだもの。電車がカーブを切った時とか、ちょっとだけ空間ができることってあるでしょう。そんな時にお尻を逃がそうとするくらいがせいぜいだった。
 そんなんだから、あいつの指が女の子の一番敏感な粘膜に達するのも時間の問題だったのね。
 それがついこの間のこと。
 あいつの指がいよいよ女の子に侵入しようとしたの。ブラのカップの内側にはもう片方の指が入り込み、由紀の乳首を摘んでいたわ。
 とうとう声が出ちゃったの。
「あっ」
 それだけだけど。
 聞こえたわよね。密着状態だもの。どんなに小さな声だって伝わるに違いない。
 ばれちゃう。これで由紀が痴漢されてることが学校のみんなにばれちゃう。
 そんなこと心配している場合じゃないと思うんだけど、由紀はそれが一番に脳裏を占めたの。電車の中だけじゃなくて、学校でも恥ずかしい噂が広まって肩身の狭い思いをするのかと心配だった。
 教壇で逆立ちさせられたり、スカート無しで廊下に立たされたりしているのにね。こっちの方がよっぽど恥ずかしいと思うんだけど。なんでこんなに痴漢されてることを隠したがるのか、自分でもわからなかった。
「いい加減にしろよ」
 男の人の声がしたわ。
 それと同時に、あいつの指が動きを止めたの。ちょっと間が有ったけど、由紀の体から離れていったわ。
「お前、次の駅で降りろよ」
 そんなやりとりをしていた。誰だか知らないけど、由紀を助けてくれたのね。 お礼を言わなきゃならないのよね、たぶん。でも、声を出せなかったの。今声を出したら、由紀が痴漢されてたことを認めることになるんだもの。ブラも外されたままでおとなしくしていたわ。
 声の主は、由紀には何も話し掛けなかったの。
 次の駅に着いて回りの男性が何人も降りて行ったけど、どれがあいつで、どれがあの声の主かなんてわからなかった。確かなのは、由紀に対する痴漢行為がなくなったことだけ。
 あれっ……
 やだあ、乗り越しちゃった。
 由紀もさっきの駅で降りるんだった。一緒に行きたくなくてやり過ごしたんだけど……困ったわ。また遅刻しちゃう。
 これが9回目になったの。

 だけど、あいつはどうなったのかしら。
 あのまま駅員のところに連れて行かれたのかなあ。それとも、警察に引き渡されていたりして。そしたらどうなるの? 留置場に入れられるのかしら。
 由紀はそんなことを考えていたの。
 本当だったら、助けてくれた人の方を気にするべきだと思うけど、不思議なの。
今まで散々な目にあわせてきたあいつのことが気になってならないの。
 どんな人だったんだろう。今日だって会社が有ったはずよね。連絡されたりしたらクビになっちゃうかもね。そうでなくても行きづらくなるわよね。結局は会社を辞めなければならなくなったりして。
「ちゃんと聞いてるの?」
 あっ、いけない。外山女史のお説教の最中だったんだっけ。
 遅刻してしまった由紀は、職員室に呼びつけられていたの。それなのに話も聞かずにあいつのことを考えていたんだから、外山女史が怒るのも無理はないわよね。
「全く反省の色を見せないんだから」
 眉間に皺が寄っているわ。職員室に残っている教員たちもこっちの方を見ている。外山女史がこれだけ大きな声を出しているんだから当然なんだけど……ところであいつ、明日からどうするんだろう……
 しまった。言っている側からまたこれだ。
 本当に由紀はどうかしている。電車通学を悩ませ続けた変態野郎なんて、どうなったって構わないじゃない。いくらなんだって、明日からは痴漢行為をしないだろう。もう明日からは遅刻する心配もないのだから、外山女史に謝っちゃってこの場を切り抜けるのが先決なのに。
「……、良いわね。すぐに実行しなさい」
「えっ?」
 今度は聞いていたの。聞いていたんだけど……
「また聞いて無かったの。罰として下着姿で校庭十週よ。今なら授業中だからみんなに見られなくて済むわ。早くやってきなさい」
 だって。
 ねえ、信じられないでしょう。女子校って言ったって、男性教師は大勢いるのよ。校庭をのぞきにくるご近所さんだっているのに、そんな場所で下着姿になるなんて。ひょっとしたら電車の中のあいつより始末が悪いかもしれないわ。
 また、あいつのこと考えちゃった。
「まあ、そこまではちょっと……」
 由紀が黙って立っていると、近くにいた男性教師が助け船をくれたの。
「行き過ぎだと言うのですか?」
「そうは言いませんが、処罰するにも段階があるし、今日のところは校庭に出すのだけでも勘弁してやったらどうですか」
「この子の場合……良いでしょう。その代わり、今日は一日下着姿で授業を受けるのよ」
 これで良いですね、と外山女史は口を挟んできた男性教師に言ってたわ。下着姿になるのは由紀なのに。
「今度遅刻したら、その時は間違い無く校庭に出しますからね」
 おまけに念を押されてしまったの。でも、その心配はないはずよね。もう、あいつだって……
「この次遅刻したら下着も脱いで全裸で校庭を走りますから、今日下着姿にするのは勘弁してください」
 そう言ってお願いしたら、許してくれたかしら。
 考えただけで由紀には言えなかった。あいつさえいなければ遅刻することはないんだから、そうして貰った方が良かったのに。
 その日一日、由紀は下着姿で授業を受けたの。わざと由紀を指して教壇に立たせる男性先生もいたわ。椅子に座っているだけでも恥ずかしかったのに、近くで見たかったのね、きっと。
 全部あいつのせいなのに、つい昨日まであんなに恨んでいたはずなのに、不思議と今は憎めないの。もう会えないからかな。
 イヤッ、何を考えてるの。
 あんな奴、会えなくて良いんじゃない。いえ、会ったら困るのよ。また嫌らしいことをしてくるに決まっているんだから。もう二度とあいつになんか会いたくない……

 翌日は、わざと同じ電車、同じ車両に乗ったの。
 相変わらず混んでいたわ。由紀の視界はサマースーツに遮られていたの。そして、お尻に延びてくる手は無かった。
 何事もなくふたつの駅が過ぎたの。
 これで良かったのね。頭ではわかっているはずなんだけど、心の隅に何かが残っているの。あいつは犯罪者になってしまったのよね。それって由紀のせい? 由紀がもっと早く「やめてください」と言っていれば、あいつもやめていたかもしれない。由紀があいつを犯罪者にしてしまったのかしら。
 そんなことを考えてた。
 ちょうどその時なの。由紀の耳元で男が囁いたのは。
「かわいそうに。あいつはこの電車に乗れなくなってしまった」
 それと同時に、男の手がいきなりパンティの中へと入ってきたの。突然なんで驚いちゃった。「あっ」と首を上げたんだけど、すぐに上から押え込まれて、
「お前のせいだ。お前がおとなしくしていないから、あいつは……」
 大勢の前で恥じを掻かされ、そのショックで家に閉じこもっていると、その男の声は言っていたわ。
 良かった。警察には捕まらなかったんだ。でも、
 どうしてくれると、男は尚も迫ってきたわ。それは耳元と内股の両方からの侵略なの。そんなこと言われたって、由紀には答えようもないじゃない。あの場の成り行きでそういうことになってしまったけど、由紀が騒いだわけじゃない。いつもと同じように、そして今と同じように、ただじっと我慢していただけなのに。それに、もし由紀が騒ぎ立てたところで、非があるわけではないはずよ。あんないやらしいことをした方が悪いんだもの。逆恨みも良いところだと思うわ。
 でも由紀が、そうした抗議をできないでいると、男はより指の進攻を深くしたの。それが、由紀の最も敏感な粘膜に触れたかと思うとすぐにそこを離れ、辺りを巡回してはまたその部分に戻る。そういう動作を繰り返していたの。昨日までみたいに、ひたすら撫で続けるのと違って、由紀の頭の芯に甘い痺れのようなものを残すの。そんなことされているのが恥ずかしくて仕方がないはずなのに、指先がすぐに離れていってしまうのがもどかしいような気分にさせられるの。
 こんなことって初めて。
 由紀はおかしくなっちゃったのかしら。エッチな夢を見てしまった朝のように内股が熱くなっていくの。
 もっと触って。
 もっと私を熱くして。
 あっ、ダメッ! 由紀ったら、なんてこと考えてるの。相手はどこの誰ともわからない男じゃないじゃない。由紀のいやらしいことをして恥をかかされた変態さんの仲間じゃない。そんな人の指で気持ち良くなるなんて。
 えっ……?
 そう、そうなの。由紀は気持ちが良いんだ。
 痴漢にあっていやらしいことされているのになんでって思うけど、やっぱりそうよ。気持ちが良い。
 このままでいたら、もっとおかしくなってしまいそう。
「さあ、お前にはあいつへの罪滅ぼしをさせてやろう」
 男は、そんなことを言ってきた。
 罪滅ぼし……
 やっぱり由紀が悪いと言うのね。良いわ、なんでも言って。逆恨みだってなんだって、こんなところで痴漢にあって気持ち良くなっている由紀は、いけない女の子に違いないもの。罰を受けなければいけないのよね。そうなんでしょう、痴漢さん。
「明日から毎日この時間、この電車に乗るんだ。いいか。警察に話したり転校したりするんじゃないぞ。こいつは借りておく」
 男は由紀の生徒手帳を持っていた。取り返そうとしたけど、パンティの中に入っている方の手が激しく動いて由紀の行動を止めるの。
「それから、明日はノーパンで登校するんだ。俺の手が侵入しやすいようにな。俺を甘く見るなよ。その気になれば、お前をこの場で素っ裸にすることだってできるんだからな。今日のところは脅しでない証拠だけ見せてやるよ」
 男はそう言うと、由紀の股間にとどめを刺したの。頭に痺れを残したまま、いなくなってしまったわ。
 証拠って何かしら?
 由紀の胸がどきどきしてるの。見知らぬ男に脅迫されて、本当ならもっと不安でも良いはずなのに、なんでなのかしら。由紀は女の子の部分を攻撃されて、頭がおかしくなってしまったみたい。
 それにしても、明日はノーパンだなんて。
 やらなかったらどうなるんだろう。生徒手帳は返してくれるのかなあ。そんなことを考えている内に駅に着いたの。人混みの中からやっと抜け出してホームに出た。いつもながらほっとする時間なの。
 えっ? なに?
 回りの人がこっちを見ている。どうしたのかしら。由紀が何か……
きゃあああああああ!
 由紀はその場にしゃがみ込んでしまったの。男が言っていた脅しとはこのことだったのね。由紀はスカートを履いていなかった。パンティの中の攻撃に気を取られている内に脱がされた、いえ、切り取られてしまったのね。今頃気づいてもどうにもならないけど。
 さっきはちょっとばかり気持ちの良い思いもしたけど、こんなに大勢の前でパンティひとつの下半身を晒すのはつらいばかり。顔から火の出るような恥ずかしさってこういうことを言うのよね。
 その後、駆けつけた駅員に毛布を借りて、車で家まで送って貰ったの。学校は休んじゃった。家には裏から入ったから、母にも気づかれずに済んだわ。それから、部屋の中でベッドに潜って泣いたの。どれくらい多くの人に由紀の恥ずかしい姿を見られたかわからない。顔も覚えられていたらと思うと、頬に当てた手を離すこともできなかった。
「素っ裸にすることだってできるんだぞ」
 そう言っていたっけ。あの男なら本当にやりかねない、由紀はそう思ったの。
 ああ、やっぱり言うことを訊かないといけないのね。でもいつまで? 転校するなとも言ってたわよね。と言うことは卒業までつきまとうつもりかしら。
 明日からが思いやられてならなかったの。それなのに由紀の内股ったら熱くなっているのよ。
 もう。体が壊れちゃったみたい。
                             (続く)


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